4-8.希望の化身
金色に輝く騎士の鎧が音を立てて、歩を進める。膨らんだリーゼントの中から、降車するように出てきた鎧を前にして、ミト達はたじろぐ。
これは何だと全員が戸惑いの視線を交わらせる中、騎士を目にしたバトルシップが嬉しそうに口を開いた。
「おおー、希望の化身じゃねぇーか。こいつは当たりだ」
「希望の化身……?」
希望の化身。バトルシップの口にしたそれがどうやら鎧の名前らしい。それは分かったが、そこで動く鎧が何者なのかは一切分からなかった。
そう考えていたら、歩いていた騎士が立ち止まって、腰元に提げていた剣を手に取る。鞘から抜かれ、目の前で掲げるように持ち上げたかと思えば、こちらをまっすぐに見据えてくる。
「こっちに来い!」
そこでバトルシップが片手を振り上げ、希望の化身を呼ぶように叫んだ。その声に反応した希望の化身が動き出そうとする中、その動きを止めるようにヤクノが手を伸ばす。タイタンの右腕を受け止め、震える片手で希望の化身の身体をがっちりと掴み、ヤクノは希望の化身を睨みつける。
「動くな」
その一言に怯えることも、反応を示すこともなく、希望の化身は動き出そうとし、ヤクノは希望の化身を掴んでいた片手に力を込めた。希望の化身の身体が音を立てたかと思えば、頑丈そうな鎧の一部が砕けて、破片が辺りに飛び散る。
それによって、希望の化身の中身が露わになり、そこに見えた光景にミト達は一様に目を丸くした。
「中身が……ない……?」
戸惑ったようにヤクノが呟く中、希望の化身は止まることなく、歩き出そうとする。
それだけではない。ヤクノがたった今、砕いたばかりの鎧の一部が少しずつ、生えるように修復されようとしていた。
「直っている……?」
ミト達が揃って戸惑う中、希望の化身は少しずつ速度を増し、やがて、走り出したかと思うと、バトルシップの横で悶えるタイタンに駆け寄った。
「治せ」
そこでバトルシップの命令に従って、希望の化身は手に持っていた剣をタイタンに向け、その剣を当てられたタイタンの右手の傷が見る見るうちに回復していく。
「自己修復に他人の怪我の治療? 何だ、あの鎧は……!?」
ヤクノが募った苛立ちを吐き出すように叫ぶ中、タイタンは希望の化身によって治療された右手の様子を確認するように、何度も開いては閉じ、という動きを繰り返していた。
それから、希望の化身が再びミト達に目を向ける。
「タイタン、動けるか? 今ならドクター付きで、あいつらを蹂躙できるぞ?」
「もちろんだ」
「よし、おい、あいつらを制圧しろ」
タイタンの様子を確認したバトルシップが希望の化身に命令を下す。その命令を受けた希望の化身が再び動き出し、ミト達のいる場所に向かって走り込んできた。
さっきタイタンの傷を治療するために向けていた剣を構え、こちらに接近すると同時に振るい始める。
「下がれ!」
ヤクノの指示に従って、ミトはカザリと一緒に後ろに下がる。接近してきた希望の化身に反応し、ソラは被っていたフードを脱ぎ、そこから電気を放った。剣を振りかざす希望の化身に電気が直撃する。
だが、希望の化身の動きは一切、止まることなく、剣を一気に振り下ろそうとした。
そこにヤクノが割って入り、希望の化身の腕を握り締めた。鎧はクッキーのように容易く壊れ、片腕が希望の化身から崩れ落ちる。
それに伴って、剣も地面に落ちてしまうが、それは一瞬の変化でしかなかった。ヤクノが掴んだ鎧の一部を粉々に砕き、近くに捨てようとしている頃には、落ちたはずの片腕が生え始め、希望の化身はすぐに剣を拾い直している。
「クソッ! 修復速度が速過ぎる!」
ヤクノは即座に腕を壊すために手を伸ばすが、どれだけ壊しても希望の化身の動きを一時的に止めているに過ぎず、完全に破壊するほどの状況には至っていなかった。
相手の動きはそれだけに留まらない。ヤクノが希望の化身を止めている間に、タイタンは再び右足を大きく伸ばし、大木のように変化させていた。その上に乗っかるようにして位置する身体を振り、宙を殴るように拳を突き出す動きと共に、タイタンは再び右腕を肥大化させる。
大木のようなタイタンの右腕が落ちてくる。その光景を前にし、ミトは咄嗟に片手を持ち上げていた。
「わん太……」
「待て!?」
その声を聞いたヤクノが唐突に叫び、ミトの動きは思わず止まった。その隙にヤクノは希望の化身を持ち上げ、大きく振り被ったかと思えば、その身体をタイタンの右腕に投げつけていく。
「伏せろ!」
その声にミト達が身を屈めた直後、タイタンの右腕が落下した。
幸いにも、振り下ろすというよりも、落ちてくるという方が近しい動きだったからか、タイタンの右腕はぶつかった希望の化身によって軌道が変わり、ミト達に到達することなく、その隣にあった壁を崩す形で停止した。
「おい、お前は力を使うな……!」
タイタンの右手が壁を破壊し、瓦礫が崩れる中で、ヤクノはミトに詰め寄るように近づいてきた。襟元を掴まれ、ミトは目を丸くする。
「ど、どうして……?」
「ここから逃げるためには、あいつらの意識を邪魔する役割が必要だ……この中でそれができるのは、お前のペットしかいない……」
不意を突くことで、相手の意識を逸らす。その役割がいないとミト達は逃走できない。その手段をヤクノはミトに見ているようだった。
「で、でも、このままだと……」
ミトは自身に詰め寄ってきたヤクノの腕を見る。タイタンの攻撃を受け止めた時点で、ヤクノの手は限界のように見えた。
そこから、再三にわたる希望の化身への攻撃も加わって、ヤクノの手は徐々に常人の力しか発揮できなくなろうとしていた。その証拠にヤクノがミトの襟元を掴む力は少しずつ弱まっている。
「超人を倒す必要はない。永遠に追跡してくる可能性がある、あの鎧さえ潰せれば、後は何とでもなる」
ミトはちらりとリーゼントを確認する。中から希望の化身が出てきて以降、リーゼントに動きは見られない。
あれを出すことを力の一部に含んでいるとしたら、それさえ対応できたら、バトルシップの方はただリーゼントが大きいだけの人だ。ソラの電気も効くことは分かっているし、問題はないのかもしれない。
タイタンも同じことだ。逃げるスペースさえあれば、あの重さに偏った攻撃は食らわない。本体にソラの電気が効くのなら、ヤクノが腕を潰せなくても、動きは止められるはずだ。
だが、希望の化身はそう簡単には見えなかった。ソラの電気が効かないだけでなく、タイタンの攻撃を身に受けてしまい、ほぼ全壊に近い状態まで壊れたが、それでも、今はゆっくりと身体を修復し、上半身はほとんど元に戻っている。
この修復能力がある限り、どれだけヤクノが壊せても、希望の化身はこちらを襲い続けるはずだ。
「あれこそ、一飲みに……」
「それをしたら、今度は向こうの二人から逃れる方法がなくなる……」
ミトが手を上げようとしても、それを押さえ込むようにヤクノがそう言う。
「でも、その手で、あの鎧を壊すのは……」
難しいとミトが言おうとした時だった。
「何や何や? 豪い困っとるんか? 黙ってろって言われたから、黙ってますけれども、力をお貸ししましょうか? 俺なら、あの鎧も多分、壊せますけど?」
唐突にババがミトとヤクノの間に割って入り、ニタニタとした笑みでヤクノを見始めた。
「お前は……!」
「黙っといた方がええん? ホンマに?」
そう言いながら、ババはポケットに手を突っ込み、そこから手袋を取り出した。
「ホンマに?」
その問いにヤクノは悔しそうな表情を浮かべたまま、ただただ押し黙っていた。