表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

王都の災厄

 エルは身を隠しながらも密かに世界を巡り、そこで得た結論は一つ。

 この世界は地獄のような場所だ。

 人の心の入り込む余地のないほどに弱者の生き難しい獣の楽園。

 それがエルの出した結論だった。


(終わっているわね)


 右を見れば暴力、左を見れば強奪。

 そして、その上には権力者の嘲笑。

 理性なく弱肉強食に支配された世界。

 弱い者はただ与し、強者の力を示すだけの、そんなただの道具。


 別に弱肉強食自体は物珍しいとは思ってはいない。

 実際に今までも多く弱肉強食が横行する世界を見てきた。

 だが、ここまで完全に理性も知性もなく人の尊厳そのものが欠落しているような世界は珍しい。


(まるで終焉の景観)


 飢饉に瘦せ細り、ついには息も絶えて腐敗も進んだ骸の影に潜み、エルは思う。

 凄い腐敗臭だが、それももう慣れた。

 それほどまでに酷い環境だった。


(この国の首都と一部の街は裕福だが、それ以外は全てが終わっている)


 エルは手元にある哺乳瓶からミルクを飲む。

 これはこの世界の物ではなく、エルの有する能力『天之八雲(アマノヤツクモ)』によって生み出したものだ。

 それを飲んでいると、


「おいおい、いいものを見つけたぜ」


 頭上から声がかかる。

 ちらりとエルは頭上を見上げると、下卑た男の笑みがそこにあった。

 またか、とエルは内心溜息をつく。

 

「丁度ムラムラしてたところだ。他の連中に使われる前に使わせてもらうぜ」


 男は股間を隆起させながらも迫ってきている。

 エルは哺乳瓶から口を離すと指先をすんと揺らす。と、エルの足元から放たれた黒い閃光が男の心臓を貫き、そのままさらに頭部を粉砕する。

 ぐちゃりと潰れた頭部が鮮血を撒き散らし、そのまま崩れ落ちた。


 エルは嘆息する。

 この世界に転生してから今のような連中は後を絶たない。

 自分の姿を見つけたらその性欲を処理する為の穴としての認識をしてる者が絶えず現れる。

 まだ乳児の自分でも関係なく、女としての機能を使おうとしてくる粗暴な連中。

 そんな者たちが人里の中にも当たり前のように存在している。

 

 エルは再び哺乳瓶に口をつける。


(このままこの身が成長するのを密かに待つのは少し面倒ね。適当な貴族の家を乗っ取りましょう)


 そう思い、エルは再び自らの体を浮遊させる。と、そのまま飛翔。

 王都に向かう。

 その飛行中に何度か遭遇した魔物の攻撃を受けるが、全て弾き飛ばし、その魔物たちを蹴散らしながらも空を突き進む。

 あまりの速力に衝撃波を生み出し、王都レインディアまで駆け抜ける。








 王都レインディルは、王国グリムジョアの王都だ。

 この国の頂点に君臨する国王の座する――、王が君臨するに相応しい美しい景観と、広大な街並み。それに応じた穏やかな人々の笑い声と豊か過ぎる生活。

 その王都を俯瞰で眺めることのできる場所で止まり、エルはその全土を見下げる。


(このまま入ることができれば楽なのだけど、正規の手段で入らないと結界に弾かれて厄介なことになるか)


 目の前の王都に張り巡らされた大結界"グリモワール"――。

 これを突破することは一応は可能ではあるが、それをすると同時に探知もされてしまう。

 しかもこの結界には触れたものを追跡する機能もある。

 なので強引に突破した場合は、延々と追い続けられることになる。

 それだけは避けないとならないだろう。


(正規の手段での侵入も難しい)


 転生後すぐここに来た時は結局は入らず千里眼で街中の様子を確かめるだけで終わった。

 エルは哺乳瓶を飲みながら王都を眺めていると、


『私がこの結界を突破しましょうか?』


 脳裏に訊き馴染みのある声が響き渡る。


(今この赤子の身でオマエを生めというのか? 今後何があるか分からないのに)


『お父様、いや今回の性別はお母様か。私の事を奥の手の一つに数えてくれるのは嬉しいのですが、今この瞬間(タイミング)は私の遣い所では?』


 確かにその通りだ。だが、コレはエルの有する奥の手の中でも出来れば切りたくないものの一つ。

 ただ、その言い分も理解はできる。

 確かに今これを使えば自分は王都に潜入することができる。

 しかも今自分の思い描いてることをほぼ確実に達成することも可能だろう。

 エルは熟考し、仕方ないかと覚悟を決める。


(分かったわ。今からオマエを生む……)


 エルはゆっくりと息を吐き、そのまま一気に全身の魔力を解放する。と、その小さな総身より絶大な魔力が放出されて、二つの黒い線が螺旋となって天に結ばれる。

 すると、その二つの黒の螺旋は徐々に編み込まれていき、一つの影を作り出す。

 それは大きな竜の影。

 それを背後に作り上げたエルはあまりの疲弊に肩で息をしていた。


(やっぱりこの小さな体だと流石に疲労が伴うわね)


 急に現れた巨大な竜の姿に、王都の住人たちは一斉に空を見上げていた。

 それらの視線は届くはずもないが、一応念のためにエルは自身の姿を竜の影に隠す。と、再び脳裏に声が届く。


『お疲れさまでした、お母さま。また生んでいただき感謝の極み』


 ぴしっと黒い影に亀裂が走り、まるで卵の殻のように黒い破片が落ち、その破片は地に触れた瞬間に溶けて消える。

 そして……。

 徐々にその本体が姿を晒していく。

 漆黒の鱗に、巨体な体。朱色の鋭い爪に瞳。

 圧倒的な魔力に、絶大な存在感を放つ災厄の結実たるドラゴン――

 エル直属の眷属たる"骸喰(ガイク)()"が、そこに生み出された。


(分かっているとは思うけど壊滅は駄目よ。結界を突破して適当に暴れて適当に殺すだけでいいわ)


 骸喰の徒は「了解」と応じ、そのまま一気に大結界を突き破り、王都に垂直落下。

 その落下の衝撃によって、生み出された莫大な被害を眺めながらエルは嘆息する。


(本当に分かっているのかしら)


 エルはゆっくりと降下し、砕けた結界が自動修復を始める前に王都の中に紛れ込んだ。

 


 

 

 

 

 

 


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ