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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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素敵なお花畑ですね(暗喩)

ご来訪、評価、ブックマークありがとうございます。


 ユイカ様のお住まいは【花の間】というだけあって、至る所に花の意匠が見受けられます。

 お部屋にも新しい花々が生けられ、こう申し上げてはなんですが、陛下の応接間より明るく豪華なお部屋でした。

 ただ、全体的な色合いや可愛らしい模様の多さから、部屋の主が女性であると一目でわかるので、無骨な殿方には非常に居心地の悪い空間と言えましょう。

 たとえリオン殿下でさえ、このお部屋でお暮らしのところを想像すれば違和感がぬぐえません。

 と言いますか、このお部屋は【花の間】と呼ばれる建物内の応接室であり、ユイカ様個人の私室ではないのですけれど、実際どうなのでしょう。


「可愛らしい応接室ですね。ユイカ様のお部屋もこのような雰囲気なのでしょうか?」

「ええ、そうなんです。とっても素敵なお部屋で、まるでお姫様になったみたいで。もう何日も暮らしてるんですけど、今も毎日ドキドキしちゃってます」


 やはり【花の間】はどこもこんな感じのようです。

 代々の聖女様のご趣味に合わせて建てられているということでしたし、代々可愛らしい方が多かったのでしょうか。


「ユイカ様はこちらの世界に来られてまだ二ヶ月にもならないと聞き及んでおりますが、このフロレンシア王国についてどのような印象をお持ちですか?」


 まずはありきたりな質問からです。

 フロレンシアの神官がおり、隣に王太子殿下も聞き耳を立てている状態で、これは意地の悪い質問と言えなくもありません。

 ただ、どんな状況でどんな質問を投げかけようと、深読みする方は深読みしますし、しない方はしません。

 果たして、ユイカ様は後者でした。


「とっても素敵な国ですね! 王様も大司教様も、私のことを心配してくれて、とても親切にしてくれましたし」

「陛下と、大司教様、ですか?」

「大司教様は、私と同年代のほうが話しやすいでしょうって、エマとミレイアを私付きにしてくれたんですよ」


 ユイカ様の背後で、二人の神官が誇らしげな笑みを浮かべました。


「それから、王様は、その……私が、この国のことをいろいろ学べるようにはからってあげなさいって、リオン様に……」


 ()()()()


「それからずっと、リオン様には助けていただいてて。だから私、この国の人達がとっても好きだなって思ったんです。王宮の人も神殿の人も、みんなとっても私に親切にしてくれて。別の世界に飛ばされちゃって、最初はどうしたらいいのかわからなくて不安だったけど、ここの人達のためならなんだって頑張れそうな気がするって、今はそう思えるんです」


 微笑みを浮かべながら、ユイカ様は殿下を見つめました。普段からその呼び方が定着しているようです。

 その証拠に殿下も咎められる様子は一切なく、微笑みを返しつつ頷いて――


「聖女様……!」

「なんて健気な御方なのでしょう……!」


 感極まって言葉を発したのは、殿下ではなく背後のお二人でした。

 こらこら、エマ様、ミレイア様? お仕えしている方の人柄に感動なさるのは結構ですが、まずは発言の許可を得るのが先でしょうに?

 この場は身内だけのお喋りではなく、お客様の前であり、王太子殿下もご同席なのですよ?

 王太子殿下の侍女であれば、叱責どころか厳罰ものですよ。

 まあ、侍女ではないのでしょうけれど。


 そう、侍女ではありません。

 侍女のような立ち位置ではありますが、彼女達が身に纏っているのは神官服。

 エマ様もミレイア様も、きちんとした侍女教育は受けていないはず。

 出されている飲み物は、すっきりした味わいの果実水。悪い言い方をすれば、お茶と違って淹れる際の知識や技術を必要としないもの。


 侍女ではないからといって、この国の王太子殿下を前に、決して褒められた態度ではありません。

 許可なく会話に割り込むなんて、普通なら不敬罪が適用されてもおかしくないでしょう。

 そう、普通なら。


「…………」


 ユイカ様は聖女様と呼ばれ、身の回りのお世話をするのは神官。

 それでありながら、お住まいは王宮内にある。

 けれど、神殿の者を王太子殿下が一方的に罰することはできません。神殿に身柄の引き渡しを要求するか、もしくは無礼を働いた神官の処罰を求めるか、手順を踏む必要があります。

 少々おおごとになってしまうために、少しぐらいの無礼は大目に見る方針なのかもしれません。

 殿下は何ごともなかったかのように、澄んだ目をわたくしに向けました。


「私にとって、フロレンシア王国はすべてだ。この国のため、ともに未来へ歩んで行ける者の存在以上に、私にとって心強いことはない」

「リオン様……」


 ユイカ様がポッ、と頬を染め、少し潤んだ瞳で王太子殿下を見上げました。

 後ろの二人は「きゃぁっ♪」みたいな顔でニコニコというかニヤニヤしています。

 うーん。


「それでは、ユイカ様にとってフロレンシア王国のよいところ、素晴らしいとおすすめできる点はどういうところでしょう?」

「それはもちろん、お花がとっても素敵なところです! ここのお庭にもたくさんの種類があって、毎日綺麗なお花が飾られていたりとか、王都の周りにもたくさんのお花畑があって、すごく綺麗でびっくりしちゃいました。前の世界で憧れてた外国のお花畑みたいで、こんな素敵なところに行ってみたいって、ずっと夢だったんですよ。しかも、〝花の王国〟って呼ばれているなんて――あ、ごめんなさい。私、はしゃいじゃって……」

「いいえ。お花は心を和ませてくれるとよく聞きますから。将来的には、何らかの形でそれに関わるお仕事を希望されているのですか?」

「それは、まだわかりませんけど。でも、お花で王国を盛り立てていければいいなって。精油とか香油とか、お化粧品とか、お花の種類によってはジャムとか、蜂蜜だって作れますし。そういうのを特産品にして、それから、王国中にたくさんお花畑があるっていうから、外国の人がたくさん観光にきてくれるように、観光立国を目指すのもいいんじゃないかなって、リオン様達にはそうお話してるんです」

「観光立国、ですか」


 ユイカ様はおとなしそうな雰囲気のお嬢さんですが、やはり好きなことには饒舌になるみたいですね。

 その一点〝だけ〟はお気持ち、よくわかります。


「ユイカ様は前の世界で、精油に香油、化粧品やジャムづくり、養蜂業などに関するお勉強をされていたのですか? それとも御実家の家業だったのでしょうか」

「えっ? い、いえ。私は、ただの学生で。親は会社――大きな商人に雇われた、事務専門の人、みたいなものでした」

「大学に通っておられたのですか? 平民の子でありながら、入学のための推薦を得られたということは、よほど優秀な学生さんだったのですね」

「えっ?」

「有力者からの推薦を得られるほどの成績をおさめられていたのでしょう? 専門は植物を利用した製品などの研究だったのでしょうか?」

「ええっ!? いえあの、違うんです! 私の住んでいた国では、義務教育っていうのがあって……」


 なんと、ユイカ様のお国では身分制度がなく、国民全員に教育を受ける権利があったそうです。

 これは初めて聞きました。神官二人も驚いている様子ですし、王太子殿下も目を瞠っていますね。

 陛下はどうなのでしょう? 大司教様は?


「ほかにご存知の方は?」

「ええと、このお話をしたのは今が初めてなんです。やっぱり、こっちの世界には、そういう制度ないんですね?」

「わたくしは聞いたことはありませんね」

「私もない。こちらの世界で、そのような教育制度のある国はないはずだ」

「やっぱり、そうなんだ。……私、恥ずかしいんですけど、お勉強はそんなに得意じゃなくて。でも、この世界のこと、この国のことは、これからきちんと知っていきたいって思ってるんです。お花でこの国をもっと豊かにするだけじゃなく、どんな身分の人達も読み書きとか計算とかを学べるように、そんなふうにできればいいな……」

「……よい心がけです」


 心がけは、よいですね。


「では、特産品については、具体的にはまだ着手されていないのでしょうか?」

「ええと、それは……リオン様に、ご相談してて……」

「聖女たるユイカ様に先ほどからなんなのです? そのようなもの、本来ならばユイカ様が気にされる必要などないのですよ!」

「にもかかわらず、民のためにと心を砕いてくださっているのです。それを――」

「え、エマ! ミレイア! 待って、全部私がやってみたくてやっているだけなの! こういうのがあればいいなって、リオン様や部下の人達に提案するばっかりで、私自身は何もできていないんだし。偉そうにできる立場じゃないの」

「ユイカ様……!」

「そんな、ご自身を卑下なさることは……」

「ううん、本当のことだもの。修道女様は、単にわからないから訊いているだけ。それだけなの」

「ですが! そもそもこの者は、神々への理解を深める目的で【渡り人】を訪ねているという割には、まるで関係のない質問ばかりではありませんか!?」

「そ、それは……」


 うーん。

 すべての問いかけに意味がある、と、聖アルシオン教の聖職者を名乗る者ならば、そのように考えるはずなのですがねぇ?

 エマ様とミレイア様が、どのような経緯で聖職位を授かったのかが気になってまいりました。


「やめよ。今はユイカとレティシア殿が話しているのだ。そなたらは控えるがいい」

「で、殿下?」

「ですが……」

「そなたらの態度が行き過ぎて、もし罰されるようなことになれば、()()()()()()のだ。何度も言わねばわからぬか?」

「!!」

「も、申し訳ございません!!」

「ううん、いいの。ごめんね、私のために怒ってくれたんでしょう? ……でも、二人が罰を受けたりしたら悲しいから」

「ユイカ様……!」


 あの、そういう問題じゃありませんよねって突っ込みたいわたくしが変なのでしょうか?

 おかしいですね。リオン殿下はまともそうな御方に見えたのですが……。

 いえ、結果的にはまともな方向に運んでくださっていますから、やはりまとも?

 うーん。


「一応ですが、関係のない問いは行っておりませんよ。気を取り直しまして、ユイカ様は現在、どのようなお勉強をされていますか?」

「は、はい。礼儀作法と、法律と、歴史の先生にいろいろ教えてもらっています」

「ユイカ様の世界とは多くのことが違うでしょうから、とても大変でしょう。まだ一ヶ月強ですが、進み具合はどうですか?」

「まだ全然、習い始めたばっかりで……わからないことだらけです」

「ユイカ様は読み書きが完璧なだけでなく、算術もすでに習得されているのです。先生方からも『非常に優秀な御方です』とお褒めいただいているのですよ」


 舌の根も乾かないうちにミレイア様が口を挟んできました。

 殿下から呆れた溜め息が漏れ聞こえたんですけれど、ミレイア様まったく気付いておりませんね。


 それはともかく、ユイカ様のお生まれになった国の教育制度で、既に勉学に対する素地ができあがっていたということでしょうか。

 読み書きに関しては、【渡り人】が【導きの枝】から授かる能力のひとつに〝言語〟があるそうです。元の世界で知っていた言葉に限られますが、【導きの枝】の存在する国の言語であれば、こちらに来た時点ですべて理解できるようになっているのだとか。


 治癒能力よりこっちの能力のほうがよほどすごくありませんか?

 地続きの国は主要言語が複数あったりしますし、だとすれば【渡り人】の理解できる言語は、七ヶ国語程度ではすまないってことになりますが。


「……本日、最後の質問といたしましょう。ユイカ様は今後、民間、王宮、神殿、このいずれに属する予定なのでしょうか?」

「え?」


 きょとんと首を傾げられました。

 神官のお二人も怪訝そうな顔をしています。割り込まれなくてちょうどいいですね。

 

「民間、王宮、神殿。ユイカ様は今後、どこに属したいとお考えですか?」

「どこに、って……」

「お考えになったことは?」

「……あ、ありません……どうして、そんなことを?」

「大切なことです」

「……私は、王宮の人達も、神殿の人達も、この国の人達みんなそれぞれいいところがあって、みんな大切だって思っています。どこに属したいとか、そういうの選べないし、選ぶものじゃないって思ってます」

「いいえ。選ぶ必要はあるのですよ。すぐに結論は出ないでしょうから、次回、その答えをお聞かせください」

「…………」


 神官二人が嫌そうに顔をしかめました。

 そう、次回があるんですよ。

 いろいろ調べたいことができましたので、本日はお暇いたします。

 ユイカ様も意味がわからなくて混乱しているようですし、このままここにいても時間がずるずる経過するだけですからね。


「わかりました。……考えてみます」


 敵意たっぷりの神官二人とは対照的に、ユイカ様は神妙に頷いてくださいました。


 素直な方なのは喜ばしいかもしれませんが。

 今になってそれを考え始めるようでは遅いのだと、そこのところも理解してくださるでしょうか?


 【渡り人】の出現から既に一ヶ月強。これほど日数が経っていながら、今の今まで頭にもなかったということ。


 たとえば礼儀作法ひとつとっても、民間、王宮、神殿それぞれ異なっていることをご存知ですか?

 あなたは王宮内に住みながら、二人の神官を従えている。けれど神殿には神殿のルールがあり、王宮には王宮のルールがある。

 法律と歴史もそうです。どこに属するかで、あなたに与えられる教育の質がガラリと変わる。

 現段階であなたが学んでいることは、おそらく当たり障りのない、基本中の基本。基本は大切ですが、それ以上の知識は得られない。

 あなたの立場がはっきりしない以上、与えようがないからです。


「三日後で構わぬだろうか? その日ならば私もあいている」

「ええ、結構です。――感謝いたします」


 最初はなぜ殿下が同席? と首を傾げましたが、正直、助かりました。

 目を合わせてお礼を申し上げれば、殿下は麗しく微笑んでくださいました。


 やっぱり、この方はまともそうなんですよねえ……?




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