プロローグ
その夜、澄んだ宵の空に災厄を撒き散らす産声があがった。
それは小さな村の、小さな家。
その中で阿鼻叫喚の地獄が描かれる間もなく、一瞬の内に鮮血が広がり、室内を染め上げる。
(またやってしまったようだ)
木造の壁に飛び散った流血は黒い汚れを刻み、床には肉塊が大量に転がる。
まさに地獄の光景。
だが、この地獄を作り上げたのは狂気の殺戮者でもなければ、野盗の類でもない。
この地獄絵図の中心に転がる産まれたばかりの赤子――エル。
この赤子が産まれた瞬間に、それと同時に生まれた一つの厄災。
その災厄のせいで自分を産み落としたばかりの母の命を吹き飛ばし、出産を見守り祈る父や周りの産婆の命を奪い、殺戮を引き起こした。
(産まれる瞬間はいつもこれだ。どうしようもならないな。本当に厄介だ。私の生は常に殺戮から始まる)
ふわりとエルの体は宙に浮かび上がる。
これは何度目の光景だろうか。
これは何度目の転生だろうか。
ここは何個目の世界だろうか。
もう覚えてない。
それほどまでに膨大過ぎるほどの異世界への転生。
最初にいた世界のことも、初めての転生も、もはやほとんど記憶にない。
浮かんだままのエルはそのまま流されるように窓を突き破り、空の彼方に奔る。
(まずは一定の年齢までは身を隠さなければならないわね)
この世界がどうかは分からない。
ただ、今まで何度か。
生まれたその瞬間にその存在を危険視されて殺されたことがある。
その嫌な経験だけは漠然と覚えている。
なので今ではエルは産まれた瞬間にその姿を隠すことにしている。
(乳児の体では本来の力を十全に発揮することができない以上、警戒はするに越したことはない)
そのまま赤子の身のままのエルは飛翔。宵闇の中に消えていく。
そして――。
その日のその惨劇は一時人々を恐怖に震撼させるが、次第に人知れず膨大な情報の海の中に静かに沈んでいった。