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4-23.憤怒の拳

 ウェイトレスの一撃を後頭部に受けて、ヒナコは一切の抵抗を見せることなく、そのまま廊下に倒れ込んでいた。ウェイトレスは体重を戻し、廊下に着地してから、倒れ込んだヒナコの様子を窺おうとする。


 倒れ込んだヒナコは目を見開いたまま固まっていた。瞳孔は開かれ、口や鼻に手を近づけても、息をしている気配がない。首筋に手を伸ばし、脈の有無を確認してみるが、指先に目立った感触はない。


 ()()()()()。そこに若干の罪悪感はあるが、化け物染みた力を発揮していたヒナコの姿を思い出し、ウェイトレスは無事に止められて良かったと安堵していた。

 ヒナコを倒したなら、次は目的であるヒメノを追いかけなければいけない。そう思ったウェイトレスが急いで廊下を駆け出そうとする。


 その瞬間、ウェイトレスの足に何かが絡んだ。何だと思って足元に目を向ければ、そこでは死亡したはずのヒナコががっちりとウェイトレスの足を掴んでいた。


「ヒッ……!? 生きて……!?」


 怯えるウェイトレスの足を掴んだまま、ヒナコの握る力が強まっていく。次第に痛みも覚え、このままだと足を折られると思ったウェイトレスが、掴まれていない方の足を振り上げて、ヒナコの頭の上で重さを増した。


 瞬間、ウェイトレスの足がヒナコの頭に落下し、ヒナコの首があらぬ方向に回る。その光景にぎょっとするウェイトレスの前で、ヒナコの動きがピタリと止まった。


 流石にこの状態で生きているはずがない。そうウェイトレスが思い、ヒナコから視線を逸らした直後、倒れ込んでいたはずのヒナコが飛び上がり、ウェイトレスに抱きつくように伸しかかってきた。


「ヒィッ!? イヤァ!?」


 思わず悲鳴を上げながら、ウェイトレスはヒナコを振り払おうとする。ちらりとヒナコに目を向ければ、そこには綺麗に半回転し、背中側を向いたヒナコの頭が目に入る。


「ヒィッ!? おば……!?」


 恐怖で声も出なくなる中、ウェイトレスは必死にヒナコを振り払おうとした。

 だが、ヒナコの力は強く、どれだけ振り払おうとしても、ウェイトレスから離れようとしない。


「やめ……!? 離れ……!?」


 ウェイトレスは必死に身を捩り、苦しそうな声を上げる。


 その様子を冷静な表情で()()()()、ヒナコは呆れたように呟いた。


「この子は一体、()()()を見とるんやろうね」


 ヒナコの下ではウェイトレスが廊下に転んだまま眠っていた。その上にヒナコは座っているが、一向に起きる気配はなく、今も見ている()()に魘され、必死に身を捩ろうとしている。


「しかし、ちょっと()()()()()()()()()()やね。完全に意識がなくなるなんて初めてのことやわ」


 そう驚いたように呟きながら、ヒナコは立てた薬指を見つめていた。


 ヒナコの怪人としての力は、そこに生えた()にあった。五指から対応した五種類の薬を生成し、爪を刺した相手に薬を打ち込むというものだ。

 例えば、親指からは筋力を増強させる薬が生み出せ、ヒナコはそれを利用することで、ウェイトレスの動きすらも止められる力を発揮していた。


 そして、問題の場面はウェイトレスが廊下に刺さり、一時的に動けなくなった時にあった。そこでヒナコはウェイトレスの腕を掴み、投げ飛ばそうとしたが、その時にヒナコの薬指がウェイトレスの腕に刺さり、薬指の薬がウェイトレスに注入された。


「本来は()()()やから、幻を見るだけやねんけどね。意識までなくなるなんて、流石に強く握り過ぎたわ。ごめんな」


 ヒナコはそう謝りながら、ウェイトレスの上から退く。


 投げ飛ばされる際、ウェイトレスは自身の身を軽くし、ヒナコの腕から逃れたつもりでいたが、実際はその時点で幻覚を見始めており、ウェイトレスはしっかりとヒナコに投げられたまま、動けなくなっていた。


「さて、問題はこの子をどうするかやけど……」


 考え込むように呟きながら、ヒナコは自身の小指に目を向ける。


「まあ、流石にこれだけの状況が作れたんやから、今回は大人しく捕まってもらおかな」


 ヒナコは周囲に目を向けてから、ウェイトレスの身体を抱きかかえる。


「何や、普通にしとったら、ただの女の子やね」


 感心するように呟いてから、ヒナコはウェイトレスを拘束するために、場所を移動することにした。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 ヤクノとババのいる位置から、恐怖さんの姿は見えなかったが、その声はしっかりと聞こえていた。タイタンが見つめる先にいるであろう恐怖さんが、タイタンに問いかけるように口を開く。


「どうしたんだい? 何か怒っているのかい?」

「君は誰だ?」

「おやおや、穏やかではないね。何か怒る理由でも?」

「君に関係があるのか? 君は何者だ!?」


 ヤクノにしてやられた経験から、タイタンは苛立ちを募らせ、それを晴らせるかもしれない場面に茶々を入れる恐怖さんを、怒りに満ち満ちた目で見ていた。


「組合長おるよな? あの人は何しとん?」

「知らん。あの人の考えなど分かるか」


 ヤクノが知っている限り、最も怪人らしい怪人が恐怖さんだ。怪人組合の目的が怪人の地位向上であり、その目的のためにヤクノ達が努力をしても、その全てを無駄にしそうなほどの人物である。


 ヤクノにとって恩人であるハヤセが死んだ際も、恐怖さんは動揺のようなものも、悲しむような素振りも見せなかった。

 そのような人物の考えなど、ヤクノに分かるはずも、分かりたいと思うはずもなかった。


「まあまあ、私が何者であるかなど、この場合はどうでもいい。君の怒りが何にあるか知らないが、その気持ちは本物かい?」

「何を言ってるんだ? 意味の分からないことで邪魔をするなら、君も押し潰すだけだ」


 タイタンが苛立ちを吐き捨てるように呟くと、見えない位置から恐怖さんの笑い声が聞こえてきた。


「うんうん、いい威勢だ。そのまま、そのままでいたまえ」

「何を言っている? 何が言いたい?」

「君はそのままでいい。()()()()()()()()()


 恐怖さんがそう告げたことに、タイタンは苛立ちを見せたまま、何かを言おうと口を開きかけた。そこで動きが止まり、表情が更に険しいものへと変化していく。


「……さい……」


 小さくタイタンが呟くように声を漏らし、奥にいるアクアアルタが首を傾げる。その間もタイタンの表情は怒りに満ち満ちたものへと変化し、身体は次第に震え始めていた。瞳は揺れ、瞳孔は開き、口からは言葉にならない唸り声と、溢れるように涎が零れている。


「お、おい……? 何か、あれ、ヤバないか……?」


 ババがそう呟くのも無理はなかった。ヤクノの目から見ても、その場にいるタイタンはとてもじゃないが、正気には見えなかった。


 まるで獣が我を忘れ、暴れる時のような――とヤクノが思った瞬間、タイタンが不意に腕を掲げ、ヤクノは咄嗟に危険を察知した。


「身を屈めろ!?」


 ババの頭を押さえつけながら、ヤクノがその場に伏せた直後、タイタンの掲げた腕が一気に振るわれた。同時に肥大化した腕が部屋の壁を無視するように破壊し、ヤクノやババの周囲から壁を一気に取り払っていく。


「タイタン?」


 驚くようにアクアアルタがそう呟くと、その声に反応したようにタイタンの視線がアクアアルタに向いた。そのタイタンのものとは思えない視線にアクアアルタが怯えた表情を見せた瞬間、タイタンが唸り声を上げながら、小さく戻した腕をアクアアルタに振っていく。


 咄嗟にアクアアルタが逃げるように飛んだ直後、振るわれた腕が肥大化し、アクアアルタの立っていた場所を一気に押し潰していく。


「どうしたんや、あいつ!? 味方まで攻撃しとるけど!?」

「完全に我を忘れている」


 敵味方の区別もなく、感情のままに攻撃を始めたタイタンを眺め、ヤクノは今なら逃げられるかと考え始める。真正面から戦おうとしても、今のヤクノとババでは到底勝ち目がない。

 タイタンがアクアアルタすら攻撃するようになった今しか逃げるチャンスはない。そう考え、視線を周囲に移したところでヤクノは気づく。


「どうしたん?」


 思わず固まっていたことにババが気づいたのか、不思議そうに聞いてくるので、ヤクノは身を屈めたまま、取り払われた壁の向こうに広がる光景を見ながら口を開いた。


()()()()()()()()()


 見えるようになった廊下に、さっきまでいたはずの恐怖さんの姿がどこにも見当たらなかった。

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