4-7.右腕とリーゼント
カラオケ店を飛び出し、向かった先が分からないように路地へ入り込もうとした瞬間のことだった。
「待て、ゴラァ!?」
カラオケ店の店先から、バトルシップの激しい怒号が聞こえてきた。見つかったことを察したヤクノが舌打ちをしながら、ミト達は入ろうとしていた路地に飛び込んでいく。
「さて、どうやって逃げるか考えんといかんな」
ババが考え込むように呟くが、その一言を聞いたヤクノが反射的に振り返り、そこに立つババを睨みつけていた。
「お前はもう喋るな」
「は、はあ!? なんやねん、その態度は!? せっかく、逃げる方法を考えたる、言うとんのに!?」
「ふざけるね! お前の案に乗った結果がこの有り様だ! お前はもう二度と頭を使うな! お前に案を出させるくらいなら、こいつに考えさせて死ぬ方がマシだ!」
ヤクノがミトを指差し、ババをきっと睨みつけた。ヤクノからすれば、ミトも気に食わない側の存在のはずだ。そのミトを当てつけに使う辺り、ババに対する苛立ちが相当に募っているのだろう。
「はあ!? じゃあ、もう何も言わへんわ!? 自分で何とかしたらええやん!?」
「端から、そのつもりだ!」
ヤクノとババの言い合いがヒートアップする中、後ろを軽く振り返ったソラがやや慌てた様子で呟く。
「追いついてきた」
その声に振り返ってみれば、さっきまでカラオケ店の店先にいたバトルシップとタイタンが、ミト達の逃げ込んだ路地の入口に立っている。
「走って振り切れるものでもないか……」
そう呟きながら、ヤクノはちらりとカザリに目を向けていた。ここまでは何とかついてこられているカザリも、既に疲労が見え始めている状態だ。このまま走っていても、いずれは疲れて脱落することだろう。
それはミトも同じことで、カザリよりは元気だが、逃げ続けるヤクノ達と一緒に走り続けることは難しい。
あの二人を振り切るつもりなら、どこかであの二人の視界から確実に消える必要がある。そのための手段をどうするのかとミトも考えながら、バトルシップとタイタンの様子を見ようとしたところで、路地を入ったところから、二人がこちらに迫っていないことに気づいた。
「追ってこない……?」
ヤクノも同じことに疑問を覚えたのか、振り返りながら呟いた直後、路地の入口近くに立ったタイタンが何かを殴るように右手を構えた。
「何や、あいつら、この距離で殴ってくるつもりか?」
ババが怪訝げにそう呟いた瞬間、タイタンが右手を振り被るために、後ろに下げていた右足が急速に肥大化した。普通の足が電柱のような太さになったかと思えば、成長は止まることなく続いて、気づいた時には大木のように伸びている。
その逞しく成長した足の先端にタイタンはくっついたまま、眼下を走るミト達に目を向けてきた。
「やばい、やばい……!? 何や、あれは!?」
太く、大きく伸びた右足を支えに、頭上からミト達を見下ろしてくるタイタンが、そこで構えていた右手を大きく振るった。その動きに合わせ、今度は右腕が肥大化し、足と同じように大木のような太さになりながら、ミト達の元まで落ちてくる。
「押し潰される!?」
ババが思わず叫び、ミトとカザリは悲鳴を上げた。ソラは走りながら、ミトの服をぎゅっと掴み、ヤクノは冷めた目を上空に向けている。
走って逃げられる速度なら良かったが、肥大化する勢いと振り下ろされる速度もあって、巨大な拳は確実にミト達を押し潰す角度で迫っていた。
このままだと全員、ギャグ漫画みたいにペラペラの状態になって死ぬ。そうミトが恐怖し、必死に足を動かそうとした瞬間、ヤクノが一人で足を止めた。
「えっ……?」
「ヤックン?」
「何しとんねん!?」
それに釣られ、ミト達も足を止めた直後、ヤクノは迫る拳に向かって両手を伸ばした。
瞬間、ヤクノの伸ばした両手に、タイタンの膨らんだ右手が到達し、正面からぶつかった。頭上で僅かに静止したとはいえ、迫ってきた右手の圧力に負けて、ミト達はその場に思わず屈む。
その中でヤクノは力強く踏ん張り、右手を完全に止めようとしていた。
「うおおおおおおお!」
そのまま叫び声を上げながら、ヤクノは力任せに両手で握るような動きを見せる。ヤクノの両手はゆっくりとタイタンの右手の肉を掴み、タイタンの拳の先から破裂するように血が噴き出した。
「んがぁっ!?」
その痛みに耐えかねたのか、太く伸びた自身の右足を支えにして、空中に滞在していたタイタンが、その場で大きく体勢を崩した。そのまま巨木が倒れるように、路地の中に太い右足が横たわっていく。
それに合わせて、タイタンの右手はゆっくりと元のサイズに戻っていた。倒れ込み、タイタンが地面に転がるのに合わせて、右足も元のサイズへと戻っている。
タイタンは真っ赤に染まった右手を押さえ、その場で悶えるように苦しみ出す。僅かに持ち上げられた視線は憎しみが募っているのか、人を刺し殺しそうなほどに鋭いもので、まっすぐに向けられた先にはヤクノが立っていた。
「おいおい!? 大丈夫か!?」
タイタンの近くにバトルシップが駆け寄り、その場に蹲るタイタンを心配した様子で声をかけていた。それから、ミト達の前で震える両手を必死に押さえ込んでいるヤクノを睨み、納得したように声を出している。
「そうか。フードのガキがそうだったから、もしかしたら、そうかもしれないとは思ったが、やっぱり、お前ら全員怪人か。なら、話は早い。こっちは手加減する必要がないわけだ」
そう言ったバトルシップが懐に手を突っ込み、ミト達は思わず身構える。タイタンの動きは止めたが、バトルシップは未だ自由な状態だ。
何をしてくるか分からないと思った瞬間、バトルシップは懐から何かを取り出し、頭上まで持ち上げた。
それは櫛だった。
「はっ……? 櫛……?」
取り出した櫛で、自身のリーゼントを整え出したバトルシップを見て、ミト達は思わず唖然とする。
「何や、あいつ? 急に身だしなみを気にし始めたで?」
「良く分からないが、馬鹿なら好都合だ。さっさと逃げるぞ」
ヤクノがそう言いながら振り返った時のことだった。
「おいおい、どこに逃げるつもりだ? 逃げ場なんてないだろう?」
そうバトルシップが口にした瞬間、バトルシップが丁寧に整えていたリーゼントが膨らみ、路地を迂回するような軌道で勢い良く伸びてきた。リーゼントは速度と膨らんだサイズから、電車のような動きで移動し、ミト達が逃げようとした路地の先を封鎖する。
「逃げ道を塞がれた……!?」
「ただ塞いだだけじゃない。ちゃんと捕まえる機能付きだ」
驚きに呟いたヤクノの言葉にバトルシップがそう言った直後、伸びて路地を塞いだバトルシップのリーゼントが開き、そこから何かが降りてきた。
「鎧……?」
ソラが思わずそう呟いたように、そこに立っていた物は、西洋の騎士が身に着けるような鎧だった。