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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第二章 黄昏の王国の勇者
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6話


 どうしようどうしよう――と身構えた割には、レティシアさんはそれ以上何も突っ込んでこなかった。

 考えてみれば【渡り人】って、この世界へ来る時に標準以上の魔力が備わるし、俺が特殊な能力を持っていたって何らおかしくはない。以前レティシアさんが寄ったっていう花の王国も、治癒能力を持つ聖女が現われると有名な国だ。

 俺の場合はどんなふうに有名なのか、実はあんまり知らない。ただ、レティシアさんの壊れステータス、彼女自身に自覚がないならまだしも、もし自覚があって隠しているのなら、俺がそれを察知しちゃったらまずいんじゃないかと思う。


 スルーされたから、結局俺のスキルに気付かれたのかどうか、微妙にわからずじまいだった。

 見逃してくれたフリで、実は抹殺リストにしっかり追加されてる、なんてことじゃなければいいけど。


 次に何をどう言えばいいか考えあぐねていたら、護衛騎士のレナートさんが俺の剣筋を見てくれるっていう話になった。

 さっきよりもズンと気が重くなった。

 俺、才能なくてけちょんけちょんに言われてんだよね……。


 俺の住まわせてもらっている離れには、部屋の前に小さな庭がついている。あんまり日当たりのよくない、いかにも裏庭っぽい寂れた庭だ。

 城内で働く人の動線ともズレているから、用がなければ誰も来ない。こんな所で暮らしたくないと嫌がる人もいるんだろうが、少し前まで陰湿な視線に晒されまくっていた俺としては、静かでいいとむしろ気に入っている。


 その庭の一部が、申し訳程度の小さな訓練場になっている。案山子(かかし)みたいな的がいくつかあり、そこに弓矢で射ったり剣で斬りつけたりする。

 最近の指南役はバルトロだけだ。前は第一騎士団の団長さんや隊長さんやら、えらく立派で強そうな面々が教師陣に連なっていたんだけどね。

 木剣を構えて、レナートさんと打ち合ってみた。いや、こんなへっぴり腰に付き合わせて申し訳ない。現代っ子だから体力も根性もなくてさあ……。

 ほんのちょっと打ち合うだけで息が切れて、腕も痛くなってきた。いや、これは打ち合いとすら言えない何かだったな。


 すぐに休憩。井戸が近くて冷たい水がすぐに飲めるのは助かる。

 ここに来た当初は、この水ほんとに飲んで大丈夫な水か? って不安が拭えなかったものの、人は極限まで喉が渇けば大抵なんでも飲めるようになるんだなとよくわかった。透明で汚れは見えないし、味も悪くない。だいたい離れに来る前までは、城の使用人さんが毎朝自室の瓶に溜めておいてくれたやつを飲んでたんだ。あれ、全然意識してなかったけど、こういう井戸から汲んできた水なんだよな。

 これが原因で腹を下したこともないし、安全で綺麗な水がすぐ近くにあるのは、結構悪くない環境だった。


「タケル殿。尋ねてもいいだろうか?」


 いかにもハイスペックそうなイケメン兄貴から丁寧語で話されたくないとダメ元でお願いしたら、レナートさんは早々に砕けた口調へ切り替えてくれた。

 融通が利かない生真面目タイプを想像していたから、嬉しい誤算だった。


「君はあまり剣が得意ではないように見受けられるが、何故これを身につけたいんだ?」

「何故って――まあ最低限、護身を兼ねた体力づくり、ですかね?」


 少なくともバルトロはそのつもりで俺に教えてくれている。俺が強くなるのは無理っぽいから、いざって時に強い奴から身を守りつつ逃げられるように。


「守られるべき【渡り人】が、何者かに襲撃される恐れがあったのか? その割に護衛の姿がないが」

「へ? ――いやいや、護身っていうのは、俺が勝手にそう思ってるだけですよ。ここの人達に比べたら体力ないのは間違いないし、身体を鍛えといて損はないよなって、バルトロとも話してて」

「それで、剣を習いたいと?」

「いえ、俺からは特に? 最初は座学だけだったんだけど、一週間から十日ぐらいした頃だったかな、普通に剣と弓と槍術の訓練も加わって」

「普通に?」

「あ、はい。『明日からこれをやりますよ』って感じに始まりました。みんな俺がそれを習うものだって言ってたし、俺も〝勇者〟だったらそうなんだろうなって思ったから、その時は前向きに頑張るつもりだったんですが……才能なかったんスよね、これっぽっちも。剣術はかろうじて一番マシってぐらいで、ほかは全部壊滅的で」


 レナートさんの眉間にシワが寄った。おまえごときド素人が剣なんぞやるなって怒られる案件かな、これは?

 【剣術】Sの元近衛騎士様だもんな。馬鹿にしてるのかって怒るよな。


「君は打ち込むたびに腰が引けている」

「す、すんません……」

「謝ることではない。もとの世界で、戦闘員ではなかったのだろう?」

「あ、はい。それはもう全然。これでも平均より身長あるし、体力あるほうだったんですけどね。向こうでは」

「【渡り人】には、もともと非戦闘員であった者が多いと聞く。木剣でも当たればそれなりに痛い。相手に痛みを与えるのを恐れ、自身も痛みを受けるのを恐れるあまり、向き合った時点で身体が固くなる。一度芽生えた苦手意識の払拭は困難で、場合によっては案山子(かかし)相手でもぎこちない動きを引きずってしまう」

「俺のことっスね、ハハ……」

「タケル殿がそれを恥じる必要はまったくない。先ほどの話は新兵にも当てはまることだ。それをタケル殿に要求するのが、そもそもおかしい」

「え」


 へこんでドヨドヨと地面に落としていた顔を上げれば、レナートさんの顔には怒りも侮蔑もなかった。

 今も眉間にシワがあるけど、俺に対して機嫌を悪くしているわけじゃないみたいだ。


「サロモン王は何故、君にそんな訓練をさせた?」

「…………」


 いや。

 いやいや、何故って。

 

「勇者、だから?」

「それはあくまでも通称だろう。【渡り人】の教育項目に剣は入っていないぞ」

「――――」


 ――――は!?

 なにそれ、初耳なんだけど!?

 ふっつーに、やるのが当たり前だよね、みたいな感じでしたけど?

 いや俺もさ、全然違和感なかったからそーゆーもんだって思っちゃったけどさ、そーじゃなかったの!?

 俺が両目をめいっぱい見開いてたら、今度はレナートさんが黙ってしまった。


「サロモン王はこのように仰っておられました。『タケル殿は雅やかな場所を好まぬ。そして向上心があり、必要な知識を修めた後も、静かなる場所にて独自に勉学と鍛錬を欠かしておらぬのだ』と」


 庭の端で見学をしていたレティシアさんが、何を考えているかわからない顔で静かに言った。


「【渡り人】様の二つ名に関しては、過去に訪れた【渡り人】様の行動や生き様により、人々が自然にそうお呼びするようになっただけであり、レナート殿の仰られた通り、あくまでも通称に過ぎません。神々が何らかの役割を期待して喚び招かれたとしても、何かを倒せ、あるいは守れといった義務を課されていた方は、少なくともこれまではおられなかったと聞き及んでおります。アマリアさんはいかがですか?」

「わたくしもそのように存じております。サロモン王国に限らず、【渡り人】様ご本人の希望でもないのに、必修とされていない戦闘訓練などを組み込む道理がありません。もっとほかに学ばねばならないことが大量にあるのですから」


 アマリアさんがレティシアさんの隣で頷きながら言った。

 俺はしばらく唖然としてから、拳を作って地面にどんと叩きつけた。

 痛い。でも構うもんか。


 弓も駄目、槍も駄目、体術も駄目、辛うじて剣だけがちょっとマシ。

 勇者様なのになんで出来ないの?

 勇者様だったらこのぐらい、ちょちょいのちょいでズババンと憶えて身につけちゃうもんだよね?

 どんな敵でも倒せちゃって、どんな敵からもみんなを守れるものだよね?

 なんで下位貴族の騎士の後ろに隠れてんの?

 えー、なんかちがう~。

 これが勇者~?

 げんめつ~。


 ――そんな視線と陰口に晒され続けた、これまでの数ヶ月間が一気に脳裏を駆け巡る。


(あ、ん、の、クソ王おぉ~っっ!!)


 薄々そうじゃないかと思ってたぜ。

 これ、召喚されたらあかんほうの勇者召喚だわ!

 現実にそーゆーのを当てはめるのはどうかと思わんでもないけどな、あかんものはあかん!


 なぁーにが『雅やかな場を好まず向上心があり、静かなる場所にて独自に勉学と鍛錬を欠かさぬ』だっ!!

 てめーらが〝なんか思ってたのと違うハズレ勇者〟だからって、こんな隅っこに追いやったんだろうがああっっ!!




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