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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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いろいろスッキリさせましょうか


「聞いたかい? とうとう聖女様が王子様のお側に上がられるそうだよ」

「へえ~。王子様が聖女様をたいそう大事になさってる、ってのはホントだったんだねえ」

「でもさあ……大丈夫なのかい? ほら、聖女様って……」

「いや、心配するこたぁないんじゃないかい? 昔の聖女様とは違って、今回の聖女様は今まで一回も変なワガママ言ってないらしいし。それより見たかい、新しい大司教様! 前の大司教様とはえらい違いだ」

「ああ見た見た! ほかの方々もだいぶ顔ぶれが変わってたろう? お衣装も落ち着いてて質素なぐらいなのに、なんかこう、ズーンと来る感じがこう……」

「こないだ教会行った時に雰囲気がらっと変わっててびっくりしたよ! おまけに治癒院でうちの爺さんの治療費を払おうとしたらさ、この一割で良いって言われちゃって驚いたなんてもんじゃなかったさ。それが普通なんだって!」

「あれが教会の、本来の姿ってやつなんだろうねえ。このままどんどん良くなってってくれるといいんだけど」


 …………。


 王宮までの道すがら、耳を澄ませばそんな声があちこちから聞こえてきました。

 もしわたくしが次にこの地へ足を運ぶ日が来るとすれば、数年後でしょうか? もっと早いでしょうか?

 いずれにせよ、一年も経たずに、片方の話題は跡形もなく消えているでしょう。


「…………」


 ……十五歳、なんですよね。

 もっと幼くして辛酸を舐めている人々は大勢おりますし、この国で生きる以上、避けて通れない現実ではあるのですが。あくまでわたくし個人の感情として、そこがネックなのです。


 ただ、わたくしはあの方に対し、一片の情すら湧いたことがありません。

 あの方以前にもお馬鹿なお子様にお会いしたことは何度もありますのに、何故あの方に関してだけ、こうもスッキリしないのでしょう。


 それが今日、明確な形にできるのではないかと思っております。だからあの方とお会いする日を、フロレンシア王都で過ごす最後の日にいたしました。


 「最後」という言葉は、それ自体が魔法です。

 今日これきり、これが最後、それは時に誰かの重い口をゆるめ、秘密を解く(きっかけ)になり得るのですから。

 



❖  ❖  ❖




「お久しぶりです、レティシアさん! 会いに来てくださって嬉しいです!」


 両手を合わせながら、満面の笑顔でユイカ様は再会を喜んでくださいました。

 いつもの【花の間】です。けれどいつもより上等な茶器に、上等な紅茶、工夫をこらした焼き菓子などがテーブルに用意されていました。


「ごめんなさい、レティシアさんとは久しぶりだから、ちょっとだけ二人きりにして欲しいの」

「ユイカ様……ですが」

「ね、お願い?」


 渋る侍女に、ユイカ様は小首を傾げて上目遣いにお願いされていました。

 小柄な小動物系の美少女がやると、本当に可愛らしいです。が、あいにくそこにいるのは、エマ様とミレイア様ではありません。

 それどころか、神官ですらありませんでした。


 王宮侍女です。


 装飾品は身につけず、シックな制服で身を包んだ、いかにもきちんとした方々。

 そのリーダー格と思しき方は、いつもの近衛騎士様に一瞬だけ視線を走らせました。何事もなかったかのように、相手を不快にさせない絶妙なタイミングの目配せです。

 わたくしが近衛騎士様に、お部屋の外で控えていただくようお願いすると、侍女達もそれならと承諾してくださいました。

 あっさり「お願い」を聞いてもらえたせいなのか、ユイカ様はキョトンとしておられました。いつもはもっと食い下がる必要があったのでしょうね。


「すみません、レティシアさん。別に男の人と二人きりになるわけじゃないのに、みんなちょっと生真面目っていうか……あっ、でも、侍女の皆さんにはいつもすごくお世話になってて」

「ええ、そのように見受けられました。侍女の方々が渋られたのは、わたくしに護衛がいるのに、あなた様にはいらっしゃらない状況を問題視されたからです」

「……はあ?」


 不思議そうに首を傾げるユイカ様。

 わたくしはお茶をひとくちいただき、「ところで」と切り出しました。


「わたくしと話がしたいと仰せになられたとか」

「あっ、そうなんです! ごめんなさい、そのために来てもらったのに。レティシアさん、今日にはもうこの国を発ってしまうって聞いたんですが、ほんとなんですか?」

「そうですよ。この国でのわたくしの役目は、()()()()()ですから」

「……残念です。せっかくいろいろ教えてもらったのに。授業だって、中途半端に終わっちゃって。この国以外でも、まだお仕事があるってリオン様から聞きました。私、レティシアさんがずっと元気でお仕事を続けられるよう、お祈りしてますね」

「ありがとうございます」


 せっかく〝聖女様〟が祈ってくださるというのに、ご利益なさそう感が半端ないです。別れを惜しむ言葉にしても、全身からフワフワ幸せオーラ漏れまくってる状態では説得力が微塵もありません。


「ユイカ様のお召し物、もしやリオン殿下から、でしょうか?」

「! ――はい、そうなんです! ユイカにはきっとこういうのが似合うよって褒めてくださって……」

「よろしゅうございました。お似合いですよ」

「うふふ、嬉しいです!」


 前のお衣装はすべて、ロドリゴ元大司教が用意していたのでしょう。清楚なデザインではありましたが、ところどころに宝石や真珠が縫いつけられていて、どこの貴族令嬢かっていう装いでございました。

 今のドレスは刺繍やレースが素晴らしく繊細で、シンプルでいながら上品な、ぶっちゃけ殿下好みのお衣装です。お値段を比較すれば前の半額以下かもしれないなんて、ユイカ様でなくとも信じる方は少ないでしょうね。


「お噂を耳にいたしました。殿下のお側に上がられるそうですね? わたくしに話したいというのは、そのことと関係があるのでしょうか?」


 ユイカ様はポッと頬を赤らめ、「はい」と頷かれました。


「不安なことも、もちろんいっぱいあります。でも、それ以上に私、幸せなんです。リオン様と一緒にいられるんですから」

「……さようでございますか」

「レティシアさんに、ずっとそのことを伝えたかったんです。だってレティシアさん、私が王子様のお妃様になるって聞いたら、私にそんなの務まるのかなって心配になるでしょう? だから、全然心配ないんですよって、教えてあげたかったんです。今日が最後だし、これからはもう会えないと思うから……レティシアさんにだけは、特別に言っちゃうんですけど」


 ……来ましたね、「最後だから特別に」。

 何でしょうね、この「悪戯が成功しちゃった♪」みたいな可愛らしい笑顔と声音。胸の中がザラつきます。


「私ね、こっちの世界に来たばかりの時は、すごく不安なことがあったんです。どっちなのかな、って」

「どっち?」

「王道なのかな、それとも王道に見せかけた逆パターンなのかなって。それを間違えちゃうと大変でしょう?」

「…………」

「あ、ごめんなさい。こんな言い方しても、わけわかりませんよね」


 ええ、意味不明でした。

 「ついやっちゃった♪」みたいにクスクス笑っておられますが……相手が理解できないとわかった上での台詞でしたよね? さっきの。


「私の世界って、とにかくたくさんお話があったんです。その中で王道のラブストーリーだと、異世界から来た聖女様が素敵な王子様に愛されて大切にされる、ていうのもあって。そのお話にそっくりなんですよね。聖女は王子様の婚約者とか、婚約者になりたいお嬢様とかに嫌がらせをされるんですけど、紆余曲折を経て幸せになるんです」

「…………」

「でも、その逆パターン? みたいなのもあって。そういうお話だと、ライバルキャラの意地悪令嬢が逆転して、聖女に仕返しをして、王子様と幸せになるんですよね。悪役みたいに書かれてた恋敵のお姫様が、実はヒロインの聖女に陥れられてて、それを暴いたり防いだりしてヒロインに勝利をおさめるっていう。ここに来た直後、どっちなのかわからなくて、どうすればいいのかなって困ってたんです」

「…………」


 ……何を仰っているんでしょう、この方は?


「だからちゃんとわかるまで、余計なことはしちゃだめだなって、ずっと様子見をしてみたんですよ。そしたら、アマリア様が……悪役令嬢の立ち位置にいるお姫様が、王道の筋書き通りに、聖女って呼ばれてる私をいじめ始めたんですよね。正しいことをきつめに注意してるとかじゃなくて、ちゃんと意地悪……っていうのも変だけど。一方的に言われるだけじゃなく、されたりもしたから、私が仕返しされるっていう展開には無理があるかなって。もし意地悪な人じゃなかったら、ほんとはお友達になって、仲良くしたかったんですけど」

「意地悪を、されたのですか?」

「あんまり人のことを悪く言うのはよくないかなって思うんだけど……レティシアさんは修道女様だから、こういうのを打ち明けてもいいのかなって」

「もちろんそれは結構ですが。アマリア様があなたに、何かをされていたのですか?」

「はい。東屋で休憩していたら、そこをどきなさい、とか……だから、ああこれは王道展開なんだなって気付いて、こういう言い方も変だけど、ほっとしたんです」

「…………」


 なんでしょう。

 この、通じているはずなのに言葉が通じない感覚。

 ざりざり、胸の内側を引っ掻かれる感覚が酷くなります。


 つまりこの少女は今までずっと――。


「だけどアマリア様は、公爵家からは縁を切られて、修道院へ送られることになったって聞きました。とても残念ですけど、まさか私の先生をしてくれていたレティシアさんに、酷いことをしようとするなんて……だから、仕方ないのかなって。ちゃんと反省して、罪を償って欲しい。そう思ってます」

「…………」

「お姫様育ちなのに、これからずっと修道院で過ごさなきゃいけないなんて可哀想だけど……これでもういじめられる心配はないんだなって、どこかホッとしてる自分もいて。私、酷い子なのかなって、ヘコんじゃうんですけど」

「…………」

「今後どうなるかも、不安でいっぱいだけど、でもそれ以上に楽しみっていうか。この先どんなに大変なことがあっても、リオン様が愛してくださるって、私知ってるから――ううん、信じられるから。だから大丈夫なんです」

「……よろしゅうございました」


 と、ひとまず申し上げておきましょう。


「ところで、わたくしは修道院育ちの修道女なのですが、皆様、何故そのように酷い場所と思われているのでしょう? 望んでそこに入られる方も多くいらっしゃいますのに、罪人を送り込む牢獄扱いばかりされますのは、少々不本意でございますね」

「あっ。――す、すみません! 私、そんなつもりじゃ……!」

「ちなみにわたくしはイメルダ修道院の出身ですが、このフロレンシアにも修道院はあります。王都の外を少し行ったところですが、どのような場所かはご存知ですか?」

「え? ええと、修道院って、お祈りしたり、規則正しい生活をしたり、すごく厳しい決まりごとがあったり……どこも同じようなもの、ですよね?」

「前半はその通りですが、後半は違いますよ。修道院は修道院、あなた様の中ではそれで完結しているようですけれど、実際は院によってさまざまな特色があります。十把一絡げに監獄もどきと誤解されるのは非常に不本意であり、今後のわたくし達の課題と言えましょう。そこでお聞きしたいのですが、ユイカ様」

「は、はい?」

「つまりあなたは、この世界を〝恋物語〟と認識されており、その物語の〝主人公〟として振る舞ってこられたと。まさか、そのように仰るのではありませんよね?」

「――――」


 ああ。そうだったのですね。

 その反応で充分でございますよ。

 あなたは夢見がちな少女の、ご都合主義に偏りがちな恋物語の中に生きていて、だから現実を生きているわたくし達が何を語りかけようと、ろくに届かなかった。

 まさかと思いたいですが、そのまさかだったと。


「……違いますよ」


 ちらり、と、不意に今までとは異質な表情がユイカ様のお顔をかすめました。

 可愛らしいお嬢さんの微笑みですが……おや、目が笑っておりません。


 ほほう……もしや、怒っていますね?

 珍しい。

 初めて、あなたから()()()()反応を引き出せた気がしますよ。


「レティシアさん、私のこと、なんにも知らない小さな子みたいに思ってますよね?」

「そうですね。無知で努力嫌いの困ったお嬢さんと思っております」

「もう、酷い人なんだから。初めて会った時、すっごく美人だし、スタイルもよさそうだし、リオン様がグラリときちゃったらどうしようってハラハラしてたのに、全然そんな心配いらなかったかも。すっごくスパルタだし、頑張っても全然褒めてくれないし。レティシアさんって表情も言葉もカチコチで冷たい、氷みたいな人ってよく言われません?」

「言われますね。それがどうしたのでしょう」


 なるほど、ほかの教師の皆様と違い、滅多に褒め言葉を降らせないわたくしの授業は、苦痛でたまらなかったと。

 できている部分はきちんと評価していたはずなのですが、あなたの心には残らず、駄目出しばかりが記憶に残った……【渡り人】の特徴である基本学力の高さを褒め称える教師が多かったはずですから、わたくしがそのような態度を取らなかったことがずっと不満だったのでしょうか。


「最後だから、レティシアさんには教えちゃいますけど、内緒にしてくださいね? ――私ほんとは、十九歳なんですよ」




OHANASHI回、続きます。

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