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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第二章 黄昏の王国の勇者
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11話 道化の騎士 (前)


『英雄たらんと望むな。常に道化であれ』


 出来の悪い一人息子に、バルトロの父は何度も言い含めてきた。

 愚直な息子は「ハイ、父上!」と答えつつ、その実、見上げる眉間のシワの意味がよくわかっていなかった。

 父の苦悩を余所に、年頃の少年らしく英雄に憧れを募らせ、自身もそうあろうと目指し続けてきた。




「既に聞き及んでいると思うが、先の祝日に異世界より勇者様が来臨なさった。皆、心してお仕えするように」

「お、おお……!」

「とうとう勇者様が……!」


 異世界から〝勇者〟がやってきた。

 バルトロを含め、第二騎士団の騎士達のテンションは上がった。


 ほとんどの者は先代〝勇者〟の没した後に生まれ、親や祖父母の話、もしくは物語の中でしかその存在を知らない。

 華々しい活躍に憧れ、あるいは野心を胸に、〝勇者〟とともに活躍するため騎士を目指した者さえいる。

 しかし事前に知らされていた通り、〝勇者〟の教育を一任されたのは第一騎士団であり、第二騎士団が直接彼に関わることは許されなかった。


 高位貴族で固められた第一騎士団が優先されるのはいつものことだ。

 今さら不満を抱くほどのことでもない。

 たまに思い出して、愚痴を漏らす者がいる程度。


 しばらくして、かの〝勇者〟を嘲弄する噂が城中に流れ始めた頃、バルトロは第二騎士団の団長から呼び出された。


「おお、わたくしが〝勇者〟様の担当に!? それは光栄なお役目です!」


 バルトロはいきなり転がり込んだ〝幸運〟に歓喜し、胸を張って引き受けた。

 呆れ切った団長の溜め息に気付きもせず。


 第一騎士団は、とんだ〝ハズレ勇者〟だった【渡り人】の世話を放棄し、第二騎士団に押しつけたのだ。


 こうまで舐められればさすがに怒りを覚えようというもの。ハズレと判明した後に押しつけられた第二騎士団の団長は、内心の憤りを隠し、単純なバルトロへさらに押しつけたのである。どうせ奴は断らないだろうと踏んで。

 そして思惑通りに大喜びしたバルトロは、引き合わされた〝勇者〟タケルに意気揚々と挨拶した。


 〝勇者〟タケルは焦げ茶の髪と同色の瞳、十五~六歳ほどに見えるが実年齢は十八歳だという、伝承通りの外見を備えた人物だった。

 性格は少々おとなしめなのか、やや腰が低い。

 

「すみません、名前の前に〝勇者〟はつけないでもらえますか? 敬語もいらないです」

「む? そうか、承知した。これからよろしくお願いするぞタケル殿!」

「――――……」


 快活に笑って即答したバルトロ。

 何故タケルがきょとんとしたのか、彼にはわからなかった。




 第一騎士団の時と違い、タケルは第二騎士団の面子とすんなり馴染んだ。

 もちろん城内の噂を鵜呑みにし、彼を侮る者もいる。

 けれど日頃から第一騎士団には思う所があり、加えて城内の陰湿な噂の大半がそこを中心に流れてくるとなれば、察しのいい者は大抵がタケルに同情的になった。


 ある日、タケルが書物に目を落としたままぽつりと言った。


「この話、あっちの世界にも似たのがあったなあ」


 背表紙には〝愚かな騎士と幻の怪物〟とある。

 思い込みの激しい平民の資産家の男が、英雄譚に感情移入するあまり己を騎士と錯覚して醜態を晒す、貴族間ではよく知られた笑い話だ。


「あっちの話は風刺で書かれたっていう説があったし、これもそうなのかな」

「風刺?」

「いろいろ物申したいけど、ハッキリ言うわけにゃいかないから、遠回しに皮肉を込めて書いたのかもなってこと」

「ふむ。……うむ。…………よくわからん! そもそもそれは笑い話なのか?」

「って、おいおい。前に座学の先生からそう聞いたぜ? 下らないお話だけど、馬鹿や間抜けを指す表現として〝愚かな騎士〟が使われることも多いから目を通しておきなさい、って言われたんだけど?」

「うむ、私も教師にそう教わった。いもしない怪物に『やあやあ我こそは!』と名乗りをあげて突進していく男の話だろう? それのどこが嗤えるのかついぞ理解できなかったのだ。報われずとも頑張っている物悲しい御仁の物語としか思えなかったぞ」

「――へえ」


 タケルが顔を上げた。


「ん? なんだ?」

「この国の騎士ってのは、だいたい貴族だろう?」

「そうだぞ。出自は平民でも、騎士と認められれば騎士爵を賜る。だいたいどの国でも騎士爵は一代貴族だが、名を上げれば陞爵もあるぞ。滅多にないがな」

「普通にそのまんま読めばこれ、自分を貴族と思い込んだ平民を馬鹿にしてる、貴族から見て滑稽なお話だよな。で、おまえさんの家は由緒正しい貴族なわけで」

「その通りだ! 歴史ある子爵家の――」

「はいはい。で、普通にそのまんま読まなければ――……作者はもう没してるみたいだから言っちまうけど、このお話が嘲っているのは、本当は貴族のほうなんじゃね?」

「ぬ?」


 バルトロは首を傾げた。


「もしくは読む奴がどんな印象を抱くかで、そいつを推し量れる試金石だったりするかもな」

「んん? なぜ書物の話題が石の話題になるのだ? タケル殿の言い回しは難しくてよくわからん!」

「バルトロさん、あなた貴族ですよね?」

「そうだぞ! 歴史ある子爵家の――」

「へいへい。家人みんな優秀だろ?」

「もちろんだ! 自慢の家人ばかりだぞ!」

「……だからなんとかなってるんだな。フォロー大変そうだけど、こういう主人だったら仕え甲斐もあるか。ベルトラン君もそんなこと言ってたしな……」


 タケルの呟きが聞こえはしたものの、やはり意味がよくわからないバルトロだった。


「まあ俺はこの〝愚かな騎士〟が、そんなに嫌いじゃねーな」


 何故かバルトロに目を合わせて言ったタケルに、そうなのか、とバルトロは頷いた。




❖  ❖  ❖




 タケルは【渡り人】の前評判通り、とても思慮深い人物だった。

 こちらの書物を大量に読破し、バルトロよりずっと詳しい分野もある。

 なのに。


「うぬぬ、わからん。何ゆえあの者どもは、タケル殿を〝ハズレ勇者〟だの〝期待に遥か及ばない無能〟などと口さがなく言うのだろう?」


 バルトロの猪突猛進な気性は有名なので、彼がいると気付いた瞬間に皆ピタリと噂をやめてしまい、なかなか注意できないのだが。


「タケル殿はこちらに来てほんの数ヶ月なのだぞ? まだまだ成長途上かもしれんではないか!」

「そうですねぇ」


 バルトロが吐き出す怒りに、ベルトランが相槌を打つ。それに気をよくして、怒りはさらにヒートアップする。


「異世界から来て、ほんの数ヶ月。前の世界では剣も槍も弓も触れたことすらなかったというではないか。なのに誰もかれもが、〝勇者〟ならば初めから何でも出来てしかるべきと決めつけおって。何ゆえそう思い込んでおるのだ? 先日、家人の妻が産んだ赤子など、ほわほわでぷにぷにでくにゃくにゃで、実にか弱い存在だった。英雄譚の勇者だって生まれた直後はあんな赤子だったはずだ。亡き父上もよく仰っていた、成長には時間がかかるものなのだと! 赤子の頃からあれもこれもそれもいきなり完璧にやれなどと、無茶な期待を押しつけるでないわ!」

「まったく、それですよねぇ」


 ベルトランは重々しく頷く。

 バルトロもまた〝勇者〟に期待し、夢を抱いている一人ではあった。

 けれど、成長速度は人によって異なる。それを我が身で理解できている男だった。

 呑み込みの悪さに父を悩ませつつ、腐らず努力を続けた結果、第二騎士団の第一隊隊長を任されるまでになったのだから。


 第二騎士団など、しょせん第一騎士団に入れなかったおまけ要員などと蔑む高慢な輩もいる。

 けれど現実には、たとえ下っ端騎士であろうと、王城に勤める騎士は下位貴族や王国民にとって憧れの職業だ。

 バルトロの父など、病に倒れる前、将来を案じていた息子の快挙に涙を流して喜んだものだ。他界する直前に息子が最大の親孝行をしてくれて、彼は苦労の報われた幸福な父親として世を去った。


「遥か遠い故郷からたった独りで来ているというのに、なぜ皆はその境遇を思いやれんのだ? まったくもってわからん! わからんほうが変なのか? タケル殿に訊いてみようか……いや直接本人に尋ねるのは無神経というやつになるのであろうか? う~ぬ」

「…………」


 こういうところがベルトランに呆れつつも心酔され、タケルの信用を勝ち得ている事実をバルトロは知らない。


 バルトロは深く考えるのが得意ではなかった。

 そんな彼でさえ、タケルの置かれた環境には違和感を覚えざるを得なかった。


 タケルが出掛けたい時は、必ずバルトロが外出許可を申請し、なおかつ彼が同行しなければ城を出られない。この世界に不慣れな【渡り人】を単独で行動させ、危険に晒してはならないからだ。

 そこまではまだいい。


 タケルは城下町での買い物が許されなかった。バルトロや護衛騎士が購入し、タケルに渡す分には構わない。

 タケルは町人や一般兵との会話が許されなかった。声をかけられ、笑顔や会釈を返す分にはいい。けれど彼から声をかけてはならなかった。

 移動手段も、行動範囲も、持ち物も制限されている。

 楽しそうな催しがあっても城の許可なく参加してはならない。そして大抵許可が下りず、あるいは許可を待っている間に催しが終わってしまう。

 彼は城下の人々と一切の交流を持ってはならなかった。間者が紛れ込み、一般人を装って接触を試みる恐れがあるからだ。


 すべては、タケルの身の安全のため。そう説明され、バルトロは納得した。タケルも納得した。

 けれど、タケルが時折見せる諦めたような表情の意味と、自分の中に生じて消えないもやもやの意味が、バルトロにはよくわからなかった。


「……タケル殿はこの先、この国に愛着を抱けないかもしれませんね。そのうち、さっさと出ていかれてもおかしくありませんよ」

「何を言うのだ、ベルトラン?」

「だってそうでしょう? 彼にこの国を好きになってもらう機会を、ほかでもない我が国の者が潰しているんですから。この国に現われた〝この国の勇者〟なのだから、いくら囲い込んで追い詰めても、彼は無条件でこの国を想い、この国のために尽力してくれる――そうすべきだと皆が思っている。城の者だけじゃない、民の中にもそんな空気が充満しているんです。タケル殿は彼らを守ってくれて当然っていう空気が。だって()()()()()()()()()()()()()。そしてタケル殿は、彼らの勝手な期待を拒む手段がない。拒むことを許されていない。もし僕がタケル殿の立場なら、早晩嫌になりますよ」

「う、うぬ……しかし……」


 バルトロは難しい話が苦手だ。それでも、ベルトランの耳に痛い言葉はすんなり頭の中に入った。

 それもそのはずだ。自分で説明できなかった胸の中のもやもやを、ベルトランが明確な言葉にしてくれたのだから。


「彼が本当に親しみを覚えてくださってるのは、バルトロ様と、ぎりぎり僕ぐらいですかね。本当はもっとたくさんの人と交流して、この国の楽しいことや素晴らしいことを見て経験してもらって、この国を好きになってもらうよう、努力しなきゃいけなかったのに。我々が彼に対してやったのは、その真逆のことばかりだ。見放されたって仕方ないんです」

「いや待て待て、彼はよく第二騎士団の騎士寮で食事をしているだろう? 我ら以外にも、親しく言葉を交わす者は結構いるではないか?」

「僕が見る限り、あれは必要に迫られてそうしているだけですよ。それ以上でも以下でもありません」

「うぬ? なんだと?」

「……もともと、タケル殿のお食事は高位貴族用の厨房で用意されて、自室に運ばれていたんです。それが第二騎士団預かりになってから止まっている。なのにあちらの厨房に確認すれば、彼の食事は毎日ちゃんと用意されたことになっている。おかしいですよね。あの方の食事、運ばれる途中でどこかに消えてるんですよ」

「なに? それは調査せねば!」

「無意味ですって。どうせ頭の足りない馬鹿が、イヤガラセのつもりでどこかに捨てたり、自分の腹におさめてるのが真相なんですから。タケル殿はそれを見越して、我々の騎士寮の食堂を利用し始めたんでしょう。そして利用する以上は、それなりの人間関係を築いておいたほうがいいですよね。他の騎士達も、一部の馬鹿を除いて彼に友好的に接しながら、上の方々に目をつけられない程度に線引きをしています。バルトロ様の苦手な暗黙の了解があそこにはあるんですよ。タケル殿も重々理解なさっているから、その線から先に踏み込もうとはしません」


 ベルトランが「馬鹿」と発するたび、何故か己の胸にグサリと刺さるバルトロだったが、それでもこれだけはと口をひらいた。


「笑い合いながらともに食事をとれば、いずれ友情は芽生えるものではないか?」

「……実際、そうなりやすくはありますね。だからこそ、変に彼へ肩入れする羽目にならないよう、皆が気を付けているんです。下位でも王城にいることを許された貴族、その程度の保身の心得はあるんですよ。そしてタケル殿には、頑張ってその線を越えて彼らと親しくなりたい理由が、もはやありません。この国に対するあの方の不信感を払拭するには、全員が態度を改めるしかないでしょうが……そんなの、もう無理なところまで来ているんじゃないでしょうかね……」


 ずっと憧れていた勇者は、この国を見放すかもしれない。

 いや、もう既に見放しているのかも。

 そんなことはないと怒鳴りたかったが、バルトロの反論は喉奥で詰まったままだった。




❖  ❖  ❖




 サロモン王国で毎年行われる剣術試合の日。

 城内での催しであるためか、タケルの観戦にすんなり許可がおりた。

 腕を示したい者は誰でも、という触れ込みだったが、出場者は第一騎士団のみ。第二騎士団からは誰ひとり出ていない。

 実はバルトロも申し込みをしていたが、既に希望者が上限に達したという理由で突き返されていた。

 要するにそういう試合である。透けて見える暗黙の了解。せっかくのイベントでありながら、タケルのテンションは低かった。

 加えて、試合より目につく光景に気を取られてならない。


「なあ。……アレを人前で堂々とやるのって、どうなんだ?」

「ぬ?」


 騎士が戦いに赴く前、貴婦人がその無事を祈り、普段身につけている飾り布や飾り紐、装飾品などを贈る。騎士はそれを武具の見える場所につけ、あなたのために勝利をと誓う、騎士と貴婦人だけの儀式だ。

 頬を染めた貴婦人に、跪く騎士。愛しい者の身を案じ、愛しい者から案じられ、実に幸せそうな美しい二人の世界である。


 だが人前でやるな。


 バルトロが純粋に羨ましいと感じている横で、タケルはそっと口もとの砂をぬぐっていた。

 それに……。


「なあベル君。あのお嬢さん、こないだ別の騎士さんにアレとおんなじことさせてなかったっけ?」

「そうですね」

「なにっ?」


 あっさり頷いたベルトラン。

 愕然とするバルトロ。


「あちらのお嬢様もですね。好みの騎士様にご自分のものを贈り、身につけていただくのが最近のご令嬢方の流行りだそうでして」

「は、流行り?」

「やっぱそういうノリか~。でもって騎士(オトコ)の側は薄々それがわかった上でもらいたいと」

「仰る通りです。誰が見ても明白なモテの証明ですからね。高貴な方々の優雅なお遊び的な傾向が強まったのは近年になってからみたいですが、城勤めの長い方から聞けば、ここ数年でとみに増えたようです」

「先陣を切ってるのは――――様とか、その周りの御婦人方?」

「ご明察です。すべての貴婦人を牽引なさる方々ですから」


 バルトロは虫も殺せぬ風情のご令嬢の二股疑惑、しかもそれが流行りだという事実に軽いショックを受け、二人の会話を半分ほど聞き逃した。


「バルトロ?」

「はっ? な、なんだ?」

「おまえはさ、あの騎士達みたいに――――様から手巾とか飾り紐をもらってみたい感じ?」

「は? なななな何を申すのだタケル殿っっ!?」

「図星かよ。……あー、水差すみたいで悪いけどさ、あの人はやめといたほうがいいんじゃないか?」

「ああああ当たり前であろうが我ごときそんな無謀な高望みなど何を言うのだっっ!!」

「…………」

「…………」


 タケルとベルトランが半眼になる。なおも「ちちち違うぞっ!?」と否定するバルトロだが、説得力はお空の彼方だ。


「まぁいいけどよ。……お、やっぱりあいつが勝ったか」

「第一騎士団の団長、ですか。優勝候補ですね」

「どうせ候補じゃなく優勝確定者だろ。……なあベル君。前に俺付きだった坊や、今はあいつの小姓やってんだって?」

「ご存知でしたか」

「通りすがりにヒソヒソ教えてくれる親切な情報提供者に困らないもんで。……あの団長さん、いかにも爽やか貴公子って感じのイケメンだったけど、あんま好きじゃなかったんだよなぁ」

「そうなんですか?」

「おお。別にひがみで言ってんじゃねーぞ? なんかこう、大人風吹かせた笑顔がいちいち嘘くさいっつーかな。近寄りたくない奴がまとまってくれてると、避けやすくてありがたいわ」

「あはは、タケル殿ってけっこう辛辣ですよねぇ。あの方は以前、あなたに武術の指南をされていたと聞きましたが」 

「そうそ。俺がどうにも上手くできねーのがわかると、だんだん笑顔が微妙になってってさ。しまいにゃ部下に、なんか期待してたのと違う、て溜め息まじりに喋ってやがったのを聞いちまって」

「それはいけませんね。まずご自分の指導の腕を疑うべきでしょうに」

「はは、ベル君こそきっつー」


 そうこうしているうちに決勝が始まり、歓声が大きくなる。

 長くも短くもない打ち合いが繰り返され、とうとう割れるような歓声が沸き起こった。

 第一騎士団長の優勝である。

 準備されていた花びらが一斉に舞い、優勝者を称える声と、貴婦人方の黄色い声が飛び交う。


 バルトロは困惑した。――対戦相手の力量を見誤ったろうか。あちらのほうが勝つと思ったのだが……。

 タケルが「やっぱな」と肩をすくめ、ベルトランが苦笑していた。


「あれが団長でいいのか? ってつい思っちまうな」

「仕方ありません。あの方は宰相閣下の御嫡男。決勝のお相手は家人の御子息なのですから」

「それな。対戦相手、手ぇ抜いてたろ」

「よくお気付きになりましたね。素晴らしい手加減の腕前でしたのに」

「長年磨きあげてきたワザなんだろーな。あのボンボン団長さん、他人に我慢させて自分が栄光掴むの平気なタイプくせーし」


 歓声に紛れ、ベルトランが「嘆かわしいですよね」と呟いて肩をすくめるのを、バルトロはどこか遠い心地でぼんやりと眺めていた。




❖  ❖  ❖




 バルトロは思い返す。


(――――様とは、どなたのことだったろう? タケル殿はあの時、どなたのお名前を口にしていた?)


 その時耳にした名前がどうしても思い出せない。


 思い出せるのは、いつだったか、どなたかに呼び出されたこと。

 そしてその方は、あろうことかこんな自分に、――――を贈ると約束してくださった。


 天にも昇る心地だった。


 ふわりと甘い香りが漂っていた。

 あの御方に相応しい、素晴らしい香りだった。


 美しく可憐で、心優しい――――



(あの方は、どなただったろうか……)



 大切な贈り物。あの御方がくださった。

 それはどこに仕舞ったのだったか?


 思い出せない。


 優勝者が堂々と歩み寄り、割れんばかりの歓声がますます大きくなる。

 頬を染める貴婦人……


 鈴を転がすような笑い声。

 唱和し、いくつもの鈴の音が重なる。



 それともすべて、幻だったのだろうか。




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