常に正直に、が身上です
ご来訪、評価、ブックマークありがとうございます。
まあ、そういう方なのだろうとある程度想像ができてしまっても、何事も決めつけはよくありません。
セフェリノ様からの情報にしても、あの方は肩書きの中に〝イカサマ師〟が燦然と輝いておりますからね。何から何まで鵜呑みにするのは危険な代表格。
親切な情報提供には心から感謝し、それはそれとして、これはこれです。
わたくしはこれまで通り、気になるところを地道に解消してゆくとしましょう。
結果的にまるっとセフェリノ様の仰った道筋を辿るだけになったとしても、実際に己の目と耳で確認することは無駄にはなりませんし、時に新たな発見をもたらします。
翌日、翌々日と大教会へお邪魔して祈りを捧げましたが、わたくしの印象ではロドリゴ大司教様のみならず、その他の方々も大半がアウトでした。
宝飾品を身につけて着飾る行為が常態化しており、それに異を唱える空気がない。
たまたま大司教様がお戻りになるところに出くわし、お姿を拝見する機会がありましたが、まるで聖職衣を身につけた王侯貴族でした。
そしてどなたもそれが当然の顔をしていらっしゃる。
高位になるにつれ聖職者のもとには権力が集まりやすくなりますが、悪い形に流れた見本がここにあると感じました。
わたくしですか?
無視されました。
修道服を一瞥した瞬間に「興味が失せた」とお顔に書かれて、さっさと取り巻きの方々と奥に向かってしまわれました。
ある日お夕食の席にて、司祭のエルナン様にそれとなく話題を振ってみましたら、
「大司教様ですか? そうですね、立派な方ですよ」
慈愛に溢れた笑顔でにっこりと強制終了されました。
助祭のセリオ様は給仕に徹しており、その表情を喩えるならば「私は壁です。話しかけないでください」でしょうか。
こやつら、出来ます。
「ところで、レティシア殿はお一人で旅をされているのでしょう? 聖職者に無体を働く者は少ないとはいえ、皆無ではありません。野盗だけでなく、獣や魔物の心配もあります。従僕もつけず、傭兵も雇っている様子はありませんし、危険ではありませんか?」
話題を変えられました。口調が自然なので、まったくあからさまに聞こえません。
セリオ様はエルナン様と客人のわたくしが食事を終えて、ようやくご自身の食事にありつけます。無駄に時間をかけてしまっては申し訳ないですし、食い下がらずに話題の変更に乗ることにしましょう。
要するにわたくしが王都に着くまでの間、どのような旅をしてきたかというご質問なのですが、さまざまなことがあったとはいえ、語ってみればほんの数分で足ります。
変わった出来事といえば、とある村から街道までの道が倒木や大岩で塞がれ、村の方々が難義しておられましたので、これも何かのご縁と障害物をすべて排除させていただいたことぐらいですね。
「撤去したのですか?」
「ええ、すべて」
「それはさぞ重労働だったのではありませんか? 何か画期的な方法があったのでしょうか」
「単純作業で片付きましたよ。倒木は手刀で両断し、大岩は拳で粉砕いたしました。細かくしたあとは道の脇へ寄せるだけです」
「ははは、それは重労働だ! いや、面白い方ですね」
面白い?
生まれて初めて言われました。何故いきなりそんな評価になったのでしょうか。
ちなみに作業中、どうも山崩れではなく人為的に塞がれている印象を受けましたので、村長からお話を伺ったところ、実はその村を孤立させ、迂回路の通行料やら撤去費用やら、その他もろもろを搾り取ろうと目論んだ破落戸の集団の仕業と判明いたしました。
そして平和的な説得に赴き、無事解決と相成りました。
「判明と解決の間にある省略部分が気になるのですが。破落戸を説得なんて危険だったでしょうに」
「いいえ? 単独で交渉に出向くとは見上げた根性だと褒めてくださいましたよ」
「単独で?」
「ええ。単独で」
「いやいや、ご冗談を」
「事実ですが」
「参考までに、どのような形におさまったのですか?」
「じっくり話し合いをしました結果、改心していただけました。汗水流して労働に励む尊さをご理解いただけたようで、今ではあの村の立派な働き手として快く過ごされていることでしょう」
「それはよかったですね」
「ええ、本当に」
「ご冗談ですよね?」
「事実ですが」
何故何度も確認してくるのでしょう。解せません。
わたくしそんなにユーモア溢れる女に見えるのでしょうか。面白おかしい嘘偽りや誇張など一切口にしておりませんが。
「…………」
「事実ですよ?」
大事なことかもしれませんので、目を合わせてもう一度言ってみました。
虚偽は一切織り交ぜておりません。
真面目にじっくり説得に臨んだ結果、皆様わたくしに敬意を払うようになってくださったのです。
ただそれだけですのに、解せませんね。
❖ ❖ ❖
約束の三日後、わたくしは再び王宮を訪れました。
先日と同じ近衛騎士様についていただき、【花の間】へ向かっている最中、とうとうその光景に遭遇いたしました。
詳しい経緯は不明なのですが、王宮の廊下にユイカ様と、ユイカ様付きのエマ様とミレイア様がいましてですね。
とてもケバ……麗しい装いのご令嬢戦隊から、お上品にコーティングされた嫌味砲弾を浴びておられたのです。
果敢にもエマ様とミレイア様が盾になり、「聖女様に対し無礼ではありませんか?」と嫌味砲弾を弾き返そうとしているのですが、二対五ではさすがに分が悪過ぎますね。
ユイカ様は神官二人の後ろで不安そうにしておられます。自分が口を挟んだり反論していいのか迷っている風でもあり、攻撃されて怯えているようにも見えます。
そもそも争いごとはお苦手と聞いておりますし。可哀想で可愛らしい、非常に庇護欲をそそるお姿といいましょうか。
「無礼ですって? まあ、空耳かしら。聖女様とあろう御方が、これほど礼儀知らずとはご存知なくて、ついいろいろと教えてさしあげたくなっただけですのよ。善意を曲解なさった上に、聖女様から学びの機会を奪うなんて、おかしいですわね? あなた方の聖衣は、わたくし達の寄進で黄金の内張りをしているのですから、とっても心豊かなはずですのに」
「なっ!?」
中心人物は、あの赤銅色の髪、緑の瞳を持つ迫力美少女でしょうか。
令嬢戦隊からくすくす嗤い声が漏れ、エマ様とミレイア様のお顔が屈辱で真っ赤になりました。
「なんということを!!……アマリア様、わたくし達アルシオン教の聖職者に対し、お言葉が過ぎるのではありませんか?」
「公爵令嬢たるわたくしに対し、あなた方こそ言葉が過ぎるのではなくて? それにここは王宮、何のお役目もお持ちではない聖女様が我が物顔でうろついて良い場所ではなくてよ。聖女様ならば聖女様らしく、お住まいを神殿に移されるか、【花の間】にお籠もりなさいませ」
「アマリア様の仰る通りですわ」
「婚約者のいる殿方に色目を使って、本当に聖女様なのかしら」
「わっ、わたしっ、色目なんてっ……!」
さすがにユイカ様が反論を試みますが、令嬢戦隊のリーダー――アマリア様に睨み下ろされ、くしゃりと顔を歪ませて黙り込みました。
鼻で「ふん」と嗤われ、ますます小さくおなりです。完全に迫力負けですね。
ところでここ、広いとはいえ廊下のど真ん中なのですが、いいのでしょうか。
通りすがりの貴族の方々から視線がびしばし集中しておりますよ?
近衛騎士様が、心底恥ずかしそうに小声で呟かれました。
「……修道女殿。申し訳ない……」
「何がでしょう?」
「このような、お恥ずかしいものをお見せしてしまうとは……アマリア様も、もう少し周りの目を気にしてくださればいいのですが」
「わたくしは問題ありませんよ? 率直に申し上げて、しびれました」
「はい?」
そうこうしているうちに、殿下がご降臨なさいました。
「そなた達、このような場所で何をしている」
「で、殿下……」
「王子様……!」
殿下は双方に目をやり、そして、おもむろにユイカ様陣営を庇う位置で壁となりました。
エマ様とミレイア様がほっと胸を撫でおろしつつ、口もとにさっと愉悦を走らせるのが見えました。
ユイカ様もほっと安堵された様子ですが、こちらは攻撃されていた恐怖から、アマリア様を気遣うような不安顔に変わりました。
アマリア様は一転して悔しげな表情になり、アマリア様に侍っていたご令嬢方は、この場にありながら他人のフリ感を漂わせはじめております。
切ないですねえ。
このアマリア様、記憶違いや同名の他人でなければ、殿下の御婚約者様、のはずなのですが。
一瞬にして劣勢になったご令嬢を、殿下は冷たい眼差しで見おろして――。
「三角です」
「は?」
「三角ですよ騎士様。これぞ修羅場。まごうことなき修羅場。若者達のたぎる熱のぶつけ合い。いいのでしょうか、わたくし、こんな特等席で観戦させていただいても」
「……はぁ?」
「胸が高鳴ります」
「――――」
近衛騎士様から凝視されてしまいました。




