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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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美味しいところは焦らさずさっさとお出しなさい


「エマ殿とミレイア殿ですか? 存じております」


 帰り際に伺ってみれば、案の定、近衛騎士様はあっさり頷かれました。

 王宮内の目立つ存在は常にチェックされているでしょうし、やはり聖女様周りの人物をよく知らないということはなかったようです。


「エマ殿もミレイア殿も伯爵家の出身であり、双方の家が競うように末娘を神殿に入れたと、十年ほど前に一時期、話題になっておりました」

「失礼ながら、ご実家の家計は火の車だったのでしょうか?」

「存じ上げませんが、昔から羽振りの良い家です。どちらも悪い噂はありません」


 まあ、実はご存知だったとしても、他国の修道女に自国の貴族の傾いた経済事情なんてポロリと漏らしてはいけませんよね。

 いま教えてくださった内容も、誰が調べてもすぐにわかる範囲なのでしょうし。


 信心深い貴族の家から、娘が神殿や教会に差し出されることがあります。

 身内から聖職者を出した家は周囲からの評価が上がりますし、困窮した家にとってはちょうどいい口減らしにもなります。

 娘のほうに選択の余地はありません。もとから本人が神々へのご奉仕を望んでいたならまだしも、家長の命令に逆らえず泣く泣く……というパターンがほとんどでしょう。

 まさか本当に、他家(ライバル)に張り合って神殿に送りこんだ、なんてことはないと思いたいですが、もしそうであれば娘にとっては悲劇でしかありませんね。


 エマ様とミレイア様の振る舞いは、中途半端な侍女の振る舞いでした。以前周りに侍女がいて、うろ覚えの曖昧な知識のまま行動している、そんな感じです。

 主人を持ち上げ、主人の敵と見做した相手を攻撃する。それこそが侍女の鑑であり、主から褒められる行動だと思い込んでいるのかもしれません。

 あるいは、かつて自分こそがそういう侍女のお気に入りでもいたのか。


 ですが、過去がどうであれ、いま彼女達の身を包むのは貴人のお衣装ではなく聖衣です。

 わたくし達の愚かな言動が神々の名を貶めるのだと、自覚していただかねば困るのですが。




❖  ❖  ❖




 まだ日は高い位置にあり、通りを行き交う人々の多さには変化がありませんでした。

 広さも豪華さも桁違いな王宮でしたが、無事に門から出た後に思い返してみれば、そんなに緊張も感動もしなかったな、というのが正直な感想です。

 陛下の応接間で「できる…!」が服を着た方々と相対した時が、多分一番緊張しましたでしょうか。それも不敬罪適用しないよと言質をいただいてからは、すっかり気が楽になりましたし。


 昔からそうなのですけど、わたくしは人よりそのあたりが鈍いらしく、とてつもなく高いご身分の方にお会いしても、あまり気圧されたためしがありません。

 幼い頃から感情の揺らぎが少ない変わった子供と言われておりまして、わたくしのこの性格が形成されたのは、幼少期から実際に神々に触れていたことが影響しているのだろうと、修道院のお師姉(ねえ)様方は分析しておられました。

 要するに、比べてどっちが怖いかっていう至極単純な話ですね。


 それはさておき、小教会へ戻る前に寄るところがあります。


 目的地めがけて大通りを歩いていましたら、途中で人だかりができていました。

 道を塞ぐほどではなく、迂回せずにそのまま通り過ぎようとしましたら、周囲から拍手があがり、固まっていた人々が少しずつほぐれ始めました。

 どうやら、そこで何かの出し物が披露されていて、今しがたそれが終わったようです。


 ――おや? あの方は……。


 亜麻色の髪に、鳶色の瞳。

 中肉中背、万人が「優男」と評しそうな、その青年の姿には見覚えがあります。

 花壇の煉瓦を即席舞台の椅子代わりにして、愛想のいい微笑みを振りまいている様は、酒場でカモを物色するのが日課の人物には到底見えません。

 あちらもわたくしに気付き、顔を上げて「やあ、こんにちは」と人好きのする笑みを深めました。

 

「こんなところで会うとは奇遇だね、レティ殿。運命かな?」

「お久しぶりですね、セフェリノ様。運命論について語り合いたいのでしたら、ぜひ秋にイメルダ修道院へお越しください。お師姉(ねえ)様方が手ぐすね引いてお待ちしております」

「ははは、大歓迎のあまり語る気力さえ残らず絞り取られそうだし、遠慮しておくよ。ところで私のことはフェルでいいよっていつも言ってるじゃないか。つれないな」

「そうでしたね、セフェリノ様。ではこれで」

「あっ、待って待って! ごめんなさい! もう少しお話しましょうよ~」


 この青年を表現する言葉はいくつかあります。

 道化師、賭博師、イカサマ師――本日は〝吟遊詩人〟でしょうか。

 彼の片腕に抱えられている商売仲間の名は、確かミニピアノ。大昔の【渡り人】がこの世界にもたらした鍵盤楽器を、小さく安価にしたものです。


 数年前、セフェリノ様は旅の途中で魔物の襲撃に遭い、有り金を失って、彷徨ったあげくに空腹で倒れた場所がイメルダ修道院の近くでした。

 薬草を採りに出かけていたわたくしがたまたま見つけ、収穫期にこれはよいものが落ちていたと、神に感謝しつつ拾って帰ったのが出会いです。


 当時の衣食住を恩に感じてか、今もたびたび修道院に手土産持参で、歌や楽器の腕前を披露しにきてくれます。

 せっかくですからまた秋にいらしたらいいのに……と、皆でそれとなくお伝えしているのですが、何故セフェリノ様の耳はその時だけ遠くなるのでしょうか。


「このまま目的地へ向かっても、たいした収獲は得られないと思うよ」

「――――……」


 足を止めて振り向くと、彼は万人に「人の好さそうな」と表現される笑みを浮かべていました。


 この青年を表現する言葉、もうひとつありましたね。


 〝情報屋〟です。


「しかし、相変わらず剛毅な人だねきみは。そんな美しい女性の身で平然と一人旅をするなんて。お堅い修道女の服を着ていても魅惑の体形が想像できるし、とろけそうな銀の髪を頭巾の下に隠しても、麗しい宝石の瞳を飾るまつ毛や眉の色でわかるよ。ごらん、あちこちできみに声をかけたそうに盗み見ている男がいる」

「正直どうでもよいのですが、もしセフェリノ様のお知り合いでしたら、くれぐれも無言でわたくしの背後に立ったり、肩を掴もうとしないようご忠告さしあげてください。皆様の幸福な未来にヒビが入らぬように」

「……うん、きみの裏拳とか肘打ちとか関節技は痛いよね。あれは痛い。骨から脳へ突き抜ける激痛がやばかった……とりあえず彼らは知人ではないし、注意してあげる義理はないかな。葬送曲だけ練習しておくとするよ」


 青ざめてどこか遠くを眺めながら、セフェリノ様は見知らぬ皆様をあっさりと見捨て、鍵盤を軽く叩きました。

 可愛らしくも深みのある不思議な旋律が流れ、わたくし達二人のいる場所だけが、周りの世界からするりと隔離されたのを感じました。

 ここに向けられていたどなたかの視線が、夢から醒めたように外され、普通に側を通り過ぎながら、どなたもわたくし達に注目しなくなりました。


「【内緒話の箱庭】だよ」


 彼は冗談めかしておりますが、わたくしは毎度見事なものだと感心しております。


「この国に来る直前は三つ隣の国で、たまたまご縁のあった芸人一座の興行に付き合っていてね。残念ながらあの国は人も建物も実に殺伐としてたんだが、この国へ来ると落差の激しさにほんとびっくりさせられるよ。どこへ行っても見渡す限りの花、花、花――乾いた心に潤いを、灰色の世界に彩りを、それはいいけれど『さあ愛でろ』とばかりの勢いでこんなに囲まれていたら、ついつい折りたたまれて埋められる自分を想像して怖くなるのは私だけかな?」

「誠実に。結局はそれが一番大切なのですよ、セフェリノ様。そこを押さえ損ねたがために、厄災を回避できなかった殿方の悲鳴と懺悔がなんと多いことか。もう間に合わないかもと悲観的な想像で己を縛らず、今からでも悔い改めることをおすすめいたします。もう遅いかもとは思わずに」

「お教えに従い、肝に銘じて日頃の行いを改めてみるといたします、修道女様……。しかしこんなちゃらんぽらんな私でさえ我が身の行動を省みることができるっていうのに、こちらの聖なる方々はとても残念だね」

「残念とは?」

「きみは知っているかな? フロレンシア王都の大司教ロドリゴ様は、とても努力家で有名なんだそうだ。出自は平民に過ぎないのに、見習いから大司教まで上り詰めた傑物なんだってさ」

「上り詰め方に問題が?」

「あ、いきなり核心を突かないでくれたまえよ! もうちょっとこう、さりげなく言葉の先を促すとかしてくれないかな?」

「あなたの言い回し、無駄に迂遠なのですよ。イラリとします」

「酷いなあ! 美味しいところは最後まで残しておく主義なだけさ!」

「わたくしは真っ先に食べる主義です、味が落ちては残念ですので。で?」

「とほほ……」


 わざとらしく肩を落としても、この方のこれはただのフリです。

 果たして、次に顔を上げた瞬間にはけろりとしておりました。

 いつか情報屋さんのお仕事中に、短気な依頼主から舌を抜かれねばよいのですが。でも舌二枚あれば一枚ぐらい抜かれても平気でしょうかね。

 それとも美麗な花々に寄ってたかって埋められるのが先でしょうか。


「フロレンシア王都の大司教選は、生家の身分がものをいう。そんな噂があることは知ってる?」

「……国によってはそういうところがあると、小耳に挟んだことはあります」

「事実なら嘆かわしいことだよね。そしてこの世は残念な現実に溢れていて、フロレンシアはそのひとつなのさ。早い話がロドリゴ大司教様は、貴族様の支援を得るのがとても上手な御方なんだよ。当代の聖女様のお付きに選ばれた神官は、大司教様が日頃から目をかけているお嬢さん達なんだけど、彼女達に司祭位を授けた折には、彼女達のご実家からたくさんの寄進があったらしい」


 なるほど。嘆かわしいですが、腑には落ちました。

 この世の聖職者すべてが清廉潔白だとはわたくしも思っておりません。むしろ高い位を得た者は俗世においても権力を持ち、人々の信仰心と己の位を利用して、貴族さながらの豪奢な生活に耽溺する者もいると聞きます。

 初めにきっかけを作ったのは、ひょっとしたら貴族のほうだったかもしれません。聖アルシオン教に影響力を持ちたい貴族が、扱いやすい平民出身の聖職者に支援を申し出て……という展開も充分に考えられます。

 ただ、きっかけを作ったのはどちらが先かなど、もはや関係がないでしょう。


「神官が聖女様のお傍に仕えるのは慣例なのでしょうか?」

「そこは微妙だね。【渡り人】が王族の庇護を受けるか、聖アルシオン教の庇護を受けるか、どちらを望むかはっきりしないうちは両方から支援を行うものなんだ」

「なるほど。セフェリノ様ご自身は、ロドリゴ大司教様にお会いしたことは?」

「遠目にお見かけしたぐらいかな。十日ほど前に神殿で祭事があってね、旅芸人が大勢呼ばれたんだ。聖女様は大司教様と並ぶ一番いいお席に座っておられたよ。まるで本当の祖父と孫娘のように仲睦まじいご様子だったな」

「そうですか。聖女様は楽しんでおられたと思いますか?」

「見るものすべてが珍しいと、控えめながらも頬を紅潮させてはしゃいでおられたね」

「そうですか。……いろいろと貴重なお話、ありがとうございました。では、わたくしはこれで」

「おや、もう行ってしまうのかい? きみとはもっとゆっくり過ごしたいんだけど」

「ならばお答えいただきたいのですが――あなたはわたくしの〝お仕事〟について、何をどこまでご存知なのでしょうか?」

「…………」


 セフェリノ様がにっこりと笑み、遠ざかっていた喧騒が戻ってきました。

 本日、【内緒話の箱庭】はもうおしまいです。


「あなたに神々のご加護がありますように」

「本当、つれないなあ」


 感謝はしておりますよ? いちいち結論を出し渋る遠回しな話術が個人的にお肌に合わないだけで。

 ひらひら手を振るセフェリノ様に一礼し、わたくしは目的地へ向けて再び歩き始めました。

 フロレンシア大教会へと。


 知りたかった大部分は、旧知の人物との再会で()()()()教えていただける流れとなりましたが、それはそれ、これはこれ。

 もともと一度は神殿と大教会にご挨拶する予定でしたし、実際に己の目で見れば、初めて知ることもまだ残っているかもしれません。




 で、フロレンシア大神殿と大教会ですが。


 いやあ、豪華でした。貴族の皆様も礼拝に訪れる教会を飾り立てるのは、まあまだ理解できないこともありませんが、関係者以外立入禁止の神殿を豪華絢爛にする意味なんてないでしょうに。

 しかも神官や司教様の中には、耳飾りや首飾りや腕輪に指輪、何らかの宝飾品を身につけている方々がちらほら見受けられます。

 これ、聖アルシオン教としては褒められたことじゃないのですよ。高位の方は権威を示すためにある程度ご立派な装いになるのですが、基本的な服装のデザインは決まっており、己を飾るための宝石の所持は禁止されております。

 がっつり破っておりますね。高位の方ほど滅多に人前へ姿を現わしませんから、問題が表面化しにくいのでしょうか。


 寛容なる神々が天罰を乱発されないのをいいことに、ちょっとぐらいなら大丈夫だろうとギリギリを攻め続けた結果、いつの間にやらちょっとを大幅に超えてしまった感じでしょうか。

 駄目もとで大司教様との面会を希望しましたら、鼻で嗤われました。


「大司教様はお忙しいのです。たかが旅の修道女の身で、約束もなくお会いできるわけがないでしょう」


 そうなりますよねぇ。

 わたくしが司教位にあると明かせば話は変わりそうですが、そこまで粘る必要性を覚えません。

 お会いするまでもない気がしてきましたしね。

 もし陛下とは別口で、大司教様にも聖法国からの通達があったとすれば、わたくしが出向くまでもなく、あちらからわたくしに接触してきたのではないかと思うのですよ。

 わたくしを味方に取り込むために、です。


 けれどごらんの通り。

 そして陛下の応接間に、ロドリゴ大司教のお姿はありませんでした。

 つまり、そういうことなのでしょうから。




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