王都の災厄2
その日、王都に甚大な被害がもたらされた。
突然のことだ。
当然、天より現れた黒い竜がその両翼を広げ、一気に街の美しい風景を崩壊させていく。
「喰らえ、この化け物め!」
この王都の住人はその豊かな暮らし故か魔法などの学問についても学ぶだけの余裕があり、一人一人が魔物を倒せるだけの能力がある。
なので、黒い巨龍に対して魔法による攻撃を加えるものも多くいた。
だが、その全ての攻撃は黒い巨龍の鱗の前に弾けて消える。
まるで無意味な行為。
水面に小石を放るかの如く、巨龍にダメージを通すことは叶わない。
「クソ!十二騎士や三魔導師はまだこないのか!?」
この国における二つの最大戦力。
国王直属の十二人の騎士と、それに匹敵するほどに強大な力を有する三人の魔法使い。
その二つの戦力が来るまでの間、人々は魔法を放ちつつ逃げ惑う他ない。
「なんでこんな化け物がこんなところに……、結界はどうしたんだよ! 機能してないのかよ!」
そう言った誰かは次の瞬間には、黒竜の吐いた灼熱の吐息に呑み込まれて灰燼と帰す。
「うあああああああああ!!」
「だれか!!助けて!」
灼熱に呑み込まれ、黒竜の降り立った一帯は炎上する。黒竜は喉を鳴らし、咆哮を上げる。と、その時だ。黒竜の背が爆発したのは。
『?』
黒竜はゆっくりと振り向き、その方向を見るとそこには四人の武装した騎士が立っていた。
その騎士たちの姿を見た途端、人々は歓喜の声を上げる。
これで助かった。
そう思い、その期待の眼差しを受けるこの騎士たち。その彼らこそが十二騎士の一角の者達だ。
十二騎士は一斉に黒竜に襲い掛かる。が、その手の刃を振り下ろすよりも前に死を迎えていた。
ただの黒竜の尾の一振り。
それがまるで彼らを羽虫でも払うかのように蹴散らした。
あまりにも呆気なく。
その様子を見ながら既に王都に潜入を終えていたエルは、息を吐く。
(もう十分よ。そろそろ止めなさい)
その命令を受信した黒竜は、ぴたりと動きを止める。
『もう少し”喰らった”方がいいのでは?』
(いいえ、充分よ。戻りなさい)
骸喰の徒は不満そうに「分かりました」と応じると最後に炎弾を吐き、追加で殺戮を起こした後にゆっくり空に消えていく。
(あの子には困ったものね。ただ、やはりいつもほどの力はないみたい)
骸喰の徒に限らず自身の眷属は生み出した時の主の強さによって、その能力を大きく変動させる。
あの黒竜は一見すると王都殲滅を容易く行えるほどに強いが、ただその本来持つ強さには小指の先程も至ってはいない。
やはり乳児の身だと、あの程度の強さしか引き出すことはできないのだろう。
(とはいえおかげで楽に潜入できたわ。それに適当な貴族も見付けられた)
微笑むエルは今、一人の高貴な女性の腕の中に抱えられている。
この混乱に乗じて上手いこと入れ替わることができた。
後は時間をかけて徐々に乗っ取っていくだけ。そうすることで安定して心身を成長させることができるだろう。
(さてと……、のんびりとこの隠れ蓑の中でしばらくは居続けましょう)
その日、この国には一つの災厄の歴史が新たに刻み込まれた。
『黒き災厄降る時、その前触れに天上へと螺旋が紡ぐ』
と……。