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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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聖女様はどんな方でしょう?


 早めに寝床につきましたので、今朝はすっきり爽快です。

 朝食は素朴なパンとスープでございました。とはいえ、旅のお供の長期保存を優先したパンではなく、今日明日で食べ切るパンでしたので、味わいも食感もかなり違うのですね。

 長旅の疲れも吹き飛ぶというものです。

 荷物袋を背負い、ご主人にご挨拶をして宿を出て、少し歩くと大通りに出ました。行き交う人々の表情は明るく、活気に満ち溢れております。

 さて、まずはどこへ向かいましょう?


 マヌエラ様からいただいた仔細によれば、お一人目様のお名前はユイカ様。

 御年は十五歳。

 黒髪、黒瞳の、細身で愛らしいお顔立ちの少女。


 このフロレンシア王国の【渡り人】は、今まで全員が癒やしの能力(ちから)を発現させており、いつしか聖女様と呼ばれるようになったそうです。ひとことで〝癒やし〟といっても種類があり、今代のユイカ様は怪我を治すのがお得意なのだとか。

 我々聖職者の神聖魔法にも、治癒魔法や浄化魔法がありますけれど、【渡り人】のそれはレベルが違うそうです。


 それから、必ず各国の王宮にも寄るようにと、マヌエラ様とは異なる筆跡で書き添えられておりました。

 わたくしに便宜を図るよう、聖法国から各国代表の方々の一部にお話が行っているそうでして、どなたかは存じませんがありがたいことです。

 ところで〝各国代表の方々の一部〟とは、具体的にどなたのことなのでしょう?

 そしてわたくしのことをどのようにお伝えいただいたのでしょうか。

 肝心の部分がまったく書かれておらず、マヌエラ様もご存知ないとのことでした。

 つまり自力で何とでもしていいという解釈でよろしいのでしょうか。

 何とでもいたしますけれど本当によろしいのでしょうか。


 まとめますと……


 ・フロレンシア王国の【渡り人】は聖女と呼ばれている

 ・当代の聖女ユイカ様は怪我の治癒に特化している

 ・黒髪、黒瞳、細身で愛らしい顔立ちの十五歳の少女

 ・彼女の何を見極め、その後どうせよという指示はない

 ・必ず王宮に寄りなさいと指示がある

 ・修道女レティシアに便宜を図るよう聖法国から話が行っているらしい

 ・ただし〝各国代表の方々の一部〟の名は記されていなかった

 ・レティシアの役目に関し、どこまで相手に伝えているかも不明


 聖女様に早くお会いするには、やはり神殿でしょうか。

 国に属するか、聖アルシオン教に属するかは、最終的に【渡り人】の意思に委ねられるとはいえ、【導きの枝】は神殿内にありますし、聖女様ならば大司教様が保護者に立候補されそうです。

 もし精力的に働かれるタイプの御方なら、教会や治癒院などを慰問されているかもしれません。そのあたりは書かれていなかったので、自分で調べるか、ご本人に伺うしかありませんね。


 ただし今回、神殿については何も触れられておりません。

 実は「神殿こそが一番重要なんだよ!」と匂わせて、そこに気付いて欲しい意図があったのでしたら大変申し訳ないことです。

 何故ならわたくし大穴狙いは得意ではなく、恥ずかしながらクソ真面目で頭の固い自覚がありまして、せいぜい目の前の壁を頭突きで砕くのが関の山なのです。

 でも、それでいいと思うのですよ。

 見えないものばかり探し続けて、今見えているものを疎かにしてはならない。イメルダ修道院で教わった心得のひとつです。

 わからないと判明しているものを順に片付けていけば、いつの間にかすっきり整っている。だからまず、あなたは何がわからないのかを知りなさい――。


 ちなみにわたくしのような者が旅をする際には、教会があればそちらに泊めていただくのが一般的です。

 昨日は到着したてで不案内なのもあり、ぱっと目についた宿に泊まりましたが、おかげで素晴らしいお肉に出逢えました。これもまた神々のお導きでしょう。

 

「もし、そこの御方。お呼び止めして申し訳ありません。教会の場所はご存知でしょうか?」

「おおっ、べっぴんさんだねえ! 見慣れない修道服だが、ここに来るのは初めてかい?」

「はい、昨夕に到着したばかりなのです」


 親切なお爺さんに教えていただき、この都では教会が二ヶ所にあるとわかりました。

 片方は神殿内にある大教会、もう片方は庶民的な小教会。後者はここからそんなに遠くありませんでしたので、先にそちらへ向かうとしましょう。

 皆さんどうしても大きな教会へ流れがちですが、小さな教会にもよいところがあります。それは例えば〝家族〟のように、ほっと息をつける雰囲気ですとか、民にとって親しみやすい空気があるのです。


「それにしても、お花が多いですね」


 右を見ても左を見ても花壇があり、色とりどりの花弁が輝いています。道中でも花畑をよく見かけ、王都の防壁の周辺も鮮やかに彩られていました。

 フロレンシア王国は花々の咲き誇る国と聞いてはいましたが、実際に目にすると想像以上でした。

 先代の聖女様がことのほかお花を好まれ、栽培に力を入れ始めたと聞きます。


 フロレンシア小教会は、名称から小ぢんまりとした建物を思い浮かべますが、これまでに通りかかった町や村の教会と比べましたら、ずっと立派で大きな建物でした。

 庭はそこそこ広く、イモ畑があり、果樹もあります。なんだか修道院生活を思い出して懐かしくなりました。

 あの枇杷(びわ)の食べ頃はまだ先でしょうか。あの可憐な白い花は梨ですね。向こうには葡萄があります。

 イメルダ修道院にも葡萄畑があり、葡萄酒造りは大切なお仕事のひとつでした。

 遠方からいらした信徒の方々にお出しすると、それはもう喜ばれ、感動のあまりたくさん寄進してくださるほどなのですよ。


 小教会には司祭が一人、助祭が一人。お二人とも男性で、見た目の印象では司祭のエルナン様は四十代半ば、助祭のセリオ様は二十代半ばでした。

 わたくしの顔面は不本意ながら一部で〝陶器の仮面〟と呼ばれておりまして、初対面の殿方はよく挙動不審になります。セリオ様も明らかにどきまぎしていたのですが、エルナン様は初めの一瞬ちょっと驚いたお顔になっただけで、後は普通でした。人生経験の差でしょうか。


 先だって司教を拝命したわたくしがこの中で一番高位になるのですが、そんな自己紹介は無粋というものでしょう。

 わたくしは一介の旅の修道女、それでよいのです。

 偉くなった実感もありませんし、正直なところ、位などどうでもよいと考えております。

 ただ、この使命の性質からして、位階がそれなりに高くなければ、今後不都合が生じるのだろうとも予想しております。

 相手の立場に応じて舌のなめらかさを変える方々もいらっしゃいますし、労働への対価、褒美といった意味よりも、そういう方々への対策という意味合いが大きいのでしょう。


 司教の証も実は持っておりますよ。聖印入りの首飾りなのですが、服の下にかけております。

 本来ならば大神殿で儀式の際に賜るようなものなのですがね。

 そしてわたくしの名も祝福の文言とともにしっかり彫られておりましたね。

 もちろんお役目を辞退する気は毛頭ありませんでしたが、なんだかですね。


 ともあれ、エルナン様はとても気さくでお話上手な方で、セリオ様も硬直が解ければ丁寧な方でした。都会の教会だからといって、田舎者を相手に気取ったり高圧的な態度を取ったりはしません。

 こうして修道士や修道女を迎えるのも慣れていそうです。


「どうかここを我が家と思ってくつろいでください」


 教会の裏手にある司祭館に案内され、貴重品部屋やお二人の私室以外は自由に使っていいと仰ってくださいました。

 客室は綺麗に保たれつつ、使い込まれている様子があります。


「お心遣い感謝いたします。ところでエルナン様。わたくしにはお役目があり、もしかしたら少々長くこちらでご厄介になるかもしれません。内容についてお教えできないのは心苦しいのですが……」


 王宮へ寄るにしても、ぽっと現われた不審人物が「こんにちは、お邪魔します」というわけにはいかないはずです。

 というかわたくし、そんな偉い方々にお会いする予定など人生設計にありませんでしたので、正しい手順についてはとんと疎いのですよね。

 なので、とりあえず門前で名乗ってみるつもりです。わたくしのことをきちんと確認していただければ、国王陛下や偉い皆様方の予定が調整され、早ければ数日中には謁見できるのではないかと踏んでおります。


 わたくしのボスは聖法国ですから、さすがに一ヶ月も後回しにされることはないと思いたいです。そもそも国王陛下にお話が通っているのかすら不明なんですけれども、王が代表から漏れるなんてことはありませんよね?

 門前払いになれば、その時はその時で考えます。


「でしたらなおのこと、ゆっくり腰を落ち着けてお役目を果たしてください。ついでにフロレンシアのよいところをしっかり心に焼きつけていってくださいね?」


 茶目っ気のあるウインクをいただきました。面白い方ですね、心苦しさが吹っ飛びましたよ。

 もしや、これが噂のスケコマ――いえいえ、初対面の方を憶測でそのように言ってはいけません。


「エルナン様にとってフロレンシアのよいところ、おすすめはどういうものでしょう?」

「それはもちろん、懸命にたくましく生きる民ですよ! すべての者が善き人々とは申し上げませんし、暗がりに目を瞑るつもりはありません。罪人(つみびと)はおります、その上で私はフロレンシアの民は素晴らしいと断言しますね。これだけでは漠然とした個人の主張になってしまいますから、他国にも劣らぬであろう点をお話ししますと、刺繍の技術でしょうか? 素晴らしい職人がたくさんいるようだと、旅の方々などはよく感心されるのですよ。店頭に並ぶお土産物の手巾に目移りしてしまうとかで……」


 おっと、饒舌になりましたね。

 好きなものを語る時はそうなりますよねえ、お気持ちとってもよくわかります。先ほどはスなんちゃらと思いかけて大変失礼いたしました。

 最初に泊まった宿に続いて、良い出会い、これで二度目ですね。

 この国でのお仕事、案外楽しいものになるかもしれません。


「お花畑で有名とは耳にしておりましたが、刺繍は存じ上げませんでした」

「あまり知られてはおりませんからね。他国では町なかに花どころか草一本生えていないところもありますし、花のインパクトのほうが大きいようです」

「ええ、わたくしも驚きました。花園とは貴人のお住まいにあるものと思っておりましたから」

「そうですね。ですが昔は〝花の王国〟ではなかったのですよ。というのも、先々代の聖女様の時代に周辺諸国と戦があり、民も土地も疲弊しきっていたのです。無味乾燥な土地をご覧になった先代の聖女様は、『大好きなお花で国中をぱあっと明るくして、皆を元気づけたい』と仰られ、国をあげての栽培が始まったそうです」


 戦については大陸史で学びましたが、そのようなことがあったのですね。

 フロレンシア王国は、数多ある内陸の国のひとつ。陸続きの国は戦乱の時代と無縁ではいられません。

 二百年前の聖女様の時代に何度目かのピークがあり、百年前の聖女様の時代ではどの国も疲れ切っていた。今となっては何がきっかけで拡大したかも判然としない戦の熱は、燃え尽きて自然消滅し、あれはいったい何だったんだろうと、空虚な傷跡のみを残した。そう伝えられています。


「先代の聖女様は、可愛らしい御方だったのですね」

「そうですね」

「一ヶ月ほど前にいらしたと噂の、当代の聖女様もそうなのですか?」

「そのように噂されておりますね。私自身はお会いしたことがないのですが」

「――お会いしたことがない?」

「ええ。お披露目の行列で、遠目にお姿を拝見したきりです。それ以降はずっと王宮にいらっしゃるそうで」

「王宮に、ですか」


 ――神殿ではなく?


「それも噂ですがね。先代の聖女様と同様、小柄で花を好まれる可愛らしい御方とは聞きますが、なにぶん私は拝謁が叶うほどの立場ではありませんので、なんとも」

「そうなのですか……」


 拝謁が叶わない?

 司祭の位階は飛びぬけて高いとは言えませんが、低くもないでしょうに。

 土地によっては領主が頭を下げてきますよ。


 はて? どういうことなのでしょう?




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