表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第二章 黄昏の王国の勇者
30/38

4話

もしできるならあの頃の時間と体力を今ここにごっそり運んできたいです(唐突)


 ……まあ、なんだ。

 お貴族様の社会って陰険な世界なんだなぁ、と再認識した。


 バルトロは王様達からお叱りを食らい、俺に対しては何のお咎めもなかった。

 早い話、蚊帳の外だったからな。


 俺は王城の中の隅っこに部屋をもらっている。バルトロは城下町に邸宅があるけれど、普段は騎士寮に住んでいた。たまの休息日には家人の様子を確認するために(やしき)へ戻るんだが、俺も時々招待されて泊めてもらうことがあった。

 そんな休息日に、非番のバルトロが〝起こした〟醜聞は結構重く受け止められたらしい。

 醜聞って何だよと思ったが、無実の修道女にしつこく絡んだと、そういうことになったそうだ。まあ事実その通りなんだけど。

 俺は騎士寮でバルトロの従者をしている騎士見習いのベルトラン少年から、奴が一ヶ月の謹慎処分を食らったと悔しそうに聞かされてそれを知った。


「謹慎だけで済んでよかったではないかという声もありますが、そういう問題ではないのですよ……!」

「まあな。どう考えても罠に足突っ込んじまったんだろうしよ……」

「そう思われますよね!? いくらバルトロ様が猪突猛進で短慮で向こう見ずなお方だからって、さすがに都合よすぎます!」

「ベル君、声落とそうな? でもって、余所でその発言ぽろっと出ないように気をつけような?」

「そ、そうでしたね。申し訳ありません」


 俺の部屋、人の少ない離れに移されていて助かったぜ。待遇が悪くなったことに胸を撫でおろすってのもあれだけど、人に会う回数が減ればその分、陰口を聞かされる回数も、聞かれたくない話に聞き耳を立てられる可能性も減るしな。


 このベルトラン君は、見習いを脱却するまでの師にあたるバルトロに対し、常日頃から辛辣で言いたい放題だが、決して嫌っているわけではなく、むしろ自分からバルトロを希望して仕えている。

 十三歳と思えないぐらい、見るからに落ち着いて良く出来た子が、どういうわけでフォローの余地もなく猪突猛進で短慮で向こう見ずなあのバルトロをと不思議に思って訊いたら、なんでも彼はどこぞの男爵の何番目だかの息子で、浪費癖のある父親が借金こさえて売り飛ばされそうになったのをバルトロに拾われた経緯があるそうな。

 何の気なしに尋ねたら、思いがけずヘビーな過去が出てきてビビったけれど、本人はちょっと誇らしげに語っていたので、彼にとってはいい思い出に分類されているんだろう。ろくでもない親父の人柄を語る時、笑顔のまま瞳に闇が差すのを除けば、明るく頑張り屋のいい子だった。


(俺だって姉貴について語る時、『闇が(ふけ)ぇ』って知り合いに言われたしな。人のことをとやかく言えねえよ……)


 ともあれあの日、帰る先は同じなのに、俺はバルトロが王様や大臣達から叱責を受けるその場に呼ばれなかった。

 居合わせた当事者なのに、いなかったことにされた。

 俺に落ち度はなかったから? その割には、その時の詳しい状況を、未だ誰からも訊かれない。

 誰も俺に説明を求める気がないからだ。その必要がないと思っていて――いや、知っていて、なおかつ、なるべく俺には出しゃばってもらいたくないと、そう思われている空気を感じた。

 そしてもちろん、俺に対してきちんと説明する気もない。


(わかっちゃいたけど、忘れてたな。最近、俺とまともに口きいてくれる奴、バルトロとベル君と一部の騎士ぐらいしかいなかったし)


 バルトロに初めて会った時、滑稽な自称騎士のドン・キホーテを連想した。

 本職だからなんちゃって騎士ではないんだが、思い込みで風車に突っ込んでいきそうなノリがあの話を彷彿とさせたんだ。

 あの性格に加えて、貴族の中でも下位の子爵だから、綺麗なお城のキラキラな世界の裏側なんて、あいつには無関係だと何となく思い込んでいた。

 だけど――


「なあベル君。仮の話だけどさ。もし、君の親父さんがバルトロをさんざんに罵倒したらどうなる?」

「父がですか? 男爵ごときがそんな真似をしたら投獄されますよ。むしろ僕が親子の縁を切った上で首を刎ねます」


 なんでそんなこと訊くの? みたいにキョトンとされてしまった。

 そ、そうか。うん、これは仮設定のチョイスを間違えた俺が悪いな、多分。

 というか、そうなんだよな。それが身分の上下に関する当たり前の常識ってやつなんだ。下位は下位でも、貴族は貴族。俺の偉そうな言動が許されているのは、【渡り人】であり、当初は勇者様だなんだって持ち上げられていたのが惰性で続いているだけだ。


 まだ俺が〝ハズレ勇者〟の烙印を押されていなかった時、ベルトランと同年代ぐらいの少年が俺の傍につけられていた。勇者様の侍従になれるなんて感激だと、最初のうちこそ頬を紅潮させて喜んでいた彼は、俺の評判がだだ下がりになるにつれ、半眼と溜め息の数が増えていった。

 とんだハズレを引いた、自分はこんなものに仕えたかったわけじゃないのに――そんな野心から来る態度と視線を隠さなくなり、いいかげん俺も腹が立ってきて、バルトロに頼んで俺付きを外してもらった。


 あの坊やは自己紹介の時点で、いかにも八方美人な愛想の良さが姉貴に似てるとピンときていたので、心構えはしていたから傷は浅くて済んだんだけどな。

 以来、俺には専属と呼べる使用人はいない。食事係が俺の分の用意を〝うっかり〟忘れたりしたら詰むなと警戒して、メシは騎士寮の食堂でとるようにした。幸いそこの連中とは仲良くなれたので、今のところトラブルは起こっていない。


 思えばバルトロは、俺周りの人間をホイと変えられる程度には、そこそこ重用される存在だったわけだ。そしてそれを気にいらない人間もきっとどこかにいた。

 城にいることを許された貴族である以上、他人を踏み台にして上り詰めようとするような、嫌なところを集めて煮詰めた争いと無関係ではいられないんだろう。たとえ本人がそれを望まずとも。


「僕はそろそろ仕事に戻りますけれど、何かあれば申しつけてくださいね?」

「ああ、遠慮なく頼らせてもらうよ。悪いな」


 と言いつつ、迷惑かけそうだからあんまり頼る気がないのはバレバレなんだろう。


「適当に濁そうったって駄目です。約束しましたからね」

「いやあ、ハハハ……」


 約束されてしまった。押しが強いなあ。でも、こういう押しの強さは嫌な気がしない。

 しかし、仕事か。その上で訓練もあるんだから、ここの十三歳は本当にしっかりしてる。

 自分が十三歳だった頃と比較して、ちょっとヘコむやら恥ずかしいやら。


「なんて、悶えてる暇はねえな。活入れねえと」


 午後には、この離れに人が来る予定なのだ。

 人の後にカッコハテナとつくお客様が。




❖  ❖  ❖




「イメルダ修道院より参りました、レティシアと申します。こちらは見習いのアマリア。こちらは従騎士のレナートです」

「よ、よろしくお願いします」


 離れの応接間で、謎の氷の女王な修道女、レティシアさんは丁寧に頭を下げてくれた。アマリアさんとレナートさんも、レティシアさんと同じぐらいの角度で頭を下げてくれる。

 俺も、バイト時代はこんな丁寧なお辞儀はしなかったなと思い返しながら、慌てて真似をした。

 ところで、レティシア〝さん〟でいいのか? やっぱり様にしたほうがいい?


「あー、レティシア、様?」

「レティシア、で結構です」


 おっと、呼び捨てという第三の選択肢が出たぜ。でも俺にそれはムリだ!

 真ん中とってさん呼びにしよう。


「レティシアさん、この間は本当にすみませんでした! あのあと、ちゃんと謝る機会もなく……」

「いいえ。あの件に関してはバルトロ様からきちんと謝っていただきましたので、これ以上の謝罪は不要です。誤解も解けましたし、あれほど反省されては、引きずるほどの怒りなど湧きません」


 あ、なんか、全身から反省オーラ出しながら床に頭こすりつける勢いで謝り倒すバルトロの姿が浮かんだ。

 うん、俺がやられてもそれ「もういっか」って気分になるわ。


「そうですか。ありがとうございます」

「お礼を言われることでもありませんよ。ですが、どういたしまして」

「……」


 つい、レティシアさんの顔をまじまじと見てしまった。

 いかにも正体不明で冷徹そうな、恐ろしいほどの氷の美女様だけど、実はそんなに怖い人でもない?


(うーん、どうなんだろ。何考えてるかまるで読めん。声も平坦だし)


 俺は内心、あの謎ステータスの記憶がちらつき、さっきから緊張し通しだ。普段は自力で淹れてる茶を、久々にプロの使用人さんが用意してくれたってのに、ろくに味もわかりゃしねえ。


(この人が何者なのか、王様達は知ってんのかな?)


 ベルトラン少年にも訊いたけれど、王様の客人で間違いないものの、招いたわけではないらしい。なんだそりゃ。

 そのあたりで齟齬が生じたんじゃないかって話になったそうだが、俺もベルトラン少年も「んなわきゃねーだろ!?」で意見の一致をみている。

 バルトロはあの日、非番なのに突然思い立ったかのように「悪党を成敗せねば!」とか叫んで町へ繰り出し、この人(?)達に絡んだ。

 どうしてそうなったのか、この一行へ疑いが向くよう吹き込んだのは誰なのか、バルトロは自分の行動のキッカケに関して一切口を割らなかった。すべては己の不徳の致すところと言い張って。

 誰かを庇っているのか、陥れられても告発できない大物が絡んでいるのか、なんかあるのが見え見え――っと、やば。


「すみません、ジロジロ眺めてしまって。失礼しました」

「いいえ。何か尋ねたいこと、気がかりがあるのならば仰ってください。わたくしはそのために来たのですから」

「は?」


 そのために来た?

 どういう意味だろう。


「えーと、俺、アルシオン教の方々が不安視するような、なんかまずい言動でもあったんでしょうか?」

「そのような話は聞き及んでおりませんが。こちらの国王陛下から、わたくしに関する話は通っておりませんか?」

「え、何ですかそれ? 何も聞いてませんけど」

「……」


 今度はレティシアさんが沈黙して、ジ、と俺を見た。

 な、なんかアマリアさんも「え?」みたいに片眉を上げてるし、レナートさんも怪訝そうな顔してるんだけど。

 ど、どうしたんだろう……?




読んでいただいてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ