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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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面談は緊張しますね

ご来訪、評価、ブックマークありがとうございます。


 門前払いにはなりませんでした。

 王宮の門衛の方は突然現われた怪しげな女を邪険に扱うこともなく、ちゃんとその場で確認の指示を出してくださいました。


 「はッ、貴様のようなみすぼらしい修道女ごときの来ていいところではないわ!」と嗤いながら突き飛ばされる展開を少々期待、いえ覚悟していたのですが、まったくそんなことはありませんでした。

 お師姉(ねえ)様方が密かに蒐集しておられた物語の中では、門衛が後で青ざめるまでがお約束なのですけれど、きちんと教育された王宮勤めの方々を架空のチンピラと一緒にしては失礼ということでしょう。

 そしてその日のうちに通されたのですよ。早くないですか?


 旅の荷物を教会に預けていて幸いでした。

 そして身体をちゃんと拭いてきたわたくしグッジョブです。

 のちほど旅汚れでくすんだ服を洗濯しようと、予備の修道服に着替えていたのですよね。


 そんなわけで、いま目の前に国王陛下がいます。

 どういうわけなんでしょう。


「……拝謁の栄誉を賜り、光栄至極に存じます。イメルダ修道院より参りました、レティシアと申します」


 王様への正しいご挨拶ってどんなでしたっけ?

 まさか今日お会いできると思いもしなかったので、台詞の練習がまったくできていません。ぶっつけ本番ですよどうしましょう。


「この場は非公式ゆえ、そう硬くならずともよい」


 つまり、ちょっと失敗しても不敬罪は適用しないよっていう宣言と解釈していいんでしょうか。

 いいんですよね?


 フロレンシア王は金髪に紫の瞳の、四十代半ばの美丈夫でした。知的で厳しい雰囲気もあるのですが、ほがらかな笑顔でぐっと親しみやすさが増します。

 ちなみに謁見の間ではなく、国王専用の応接間に通されました。壁掛けには王家の象徴である獅子。これは王都の門にもありましたし、至る所で見かけますね。

 王族や高位貴族の方々は大抵ご自分の紋章をお持ちですが、フロレンシア王国を示す紋章は、紫の地に黄金で描かれた獅子なのです。

 美しく気品があり、それでいて勇猛。目の前のフロレンシア王ともぴったり重なります。


 それから、これがエルナン様が熱く語っておられた刺繍でしょうか。

 壁掛けなどもそうですが、敷き物や陛下のお召し物など、刺繍が本当に素晴らしいこと。

 獅子には躍動感があり、蔓草や木の実などは複数の色糸で陰影を表現し、艶々とみずみずしい手触りがしそうなほどです。


 イメルダ修道院は僻地にありますが、外界と断絶しているわけではなく、時おり豪商や貴族のお客様などもお越しになります。

 引退して余生の趣味が各地の礼拝堂巡り、なんてご夫婦もいらっしゃいますし、貴族出身の修道女も多数おりますから、わたくしども貴人のお衣装については無知ではなく、むしろ市井の方々より詳しいぐらいでしょう。

 そうした貴い方々のお衣装にほぼ共通しているのが、「主役は宝石」というところです。

 宝石の使い方ひとつとっても、気品に満ちたお衣装もあれば、少々品性が不足気味のお衣装もありました。


 ですがフロレンシアにおいては、どうやら主役が刺繍のようです。


 なんなら宝石の輝きを刺繍糸で表現しているぐらいですよ。

 生地と同色の糸を使い、光の角度で立体的な模様が浮かび上がる刺繍など、いったいどなたが考案されたんでしょう?

 しかも質の異なる糸を使い分けているのか、同じ色のはずなのに、反射の仕方が違っています。これはちょっとすごいですね?

 エルナン様のお話しぶりでは、一握りの職人を一部の王侯貴族が独占している風でもありませんでしたし、もちろん腕の良し悪しはあるのでしょうが、この国の職人全体の水準の高さが窺えます。


 王宮の建物の外観は白塗りで華やかな割に、この応接間はどちらかといえば無骨で質素でした。けれどこの刺繍の数々が、ここにおわすのが紛れもなく王であると、無言で語りかけてくるようです。

 大袈裟に主張しない質の良さといいますか、マヌエラ様の執務室に通じる空気があり、わたくしとしては豪華絢爛なお部屋より断然落ち着きます。


 それでもつい、陛下の周りの方々に視線を向けてしまいました。国の頂点の御方に護衛なしは有り得ませんので、当然この場にはほかの方々もおられます。

 真面目そうな側近の方と、近衛騎士――どなたも非常に地位の高そうな方です。

 陛下に視線を戻せば、ゆるく頷いてわたくしの懸念を払拭してくださいました。


 そうですね。細かいことでいちいち「無礼者!」と叫んで話の腰を折るような方、邪魔ですから〝非公式〟の場に同席させませんよね。

 お会いしてほんのわずかですが、そういう方だなとピンときましたよ。


「では、僭越ながらお尋ねいたします。わたくしはあなた様にお目通りが叶うのは、早くとも数日後だろうと思っておりました。それでも楽観的な予想と思っておりましたが……」

「うむ。本日はたまたま時間が空いていたのだ。むしろ明日以降は予定が詰まっているのでな、逃せば数日待たせることになってしまう。加えて、余が速やかに応対すれば、多くの者はそなたを軽んじてはならぬと判断するであろう。多少なりともやりやすくなるはずだ」

「……過分なお心遣い、痛み入ります。恐れながら、わたくしがどのような目的でこちらをお訪ねしたのか、どこまでご存知なのでしょうか?」

「まず、そなたの位階が司教であること。次に、我が国の【渡り人】を見極めに参ること。そして、そなたのために可能な限り便宜を図らねばならぬこと。名はレティシア、イメルダ修道院の出身、銀の髪に氷の瞳の修道女、このぐらいだな。実を申せば、イメルダ修道院から最も近い我が国が一番早いとあたりをつけ、いつ来ても良いように調整しておったのだ。よもやこれほどの美女が来るとは思わなんだが」

「…………」


 恐れ多くも陛下からお世辞を賜りました。

 これ、どう返せばいいんでしょう?


 多分激務の王様が、今日を逃しても数日後には直々に対応してくださるレベルで、ご自分の都合をわたくしのために整えておいてくださったんですよ。感謝をお伝えするべきですよね?

 でもお世辞をいただいたからには、先にそちらを返すべき?

 つい陛下の目をじーと見つめていたら、何故か気まずそうな咳ばらいをされました。


「……ごほん。あー、そういうわけなのでな。要望があるならば、出来得る限り協力すると約束しよう」


 側近の方が、何故か可哀想な目で陛下をご覧になっています。この短時間で何があったのでしょう。

 男の方って、たまに女にはよくわからないやりとりをするんですよねえ。

 ともあれ、美女とお褒めいただいた件は有耶無耶に流れ、そして陛下の仰った内容は、わたくしが把握している範囲と何ら変わりませんでした。


「正直に申し上げますと、どのように何を見極めるかわたくしの自由とだけ命じられておりまして、お恥ずかしながら何をお願いする以前に、どなたが事情に通じているかも不明な有様なのです」

「そうなのか? 我らはそなたから詳しい説明があるとばかり思っていたのだが。……我が国の【渡り人】について、どの程度の知識がある?」

「代々が癒やしの能力に目覚められ、聖女様と呼ばれており、当代のユイカ様もそのように呼ばれていらっしゃると。ユイカ様は黒髪に黒瞳、十五歳、怪我の治癒能力をお持ちで、お噂では花を好み、小柄で愛らしい御方だとか」

「付け加えるならば、謙虚で争いごとが苦手な心優しい娘と評判だな」


 へえ、そんなお噂もあるんですね。

 陛下は獅子のように立派なおヒゲを撫でながら、ひとつ頷かれました。


「ともかくそなたとしては、一度聖女に会ってみねばどうにもならんというわけか」

「仰せの通りにございます」

「ふむ。……そなたに関しては大臣達にこう伝えておる。『若き司教が見聞を広めるため、【渡り人】を訪ねる旅をしているようだ。聖職者ゆえに仰々しいもてなしは好まぬらしく、もし我が国に訪れれば一介の修道女として、かつ丁重に扱うように』とな。高位の者ならば既にほとんどの耳に入っていよう。聖法国からの書状では見極めの件についてのみ不要な口外を禁ずる旨があり、宰相、近衛騎士団長、余の補佐官、護衛騎士にのみ話した。今この部屋にいる全員がそうだ。むろんここでの話は、あの扉から出た瞬間に皆が忘れる」

「…………」


 忘れてしまうのですか。

 王宮怖いですね!


 そしてここで昇進の恩恵がさっそく登場しました。

 前はわたくし、司祭だったんですがね。王様から「この人への態度には気をつけなさい」ってお達しがあったとしても、高位の方ほど「何故司祭ごときに」って不満を抱く方が確実に出てきます。聖職者相手には下級上級の区別なく、必ず敬意を払うという方もいれば、そうでない方もいるのですよね。

 でも司教ならばその手合いが激減するのですよ。

 自分で言うのは厚かましいですが、王様から客人扱いを受けても不自然ではない立場になったわけです。


 わたくしの場合、若さで侮られそうですが、貴族は爵位が上になるほど、身分至上主義の傾向が強まるもの。

 内心はどうあれ、堂々と蔑ろにはできなくなるのです。

 ウチは定期的に元貴族令嬢が補充される環境でしたから、そのへんの内情には、皆さんけっこう詳しかったりするのですよねぇ。


 余談ですが、修道院にいる者は〝聖アルシオン教の修道会に属する者〟であり、聖職位を授かっている者はごく一部です。

 司教であり修道院長でもあるマヌエラ様は、実はかなりレアな存在でして、あの方は身内に限定した最上位者ではなく、世間一般的にものすごーく偉い御方。

 何の儀式も経ずにいきなり位だけ上がり、翌日には旅に出ている修道司教のわたくしなんて、マヌエラ様に比べたらペッですよペッ。


「ところでそなた、宿は決まっておるのか?」

「はい。しばらく小教会の司祭館に泊めていただく予定です」

「エルナン司祭であったな。あ奴ならば問題なかろう」

「ご存知なのですか?」

「余の乳兄弟だ」


 エルナン様?

 あなた、最強のコネをお持ちではないですか。

 それで「拝謁が叶うほどの立場ではない」って、なんですかそれ?


「聖女ユイカとの面談の機会を設けよう。明日の午後、もう一度訪ねるがいい。それと、余の息子についても話しておく」

「王子殿下、ですか?」

「ああ、王太子のリオンだ。面談にはこれも同席する」

「殿下も?」

「親の欲目を抜きにしても、これがなかなかよくできた自慢の息子でな。この国の未来を背負って立つに相応しい、立派な王になるであろうと期待しているのだ。聖女に関しては実質、余ではなくリオンが責任者と思ってくれて構わぬ」

「…………」


 微笑ましい親バカ全開、に見えますね。心から王子殿下を誇らしく思っておられるのが伝わってきます。

 で、責任者なのは結構ですが、何ゆえに殿下がご同席を?


「リオンの婚約者はアマリアという。公爵家の令嬢だが、これが少々困った娘でな。王妃の弟の娘、リオンの従兄妹(いとこ)という生まれから、周りが少々甘やかしてしまった。公爵自身は気のいい男なのだが、今は王妃とともに公爵領へ里帰り中で、あれの身近にワガママを諫める者がおらん。聖女ユイカに会えば突っかかってくるやもしれんので、その際はリオンに任せるとよい」

「…………」


 あれ?

 なんだか三角形の幻が見えた気がしますよ?


「陛下。聖女様のお住まいは……」

「敷地内の離れにある。代々の聖女も暮らしていたという【花の間】だ」


 本当に王宮内にお住みだったのですね。

 もしや聖女様と王子様は――と、いけません。お会いする前から下世話な想像を膨らませてしまっては。

 お師姉(ねえ)様方の秘密のご本、とくに禁断の恋物語がいくつも高速で頭の中を駆けめぐりましたけれど、混同してはいけないのです。お話はお話、登場人物はすべて架空の人物であり、実在の人物・団体等とは一切関係がありません。

 三角形など見えておりませんとも。


 その後もいくつかお話を伺い、心から感謝をしつつ司祭館に戻りました。

 お洗濯をし、泊めていただくささやかなお礼に教会の屋根の修繕をいたしました。

 屋根にのぼるなんて危ないとエルナン様とセリオ様には慌てられましたが、わたくしは落ちても着地すれば無傷ですけれど、雨漏りしたら礼拝堂の椅子と床が大ダメージではないですか。

 その後はお夕食のパンとスープをいただき、祈りを捧げて寝台に入りました。


 エルナン様に乳兄弟の件は訊いておりません。

 聖女ユイカ様との面談が一度で終わるかどうかもわかりませんし、表向きは陛下の設定をそのままお借りし、「とある修道女が神々への理解を深めるために【渡り人】を訪ねる旅をしており、寛容な陛下が許可を与えた」として、何度か王宮に通えることになりました。

 王宮の門を何度もくぐるうち、どなたかから耳に入るかもしれませんので、わたくしからエルナン様にその旨をご説明したのですが、エルナン様は吃驚しつつも、ご自分の最強のコネについては話されませんでした。


 ならば、わたくしも訊く必要はないのです。

 わたくしはただ、神々のご命令にだけ全力をそそげばよいのですから。




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