4-6.オブザベーション
ババの拵えた策がどれだけ泥船に見えても、ミト達には乗る以外の手段が残されていなかった。言われるままに準備を整え、ミト達は一斉に部屋を後にする。ババの考えた策の特殊性から、見つかりたくないと思っても、コソコソとした行動は許されない。そうすれば怪しさは増し、疑っていなくても疑われることだろう。
「ちょっと、そこの君」
聞き覚えのある声に呼び止められ、ミト達は同時に足を止めた。振り返れば、そこにはさっきミトを呼び止めた白髪の男と、ミトに信じられないほどの圧を与えてきたリーゼントの男が立っている。
「おお、この着ぐるみだ。こいつも探していたんだ」
呼び止めた白髪の男ではなく、リーゼントの男がこちらに近づきながら、ミトの脇に立つ人物を手で示した。
その人物こそ、さっきまでミトが来ていた着ぐるみを身にまとっているカザリである。
ババの考えた策とは、カザリを着ぐるみの中に隠し、こっそりとカラオケ店から連れ出そうというものだった。明らかに無謀と思える策だが、それ以外に安全に連れ出す方法が思いつかないことも事実で、ミト達は仕方なく、その策を実行することにして、今に至っている。
「あんた、何だ?」
ヤクノが警戒した目を向けながら、リーゼントの男に質問する。リーゼントの男はヤクノの睨みに笑みを浮かべ、揶揄うように両手を上げている。
「おお、怖い怖い。そんな目で見るなよ。別に喧嘩を売ろうっていう腹じゃない。ちょっと人を探していただけなんだよ」
そう言いながら、リーゼントの男は懐からスマホを取り出し、さっきミトに見せたように、ヤクノに一枚の画像を見せていた。カザリの写真だ。
「この女を探しているんだがな、俺の見間違いじゃなければ、さっきこの着ぐるみを着た奴がこの女と接触してるはずなんだよ。知らないか?」
「知らないな。見たこともない女だ」
ヤクノが白を切ると、リーゼントの男はミト達の来た方に目を向けながら、何気なく質問を投げかけてくる。
「そうか。で、何で着ぐるみなんか着てるんだ?」
「仕事の関係だ。この格好に慣れる必要があって、着回している」
「仕事か……ヒーローショーか何かでもするのか?」
「まあ、そんなところだ」
ヤクノの返答に納得しているのか、リーゼントの男は何度も頷くような動きを見せていた。
「それなら奇遇だ。俺達も近しい仕事をしているんだ」
「近しい仕事?」
「超人だ」
リーゼントの男が口にした言葉を聞いて、ミト達は率直に驚いた。分かり切っていたことだが、それを当人達が口にするとは思ってもみなかった。
「俺がバトルシップ、そいつがタイタンっていう名前で活動している」
リーゼントの男が自分を指差してから、白髪の男に指を向け、それぞれ順番に名前を説明してくる。
「嘘をつけ。何で超人がこんなところで一人の女を探してるんだ?」
「嘘じゃない。あの女はただの人間に見えて、実は怖い怖い怪人なんだよ。だから、俺達が行方を追っているわけ」
バトルシップは言い聞かせるように説明してから、ヤクノの肩に手を置いて、ゆっくりと顔を近づけていく。
「もしも何か知っていたり、万が一にでも匿っているなら、あまりお勧めしないから、今すぐに場所を言った方がいい。分かるか?」
「何も……知らないと言っている。匿う? そんなことをする理由がどこにある?」
「ああ、そうか。そうだよな。普通はそうだ」
納得したようにヤクノから離れながら、バトルシップは再びミト達が歩いてきた方向に目を向けた。そこに並ぶ扉を順番に見ながら、ミト達に質問を投げかけてくる。
「ところで、どの部屋から出てきた?」
「部屋?」
「ああ、どの部屋から出てきた?」
バトルシップの問いを受けて、ヤクノはさっきまで自分達がいた部屋を指で示した。
「その部屋だ。言っておくが、中には誰もいない」
「ああ、分かっている。念のために確認するだけだ」
「なあ、よう分からんけど、その用事はまだかかるんか? もう行ったら、あかんの?」
そこで痺れを切らしたのか、ババがそのように言った。バトルシップはババを一瞥してから、ヤクノの示した扉と順番に見比べ、ミト達を追い払うように手を振ってくる。
「ああ、そうだな。もう帰っていいぞ。そこを調べて、何もなかったら終わりだ」
「おお、ホンマに? ありがと」
こちらに背を向けるバトルシップの背中を見ながら、ミト達はカラオケの出入り口に向かって歩き始める。もう少し執拗に着ぐるみを調べられたら、どうしようかと考えていたのだが、その心配もなかったようだ。
そうミトが思った時のことだった。
「待て」
それまで黙っていたタイタンが口を開き、その一言に思わずミト達は足を止めていた。ミト達がさっきまでいた部屋に向かおうとしていたバトルシップも思わず止まり、どちらを止めたのかと思った瞬間、バトルシップがこちらを振り返る。
「どうだった?」
「思った通りだ」
バトルシップが何かを確認するようにタイタンに質問し、タイタンは納得したように首肯していた。何を言っているのかとミト達が疑問に思う中、タイタンがまっすぐに指を伸ばし、着ぐるみを示してくる。
「君、さっきと中身が違うな」
その指摘にミト達の動きと思考が停止した。
「何を……言っている……?」
僅かに早く気持ちを取り戻したヤクノが呟き、タイタンを睨みつけるように見るが、タイタンの言葉は止まらない。
「歩き方だ」
「歩き方……?」
「最初に見た時と歩き方が違っている。最初の着ぐるみはもう少し歩幅が大きかった」
そう言ってから、タイタンの手が着ぐるみを着たカザリから離れ、ゆっくりとミト達の中を回ったかと思えば、ピタリと停止する。
「そう。ちょうど君くらいだった」
そう言いながら、タイタンはミトを指差していた。
「悪いな。こいつは細かいことが気になる質で、人の歩き方とか、喋り方とか、そういうところばかりを覚えているんだ」
タイタンを擁護するようにバトルシップが呟いてから、不意にミトを見たかと思えば、どこか不思議そうな目を向けてくる。
「そう言えば、お前、帽子はどうしたんだ?」
その言葉に反応し、ミトは思わず頭を触っていた。
思い返せば、二人の動きは不自然だった。いきなりミトに声をかけてきたかと思えば、知っているようにカザリの写真を見せてきた。が、カザリの写真は一般に公開されていないはずだ。だからこそ、ミトは着ぐるみを着る羽目になり、今も髪の毛が潰れている状態なのだ。
きっと、その時点で歩き方からミトが着ぐるみの中身だと悟り、行動を起こさせるように動いていたのだろう。
それを今になって理解しても、既に遅いことは明白だった。
「屈め!」
不意にヤクノが叫んだかと思えば、近くにいたソラのフードに手を伸ばし、一気に捲り取った。
その瞬間、ソラの服の中に溜まっていた電気が跳ねるように飛び出し、カラオケ店内の廊下に飛び散っていく。
それらはバトルシップとタイタンにも命中し、二人は襲ってきた強烈な痛みに耐えかねたように、その場に崩れ落ちていた。
「今の内だ! 逃げるぞ!」
ヤクノがすぐに声を上げ、カザリに目を向ける。
「その着ぐるみも脱ぎ捨てろ! 逃げるのに邪魔だ!」
「ちょっと待って! それ一応、借り物やから……」
「知るか!」
ヤクノは力任せに着ぐるみを引っ張ると、着ぐるみは紙のように破けて、中からカザリが飛び出した。カザリは頭につけたヘアピンを手で押さえながら、廊下に転がるバトルシップとタイタンに目を向ける。
「おい、お前ら……待てぇ!」
バトルシップが怒号を上げるが、ミト達が聞くはずはなかった。二人が動けない間にミト達は急いで走り出し、慌ててカラオケ店から逃走する。
「ああ、着ぐるみが……」
悲しみに包まれるババの声を聞きながら、ヤクノが固く決意するように呟く。
「もう二度と、お前の案は聞かない」