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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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あ~……としか言えませんねこれは


「アマリア。この騒ぎに関する弁明は後で聞く。今は部屋に戻るがいい」

「殿下、わたくしは」

「衆目のある場所で、公爵令嬢たる者が弱き者を一方的に嬲るなと、私に何度言わせる気だ?」

「っ!」


 冷ややかな視線と辛辣な口調に、アマリア様は唇をぐっと引き結ばれました。

 まあ、正論ですものね。公爵令嬢であるならば、他者の耳目のある場所でこういう三角な見世物を披露すべきではないのです。おかげさまでわたくしは胸の高鳴る光景に出逢えましたが。

 しかも殿下のお言葉から推察するにアマリア様、再犯ですか? それは怒られても仕方ないのでしょうね。

 仕方ないのですけれど。


「…………」


 なんでしょうね?

 何かが妙。

 引っかかると言いますか、そこはかとない違和感を覚えます。

 警戒心を煽る性質のものではなく、それを感じているのはこの場でわたくしだけのようですが。


 その違和感の源は、ほかでもない殿下の言動。

 どこがどうとは言えませんし、少なくともわたくしが不快に感じるたぐいではありません。


 エマ様とミレイア様はご自分達の優位を確信したからでしょう、つんと余裕のお澄まし顔で姿勢よく立っておられます。

 姿勢だけは神官らしくてよいのですけれどね、このお二人。

 ユイカ様はアマリア様を心配そうに見つめ、その視線に気付いたアマリア様はギッと睨みつけて怯えさせております。背後に「なんならもう一戦やってもよろしくてよ?」と幻の文字が浮かんで見えますが期待していいのでしょうか。

 しかし、周囲からひそひそと無粋な囁き声が聞こえてきます。


「皆の者、騒がせたな」


 殿下のお声は静かでしたが、逆らえない威力のあるお声でした。

 囁きはぴたりとやんで、紳士淑女の皆様は優雅に一礼し、さらさらと慌てることなく解散してゆきました。

 去り方まで優雅で気品に溢れる方々でしたが、さて、お腹の中ではどのような思惑をめぐらせているのやら。


 殿下が参戦なさった後は一方的な展開となり、令嬢戦隊は引き下がらざるを得ず、わたくし達は【花の間】へ向かいました。

 応接室は新しく交換された花に飾られ、殿下の従僕の方が手際よく紅茶を用意し退室。

 室内には以前と同じ顔触れのみが残り、殿下ご同席の面談再びとなりました。


「もう少し早く向かえばよかったな。ユイカ、恐ろしくはなかったか?」

「ちょっとだけ……でも、リオン様が来てくれたから」

「そうか。ところで、何故あちらにいたのだ?」

「その……私、エマとミレイアと一緒にクッキー焼いたんです! 焼きたてが一番おいしいから、リオン様にも早く食べてもらいたいなって、つい……」


 恥ずかしそうなユイカ様に二人の神官が微笑ましそうなって、それもういいです。

 殿下が甘く微笑まれ、本日のお茶菓子になりました。

 サクサクほどけるクッキーは冷めてもとても美味しゅうございます。

 近衛騎士様が殿下のお傍にさささっと近付き、「失礼いたします」と一枚ぱくりと食べてしまいました。


「何をしているのです、殿下のお皿ですよ!」

「殿下が召し上がる物のお毒見は必要です」

「なんですって? ユイカ様のお作りになった菓子に毒など」

「必要です。――聖女様」

「は、はいっ」

「この部屋に運ばれている果実水は、王太子殿下のお口に入ることを想定し、既に毒見係が確認を済ませたものです。今後殿下に対し、予定にない飲食物をお出しするのはおやめください」


 常識ですよね。

 しかしユイカ様には思いもよらぬことだったのか、ショックを受けておられます。


「そこまでで良いだろう」

「ですが、殿下」

「強く言わずとも、そなたらが私の命を守るためにしてくれていることなのだと、ユイカはちゃんと理解できる。――そうだろう?」

「……はいっ! ごめんなさい、私、そういうこと全然知らなくって!」

「これから気をつけてくれれば良い。それに、アマリアがきつくあたったばかりだ。厳しく接する者ばかりでは疲れてしまうだろう。レティシア殿も、もし先ほど不快な思いをさせたようであれば申し訳ない」

「わたくしごときに過分なお気遣い痛み入ります。わたくしにはまったく飛び火しておりませんので、心配は無用にございます」


 近衛騎士様の方向から、一瞬だけ何やら仰りたそうな視線を感じました。

 もちろんこの騎士様はちゃんとした方ですので、殿下の御前で無意味に口を挟むような不作法はいたしません。

 先ほどのお毒見は少々強引でしたが必須でしたし、殿下が騎士様の「失礼いたします」にちゃんと頷いておられましたので、不敬には該当しないのです。


「さっそく本題に入りましょう。ユイカ様。先日の〝宿題〟について、お考えはまとめていただけましたか?」


 わかりやすく神官二人が色めき立ちました。

 だんだんこのお二人、表情豊かなお子様に見えてきましたよ。そして聖職者としては当たり前ですが落第点ですね。及第点が遥か彼方に霞んでいます。

 加えて、どうやら未だに、わたくしが司教である事実をご存知ない。

 修道女が位階を得ている例はそう多くありませんから、どうせわたくしもそうなのだろうと頭から決めてかかっている。


 位階の有無にかかわらず、わたくし達は互いを尊重し、敬意を払うもの。

 互いに礼を尽くし、相手の言葉に耳を傾ける。

 基本中の基本も理解なさっていないこの方々を、「聖衣の内側に黄金の内張りをしている」と揶揄したアマリア様は正しい。

 いっそ旅の道連れに勧誘したいぐらいですが駄目ですかね?

 駄目ですよね。ちょっと思っただけです。


「この前、修道女様に言われたこと、考えてみました」


 ユイカ様がごくりと喉を鳴らし、意を決したように口を開きました。


「やっぱり私、選べません。王宮の人達も、神殿の人達も、みんなこの国にいる人達だから。何度も考えたけど、でもやっぱり選ぶとか、そういうの何か違うなって。だから、選ばないっていうより、全部、選びたいです。偉そうかもしれないけど、私には難しいかもしれないけど……こういうの、修道女様は駄目だと思いますか? 子供っぽいでしょうか?」

「駄目ですね。子供っぽいか大人っぽいかは関係ありません」

「えっ?」


 ユイカ様の目がまんまるになりました。


「残念です。あなたがこの三日ほど、何も考えておられなかったことがよくわかりました」

「え? え? あの……」

「ぶっ、無礼ですよ!?」

「口を改めなさい!!」

「エマ様、ミレイア様、あなたがたの一つ覚えな『無礼』は聞き飽きました。連発すればあなたがたお二人のみならず、聖アルシオン教すべての品位を落とします。今後は控えなさい」

「んなッ!?」

「なんですって!? しゅ、修道女の分際で!!」

「控えよ、二人とも。――レティシア殿は司教だぞ」


 あ、殿下に溜め息まじりに暴露されてしまいました。

 どこまで引っ張れるか実はちょっと面白くなってきていたのですが。

 一瞬ぽかんとした後、お二人はみるまに真っ青になりました。


「し、司教……様……?」

「……うそ……?」

「?」


 蒼白なまま石化したエマ様ミレイア様。

 そんなお二人の反応にきょとんとしているユイカ様。

 ……。


 あのですね?

 きょとんで済む話ではないのですよ。

 一ヶ月以上も神官がべったり傍にいながら、そんな超基本すらご存知ない時点でいったいどんなお勉強をされてきたのかって話ですよ。


 わたくし達はあなたが異世界から来られた方だと知っているのです。

 あなたがた【渡り人】がこの世界の知識をお持ちではないと存じておりますので、お迎えした国はまず真っ先に基本中の基本を学んでいただく環境を整えますし、聖アルシオン教は人々の心と生活に広く深く浸透しております。

 礼儀作法、法律、歴史、一般常識のどれを習っても、そこを通らぬ教科はない。


 聖職者の位階の差は絶対なのです。

 貴族の身分差が絶対であるように。


「殿下。ご説明いただけますか?」

「……私の不手際だ。想定外だった」


 あ、想定外でしたか。

 そうですね、そもそも神官いるのに何も教わっていない状況がおかしいのでした。普通そのために神官がつけられていると思いますしね。

 これ、殿下には落ち度なんにもありませんでしたね。失礼いたしました。

 そもそも殿下はちゃんと教師を手配しておられますし、ユイカ様は情報を遮断された隔離生活を強いられているわけでもない。

 気ままな行き来を許されているからこそ、アマリア様と遭遇なんて素敵な珍事件が発生し得たのでしょうし。


 いつもお優しく甘い雰囲気のリオン王子様ですが、さすがに今回ばかりはお顔が苦そうでした。

 エマ様とミレイア様は蒼白になって、かすかに震えているようです。己の怠慢が露呈した上、上位者に対する有り得ない態度の数々が走馬灯のように頭の中を駆け巡っているのかもしれません。

 ひとり状況を呑み込めないユイカ様は、目を白黒させるばかりです。


「何が何だかわからない、という心境でしょうか、ユイカ様」

「……はい。あの……どういうこと、なんですか?」

「先ほど、わたくしが駄目出しをした理由をお教えしましょう。前回わたくしは、『選ぶ必要はある』と言いました。あなたはその言葉の意味を考え、それを前提に結論を出しましたか」

「――え?」


 その反応で充分です。


「殿下、お願いがございます。一時期間だけで結構ですので、わたくしをユイカ様の教師に加えていただきとうございます」

「許可する。父上にもその旨お伝えしておこう」


 即答でした。話がわかりますこの王太子殿下。

 こんなに話のわかる御方なのに――何故あの時あの場でアマリア様に対し、あの態度だったのかが妙に引っかかるのですけれど。


 ともあれ、わたくしはユイカ様の臨時教師として【花の間】へ日参する許可をいただけました。

 わたくし流の修練についてはお教えしません。あれは信心深い者にのみ体得できる祈りの奇跡であり、ユイカ様は遥かそれ以前だからです。


 数日通い詰めるうちに、いつの間にやらわたくしは「凍てつく氷の修道女」だの「孤高の冷血教師」だのと二つ名を獲得しておりました。近衛騎士様情報です。

 わたくし孤高なんでしょうか? 孤高の耳に入ればこいつに適用するなと叱られてしまいそうなのですが。

 フレンドリーとまでは申し上げませんけれど、友人知人身内を数えれば両手両足の指でも足りませんよ?

 少々不本意でございますね。


 そんな小さな不満を吹き飛ばし、わたくしに活を入れてくださる出来事がありました。

 アマリア様のお姿を拝見する頻度が増えたのです。




給湯室で会うたび小馬鹿にしていた相手が実は専務と判明したみたいな。


レティシアさんはアマリアさん贔屓です。

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