4-12.組合長
球体と球体を組み合わせて、子供が作ったような見た目だった。手足は申し訳程度についているが、その身体を支えるには歪と言える。シルクハットを目深に被り、全身にピタリと合ったスーツを身にまとい、服装だけは紳士然としているが、当然、印象は紳士よりも化け物の方が勝る。
そういう恐怖さんを前にしたことで、カザリは言葉を失ったように固まっていた。シルクハットの下から覗く口元を笑みに歪め、シルクハットの内側に隠れた目で覗き込むように身体を傾けながら、恐怖さんはカザリの前に立つ。
「おやおや、初めましてかね?」
間近に近づいてきた恐怖さんを前にし、カザリはぎょっと怯えるように身体を竦め、僅かに下がる。すぐにそう言った反応を取ってしまったことに申し訳なさを覚えたのか、カザリは下がりかけた足を何とか踏ん張って立ち止まるが、その反応は正しいとミトは思う。
初対面で、今の近づかれ方をしたら、恐らく、ミトも同じ反応をしていただろう。
「組合長。彼女が言ってた、花厳あやめさんや」
「ああ、例の連絡をくれたという……いやいや、そうか。そうだったのか。では、ゆっくりしていくといい。私達は君を歓迎しよう」
恐怖さんがカザリに片手を差し出し、カザリは怯えた様子を見せながらも、ゆっくりと恐怖さんの手を取る。
「ここに来たからにはもう怯えることも、隠れることもない。ここでは普通に暮らしたまえ。それができる場所に君は来たのだから」
「あ、ありがとう……ございます……」
カザリの手を握り、恐怖さんが笑みを浮かべたまま、握手を交わした。その姿を見ながら、ミトはヒメノの言った一言に疑問が生じる。
「組合長……?」
こっそりとソラに視線を向けると、ソラは小さく頷き、ミトの耳元に唇を近づけてきた。
「恐怖さんが怪人組合の組合長」
「えっ……? そうなの……?」
考えてみれば、怪人組合という組織であるからには、その組織のトップに立つ人物がいるはずだ。その人物と明確に逢ったことはなかったが、もしも逢ったことのある怪人から、その役目に最も近い人を選ぶとしたら、確かにそれは恐怖さんだった。
しかし、これまでの振る舞いから、ミトは恐怖さんに対する信頼があまりなかった。怪人組合という場を提供してくれたことはありがたく思っているが、恐怖さん自体は信頼に値する人、もとい、怪人ではないという考えに至っている。
「このまま立ち話に興じるのも悪くはないが、私としてはゆっくりと話せる場にて、君とは話したいと思っているが、君はどうだい? ここで立ち話でも始めるかい?」
恐怖さんからの問いにカザリは困ったようにヒメノを見ていた。その視線にSOSを感じたらしいヒメノが、カザリに代わって恐怖さんの質問に返答する。
「もうそろそろ、サラさんが部屋を用意するやろうし、一旦、そっち行くわ。組合長は話し始めたら長なるし、来たばっかりで疲れとる身体には罰以外の何でもないやろ」
ヒメノの辛辣な返答を受けて、カザリが恐怖さんの反応に怯えた素振りを見せる中、恐怖さんはシルクハットの下から覗く口元を大きく上げて、面白そうに笑い始めた。
「これはこれは手厳しい評価だ。だが、これと言った反論もできそうにない。罰を与える気など更々ないので、今回は立ち去るとしよう。では、また」
恐怖さんが僅かにシルクハットに触れ、お辞儀をするように身を屈めてから、廊下をまっすぐに歩き始めた。
思えば、屋敷の中を移動する恐怖さんと遭遇するのは、これが初めてだった。ミトは恐怖さんがどこに向かっているのだろうかと少し気になるが、今は別に優先することがある。
「さて、じゃあ、そろそろ時間やし、移動しよか」
「どこに行くんですか?」
「カザリさんの部屋(予定)」
◇ ◆ ◇ ◆
ヒメノの案内で移動した先は驚くことにミトやソラの部屋が立ち並ぶ一角だった。ミトの部屋の前、ソラの部屋の前を通過し、ソラの部屋の隣にある扉の前で、ヒメノは足を止める。
「ここや。ここをサラさんが掃除してくれとるはずやで」
「隣だ」
ソラがぽつりとそう言って、隣の部屋に目を向けると、カザリが驚いた目でソラを見ている。
「よろしく」
ソラがいつもの冷めた口調で挨拶し、カザリは反応するように頭を下げていた。やや仰々しくお辞儀をしながら、「よろしくお願いします」と挨拶している。
その間にヒメノは部屋の扉を開けて、中に足を踏み入れていた。言っていたようにサラさんが掃除を済ませていたのか、外から見える範囲の部屋の中は非常に綺麗に整っている。
「ここ、好きにつこていいから、遠慮せずにここで休み。逃げてきた後で、いろいろと歩き回ってもうたし、もう疲れたやろ?」
ヒメノの問いにカザリは戸惑いながらも、ヒメノの視線の圧なのか、否定はできない様子だった。ヒメノに促されるまま、カザリは部屋の中に足を踏み入れて、こちらを振り返る。
「では、ゆっくりさせていただきます」
「うん、そうしぃ」
与えられた部屋の中に入ったカザリを見守ってから、ヒメノはゆっくりと扉を閉じて、ミトとソラのいる方を振り返る。
「さて、私達も戻ろか」
そう言いながら、ヒメノは二人に近づいてきて、すぐ近くに立ったかと思うと、僅かに二人に届く声で囁くように言ってきた。
「あの子、ちゃんと見といてな」
「えっ? どういう意味ですか?」
「分かった」
ヒメノの言葉の真意が分からず、戸惑うミトに対して、ソラは理解したように頷いていた。
「じゃあ、二人も今日はお疲れさん」
ミトとソラの反応を見たヒメノがそれだけ言って、その場から立ち去ろうとする。
だが、ミトはまだ解決していない疑問が存在し、ヒメノをこのまま帰すわけにはいかなかった。
「ヒメノさん、待ってください」
そのように声をかけながら、ヒメノの肩を掴むと、ヒメノの鋭い視線がミトに向く。肌に突き刺すような視線に思わず離れそうになるが、ミトは怖気づくことなく、ヒメノと向き合う。
「何や? 変なこと言うたら、殺……」
「恐怖さんと逢う直前、僕の知らない怪人の部屋って言いませんでしたか?」
ミトが自身を睨みつけるヒメノにそう質問すると、ヒメノの瞳はゆっくりと見開いて、唖然とする表情に変わった。
「えっ? えっ? 今、何て?」
「だから、さっき、この屋敷に住む最後の一人の部屋をあっさりと紹介しませんでしたか?」
その問いにヒメノは風船から空気が抜けるような息を吐いて、呆れた目でミトを見てくる。
「いや、意外やわ。ミトくん、そういう子やったんやね」
「どういう意味ですか?」
「まあ、いいんちゃう? いいと思うよ」
ヒメノの意味の分からない納得に戸惑いながらも、ミトは食い下がることなく、気になっていたことを質問する。
「あの部屋に行けば、その最後の一人と逢えるってことですよね?」
「ああ、まあ、おるかもしれんけど、やめとき。言っとるようにまだ早いから。まだ冬眠中やから」
「えっ? 冬眠中? 何か、熊か何かがいるみたいな言い方してません?」
未だはぐらかすヒメノの振る舞いから、最後の一人と逢えない理由は依然として分からないが、存在を確認できた以上、どういう人くらいは聞き出したいとミトは思っていた。
だが、ヒメノはさっとミトの手の内から滑るように身体を離し、呆れたような笑みを浮かべながら、ミトに手を振ってくる。
「うん、まあ、何か……気が抜けたというか、落ちついたというか……まあ、お陰様でリラックスしたから、ホンマありがとう」
「えっ? いや、まだ話は終わって……」
そう言ってミトは手を伸ばそうとしたが、そこでソラがミトを止めるように肩を掴み、ミトの肩から腕にかけて、僅かに痺れるように電気が走った。
「痛っ!?」
「あっ、ごめん」
「い、いや、大丈夫だけど、どうしたの?」
急に掴んできたことを不思議に思って聞くと、ソラは無表情のまま、フードの中でかぶりを振る。
「騒がしいと怒るから、行かない方がいい」
「えっ? 騒がしいと怒る?」
そう聞き返してから、ミトはヒメノから聞き出そうとしていた最後の一人に関するアドバイスだと悟り、その人物像を僅かに掴むことになった。
「あ、ああ、そうなんだ……」
もしかしたら、気難しい人なのだろうかと、ミトの中で最後の一人のイメージが少しだけ具体性を持っていった。