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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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傲慢な無垢の代償 (前)

ご来訪、評価、ブックマーク等ありがとうございます。


(後)はなるべく早めに上げる予定です。


 フロレンシア王国の歴史上、【渡り人】が第一王妃の座についた時代はない。

 唯一、四代前の【渡り人】が妃になっていたが、彼女は妃教育に五年を費やし、ようやく婚儀の日を迎えた頃には、既に二人の妃がいた。

 その上、第三妃となった彼女の前にいたのは、とうに自分への興味をなくしている夫と、二人の妃の産んだ王子と王女だったという。


 それ以外はすべて側室。子が産まれた場合、王位継承権がないとはいえ、王の血を引いている事実は変わらず、その扱いは王宮によって厳重に管理された。嫁ぎ先、婿入り先は慎重に決められ、本人達の自由は一切認められなかった。

 そういうことを、ユイカは一切知らなかった。


 他愛ないお喋りには向かない話題であり、誰も隠してはいなかったが、尋ねられない限り、あえて自分から話すようなことではなかった。だから彼女の、「どうしてみんな教えてくれなかったの」はお門違いでしかない。

 彼女は自ら積極的に知ろうとしなければいけなかった。彼女がどんな知識を必要として、どんな知識を必要としていないのか、それを判断できるのは究極のところ、彼女だけだったのだから。


 あの冷淡な修道女と最後に話をして以来、ユイカの胸の奥に、ぐるぐる気持ちの悪い違和感が居座っていた。


 厨房で働いているのはどんな人々だったろうか?

 彼らはどんな経緯で城勤めの料理人になり、家族はどんな人々なのか?

 城で雇われているお針子の仕事場は?

 洗濯女の仕事場は?

 清掃係は?

 生活の場所はどこにある?


 ユイカは焦った。

 知らない。知るわけがない。――モブキャラクターの詳細設定なんて。


 身分や立場なんて、こだわることではない。

 自分の暮らしていた国には身分制度などなかった。

 生まれた家の財力で有利・不利はあったけれど、裕福な者が貧しい者を堂々と見下したら非難される。

 生まれで人を判断してはいけない。

 それが人として当たり前なのだから。

 それが常識だった。


 シミのように違和感と焦燥が拡がってゆく。


 彼女は身分や立場というものを、考え抜いた末に口にしていたわけではなかった。

 どうにもできない身分差に涙した経験も、握りこぶしに血が滲むほど悔しがった経験もない。

 召喚されて以降、この国の人々がお立場だのご身分だのと口にするたび、「ああこの人達は知らないんだな」と、どこか優越めいた哀れみすら感じていた。


 可哀想な人達。

 召喚聖女として、快い酩酊感とともに。


 ――けれど。


 ぽたり、と、シミがまた拡がった。


(……最上の未来(トゥルーエンド)と思わせて、実は最悪の結末(バッドエンド)だった、なんてこと……いや、まさかでしょ? ないよね……?)


 前の世界の常識を、こちらでも理解してもらえると思ったのがそもそもいけなかった?

 致命的な己の〝ミス〟からは目を逸らし、ユイカはどうにか答えを見つけようとする。

 自分にとって都合のいい納得のいく答えを。

 現実を直視したくないがために、あるはずのないものを探し、ユイカの思考は堂々巡りから抜け出せない。

 瞼を閉じれば、こちらを馬鹿にした冷ややかな修道女の視線が浮かび、誰彼構わず当たり散らしたい衝動に駆られる。


(現実だってちゃんとわかってたよ、だから慎重に様子見したんじゃない! 私が何をしたっていうの!? 人を傷つけるようなこと、なんにもしてないでしょ!? つっかかって来たのだって、あのお嬢様チームのほうからじゃない! あれだって結局、罪に問われたお嬢様筆頭以外はお咎めなしで、おうちの取り潰しとかもなかったって話だし。そこまで困ったことになった人なんて、誰もいないんでしょ? なのにコレってひどくない?)


 王宮の力関係の変化、その重要性を彼女は知らない。彼女の人生には無縁のものだったから。

 そんなことよりも、こちらにはまだないだろうと出した案がすべて、この国では何年も前から既出だった事実が、ユイカを打ちのめしていた。

 自分の世界よりもレベルの低い人達を相手に、いろいろ教えてあげていたつもりで、実はお子様をあやす感覚で〝聞いてくれていただけ〟だったなんて。


 とんだ赤っ恥だ。その場で教えてくれたらよかったのに、黙っていたなんて。

 あの人もこの人もみんな性格が悪い。嘘を吐かなければいいなんて屁理屈だ、そんなのは騙したのと同じではないか。


 自らの行いを棚に上げている自覚もなく、怒りで不安を紛らわせようとした。


 ――修道女の想像は当たっていた。ユイカは以前、自分が年齢を偽っていることを失念し、周りの人々に可愛らしい印象を与えようとして、自分の悩みを「ちょっと小さいせいで、昔から子供っぽく見られるの」と恥ずかしそうに〝打ち明けて〟いた。


 【渡り人】は、民族的な体格や顔立ちの違いから、この国の人々より若く見えると数多くの書物に記されている。

 ここの基準で十五歳ぐらいに見えるユイカに、「十五歳か」と尋ねた者に他意はなかった。

 ユイカはそれを否定しなかった。ならばもとの世界において、彼女の外見は「やや大人っぽい」と判断されるのではないのか。


 世界を易しいと信じ、そういう細かいボロを見逃さない者がいることなど、彼女は考えもしなかった。

 

(だいたい衣装が一番大事って、何それ? 民を思いやる権力者なら、節約して私生活を質素に抑えるものでしょ? 衣装道楽なんてもってのほかじゃない。聖職者のくせにおかしいと思わないの?)


 戦闘衣だと説明されても、彼女には納得がいかなかった。

 みすぼらしい王家は国内外から舐められ、貴族は命令を聞かなくなり、他国からは与しやすいと見做されてしまう。そういう事情を大袈裟と断じ、結局は自分達が贅沢をしたいがためのこじつけではないかとさえ思っていた。

 平民の娘が一生かかっても袖を通せない衣装(ドレス)に身を包み、貴重な砂糖を使ったお菓子を食べ、使用人に傅かれる優雅な生活をさせてもらいながら、ユイカの胸の中には身勝手な文句ばかりが次から次へと湧き出てくる。


(……あーだこーだ言ってても始まんないし、とにかくなんとかしなきゃ。要するに私、あんまり考えたくないけど、お子様寄りのお嬢さんって思われてたわけだよね? 腹立つけど、一旦むかつくのは置いといて、挽回しとかないと本気でただの愛人扱いが確定になっちゃう)


 リオン王子が強権を発動してユイカを妃にねじこもうとしても、周りが反対を強めたらきっと難しい。

 まずは、侍女達と親密になろう。仲良くなって味方につければ、自然に良い評判を広めてくれるようになるはず。

 つまり、今までと同じやり方だった。




「あのね、お願いがあるの。……普通にしてもらえないかな、って」

「普通、でございますか?」


 突然言われた侍女は困惑を覗かせ、されど一瞬で持ち直した。

 ほかの者達は耳だけを澄まし、表向き微塵のゆらぎもない。完璧に躾けられた使用人であった。


「普段通りの、あなた達がいつも、仲間内で喋っているみたいな?」

「同僚とも、このような口調で話しておりますが」

「そうじゃなくて、ほら。お仕事中じゃなくて、お友達や家族と喋っている時みたいな、もっと気楽な? 私にも、そういう口調で話しかけて欲しいな、とか」

「――なりません。お許しくださいませ」


 照れや遠慮の一片もなく、ただきっぱり断られ、ユイカは驚いた。


「どうして? 少しぐらい、考えてくれたって……」

「わたくしが考えようと考えまいと、決して許されません。たとえあなた様のお望みであっても、です」

「で、でも……あのね、人って本当は、上も下もないのよ? 私、そういうのにこだわらない環境で育ったんだから。だからあなた達とも、対等に、って」

「わたくしどもと〝対等〟になるのと引き替えに、あなた様の今のお暮らしが失われようとも、でしょうか」

「――そ、れは」


 上と下がある。

 だからこそ、ユイカの優雅なお姫様生活は守られている。

 正論であり、現実だった。


「対等にはなり得ません。ゆめゆめお忘れなきよう、そしてこのお部屋の外で先ほどと同じお言葉を口にされぬよう、重々お気をつけくださいませ」

「…………」


 ユイカは絶句した。


 公爵令嬢アマリアが断罪された直後、ユイカには聖職者ではなく、王宮侍女がつけられた。

 彼女達はエマやミレイアとはまるで違っていた。年上が多く、彼女らは使用人であると同時に教育係でもあった。

 ことあるごとに言葉遣いや振舞いをチクリと正され、はっきり言って鬱陶しかったが、きちんと躾けられた厳格な侍女を何人も与えられた事実は、同時に自尊心を満足させてくれた。


 お姫様生活を満喫していながら、下の者に対して「上も下もない」などと、口先だけの偽善でしかない。

 まさかそれをあっさり見抜かれ、なおかつ指摘されるとは思ってもみず、ユイカの顔がカッと赤くなった。


 彼女達は素直に感動し、喜ぶと思っていた。


 ――どうせ理解できないだろうと思っていたのだ。


「それから。ユイカ様はよく、お話の最後を中途半端に省略しておられます。『何が言いたいかわかるでしょう?』と表情で尋ねておいでですが、よほど親しいお相手様でもない限り、非常に不躾あるいは優柔不断な印象を与えてしまいます。今まではともかく、これからは殿下のお側近くにお仕えするのですから、お言葉はきちんと最後まで言い切り、結論をお相手様の想像任せにせぬようご注意なさいませ。場合によっては、応とも否ともとれる言い回しに聞こえ、最悪、言質を取られますゆえ」




自分は賢く立ち回れる、現実だとわかっていると言いながら、ストーリーに絡まない細かいことはスルーして問題ないと決めつけていた矛盾に気づいていません。

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