4-14.エマージェンシー
部屋に運ばれた夕食にようやく手をつけようと思ったところで、ヒメノはヒナコからの呼び出しを受けた。姉からのスマホ越しの呼び出しに、猛烈に嫌な予感を覚えながらも、ヒメノは夕食片手にヒナコの部屋を訪問し、そこで姉妹水入らずの夕食を過ごすことになる。
「んで、わざわざ呼び出して、何の用なん?」
「今日来たあの女の子。あの子を案内してから、ヤクノと話してへん?」
「ん? いや、逢ってないし、何も話してへんけど?」
「そう。なら、一から話さなあかんか」
そう言ってから、ヒナコはヒメノがミト達と一緒にカザリの案内をしている最中、ヤクノから聞いたカザリに関する疑問のことを聞く。
「何や、それ? つまり、超人が怪人を見逃しとったってことか?」
「その辺は分からへん。見逃した言うても、実際に襲われとることは事実やし、どういう意図があるのかも分からん。ただ超人の行動におかしな点があることは間違いないやろな」
「それで、それを聞いた姉貴は何もせえへんかったんやな?」
「流石に情報抱えて傍観はできひんから、組合長には話そうとしたんやけどな。そういう時に限って、あの変人、見つからへんねん」
いつものように取り繕うこともなく、恐怖さんの悪口を口にするヒナコを見ながら、ヒメノは恐怖さんと屋敷の中で偶然、逢ったことを思い出していた。何をしていたのか知らないが、タイミング的に出回っていた時なのだろう。
そう思いながら、ヒメノはヒナコの部屋に持ち込んだ夕食のサンドイッチを目にし、そこに挟まれた肉を確認する。
(狩りか……)
ヒメノは恐怖さんの趣味の一つを思い出し、出歩いていた理由を何となく察した。
「取り敢えず、今日は様子見るにしても、明日からはちゃんと監視するべきやね。あの子自身に何かあるか分からんけど、怪しいことは事実やし、流石に無視はできひんわ」
「まあ、それはそうやな。私も正直、百パーセントの信頼はできひんかったから、ミトくん達に見とくように伝えたし、まあ、怪人なのは確かやから、変な行動は起こさん……と思いたいんやけどな」
怪人も超人も人間である以上、一人一人に個性があり、全員が全員、共通の認識の中で行動するわけではない。それはあまり賢い選択ではないと誰もが思っていても、それに気づかない人も当然、存在する。誤った選択をしないように教え、導くことができればいいのだが、相手が何を考えているか分からない以上、防げないことも多い。
「用はそれだけやから。食べ終わったら、もう帰り」
「ああ、はいはい。分かったわ。じゃあ、お休み」
夕食を終えたヒメノが持ち込んだ物をまとめ、ヒナコの部屋を後にしようとする。ちょうど、その時のことだった。
屋敷全体に鳴り響くほどの音量で、けたたましく警報が鳴り始めた。部屋を出ようとしていたヒメノは動きを止め、ヒナコと共に驚きと警戒の籠った目を周囲に向ける。
「おいおい……姉貴? 警報が鳴っとるで……あるって言われとったけど、今の今まで聞いたことのない警報がついに……しかも、このタイミングで……」
「嫌な予感しかせえへんな……」
ヒメノとヒナコは強張った顔を見合わせ、何が起きたのか把握するために揃って部屋を飛び出す。どこで何が起きているか分からない以上、二人は廊下を二手に分かれて、走り出そうとした。
その直前、部屋を飛び出した二人の近くに、偶然にも、一人の人物が立っていた。
「あっ!? 貴女は!?」
そう言いながら、自身を指差したリクルートスーツ姿の女を目にし、ヒメノの表情は引き攣ったものに変わっていく。
「ここで逢ったが百年目です! この前の借りを返させていただきます!」
「何や? この子、知り合いか?」
不思議そうに聞いてくるヒナコにヒメノは頷きながら、スミモリに関する仕事のことを思い出していた。
「この前の仕事で逢った超人や」
そう教えられ、驚きの目を向けるヒナコの前で、こちらに対して臨戦態勢を取るウェイトレスを見ながら、ヒメノはぼんやりと別のことも頭に思い浮かべていた。
(こいつがおるってことは、あの時に逢ったもう一人も……)
◇ ◆ ◇ ◆
けたたましく鳴り響く警報に叩き起こされるようにミトは身を起こした。夕食を終え、部屋でまったりとしている中、襲ってきた猛烈な音に何が起きたのかとミトは目を丸くしていた。
ただ何かが起きたことは間違いないはずだ。そう感じたミトが起きたことを確認しようと、部屋からこっそりと廊下を覗いてみる。
変わらず明かりのついた廊下には誰もいない。何かが起きている様子も見えない。気のせいかと扉を大きく開け、廊下に顔を出してみる。
そこでミトは部屋から出てきて、隣に向かおうとしているソラを発見した。
「ソラ……!」
ミトの呼び声に反応し、ソラが立ち止まって振り返る。
「この音は何?」
「警報。異常事態。何かあった」
端的に情報を伝えてから、ソラはカザリの部屋に向かおうとしているようだった。
「異常事態? 何かって何が?」
そう聞きながら、ミトも部屋から飛び出し、ソラと一緒にカザリの部屋の前に立つ。
「何かは分からないけど、ちゃんと聞いたのは初めてだから、相当に大変なことだと思う」
「大変なことって……火事とか?」
「かもしれない」
ミトと話しながら、ソラがカザリの部屋の扉をノックする。一回、二回とノックを繰り返すが、カザリは部屋の中から出てこない。
「反応がない」
「あれ? おかしいね?」
ソラのノックに反応がないこともそうだが、これほどまでに警報が鳴り響いている中で、ずっと部屋の中に籠っているという状況もおかしい。普通はミトのように何が起きたのか、外の状況を確認しようとするはずだ。
「アーヤ」
ソラがカザリの名前を呼びながら、更に扉をノックしてみるが、カザリは部屋の中から出てこない。流石に何かあったのかと心配になってきた頃、ソラがノックをやめて、ドアノブを握った。
「あれ?」
「どうしたの?」
「開いてる」
そう言って、ソラはカザリの部屋の扉を開けて、中に入っていってしまう。ミトは迷いながらも、ソラの後についていく形で、ゆっくりとカザリの部屋に足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす……」
そう声をかけてみるが、その声にも返答はなく、ミトとソラは踏み込んだカザリの部屋で、ただゆっくりと全体を眺めるばかりだった。
「いない……?」
「いない」
ソラがクローゼットの中なども確認し、部屋の中にカザリの姿がないことを確認する。
「どこに行ったんだろう?」
「何かあったら危ない。探そう」
ソラの提案にミトは頷き、一緒に姿を消したカザリを探すために、屋敷の中を走り回ろうとした。
そこで聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「おいおい。まさか、昼振りの顔に逢えるとはな」
その声にミトとソラは自然と足を止め、驚きと緊張と動揺で表情を強張らせ、ゆっくりと声のした方向に振り返った。
「ここはお前らの住処でもあるのか? なら、ちゃんと挨拶はしないとな。邪魔してるぜ」
そう言いながら、挑発的な笑みを浮かべたのは、バトルシップだった。