4-21.飼い人
ヒメノの表情と声色から、サラさんも異変を察知したようだった。カザリの近くから、不思議そうな様子でヒメノに懐中電灯を向けてくる。
「どうされたのですか?」
「サラさんも知っとるやろ? 屋敷の中に超人が入ってきた。それも、その花厳あやめが来た後のことや。普通に考えて、何か噛んどると思うよな?」
ヒメノが鋭い視線をカザリに向けると、暗闇の中でカザリが怯えたように身体を竦める。
「で、どうなん?」
ヒメノはそう聞きながら、一歩、カザリに足を進める。カザリはヒメノの接近に後退るような動きを見せて、ヒメノは更に鋭い視線を向ける。
「私の考えが見当違いなら、それも含めて、ちゃんと話そうや。巻き込まれへん場所まで連れていくから、なあ?」
ヒメノの問いかけを受けて、カザリの足は止まっていた。さっきまで逃げるような動きを見せていたが、その振る舞いには迷いが見える。
本当に違うのかとヒメノは考える。そうであるなら、超人が屋敷を突き止めた原因まで含めて、ちゃんと調べないといけない。
「あんたが白なら白でええ。ただその場合は、こうなった原因を他に探さなあかんねん。そのためにも、まずはあんたの話をちゃんと聞かせてくれや」
カザリの一つ前となると、今度はミトが怪しくなる。ヒナコの連れてきたババも候補には挙がるが、こちらは以前からの付き合いがある。疑うとしたらミトの方だろう。
だが、ミトの方はミトの方で、別の仕事をこなした実績も存在する。その際に超人と対面した事実や、一度ヒメノの前で死にかけていることから、あまり強い疑惑は懐きづらい。
それら全てがブラフだと言うなら、その場合はただただ完敗だ。ヒメノに見破ることは不可能で、この状況の中で引き摺り出すことも無理だろう。
そのように考えながら、ヒメノはカザリに歩み寄る。どちらにしても、まずはカザリの白黒をはっきりさせないといけない。ヒメノはそう思いながら、再度、声をかけていく。
「さあ、はよ。こっちに来い」
ヒメノがそう呼びかけた直後のことだった。カザリが何かを振り払うように頭を振ったかと思えば、そのまま近くにいたサラさんに手を伸ばした。
一瞬の出来事にヒメノが慌てて駆け寄ろうとした瞬間、サラさんを腕の中に引き寄せたカザリが声を上げる。
「動かないで!」
カザリのその声にヒメノが足を止める前で、サラさんは不意にぐったりと項垂れ、カザリの腕に凭れかかるように身を預けていた。
「サラさん!?」
「身体が……うまく……」
サラさんのそう呟く声ですら、サラさんはうまく発せないのか、次第に声は小さくなって、サラさんの足元に消えていく。
「動いたら、このまま命を奪います」
カザリがゆっくりと手をサラさんの口元に動かし、覆うように手を被せた。何が起きたのか、何をしたのかは分からないが、不意な変化から察するに、十中八九、カザリの妖怪としての力が絡んでいるのだろう。
「何や、その力……?」
ヒメノの呟きに、当然のようにカザリは答えなかった。正確に言えば、答えられるはずもなかった。
ヒメノは知らなかったが、カザリの力はミト達に一度、説明しているように、指先からリラックス効果のある香りを出すというものだった。そこに嘘はなく、ただ話していない効果として、香りの強度や時間を変化させることで、身体から力を奪うことが可能だった。
つまり、今、カザリはサラさんに香りを嗅がせ、力を奪っただけであり、ここから更に命を奪う手段はない。
しかし、それを知らないヒメノは無理に手を出すことができなかった。
「やっぱり、お前が超人を呼んだんか?」
ヒメノのこの問いに対しては、カザリもゆっくりと頷いた。
「何で、そんなことしたんや? お前も怪人とちゃうんか!?」
「仕方なかったから……」
「……はあ?」
「脅されて、もう……あんなことは嫌だったんですよ!? 解放されるためには、こうするしかなかったんですよ!?」
「あんなこと……? 一体、何されたん?」
この問いにカザリは答えることなく、ゆっくりと目を瞑り、サラさんを抱える手を僅かに震わせていた。それだけでカザリの体感した恐怖が透けて見えてくるようだ。
「何されたんか知らんけど、相談してくれたら、私達が解決したのに。ここは怪人の味方しかおらん。一言でも助けてって言えば、全員が手を差し伸べたのに、何で言わんかってん!?」
「…………無理ですよ」
「無理って、何が無理やねん?」
「怪人が超人に勝つことですよ……そんなことできるわけがありません……怪人は超人に虐げられるしかないんですよ……こうなってしまった以上、もう従うしかないんですよ!?」
カザリが超人に何をされたのかは分からない。ヒメノが考えようとしても、きっと想像もできないことだろう。
だが、そこで体感したと思われるカザリの恐怖の大きさは分かった。震える指や唇、声から痛いほどに伝わってくる。
だからこそ、ヒメノは助けを求めて欲しかったと思ってしまうが、それもこちら側の身勝手な意見でしかないのだろう。当人でしか分からないことがあって、その部分を汲み取れない以上、ヒメノにこれ以上の言葉は言えない。
カザリがサラさんを連れたまま、ゆっくりとその場から離れるように後退り始める。
「ま、待てや……!?」
「動かないでください!」
慌てて引き止めようとヒメノは足を前に出したが、それを見た瞬間にカザリは叫び、ヒメノの動きは強制的に止められた。
「私の姿が見えなくなるまで、そこから一歩も動かないでください」
そう言いながら、カザリは少しずつ後ろに下がっていく。ぐったりと項垂れるサラさんを抱えているからか、その動きは緩慢だったが、カザリが何をするか分からない以上、ヒメノはそれすらも追いかけられない。
(どないしたらええねん……!?)
悔しそうに唇を噛み締めながら、ヒメノはカザリを止める言葉を必死に考えていた。ヒメノから動けない以上、カザリを引き止めるしかないが、今のカザリを止められる言葉がそう簡単に浮かぶはずもない。
サラさんが連れ去られる。最悪の状況にヒメノが焦りを覚える中、不意にカザリの奥から声が聞こえてきた。
「あ、あれ、あれ……? ど、どど、どうしたのかな……?」
急に暗がりから飛び込んだ声に、ヒメノだけでなく、カザリも思わず足を止めていた。声の聞こえてきた場所を確認するように、カザリはゆっくりと振り返っている。
「な、何かし、知らないけど、かかか、怪人のここ小競り合い……?」
ゆっくりと暗がりに眼鏡をかけた若い男が浮かび上がってくる。とぼとぼとした足取りで、ゆっくりとこちらに近づいている。
「ももも、もしそうなら、ララ、ラッキーだな……よよよ良かった、ひねくれていて……」
男が口元を歪めて、不格好に微笑んだ。