エピローグ
「未熟者ですが、これから精進してまいります。よろしくお願いいたします、お師姉様」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
王都を発つ前、簡潔に今後の予定をお伝えしたアマリア様から、丁寧にお辞儀をされました。
「きーっ、なんでわたくしがこんな目に!?」とわめいてもおかしくない状況ですのに、終始落ち着いたご様子です。
落ち着きというより、落ち込みを引きずっているのでしょうね。わめいたほうが発散できて良いこともあるのですが、アマリア様はグッと呑み込んでしまわれたようです。
そもそもこの方が理不尽にわめいているところなんて、わたくし見たことないのですよね。当初こそ、冤罪で修道女に〝落とされた〟ことを混乱しておられましたが、わたくし達に当たり散らしたりはしませんでしたし。
エルナン様やセリオ様も、そんなアマリア様に気付かれたのでしょう。優しい言葉をかけ、保存食と一緒にお守りを手渡しておられました。首飾りになる旅の神のお守りです。
道中、お話ししながらゆっくり、小出しに発散していただくようにしましょう。
それに……
「縁というものは、思わぬところで繋がっているもの。この国とあなたのご縁が切れたわけではありません。近過ぎれば時に目が曇ってしまうと聞き及びますので、今は離れ、いろいろなことを見つめ直しましょう」
「……はい」
「ところで。あなた様は本当によろしいのですか?」
わたくしの視線の先にいるのは、騎士風の軽装備に身を包んだ殿方でした。
「レティシア様がお強いことは存じております。ですが女性二人旅では、目の行き届かぬ場面も出てきましょう。私も思う所あり、一度この国から離れて考えたいと思った次第です。私の同行を許し、あなた方のお力になることをお許しいただければ幸いに存じます」
そうですか、と答えておきました。
半分は本音でしょう。けれどもう半分は。
その半分について、わたくしも「思う所あり」ですが、まあ、指摘はいたしません。実際にわたくしの目が行き届きにくい場面はこれから出てくるでしょうから、渡りに船と思うようにしましょう。
仕事をきちんとしそうな傭兵をアマリア様の護衛に雇うつもりだったのですが、この方が先に申し出てくださったおかげで手間も省けましたし。
ところが、アマリア様は納得がいかないようでした。
「わたくしからも尋ねます。――本当によいのですか? ひと月、ふた月ならばまだしも、ひょっとしたら何年もこの国を離れることになるのでしょう? お師姉様が旅を終えた時、あなたが近衛隊の籍に戻れるとは思えません。せめて、次の国でわたくし達の護衛が見つかるまでの間にしておけば良いのではありませんか?」
近衛騎士様――いえ、元近衛騎士様は意外そうに目を瞠っておられます。
まさかアマリア様のほうからそんな気遣いをいただけるとは思ってもみなかったようですね。プライドの高いツンケンしたアマリア様の姿しかご存知なかったでしょうし
そうなのですよ~この子いい子なのですってば。あの貴族社会では人の本質がわかりにくくなっちゃうだけで。
自慢ではないですがわたくし、ぱっと見ただけで相手の善悪がだいたい判別できる特技持ちなのですよ。そのせいであの聖女様のことが却って捉えにくくなってしまったのは不覚でしたけれど、コツがわかりましたから次はありませんよ。
あのお嬢さん、ご自分の言動に悪意の欠片もありませんでしたからね。わたくしへの対抗心めいたものをむき出しにしてきた辺りから、ようやく掴みやすくなりましたが、己を善人と自覚している善人は、悪を自覚している悪人よりもタチが悪いということがよくわかりました。
この先いつまで〝善人〟ぶりっこをしていられるか謎ですけれどねえ。
「すべて覚悟の上です。それにもう騎士団を辞めてしまいましたから、即戻りたいと言っても戻れませんよ」
「……そう」
元近衛騎士様とアマリア様の間にビミョーな空気が漂いました。
アマリア様も「考え直すならまだ間に合う」と仰りながら、この方が一度決めたことをほいほい撤回される方ではないとご存知だったようです。でも、言わずにはいられなかったのでしょうね。
他国へ入るのに、近衛騎士のままでは外交問題になってしまいますから、この方は近衛騎士の職を辞する必要があった。
多分、引き止めようとする方はいたはずです。でも並大抵の決意ではなく、今ここにいるわけです。
馬車に揺られて王都から遠ざかり、やがて国境間近まで来た頃、遥か向こうの丘の上に、一頭の馬を見かけた気がいたしました。
馬には、金色にきらりと光る何かが騎乗していた気もしますが、すぐに丘の陰に隠れて見えなくなりました。
「難義な方です」
「はい? 何とおっしゃいました?」
独り言は車輪の音に紛れつつ、お二人の耳にかすかに届いたようです。
アマリア様になんでもありませんよと微笑み、国境の門を見上げました。
己の生涯を国に捧げた王子様は、たとえ心から特別に想う方がいようとも、国のためお迎えになる何名ものお妃様のために、その方へ想いを告げることはないのでしょう。
――ただ。
わたくしは元近衛騎士様を見ました。
視線が合いました。
ああ、あなたも何かを見たような気がしましたか。二人そろって幻を見るとは変わったこともあるものですね。
彼はさりげなくアマリア様に視線をやり、そして逸らしました。
ええ、存じておりますよ。嫌なら断る自由はあり、あなたは引き受けた、そういうことでしょう。送り込んできた方に叩き返したりはしませんからご安心を。
「次の国の【渡り人】様は、勇者と呼ばれている方だそうです。どんな方でしょうね?」
読んでいただいてありがとうございます。
1話ごとのタイトルは後日変更予定です。




