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4-17.アクアアルタ

 振り上げる動作に合わせて、タイタンの左腕が肥大化する。その正面に立つヤクノは両手を構え、迫るタイタンの左腕を受け止めようとした。


「同じ轍を踏むか!」


 そこでタイタンはそう叫び、振り被った左拳を床に叩きつけた。重い一撃に床は一撃で破壊され、その上に乗っていたヤクノは大きく体勢を崩す。ここが二階なら一階に落ちていたところだが、幸いにもここは一階だったので、それはなかった。


 しかし、体勢が崩れたことはそれ以上に大きな問題だった。


「そこだ」


 肥大化した左腕を元のサイズに戻し、タイタンは回転しながら、左足を大きく振り抜いた。同時に左足を肥大化し、廊下を埋めつくすほどの大きさにしながら、ヤクノに押しつけていく。


 それを受け止めようとヤクノは両手を構えたが、崩れた体勢の中で万全な力を発揮することはできない。それに加え、ヤクノは昼間の時点で、このタイタンの攻撃を受け止め、その影響がまだ残っていた。

 迫る左足を受け止めることには成功するが、それだけでしかなかった。左足を握る余裕もなく、崩れ落ちるように膝を地面につけた直後、肥大化していたタイタンの左足が元に戻ってしまう。


「受け止めたか」


 感心するように呟くタイタンだったが、そこにいるヤクノの姿を見つけ、納得したように小さく頷いていた。


「その調子なら、次は受け止められないな」

「黙れ……!?」


 そう口にし、ヤクノは腕を持ち上げようとする。来ると分かっているタイタンの拳に対応しようとするが、持ち上げたつもりの手はヤクノの胸の前にも行かない。


「クソッ……!?」

「限界か。なら、そこで苦しみながら死ね」


 タイタンがそう言いながら、左腕を大きく振り被る。そのまま、一気に叩きつけようと、ヤクノに向かって振り抜こうとした。


 その瞬間、ヤクノやタイタンのいる廊下の壁が一気に崩れ、水のように流れ込んできた。激流となって廊下を覆い、その場にいたヤクノとタイタンの身体を一気に押しやっていく。


「何だ……!?」

「これは……!?」


 激流に攫われそうになりながら、ヤクノは壁に手を伸ばした。残された握力で何とか壁を掴み、ヤクノはその場に止まろうとする。

 タイタンは左腕を前方に向け、それを肥大化させることで、迫る激流に直接襲われないように壁を作っていた。


 そのまま廊下全体に壁由来の水が流れ、もう少しで限界を迎え、流されるというところで激流が途切れる。ヤクノは壁の水の中で身体を持ち上げ、起きた事態を確認しようと周囲に目を向ける。

 そこで流れ込んできた水の中から顔を上げる人物を発見した。


「ぶはっ!? 死ぬっ!?」


 その顔を見たヤクノの眉間に思わず皺が寄る。


「お前は何をしているんだ?」

「ああ、何や……? あっ、ヤクノやんけ」


 そこに流れついたのはババだった。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 事態の把握には至っていないが、ババの馬鹿な頭でも、目の前で起きた異様な現象を見れば、目の前の女性の正体くらいは察していた。服装の過激さも相俟って、それは間違いないとババの中に意味の分からない結論が生まれる。

 ポケットから手袋を取り出し、それを両手に嵌めながら、ババは女性に問いかける。


「ところで、あんた超人か?」

「あれ? どうして、そう思ったの?」

「今の意味の分からん力を見たら、超人か怪人やとは思うやろ。なら、超人の方が可能性は高い。そういう風にアホでも分かる」


 ババはそう説明するが、目の前の女性はババの言っている意味が分からないように首を傾げていた。それから、何かに気づいたらしく、納得したように手を叩く。


「ああ、そういうこと。貴方は怪人なのか」

「はあ? 何を言って……」


 そこでババは自身が怪人であることに、目の前の女性がまだ気づいていなかった事実を理解した。自分が怪人であるから、そこに来る相手は超人であると思い込んでいたが、今の状況は何かに巻き込まれた一般人であって、その場合は相手が超人か怪人か決定できる要素がなかった。


「やってもうた……」


 そう気づいた時には遅く、納得したらしい女性は壁に手を伸ばし、ババを見つめてくる。


()()()()()()

「あっ? 何て?」

「私の名前」


 そう言った直後、壁が一気に水となって、ババのいる廊下に流れ込んできた。迫り来る激流にババは慌てて壁に近寄り、そこに拳を叩き込む。一発で二度の衝撃が壁を襲い、二発殴れば四発殴ったことに等しい。特注の手袋が生み出す威力もあって、壁はその二発の拳で何とか叩き割れていた。


 その先に存在した部屋の中にババは急いで逃げ込む。が、当然のようにそこにも壁から生まれた水は流れ込み、ババは逃げ込んだ部屋の奥まで押し込まれた。そこに存在する壁に背をぶつけ、ババは背中を押さえて悶え始める。


「いったー……!?」


 その間にアクアアルタはババの逃げ込んだ部屋の前まで歩いてきて、そこにできた穴を驚いた様子で眺めていた。


「これはどうやったの?」

「アホか……? そんなことを話すわけがないやろ?」

「あら、そう。それは残念」


 そう言いながら、アクアアルタは部屋の中を見回し、ゆっくりと壁に手を触れる。


「でも、どちらにしても、ここは不正解」

「不正解……?」

「この部屋は()()()()


 そうアクアアルタが呟いた直後、アクアアルタの触れた壁を中心に、部屋全体の壁や天井が崩れ始めた。液体となって一気にババのいる場所に流れ込み、焦ったババは背後の壁を破壊しようと目を向けるが、その壁すらも液体と化している。


「嘘っ……!?」


 そう呟きかけた時には、ババの身体は部屋全体から生まれた水の中にあった。前後左右の感覚が消え、転がるように押し流されながら、ババは必死に止まろうと手を伸ばす。

 だが、その程度で水の流れに逆らうことは不可能だ。ババの身体はどこまでも流され、ババは自分がどこにいるのかも分からなかった。


 死ぬ。そう思った時、ようやく床か壁かも分からない硬さを発見し、慌てて手を伸ばす。身体の落ちるままに、その部分に足を乗せると、ようやくババは身を起こすことに成功した。


「ぷはっ!? 死ぬっ!?」


 水面から慌てて顔を出し、助かったと思いながら大きく息を吸っていると、そのババの隣から覚えのある声が聞こえてくる。


「お前は何をしているんだ?」

「ああ、何や……?」


 その声に顔を向ければ、そこにはヤクノが立っていた。


「あっ、ヤクノやんけ」


 そうババが呟く中、ゆっくりと存在したはずの壁を通り抜けて、ババの流れついた廊下にアクアアルタが姿を見せた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



「お怪我はありませんか?」


 そのように聞いてくるサラさんを前にして、カザリは見つかったと絶望していた。どうしようと考え、周囲に目を向けようとする中、サラさんはゆっくりとカザリに近づきながら、変わらぬ口調で声をかけてくる。


「この辺りは危険です。向こうに避難しましょう」

「えっ、あっ、えっ……?」


 その思わぬ声掛けと、最初にサラさんが言ってきた言葉を思い返し、カザリは気づいた。


 どうやら、自分が行ったことはまだばれていないらしい。


 それなら、ここは下手に反論することなく、サラさんの言うことに従うことで、怪しまれないようにしよう。適当なところで離れ、超人と合流できれば、カザリの立場は保障されるはずだ。

 そのように考えながら、カザリはサラさんに近づいていく。


「ありがとうございます」


 カザリはサラさんに案内されるまま、その場から移動しようとした。その時のことだった。


「サラさん! ここにおったんか!」


 遠くから別の女性の声が聞こえ、カザリとサラさんの歩き出そうとした足が止まった。サラさんは声の聞こえた方に懐中電灯を向け、迫ってくる人物を照らし出している。

 その姿と声を聞きながら、カザリは不安な気持ちを抱え始めていた。


「どうされましたか?」

「いや、サラさんが心配やから、守ってこいって姉貴が……」


 そう言いながら、近づいてきたヒメノの視線がカザリに止まる。そこでそれまで安堵した様子を見せていたヒメノの表情が曇り、やや敵意の籠った視線がカザリに刺さった。


「花厳あやめ……ちょうど良かった。ちょっとあんたに聞きたいことがあるんやけど」


 その声を聞いたことでカザリは気づく。


 どうやら、自分が行ったことはもうばれていたらしい。

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