4-5.バトルシップとタイタン
一人は照明を反射し、光っているようにも見える白髪の男だった。もう一人はクッションを乗せているのかと錯覚するほどの大きさをしたリーゼントヘアーの男だ。どちらが声をかけてきたのか分からないが、この場にはミトとその二人しかいない。二人共の視線がミトに向いていることを考えれば、声をかけた相手はミトで間違いないだろう。
「おお、ちゃんと向いた。やっぱり、お前が声をかけると、普通に立ち止まる」
振り返ったミトを前にし、リーゼントの男が感心したように話し始めた。さっき聞こえた声とは対照的に粗暴な印象を受ける荒々しい声だ。
どうやら、声をかけてきたのは、もう一人の白髪の男の方らしい。
「いや、悪いな。別に脅そうっていう腹じゃない。俺が声をかけると、全員ビビッて真面に相手してくれないから、こいつに声をかけさせたんだ。不意打ちみたいになって悪かったが、俺の話を聞いてくるか? 聞いてくれるよな?」
有無を言わせない圧を盾に、リーゼントの男がミトに詰め寄ってきた。怯えないように、と言っているが、この声と態度で声をかけられたら、誰でも怯えるというものだ。多くの人の対応は全うと言えるだろう。
きっとミトも、この声が最初から聞こえていたら、今頃は逃げ出していたかもしれない。完全にそのタイミングを逸し、今はもう叶わぬ夢となってしまったが、できれば今からでも逃げ出したい気分だ。
「お、お金は……ありません……」
「あ、ああぁ? 俺がカツアゲするような奴に見えるのかよ?」
低く響くような声で聞かれ、ミトは思わず頷きそうになる。どこからどう見ても、そうとしか見えないのだが、自覚はないらしい。
「そう見えるか?」
「一般的には」
リーゼントの男が白髪の男に質問を投げかけ、返ってきた答えに落胆している様子だった。本気でそう見せたくないと思っているなら、まずは髪型から変えるべきだと思うが、リーゼントは下手に弄ると逆鱗に触れる可能性があると、漫画の知識から得ているので、ここでは大人しくすることしかできない。
「ま、まあ、それは置いといて……さっきも言ったが、別に脅そうって腹じゃない。お前に少し聞きたいことがあるだけだ」
そう言いながら、リーゼントの男は片手を持ち上げ、袖口から滑るようにスマホを取り出した。どこに仕舞っていたのだと思うが、着ている服は傍から見る分には特に変わったところのないライダースジャケットだ。
「こいつを探しているんだが、見覚えがないか?」
リーゼントの男が手に持ったスマホを見せてくる。ミトはスマホがどこから出てきたのか気にかかり、しばらく男の袖口を見ていたが、見せられたからにはスマホの画面を見ないわけにもいかない。
ゆっくりと視線を袖口からスマホに移し、ミトはそれまで向けていた袖口への関心を全て忘れる勢いで、そこに映し出された一枚の画像に釘付けになった。
それは間違いなく、カザリの写真だった。
「こ、の人がどうかしたんですか?」
ミトは何とか平静を装いながら、リーゼントの男に質問を投げかける。
「ああ、少し訳アリでな。詳細は話せないが、こいつは……まあ、危ない女なんだ」
そう答えるリーゼントの男と白髪の男を順番に見比べ、ミトはもう一度、画像に目を向けてみる。間違いなく、それはカザリで、この二人はそのカザリを探しているらしい。
その情報を加味すると、恐らく、この二人は超人だ。その可能性が非常に高いとミトは思う。
「ちょっと僕は知りませんね……」
「そうか。悪いな、急に声をかけて」
「い、いえ、協力できずにすみません。それでは」
ミトは踵を返し、慌てて二人の前から立ち去ろうとする。その時になって、白髪の男が最初にミトを呼び止めた時のように声を出した。
「ちょっと君」
その声にミトの背筋はピンと棒を通したように伸び、ゆっくりと振り返る。
「一ついいだろうか?」
「な、何でしょうか……?」
「その髪はどうしたんだ?」
そう言われ、ミトは思わず髪の毛に触れる。髪はべったりとミトの頭に吸いつくように倒れ、さっきまで何かで押さえつけていたと言わんばかりの状態になっている。
これは完全に怪人の着ぐるみを着ていた影響だ。
「こ、これはさっきまで帽子を被っていたので、その所為ですね」
咄嗟にミトが誤魔化すと、白髪の男は納得したのか、何度か小さく頷いている。
「呼び止めて、すまない。細かいことが気になる癖で」
「い、いえ、それでは」
今度こそ、ミトは声をかけてきた二人の男の前から退散し、逃げ込むようにソラ達のいる部屋に飛び込んだ。
部屋の中では、ちょうどババが熱唱しているタイミングで、ミトが慌てて駆け込むと、両手にマラカスを持ったソラが不思議そうな顔で見てくる。
「どうしたの?」
「た、大変なことになったよ……!」
ミトは部屋の中に座り込み、外に漏れ聞こえないくらいの声量で、ソラ達に声をかけた。その声の小ささにヤクノは眉を顰め、ババが歌っている最中の曲を強制的に終了させている。
「あっ!? 何しとんねん!? まだ歌っとる最中やろが!?」
「何があった?」
激怒するババを無視し、ヤクノは眉を顰めたまま、ミトに質問を投げかけてくる。
「トイレから帰ってくる途中に、二人組の男に話しかけられて、この人を探してるってカザリさんの写真を見せられたんだ……!」
ミトが起きたことを急いで話すと、それまで激怒していたババの雰囲気も変わり、手に持っていたマイクをテーブルの上に置いている。
「超人か?」
「分からないけど、多分、そうだと思う……」
「何で、超人がここにおんねん? 尾行されとったんか?」
ババは良く分からないと言わんばかりに首を傾げ、カザリに疑問を投げかけているが、ヤクノの反応は違った。
「それはそうだろう。この馬鹿みたいな恰好をしていたら嫌でも目立つ」
そう言いながら、この部屋に入ってきて、すぐにミトが脱ぎ捨てた怪人の着ぐるみを手で示している。
「どこまで見られたか分からないが、あんたが見られたら、向こうも大人しくはしていないだろうな」
ヤクノはカザリに目を移し、カザリは緊張と困惑の表情を浮かべた。もしもカザリが見つかったら、あの二人はカザリを捕らえるために全力で攻撃をしてくるだろう。カザリ以外の四人で、その猛攻を凌げるかは分からない。相手の力もそうだが、ババの力も分かっていない以上、ミトには判断できない。
「この店から出る方法は限られている。表から出るにしろ、裏から出るにしろ、相手が二人いるなら、見つかる可能性の方が高い」
運よく片側に固まってくれたらいいが、ここにいるともしも分かっているなら、そうはいかないだろう。絶対に出入り口は押さえて、カザリが逃げられないようにするはずだ。
「それなら、俺にええ考えがある」
考え込むヤクノに、ババが自信満々にそう告げる。その言い方にヤクノは思わず眉を顰めて、脱ぎ捨てられた着ぐるみを手で示した。
「お前の案の所為で、この状況になっているのに、もう一度、お前の案を聞けと?」
「まあ、そうカッカすんなって。俺の考えた方法が原因やったら、その尻拭いをするのも、俺の考えた方法であるべきやろうが。そのためのチャンスをくれや。俺と……」
そう言いながら、ババは部屋の中を移動し、ミトが脱ぎ捨てた着ぐるみに手を伸ばす。
「この着ぐるみに」
その一言にヤクノの表情は今日一番の険しいものに変わっていた。