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4-16.パンケーキセット

 軽快に壁を蹴り、ウェイトレスは天井に昇った。ヒメノとヒナコを見下ろし、足を突き出す体勢を取ったかと思えば、上から押されたように急速に落下していく。

 その速度は想定よりも速かったが、動きはあくまで直線的だ。ヒメノとヒナコはウェイトレスが迫った時には移動し、その一撃を回避していた。


 落下したウェイトレスは廊下を破壊し、そこに足を埋めながら、不満そうに頬を膨らませている。


「ちょっと!? 避けないでくださいよ!?」

「いや、アホか。避けるに決まっとるやろ。どこの世界に敵からの攻撃を避けへん奴がおるねん」


 ウェイトレスの思わぬ発言に、ヒメノは呆れた顔をする。当然と思える指摘だが、それを受けてもウェイトレスの不満は解消されないらしく、不機嫌そうに頬を膨らませたまま、廊下に埋まった足を引っ張って抜こうとしていた。


 その光景を見ながら、ヒメノはここの方がウェイトレスとはやりやすいと思っていた。前回のように広い空間だと、自由に飛び回られて捕まえることも難しくなるが、ここなら移動に制限がかかる上、得意の落下も高さが出ない。急な軌道の変化が起きる関係上、位置には気をつけないと押し潰されることになるが、それさえ意識していたら、十分に対応できるだろう。


 ここはさっさと終わらせて、他の様子を確認しに行こうと考えるヒメノに、こっそりとヒナコが近づき、耳元に口を寄せてきた。


「ヒメノ。あの子は私が引き受けるから、あんたはサラさんを探してきい」

「はあ? 何や、姉貴。急に何言っとんねん? 超人目の前にして、一人でここから逃げ出せ言うんか?」

「どういう状況かは分からへんけど、屋敷の中に超人が入り込んどることは確かや。サラさんは怪人やないけど、怪人と一緒におる言うて、どういう目に遭わされるか分からへん。その前に保護せんと」

「いや、そうやとしても、ここに姉貴を置いていく理由にはならへん。それやったら、私があいつを引き受けるから、姉貴が探しに行けばええやん」

「アホか? 適材適所って言葉があるやろ? こういう戦闘の場やったら、あんたよりも私の方が向いてる。そういう力を持っとる。残るんなら、ここは私であるべきや」


 サムズアップするように親指を立てたヒナコが、その親指を自身の首元に当てる様子を目にして、ヒメノは反論の言葉が出てこなかった。ヒメノは異常と言える力に頼られなければ、ヤクノも組み伏せる程度の体術を扱えるが、それはヒナコも変わらない。こういう場で、怪人としての力も必要となれば、傷の治療に特化したヒメノより、ヒナコの方が向いているという点は事実だった。


 しかし、偶然にも逢ってしまったとして、ここで向こうが襲ってきた理由の大半は自分にある。その理由を加味すれば、この場にヒナコを置いて、さっさと立ち去るという選択がヒメノにできるはずもない。


「それやったら、さっさと二人であいつを仕留めて、サラさんを探しに行った方がええんちゃうか? サラさんがどうなっとるか分からんように、この場に他の超人が来るかもしれへん。そうなった時、姉貴一人でどないかできるって言うんか?」

「早く終わらせなあかん言うなら、それはこっちだけやない。サラさんの方も一緒や。超人がどう動いとるか分からん以上、サラさんをはよ見つけた方がええやろ?」

「そうは言っても、来とるか分からん危機より、今は目の前の危険の方が考えんといかんのちゃうか?」

「その目の前の危険にサラさんのことも含まれとるねん。確実に動けるのは、超人と二対一で対面しとる私らだけや。後はどうなっとるか分からん以上、期待はできひん。ここで動かんと、気づいた時には手遅れかもしれへん。あんたが優しいから、どうせ、自分を狙ってきとる超人を前にして逃げられへんとか思っとるのかもしれんけどな。そう言うのは家族にいらんから、はよ行け」


 ヒナコに背中を押され、ヒメノは僅かにウェイトレスから離れるように歩き出される。その間にもウェイトレスは埋もれた足を抜き、こちらに構えようとしている。決断するなら、もう今しかないだろう。


「ああ、もう! 分かったから、姉貴、ちゃんと無事でな!」

「それはこっちの台詞や。サラさん見つけて、ちゃんと合流するで。死んだら、殺すからな?……おっと、失礼」


 誤魔化すように口を押さえるヒナコに見送られ、ヒメノは一人で廊下を駆け始める。その姿を見たウェイトレスが慌てたように目を見開いていた。


「ちょっと!? 何を逃げようとしているんですか!?」


 追いかけようと、ヒナコを飛び越えるような動きで駆け出そうとしたウェイトレスに反応し、ヒナコは手を伸ばして、ウェイトレスを廊下に引き摺り下ろす。


「痛っ!? 何するんですか!?」

「それはこっちの台詞や。ここに人がおるのに、無視して上行こうとするのは失礼やろ。超人は礼儀も知らんのか?」

「怪人に礼儀とか必要ありませんから」

「ああ、そう。なら、こっちも別に遠慮せずにやってもいいやんな?」


 そう言いながら、ヒメノは自身の首筋に親指を当て、ゆっくりと()()()()()()()()()()



   ◇   ◆   ◇   ◆



 増毛の波に押し寄せられ、ミトとソラは膨れ上がるリーゼントから逃れるように、廊下を走り出していた。リーゼントはミト達の逃げ道を塞いだ時と同じように、大きさを増しながら、どんどんこちらに迫ってくる。


「ダメ……!? 追いつかれる……!?」


 振り返ったソラが困ったように呟き、ミトは振り返るまでもなく、そこに迫っているリーゼントを想像した。大量の髪の毛に押し潰されたとして、それでどのようになるのか分からないが、あまり良い印象は浮かばない。


「どこかに逃げ込もう!?」


 ミトがそう叫び、前方に見えた扉に飛びついた。ドアノブを回してみたら、止まることなく扉は開く。


「ソラ! ここ!」


 咄嗟にミトはソラに呼びかけながら、その部屋の中に逃げ込んだ。ソラもその後に続き、扉を閉めようとした直前、リーゼントが扉の向こうを通過し、ミトは思わず座り込んでしまう。


「おいおい……!? 避けるなよ……!? せっかく確実な方法を選んだのによ……!?」


 リーゼントを伸ばしたまま、ゆっくりとこちらに近づいているのか、バトルシップの声が遠くから、少しずつ大きくなるように聞こえてくる。


「まあ、いいか……そこを選んだのなら、そこで死ね……」


 そう呟いた直後、扉を閉めようとしたミトの前で、リーゼントの一部が開き、扉が閉まらないように押さえるように、部屋の中に倒れ込んできた。空洞だったリーゼントの中身から、ドライアイスのような煙が部屋の中に漏れ、ミトとソラは咄嗟に逃げるように部屋の奥へと移動する。


「さあ、何が出る……?」


 遠くからバトルシップの声が聞こえてきた直後、煙がゆっくりと晴れ、リーゼントの内側にあった物が見えてきた。


 それは小さな一人用のテーブルだった。


「テーブル……?」

「何か乗ってる」


 そう言ったソラの声に引かれ、ミトがテーブルを良く見ると、その上には皿に盛られたパンケーキが置かれていた。パンケーキの上ではバターが溶け、その両サイドにはナイフとフォークも用意されている。パンケーキの奥にはハチミツの入った瓶と、牛乳の入ったコップも置かれている。


「えっ? どういうこと?」


 戸惑うミトがソラに目を向け、ソラがゆっくりと小首を傾げる中、その様子に気づいたらしいバトルシップが離れた部屋の中まで響くほどの声で、思わず叫んでいた。


「外れじゃねぇーか!?」


 前回は希望の化身が登場し、苦しめられたリーゼントの中身だが、それはバトルシップにも選べないのか、今回のパンケーキは外れであるらしい。


「失せろ!」


 そう言ったかと思えば、リーゼントが急に動き出し、ミトとソラが避難した部屋の壁に勢い良くぶつかってきた。それによって中に入っていたテーブルが吐き出され、ミトとソラのいる部屋の中に、テーブルが倒れ込んでくる。上に乗ったパンケーキは皿から落ち、ナイフとフォークは床に転がり、コップは中に入っていた牛乳を撒き散らしている。唯一、ハチミツの入った瓶だけ中身を守っているが、そこに安心感を覚える余裕など、当然のようにない。


「ちゃんとしろ!」


 そうバトルシップは叫び、部屋の中に押し寄せるように開いていたリーゼントを一度閉じた。その直後、同じようにリーゼントの一部が開いて、リーゼントの一部が部屋の中に倒れ込んでくる。


「変なのが出たら、ぶっ殺すぞ!?」


 そう叫ぶバトルシップの声にミトが思わず怯える中、開いたリーゼントから、今度はしばらく何も出てこなかった。騎士のような鎧も、ドライアイスのような煙も、パンケーキの乗った小さなテーブルも、その中には見えない。


 そう思った瞬間、リーゼントの中から巨大な獣の足が姿を見せた。ミトの腕から飛び出す三匹の足と思えば、ちょうどいいくらいのサイズだ。

 その大きさに驚いていると、もう片方の足も飛び出し、ゆっくりとリーゼントの中から、その足の持ち主である獣が姿を現していく。


「おお、今度は当たりだ」


 バトルシップがそう呟く声を遠くに聞きながら、ミトとソラは部屋の中に無理矢理入り込んできた、リーゼントの中から現れた獣を見上げる。


 それは()()()()()()()()()()()()だった。

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