5話
「わたくしは【渡り人】様にお会いするために旅をしております。あなたの前にお会いした方は、フロレンシア王国の聖女と呼ばれるお嬢様でした。わたくしは一時その方の教師として勤めさせていただいた経験より、もしこちらでも必要ならば……と陛下にご提案申し上げたところ、タケル様は既に必要最低限の知識を習得されており、今は独学で学んでおられる段階なのだとか。それでもお一人では進捗の判らぬ部分も出てきましょうから、念のためにとお願いしてこの場を設けていただいた次第です」
「はあ」
このレティシアさんが教師。イメージぴったりだ。いかにも教壇に立って厳しい課題を出してきそうな雰囲気がある。
俺はここに来て学ばさせてもらったこと、とりわけ一般常識やら座学関係の習熟度をいろいろ確認されて、問われるがままに答えていたら、やがてレティシアさんはふう、と溜め息をついた。
「す、すみません。幻滅しましたよね、俺こんなんで」
「幻滅? とんでもないことです。むしろ、何故そのような卑屈な発言をなさるのでしょうか」
「へ?」
「非常に優秀なお方であると感心いたしました。基礎的な知識はとうに頭に入っているようですし、こちらに来られてわずか数ヶ月とは思えぬほど理解も深い。さすがは【渡り人】様と言うべきなのでしょうか。わたくしがお教えせねばならないことはすぐには思いつきません」
「…………」
あー……さすがは【渡り人】様って、その誉め言葉、久々に聞いたな。
最初だけはよく褒められたんだ。異世界ハイになってて、真綿が水を吸うようにこちらの知識をガンガン吸収していった。
でもその後が続かなかった。もとの世界でたいした特技のなかった俺は、なんの応用も利かないからすぐ頭打ちになり、称賛の視線は幻滅に変わっていった。マヨネーズもケチャップもふわふわパンの作り方も既に前の【渡り人】が伝道済みなんだぞ、どうしろと。
きっとこの人もそうなるだろう。変に浮かれたり期待なんてしないでおけば、それらを失う日が来たところで痛くも痒くもない。
「浮かないお顔ですね。前の【渡り人】様は、とても素直に喜んでくださったのですが」
「…そうなんですか。可愛い方だったんですね」
「ええ。とてもお可愛らしい方でしたよ」
ふーん。
フロレンシア王国だったか。噂じゃ〝花の王国〟って呼ばれてるらしいし、そんな国の聖女様っていうからにはホワホワして可愛い人なんだろうと想像してたら、やっぱりそんな感じなんだな。
一瞬だけアマリアさんとレナートさんからピリっと嫌そうな視線を感じた。すぐ元に戻ったけど、どうしたんだろう。俺の勘違いかな?
(正直、ほかの国の【渡り人】にはあんまり興味ないんだよなー。同じ世界から来たもん同士、支え合ったり協力し合うほうが良いんだろうけどなぁ……)
でもな――もしそいつが、「この世界にオレ様以外の異世界人はいらねぇ!」ってタイプだったらどうするよ?
要領の悪い奴に助言してやる呈でマウントを取ってくるタイプだったり、自分達の力(知識)を使ってこの世界のみんなを助けてあげよう! っていう救世主タイプでも厄介だ。
一度そういうのと知り合ってしまったら、ここではもとの世界と違ってフェードアウトが簡単にできない。俺の身元保証人は王様と神殿、俺の生活は彼らが頼りで、好きな時にどこへでも行って気に入った場所に暮らすなんてできない。逃げ場がないんだ。
いつか知り合いになる日が来るとしても、会うのは慎重になったほうがいいと思う。
「タケル様。ひとつわたくしからお願いがあるのですが」
「はい?」
「何か物の挟まったような会話は愉快ではありませんでしょう。この際腹を割ってお話しませんか?」
「え……」
「大丈夫、ここでわたくし達の会話に聞き耳を立てている者はおりません」
レティシアさんがそんな提案をしてきて、ちょっとびっくりした。
仰る通り、俺はそういうのが好きじゃない。窮屈だし気分よくないしな。でも、単刀直入に話そうって本気で言って来る奴は稀で、それこそバルトロみたいな変わり者しかいなかったから、けっこう驚いた。
(うーん、それでいいんならそうしたいんだけどな。どうしよう……)
今このへんに聞き耳を立てている奴がいないのは俺も知っている。俺の【鑑定眼】の密かに凄いところなんだが、実は俺の視界に入っていない人でも鑑定できてしまうのだ。
つまり、壁の向こうに誰かがいたら、そいつのステータスがバッチリしっかり視えてしまうので、こっそり隠し部屋で耳を澄ましていても俺にはバレバレ。
物体だったら直接目にしなきゃいけない縛りがあるけど、生き物に関してはないみたいだった。あと、目を閉じた状態では鑑定できない。鑑定結果は小さなウィンドウが対象の少し手前に開いて、俺以外には視えておらず、スキルを使わなければ表示されないので、視界をそれが埋め尽くして日常生活に支障をきたすこともない。
鑑定できる距離は、どうも俺の視力次第みたいだな。遠くの鑑定結果は文字が小さくぼやけてて読めねえんだこれが。
この使い方については、俺の能力が意味不明の烙印を押された直後に気付いた。その頃には異世界ハイも落ち着いてたから、俺は新たな発見を誰にも言わなかった。これのおかげで始終見張られているのがわかって、頭が冷えたっつうかな。
役立たずの期待外れとみんながヒソヒソ言い始めて、城の端っこに追いやられてから、めっきり監視の数は減った。バルトロがいれば誰かしら寄ってくるけど、レティシアさんの行動を注視してる奴は今のところいないみたいだ。
「驚かれませんね。とうに察しておられましたか」
「えっ!? いえいえいえまさかそんな、いやいやビックリしました~っ!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……えへ」
………………あほか。テヘペロじゃねぇよ。
うん、すっげぇ白々しいですね。否定しながら自分でも思いました。
不意を突かれて動揺したのはわかるよ俺。でもな俺、そこはフツーに、考えもしませんでしたとか言えばいいじゃん?
もしくは一瞬何言われてるのかわかりませんでしたキョトーン? でもいけるじゃん!
まあ、しらばっくれてもそのうちバレそうだけどさ。こんな恥ずかしい自白はしなくていいと思うんだ。
「……すんません。見苦しいものをお見せしました」
「いいえ? 可愛らしい御方だなと感心いたしました」
やめて心をザクザク抉らないで。
「ところで先ほどの質問についてですが、タケル様は何を察しておられるのでしょう?」
「へ? 何をって、そりゃあ……」
廊下や隠し部屋でコソコソしてる奴が今はいないってことだ。その話をしてたよな?
なんでわざわざ訊くんだろう。
…………。
……。
……。
(…………あ)
レティシアさんも、このへんには誰もいない、って察したわけだよな。
でもって俺、それについて全然疑わなかったよな。
レティシアさんもそういうのがわかる人だって、なんで初対面の俺にわかるんだって話だよな。
(……やべ)
氷の瞳にひた、と見据えられ、背中が冷たくなった。
多分今の俺は、蒼白になっている。




