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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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この苦さもまた、いつかは糧になりますよう


 ひく、と喉を揺らし、アマリア様は震えながら、ゆっくりと口元をおさえました。

 まさか、とは仰いませんでした。


 あくまでわたくしが聞き及ぶ範囲ですが、権力争いなるもののうちとりわけ厄介なのは、周りが勝手に神輿を担ぎ上げた場合なのだそうです。

 アマリア様とユイカ様はこれに当てはまっていました。


 「我々はアマリア様の味方です」と誓いながら、彼らにとって不利益になることは認めない。

 自分達がミスをすれば、責任をアマリア様に押しつける。

 それがアマリア様のまったくあずかり知らぬことであろうと、アマリア様のご意思を汲んでやったと言い張るのです。


 そもそもユイカ様が【花の間】に住まわれていたのは、【渡り人】たるあの方ご自身が王宮での暮らしを望まれたからです。

 リオン殿下が「彼女を手もとに置いておきたい」と望まれたからではありません。

 そしてリオン殿下が【渡り人】関連の責任者に任ぜられたのは、純粋に能力を評価された結果です。老獪な聖職者が何を言ってこようと、うまく切り抜けられ、時に張り合える才覚をお持ちだった。

 加えて、聖女を利用しようと目論む高位貴族達も、殿下が相手では迂闊に手出しできなくなる。


 ところがそこでアマリア様は、常日頃から敵を葬り去る大義名分を欲している方々に、ご自分の()()()()()を証明してしまわれた。


 そのため、乱暴な手段であっても、表舞台から退場していただかざるを得なくなったのです。

 神輿の利用価値を失わせ、声高にアマリア派を叫んでいた方々をおとなしくさせるために。


 今になって、そういう諸々がわかってきたのでしょう。

 アマリア様の顔色が、どんどん可哀想なぐらいに悪くなってゆきました。


「……他人事では、ありませんね」


 ぼそりと、そう独白されたのはエルナン様でした。


「私も、人質のようなものでしたから……」


 ……陛下に対しての、ですね。

 不仲ではないのに、ほぼ交流の絶えている乳兄弟。

 きっと昔、この方や陛下にも、いろいろおありだったのだろうと推察します。


「そんな……わた、わたくしのせい? ……わたくしの、せいで……殿下は……お父様は……」


 ほろほろと涙がこぼれ始めました。

 まるで幼い子供のようです。


 ああ、もう……ロドリゴ大司教、いえ、元大司教。

 地獄へ堕ちちまえです。


 それとも、とっくに堕ちている頃合いでしょうか?

 もしまだ手前あたりでグズグズされているようなら、わたくしが背中を蹴っ飛ばしに参りますよ。


 手巾で目もとをぬぐってさしあげても、まったく抵抗される様子はありません。

 控え目に申し上げて可哀想なのですが可愛らしいです。


「ご案じなさいますな。公爵家が揺らぐことはございませんよ」

「でも……」

「あなた様は王家に弓引いたわけではありませんからね。それに公爵家は、かなり以前から国家事業に深く関わっているそうですから、醜聞はその功績をもって相殺されるでしょう。何より〝元凶〟たるあなたは、既にこうして〝罰〟を受けておいでです。そういうシナリオなのですよ」

「…………」


 俯いて、黙り込んでしまわれました。まあそうなるでしょうねえ。


 王太子殿下の婚約者であり、公爵令嬢であるアマリア様。

 【渡り人】であり、聖女と呼ばれるユイカ様。

 どちらも、公的な権限はお持ちではありませんでした。

 ですがどちらも、命じれば動く人間がそれなりにいて、それなりの〝力〟をお持ちだったのです。

 なのにあなた方はお二人とも、ご自分の影響力をまるで顧みなかった。



『私にとって、フロレンシア王国はすべてだ。この国のため、ともに未来へ歩んで行ける者の存在以上に、私にとって心強いことはない』



 これこそが、あの王太子殿下の根幹を成すものなのです。


 そしてこの言葉、()()()()()()()()()()()()()を限定しておりません。

 親、臣下、友、そういう方々も含まれるのであり、必ずしも伴侶のみを指している言葉ではないのです。



 あなた方はふるいにかけられて、()()()()()()()()()()

 ……そういうことなのです。



「もしもいつか、あなたが恋をする日が来るのなら、くれぐれも己の生涯を国に捧げている男などは避けるようになさい」

「なに、それ……いみが、わからないわ……ぐすん……」

「ああほら、目をこすってはいけませんよ。そろそろお腹がすいたでしょう? お夕飯にしましょうね。明日は昼頃に出る予定ですが、あなたの旅支度を整えねばなりませんし。今夜はきちんと食べて、しっかり休みましょうね」


 頭を撫でても嫌がりません。多分一時的なのでしょうが、どうも幼児返りしちゃってます。

 十六歳ですからねえ……ここに着いた当初は気丈に振る舞っておられましたが、やはり、いっぱいいっぱいだったんでしょうね。

 エルナン様もそれを見て取ったのか、小さな子を相手にするように、いつもより甘めの声でアマリア様に語りかけました。


「葉野菜とひき肉の包み煮込みを準備してありますよ。しっかり味を馴染ませていますから、温め直せばすぐにでも食べられます。やわらかくて美味しいですよ」


 あ、それ絶対に美味しいやつですね。わたくしの滞在は今日で最後とお伝えしていますから、特別に準備してくださったのでしょうか。


「セリオ、貯蔵室から葡萄酒を取って来てくれないか。一番いいのを頼むよ」

「かしこまりました」


 こういう時は甘めのほうがよさそうですけれど、特産品の蜜酒は鼠がさんざん飲み散らかして減らしてしまったので、一般的な葡萄酒なのでしょう。

 なんだか申し訳ないですね……。


「さ、アマリア様、いらっしゃい。皆で一緒に食べましょう」


 アマリア様はこくりと頷きました。素直可愛いです。ぐっときます。


 その夜はわたくしとエルナン様とアマリア様、そして珍しくセリオ様も同じテーブルにつき、夕食と相成りました。

 いつも給仕に徹しているセリオ様ですが、今夜は新たなる旅立ちの祝いということで、エルナン様がお願いしてくださったのです。

 司祭に助祭という立場の違いだけでなく、お二人はもとからの主従関係にあったそうです。エルナン様は陛下の乳兄弟であると同時に、小貴族の嫡男。セリオ様は下働きの息子。

 でもって、セリオ様がエルナン様を兄のように慕っていたとかで、エルナン様が家を出た時に付いて来てしまわれたんだとか。

 ちょっと照れ照れ話すのが、お二人とも微笑ましいです。


 話し上手のお二人のおかげか、夕食の席はホッコリとした話題で盛り上がりました。

 アマリア様はほとんど黙ったまま、ご自分からはひとことも発されませんでしたが、ちゃんと耳を傾けておられましたし、纏う空気が徐々に落ち着いて、食後の葡萄酒を味わう頃には、時折こっくりと船をこいでおられました。


「……気を張っていたんでしょうね」

「我々が片付けておきますから、レティシア殿とアマリア殿は先にお休みください」


 エルナン様とセリオ様にお礼を告げ、わたくし達は先に失礼させていただきました。

 司祭館は意外と大きく、わたくしのお借りしている部屋以外にも、お客様用のお部屋があります。

 この小教会、本来は修道士や下働きなど、もっと大勢を想定して建てられていたのに、現在はたった二人しかいなくなってしまったそうで……まあ、それもいずれ改善されるでしょう。


 今はまだ一部ですけれど、建て直しも進んでおりますしね。アマリア様のお父様がポンとお詫び金を弾んでくださったおかげです。

 しかも孤児院と治癒院も新たに建てられることになりました。これに関してはロドリゴ元大司教の貯め込んでいた私財が没収され、新しい大司教様がどんどん有益に吐き出してくださっているうちの、ほんのひとつだそうです。そんだけ使ってまだ余るとか、どんだけ貯め込んでたんですかあのジジ……いえ、ごほん。


 アマリア様は寝台へ横になった途端、ことりと眠りに落ちてしまわれました。

 よいことです。たっぷり食べてしっかり眠れば、翌朝にはかなり浮上しているでしょう。空腹と睡眠不足は、それだけでかなり人の心を摩耗させてしまいますからね。


 先ほどのお料理は、公爵令嬢が普段口にされるお食事と比較すればかなり質素だったはずです。けれどアマリア様は、空腹を思い出されたかのように、美味しそうにすべて平らげてくださいました。

 断罪の日からあまり眠れず、食欲も減退していたのではないでしょうか。

 感情を発散させて、いくらか気が楽になったのかもしれません。


 起こすのは可哀想なので、身体を拭くお湯の準備は明日にしましょうか。

 明日の午前中、わたくしには最後の用事が残っていますから、アマリア様にはその間、ゆっくり過ごしてもらいましょう。旅支度なんてわからないでしょうから、ひとまずセリオ様にお願いするとして……色んなことを、少しずつ憶えていってもらうとしましょう。

 穏やかな寝息を確認し、わたくしは自分のお部屋に戻りました。


「この国でのわたくしの役目は、明日で最後……」


 予感、いえ、そんな確信が胸にあります。

 あの少女とのお話がどう転ぼうと、わたくしがこの国に長居する理由は、もうありません。


 ところで、リオン殿下が断罪の場に、わざわざ夜会を選んだのは何故なのでしょうね?

 派閥の主だった方々が集まり、紳士淑女のどなたがどこに属しているかが一目瞭然であった、そして彼らの反応を見たかった、普通に考えればそうなるのでしょうけれど。


「やっぱり、見せつけるため、ですかね」


 聖女ユイカ様への〝寵愛ぶり〟を。


 ロドリゴ氏をはじめとする膿がギュウギュウ絞り取られても、王宮内に巣食っている〝聖女派〟が自然消滅するわけではありません。むしろ公爵令嬢派の凋落に勢いづくでしょう。

 ぶっちゃけ、フロレンシア王家の力が削がれて喜ぶ人間、ロドリゴ氏以外にもたくさんいるでしょうからね……おもにフロレンシア王国の外とかに。


 もうひとつの神輿、その対策を講じたとすれば。


「可愛らしい聖女様は素敵な王子様と、いつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし……となるのでしょうか。はてさて」




次回、OHANASHI回です。

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