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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
22/38

最後まで手を抜かないのが大事です


 これで終わり?

 いいえ、フィニッシュがまだです。


 廊下に出れば、侍女の皆様が揃ってお待ちでした。

 近衛騎士様もおり、どなたも無表情で、わたくしに(こうべ)を垂れております。

 内心の動揺を決して表には出さない、これぞプロですね。

 

「皆様、()()()()()()()()()()()()()()()?」


 わたくしの脈絡のない問いかけに、リーダーと思しき女性はゆっくり顔を上げ、静かに答えてくれました。


「はい。わたくしども一同、()()いたしました」


 表情に変化はありませんが、瞳の奥がメラァ……

 ほかの皆様の瞳もメラァ……

 近衛騎士様のみ困惑気味です。おそらく職務に忠実に、お部屋の前でお待ちだったのでしょう。


 ……えー、実はですね。


 彼女達、わたくしとユイカ様のお話、最初から最後まで、全部まるっと聴いていたりするのでした。


 先ほどのお部屋、使用人の待機部屋が室内で繋がっておりまして。

 ユイカ様はわたくしと二人きりで話したいと仰せであり、内容を誰にも聞かれたくないのは明白でしたので、彼女達はその意を汲み、一旦廊下側の扉から退室したわけです。

 ――が。

 その後、速やかに廊下から待機部屋に入ったのです。気配でわかりましたよ。

 ユイカ様は完全に気付いておりませんでした。そうでなければ、あんなにお口がゆるゆるになったりはしませんでしょう。

 もし魔力操作の訓練をなさっていれば、いくら治癒能力特化でも多少なりと敏感になるはずなのですが、まだ手つかずでしたからね。まずこちらの常識や礼儀などを最低限身につけていただくのが優先でしたから。

 治癒魔法が最初から難なく使えたせいか、ご本人も地道な訓練なるものに興味が湧かないようでしたし。


 ところで侍女の皆様って、忍ぶのがお上手なのですよね。壁や柱に同化されて、そこにいない感を出す技は流石のひとことです。足音や扉の開閉音など、よほど注意しなければ耳に届かない程度でした。

 (あるじ)の身を案じる忠実な侍女ならば当然の行動と言えますが、彼女らの(あるじ)はユイカ様よりもっと上の方です。ですので、忠義心からくる行動というよりも、裏任務が監視なのですね。

 ユイカ様に限った話ではなく、これは貴族の親子間でもよくあることです。父親が息子の成長ぶり、あるいは脅威度を使用人に見張らせて逐一報告させたりとか、箱入り娘にへんな虫がついていないかとか。


 あの会話はすべて、彼女らの主君に報告がなされるに違いありません。一言一句漏らさずに。


「これで皆様、心おきなくお仕事を果たせますでしょうか?」

「――ご慧眼、感服いたしました。お恥ずかしい限りです」

「いいえ、無理もありません」


 わたくし達の基準で、ユイカ様の外見は十五歳ぐらいに見えます。

 声も高めで愛らしい響きですし、ほっそりとしていかにもか弱そうなので、いっそ十四歳と言われても違和感がないぐらいです。

 ですので。

 この方々には、エマ様やミレイア様ほどではありませんが、ユイカ様に対する甘さが見受けられました。

 わたくしもそうでしたが、「まだ十五歳なのよね~」と、ついダメな子のダメさが仕方ない理由をこちらで探してあげてしまうと言いますか。

 加えて、少なくとも高圧的ではなく、無理難題をおっかぶせてくるわけでもない少女は、仕えやすい〝(あるじ)〟だったことでしょう。

 マナーが滅茶苦茶で庶民的な点なども、これからの教育次第で化けるかもしれないと期待していたかもしれません。


 なので、つい同情が入りそうになるのです。

 監視対象にそれはよくないと知りつつも。

 大人が寄ってたかって無知な少女を囲い込み、追い込んでいる風に見えて。


 そういったすべてが今日、すっかり解消されてしまいました。


 ええ、騙されてましたね!

 私あなた達より頭いいのよとハッキリきっぱり仰ってましたし、いくらでも手玉に取れるのよ感を匂わせてましたもんね。


 舐められてましたね。こちらが加減してあげていただけですのにね。

 それに気付かず調子に乗るような幼い方だから、わたくし達も違和感を抱けなかったなんて、とんだ罠でしたね。


「あなた方の〝忠義〟に、神々のご加護を」


 侍女の皆様のニッコリ晴れやかな笑顔に見送られ、今度こそ【花の間】を後にいたしました。




❖  ❖  ❖




 昼までにはまだ時間がありましたから、次は大神殿に向かいます。

 道すがら、通行人の方々といろんなお喋りを楽しみました。



「わたくしが一時的に聖女ユイカ様の教師役だった修道女です。ああ失礼、これからは〝元〟聖女様でしたね」

「へえぇ、あんたがお噂の修道女様ですかい!?」


「〝元〟聖女様にはまだまだ学ぶべきことがことがたくさんあり、厳しい選択や争いごとはお苦手なので、政治の世界に関わることはないでしょう」

「ほおぉ、そうなんですな!!」


「〝元〟聖女様はこちらの世界についてまったく明るくなく、国内のマナーでさえお勉強を始めたばかりですので、貿易や外交に関わられることもないでしょう」

「そりゃあお嬢さんには無理ってもんでしょうや、はっはっは!!」


「リオン殿下のお力になりたいと仰せでしたから、足を引っ張らないよう、前に出てゆくことはないでしょう」

「まああ、奥ゆかしい方なんですねえ……!!」


「ご身分や地位に野心などない御方ですから、この先もずっと王宮内で大切にされ、幸せにお暮らしになることでしょう」

「ほうほう、ウチのカミさんの好きそうな話だよ!! 帰ったら聞かせてやるかな!!」


「フロレンシアには陛下や殿下を始めとして優秀な方々が大勢いらっしゃいますので、〝元〟聖女様が激務に追われることはなく、のんびり過ごしていただけるでしょう」

「余所の人にうちの王様と王子様を褒めてもらえると嬉しいねえ!! 前の聖女様の時とは違うみたいだし、こりゃぁこの国はどんどんよくなるな!!」



 声の大きい方ばかりだったのは偶然です。

 たまにいますよね、お一人に話したら翌日には五十人ぐらいに伝わっているとか。

 偶然ですよ。


 そんなこんなで大神殿に到着しました。伝言のみお願いするつもりだったのですが、なんと大司教様直々に出迎えてくださいました。

 専用の応接間に通していただきましたが、質素でありながらみすぼらしさはなく、とても落ち着く雰囲気でした。

 わたくしのために、わざわざ貴重なお時間を事前にあけてくださっていたとのこと。恐縮しきりです。


「もし来られなかったとしても、それならそれで休息をとるだけですので別に構いませんでしたよ。とはいえ、あなたが何の挨拶もなしに旅立たれるとは考えにくく、多分いらっしゃるだろうなとは思っておりましたが。午後の馬車で発たれる予定なのでしょう?」

「ご存知でしたか」


 ご本人は後釜が決まるまでの一時的な措置のおつもりのようですが、なんとなく、この先もずっとフロレンシアの大司教をされていそうな方だなと感じました。

 患部をごっそり切り取ったばかりで、まだ治りきっていないのがここの現状です。ひょっとしたら骨を埋めることになるかもと、半分は覚悟しておられるんじゃないでしょうか。


 そんな大司教様のために、憂いをひとつ晴らして差し上げるとしましょう。

 ぶっちゃけ、聖女様との今後の付き合い方です。


「――――ということがありまして。同情や加減は無用と判明いたしましたから、そのようなものは地獄の犬に喰わせるがよろしいでしょう」

「…………」


 はい、一切合切すべてお話ししました。

 ユイカ様って、なんとなく往生際が悪そうな気がするのですよね。

 王宮でご自分の望む形での甘やかしを期待できなくなれば、今度は節操もなく聖アルシオン教にすり寄り始めそうなニオイがするのです。

 正式な聖女にはなれないとお伝えしましたが、話三分の一ぐらいに捉えているかもしれません。意地悪なわたくしがユイカ様を怖がらせるために、少々大袈裟に言っただけなのだと思い込むかもしれません。


『私は聖女なのだから、聖アルシオン教に訴えれば、ちゃんとした扱いをしてもらえるかもしれない』


 新しい大司教様にも、可愛らしい孫のごとき態度で接して、庇護欲を煽れば――あるいは利用価値があると思わせることができれば。

 そんなふうに、打算で接近を試みるかもしれません。


 そうなると実際、大司教様はユイカ様をどう扱えばいいか困ります。【渡り人】が聖アルシオン教の保護を望むならば、基本的には受け入れるべきなのですから。ところがユイカ様には、〝王太子殿下の側に上がる〟という話が、ほぼ確定事項として広まっている。


 彼女には、他人が自分に火種の役割を負わせていたなど知る由もなかった。大司教様はそういった事情もご存知でしょうから、ほかの方々がそうだったように、ユイカ様に同情的な判断をしてしまう可能性がないとは言い切れませんでした。


 というわけで可能性の芽を摘み取りました。


「……その娘は、自分が聖女のつもりだったと?」

「少なくとも、物語の聖女の役割を振られたと――いえ、手に入れたと、そう確信していたようです」

「あなたの話では、その女性の心根は到底、聖女に相応しいものとは思えません。破綻なく役割をまっとうできると思っていたのでしょうか?」

「思っていたようです。ヒロインの王道という言い方をしていましたが、ご自分はこの世界では聖女なのだから、その筋書き通りに進むだろうと」

「なんと……」

「それはこの国限定のあだ名に過ぎないことをお教えしましたが、きちんと信じてくださったかは不明です。ですので、聖女としての待遇を望み、あなた様に接触をはかるやもしれません。己の境遇を現実より百倍ほど悲惨に語られるかもしれませんが、ゆめゆめ、鵜呑みにされぬようお気をつけください」

「……ただの呼称であろうと、そのような者が〝聖女〟とは。世も末ですね……」


 哀愁が漂いました。いろいろあった様々なことを思い出したのかもしれません。

 

「少なくともユイカ様関連の対処で、今後お悩みになることはないかと」

「そうですね……それだけでもよしといたしましょう。感謝いたします、レティシア殿」

「これからもいろいろありましょうが、お倒れにならないよう、医療神様に特別の加護をお祈りしておきます」

「お願いいたします。切に」

「お任せくださいませ」


 大司教様と文通のお約束を交わし、お土産にフロレンシア特産の茶葉などもらいまして、大神殿をお暇いたしました。




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