4-9.1粒で2度おいしい
希望の化身が自立する。その光景を目にしながら、タイタンは壁を破壊した右手をゆっくりと持ち上げている。
次の攻撃が来る。ミトでも分かる予兆に、ヤクノはゆっくりと口を開く。
「あのデカブツ俺が止める。お前は向こうの鎧を破壊しろ」
「破壊しろ? 何や、その言い方? 破壊してくださいの間違いちゃう?」
「いいから、やれ! 死にたいのか?」
「ああぁ? 何や、やる気か?」
「違う。あいつに押し潰されるぞって意味だ。それくらいは理解しろ、馬鹿が」
「賢いつもりやったら、誰にでも伝わる言い方をしたらどないですか~?」
この瀬戸際で再び口喧嘩を始めようとするヤクノとババを目にし、ソラが二人の間に割って入るように身を滑り込ませた。それに気づいた二人はさっと距離を取って、それまでの五月蝿さが嘘のように静まり返る。
「あ、あの……あれを止めるって、腕が」
タイタンを止めると宣言したヤクノを心配し、ミトは思わずそう声をかける。ヤクノの手はタイタンの攻撃を受け止め、希望の化身を攻撃した影響から、既に限界を迎えているはずだ。
「もう一回くらいは何とかできる。お前が口出しするな」
「そう言われても、その感じだと心配するよ」
ミトが率直に心配する気持ちを伝えると、ヤクノは気に食わなかったのか鼻を鳴らし、上空で再び右腕を構えようとするタイタンに目を向ける。
「もう一度、鎧を利用して軌道をずらす。その上で残った右腕を使えないように引き千切る。その傷をあの鎧が治さないようにお前が壊せ」
ヤクノがババに命令するように作戦を伝えると、ババは気に食わないながらも、それを拒否する暇はないと思ったのか、ポケットから取り出した手袋を両手に嵌めていた。
「しくじったら、殺すからな。分かっとるんか?」
「それはこっちの台詞だ。ミスったら、握り潰す」
お互いに相手を罵りながら、二人は揃ってタイタンや希望の化身と向き合う。それを待っていたかのようなタイミングで、タイタンが振り上げた右腕を大きく振り下ろそうとしていた。
それを確認したヤクノが走り出し、立ち上がり、今にも動き出そうとしていた希望の化身の懐に潜り込むと、その身体を勢い良く持ち上げた。
そのまま持ち上げる勢いに乗せて、希望の化身を上へと放り投げ、希望の化身はタイタンの身体を支えていた右足に直撃する。タイタンは右足一本で身体を支えている状況だ。言ってしまえば、片足立ちの状態なので、そこに大きな物が勢い良くぶつかれば、当然のように身体は揺れる。
振り下ろされたタイタンの右腕は必然的に狙いを外れ、さっきとは反対側に位置する建物を潰すように落下した。
そこに再びヤクノが駆け寄って、タイタンの右腕の肉を摘むように掴んだ。そのまま力任せに引っ張り、ヤクノはタイタンの腕から、いくつかの肉片を千切り取っていく。
「痛っ!? やめろぉ!?」
上空でタイタンが叫ぶが、ヤクノは気にすることなく、タイタンの腕から細かな肉片を取り続けた。タイタンは痛みに耐えかねたのか、腕や足を元のサイズへと戻していき、再びバトルシップの隣で蹲るように苦しんでいる。
タイタンの右足にぶつかり、落下した希望の化身がその場所に向かおうと起き上がった。その前に立ち塞がるように、手袋を嵌めたババが移動し、拳を構えている。
「お前の相手は俺や。向こうには行かさへんよ」
そう告げるババに反応して、希望の化身が剣を構えた。ババを追い払うように剣は振るわれ、ババはその間合いを計るように背後へ下がる。
それを追いかけるように希望の化身が踏み込んできたところに合わせ、ババは構えていた拳を振るい、希望の化身の頭に叩き込んだ。希望の化身の上半身が大きく揺れ、頭を構成していた兜が砕ける。
「えっ……?」
ババの拳が希望の化身の兜を砕いたことに、ミトは思わず驚きの声を漏らした。カザリも同様に驚きの反応を見せる中、ソラだけが冷静にババの嵌めた手袋を見ている。
「あの手袋特注で、手の甲の部分に金属が入ってるから」
「そ、それで……?」
そうは言っても、そこまでの威力が出るのかとミトは思ったが、希望の化身の兜は確かに砕けて、破片がババの隣に散っていく。
その一撃の影響から、前後に揺れる希望の化身を前にして、ババは更に希望の化身の胴体を狙うように拳を叩き込んでいた。希望の化身の胴体も跳ね返るように動きながら、兜のように砕いていく。
しかし、それらの攻撃も意味がないと言わんばかりに、希望の化身の砕かれた鎧は即座に修復を開始していた。ババが次の攻撃を加えようとする頃には、兜がほぼ修復し切ろうとしており、このままでは破壊することは不可能だとミトは思う。
それでも、ババは止まることなく、拳を再び兜に叩き込んでいた。希望の化身の頭が大きく前後に揺れ、再び破片が飛び散っていく。
すぐにババは動き出し、胴体を狙って一撃を加え、頭が直る前に兜への攻撃を再開する。一発、二発と何度も拳を叩き込むババを目にしながら、ミトは次第にそこに存在する異変に気づき始めていた。
「直るのが間に合ってない……?」
急速に修復しようとする希望の化身だが、それらの修復が間に合うことなく、ババの拳は希望の化身を砕き続けているように見えた。傷に触れれば痛みが増すように、直り切らない部分を叩くことで、更に破壊しているようにも見えるが、それにしては壊れる速度が速過ぎるように思える。
ババの攻撃の速度自体は特別に速いわけではない。ヤクノの時と比較しても同じくらいで、希望の化身の破損度合いも同じくらいのはずだ。
それなのに、ババの方が着実に希望の化身を破壊し始めている。そのことにミトが驚いていると、ソラが小さくミトにだけ聞こえる声で呟く。
「あれ。キッズの攻撃を受けた時の反応を見て」
そう言われ、ミトは希望の化身に目を向ける。ババが殴った直後、希望の化身の身体は大きく跳ねて、砕けた破片を周囲にばら撒いている。
「あれ? 殴られてるのに倒れてない?」
ババが何度殴っても、希望の化身は背後に倒れることなく、逸らした上体は跳ね返るように戻っていた。それによってババは間を空けることなく、希望の化身に拳を叩き込めているように見える。
「あれがキッズの力。殴った反対側から同じ衝撃を与えるんだって」
「それって、つまり、前だけでなく、後ろからも殴っているような状態になるってこと?」
ミトの疑問にソラは首肯し、再びババに殴られる希望の化身を見た。良く見れば、飛び散る破片はババに殴られた前面だけではなく、背面からも飛び散っている。
あれはそのババの殴った衝撃を受けたからなのだろう。
「いい加減にくたばれや!」
ババが大きく叫びながら、大振りの一撃を希望の化身に叩き込んだ。それを受けた希望の化身の身体に大きな罅が入り、そこから一気に瓦解するように希望の化身の身体が崩れ始める。
その光景を目にしたババがようやく殴ることをやめ、疲れたように大きく肩で息をしながら、振り続けた両腕をだらんとぶら下げていた。こちらもヤクノと同じく限界に達したのだろう。
「ミト! やれ!」
そこでヤクノが叫び、ミトは反射的に片腕を上げていた。バトルシップとタイタンがいる方に向け、ミトは心の中でわん太郎の名前を呼ぶ。
瞬間、ミトの腕から巨大なわん太郎の頭が飛び出した。それが一直線にバトルシップとタイタンのいる場所に向かっていく。
「おいおい……!? ふざけ……!?」
バトルシップがタイタンを抱えて動き出そうとした直後、わん太郎が二人のいた場所に飛びかかった。どうなったかはミトからも分からないが、それを目にしたヤクノが急いで駆けてくる。
「今の内に退くぞ」
「あの二人は確認しないで大丈夫?」
「関係ない。今は逃げることが先決だ」
ソラの確認にヤクノは告げて、ミト達は急いで、その場から離れるように逃げ出す。
その直前、ミトは念のため、わん太郎を戻す際に口元を確認してみたが、あの二人を食らっていたらあるはずの血はどこにも見当たらなかった。