蚊帳の外ってむかつきますよね
ご来訪ありがとうございます。
予想に違わず、お客様方は非常にガラのよろしくない方々でした。
一目でご職業を判断できる風体に揃えていただいて、もしやあれは正装? そう思えば親切に見えてきました。
予想外だったのは、やはりこの方々をけしかけてくるタイミングが早いなあという点でしょうか。
ユイカ様に色々暴露しちゃうぞ宣言をしたその日のうちですからね。
いくらなんでもですね。
建物まるごと綺麗になっていただく予定とはいえ、赤く濡れそぼった教会なんて外聞がよくありませんし、お客様方には床をなるべく汚さない方向で大人しくなっていただきました。
ラストは扉の前で硬直されているお一人のみです。
幾つもの影が床から伸びて天井を這い、その中にいる者を抱きしめるように握りしめるように一点へ集束しました。
影はわたくしの歩みとも、押したり引いたり一生懸命なお客様の動きとも一致しません。
「その扉、開きませんよ?」
「ひっ!?」
「これは猛き戦神へ捧げる宴。あなたがたは宴の贄。寛容なる神々は贄の貴賤を問いはしません。もちろん上等な贄ほど興が乗るようですけれど、素食や珍味にも理解を示してくださいます」
「――た、た、たす…………」
「助けてくれ、ですか?」
「は、はひっ」
「では問いましょう。あなた、どなたかに『助けてくれ』と懇願された経験はありませんか?」
「――え――あ……」
「あるようですね。ならばおわかりでしょう。あなたの番が来ただけですよ」
「――――」
あら?
白目をむいてコテンと転がってしまいました。
……。
……つんつん。
足でつついてみましたが動きません。
え~……。
まだほんの前菜ですのに。ここでおしまいなのですか?
「深層の姫君のように繊細な方ですね……」
よく裏街道を生きてこられたものです。ひょっとしたらフロレンシアの裏街道が、このような方でも受け入れてくれるほどに平和なのかもしれませんが。
そうこうしている内に、新しいお客様がお見えになりました。ずっと大勢の気配が教会をぐるりと取り囲んでおります。
敵意はありません。
タイミングのよろしいことです。
ええ、本当に。
この絵を描いた方、どなたかわかってしまいましたよ。
❖ ❖ ❖
新たなお客様は警邏隊と王都騎士団の皆様でした。
たまたま近くを巡回中だった警邏隊員の方が、怪しい男達が教会周辺をうろつくのを目撃し、騎士団の詰め所に応援を頼んでくださったそうです。
できすぎ……いえいえ、これも神々のお導きでしょう。
「無事でしたか、レティシア殿!」
「エルナン様とセリオ様もご無事でよろしゅうございました。不安な思いをさせてしまいましたが、もう上がって来られても大丈夫ですよ」
「……なんだか、台詞というか立場が逆ですね」
「逆?」
「いいえ、なんでも……」
司祭館地下の貯蔵室からは、外の状況がまったくわからなかったでしょうから、とても不安だったのではないかと思います。
ちなみにお客様方が皆、素直に灯りのほうへ吸い寄せられてくださったのでとても助かりました。
エルナン様やセリオ様の寝首を掻かんと、一部は司祭館にもぐりこむかもしれないと懸念していたものですから。
このあたりは職業刺客の方々との違いでしょうね。今回どなたも殺意はなく、ご用件は〝ただ暴れて痛めつける〟ことだけ。そして標的がわたくしでした。最後が致命的でしたね!
警邏隊と王都騎士団の皆様に、いかついお客様方を回収していただき、あとはお任せです。
こんな夜更けですので、詳しい事情聴取は翌日となりました。
「しくじりました。セフェリノ様の回収もお願いしておけばよかった」
「はは……」
エルナン様が頭をかきながら苦笑をこぼしました。
あのペテン師、酔っぱらって寝こけていたのですよ。
エルナン様とセリオ様の心細さにつけこみ、一期一会のこれもまた縁だとかなんちゃら口車に乗せ、フロレンシア特産の蜜酒の封を開けさせやがったのです。
どうせ後で「お二人の緊張ほぐすために」うんぬんとほざくのでしょうが、瓶の中身を一番減らしたのは奴です。だからあの鼠に餌を与えなさるなと申し上げましたのに。
翌日、詰め所へ向かう前に教会敷地内の建物すべての床掃除を命じておきました。苦情は受け付けません。
やらねば縛りあげてどこぞの賭博場に放り込みますよと優しく言い聞かせておきました。荒々しく大歓迎してくださるお知り合いがさぞたくさんいらっしゃるでしょう。
セフェリノ様が良い子になりました。
で、心おきなく、昨夜の事情聴取のため、王都騎士団の詰め所にお邪魔いたしました。
地位の高そうな隊長様お初にお目にかかります、そして近衛騎士様はお久しぶりですね、実に昨日ぶりです。
エルナン様が襲撃を受けたのに御心を痛められた陛下が即座に、しかし大っぴらに捜査もできないので信頼する近衛騎士様を派遣しましたとかそういうお話だそうです。
偉い方って大変なのですねえ、何かなさるたびに建前をひねり出さねばならないのですから。建前リストだけで法律書並みの分厚さになるんじゃありませんか?
わたくしもお忙しい騎士団の皆様のおためにご協力を惜しみませんとも。
祈っておりました→お客様がいらっしゃいました→襲いかかられました→倒しました。完。
え? もうちょっとこう何かあるだろ? 何をおっしゃいます隊長様、事実これだけでございますよ。むしろこれ以外に何を言えと。
大貴族や某セフェリノ様ではあるまいし、一言で済むところを数十倍に膨らませるテクニックなんてわたくし持ち合わせておりません。
「う、う~ん……」
「……ご協力感謝する、修道女殿」
「お、おい?」
「ついては、今後の件であなたにお話ししておきたいことがある。――すまんが、外してもらえるか?」
隊長様がわたくしと近衛騎士様を見比べ、「はぁ~」とこれみよがしに溜め息をつかれました。お気持ちお察しいたします。丁寧なお願い口調でしたがこれ、断れない系ですよね。
二人きりになり、おもむろに近衛騎士様が懐から封書を取り出されました。
「…………」
「…………」
あまり大きな封筒ではありませんが、質の良さがひしひしと伝わります。
印のないのっぺらぼうな封蝋がちぐはぐで、ぺりぺりめくると中から折りたたまれた便箋が出てきました。
内容は至ってシンプルです。
伏してお願い申し上げる。
どうかしばらくの間、静観して欲しい。
神かけてあなたには誠実である。
そんな内容でした。
最後に、ロイヤルな方のサインが二名分。
「……そこのペンを取っていただけませんか?」
「ああ。これでいいか?」
「ありがとうございます」
インクも拝借し、ちょちょいとつけてサインの近くに書き添えました。
神かけて誠実であれ。
了承を意味する簡単な返しです。
そして元のようにたたんで封筒に戻し、のっぺらぼうな封蝋を元の位置に当てました。
首から細い鎖を引っ張り、服の中に隠していたそれをするする取り出します。それが何かを見て取ったのか、少しばかり近衛騎士様のお顔がひくついておりました。
聖印を刻んだ司教の証。これ、封蝋印にもなるのです。
赤茶色の蝋の上にペタンと捺しつければあら不思議、熱もないのにくにゃりととけて、なんとそこには司教印が!
便利ですねえ。
そしてどうしましょう、超重要文書になってしまいましたよ。せっかく世を忍ぶ仮の姿な封筒に擬態していましたのにね。
近衛騎士様の顔色に少々青みが差しているのは気のせいです。
「……嫌がらせでしょうか?」
「なんのことでしょう」
八つ当たりでもありませんよ? 狡いとか羨ましいなんて思っておりませんとも。
進行上の理由からわたくしは外れざるを得ず、あなたは特等席で関われるのでしょうから、己の幸運に少しは感謝するがいいのです。
❖ ❖ ❖
案の定、ユイカ様の授業はすべて中止となりました。
それ以降もずっとお約束はなく、一日二日三日……と過ぎ去り、十日ほど経った頃に噂が流れ始めました。
「なあ聞いたか? 修道女様の暴行未遂で捕まった罰当たりども、なんと王子様の婚約者に雇われてたんだってよ!」
「うっそおお~!?」
「俺も聞いたぞ! 王宮の下働きに知り合いがいてよお、すげえピリピリしてるらしいぜ!」
動機は、最近王太子殿下と仲睦まじい聖女様への妬み。
その修道女は聖女の教師の一人であり、あの憎らしい聖女の味方をするなんて許せない目障りだわ――という子供じみた理由だった。
高位貴族を大勢招待した豪華絢爛な夜会の場で、王の公認のもと、王太子殿下が直々に厳しく断罪なさったという。
己の罪を認めようとしない公爵令嬢は拘束。父親の公爵は「己の不徳のいたすところ」と猛省し、国王陛下への忠誠を改めて誓った。
それでも娘の仕出かした悪さがそれで帳消しになるはずもなく、公爵はしばらく領地での蟄居を命じられ、力は大幅に削がれることになった。もはや終わった過去の人となり、栄華は風の前の塵のごとし。
これが十日の出来事というのですから、殿下、お仕事が早いにもほどがありますよ。
そして道理でわたくしが外されるわけです。
だってわたくしがいたら、アマリア様の無実をぱぱーと晴らしちゃいますもんね。いたら困りますもんね!
アマリア様は高位貴族ですから、具体的な処分が確定するまで、衣食住に困らない生活を許されていると思うのです。ですが寝耳に水な罪状で軟禁され、屈辱と怒りと、これからどうなるのか不安でプルプル震えておられるんじゃないでしょうか。
お可哀想に……。
ユイカ様は読み上げられるアマリア様の罪状に「なんてことを」と涙目になって、慰める王太子殿下に寄り添う微笑ましい光景がどうどかだそうです。
興味湧きません。
ですがまあ約束ですから、静観いたしますよ。
その本気の茶番劇、きっと周到に、ずっと前から計画を練り、それでも実行には至らなかった――実行に移せなかったのだろうとお察ししますから。
わたくしが颯爽と乗り込んでぱぱーとアマリア様の無実を晴らしてしまった場合、何事もなく以前の日々が王宮に戻るのでしょう。
何事もない、すなわち、ふりだしに戻る日々。それこそが最悪の結末の第一歩。
ですからわたくしは、小教会で日々おつとめを果たすといたしましょう。
公爵閣下からの慰謝料という名目で、教会が新築されることになったのです。片付けやお掃除の合間に畑仕事もこなしながら、なかなか忙しくも充実した日々を送らせていただきました。セリオ様は〝公爵家のわがまま令嬢〟に激怒しておられましたが、エルナン様は何か察するところがあったのでしょう、いつもと変わらぬご様子でたしなめておられました。
そしてさらに十日以上が経ちました。
巷では、王太子殿下と清らかな聖女様の恋物語が流行り始めております。
聖女ユイカ様は、王太子殿下のお側に上がるんじゃないか、と。
王宮からわたくしの元に使いが訪れたのは、ちょうどその頃でした。
聖女ユイカ様が、わたくしに会いたいとお望みなのだそうです。
「ようやくですか。といっても、まだひと月も経っていないのですが」
「は?」
「いいえ。お気になさらず」
正式な王宮からの使いであり、神官ではありませんでした。
ところで、わたくしが無念にも不参加を強いられた断罪劇。
彼らの出番は噂の中ですらこれっぽっちもありません。
大司教様をはじめとする、フロレンシア大教会の面子ですよ。
彼らは今頃、何をしているのでしょう?
聖女ユイカ様と王太子殿下の御心が大接近すれば、ますます大司教様の天下になるのでは?
……ところがどっこい。そうは問屋が卸さないのです……。




