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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
14/38

とあるならず者、とある近衛騎士

多忙にて更新かなり遅れておりました。

気長に待っていてくださった方はありがとうございます。


前半はならず者、後半は近衛騎士の視点です。


「いきがっている余所者の女に、世間の厳しさを教えてやって欲しいらしい。手段は問わんとのことだ」

「へえ、そうかい」


 久々に繋ぎ役から連絡があった。

 墓場にでも住んでいそうな陰気な男は、今まで同じような仕事を何度も持ち込んできていた。

 取り囲んで痛めつけ、店に押し入って暴れ、さんざん発散した後に金をもらえるのだから最高だった。

 依頼人が誰であり、目的が何なのか、いちいち気にしたりはしない。正体を暴いて報酬を吊り上げよう――そんな欲をかいたら、自分達がそこらの木に吊るされるのがオチだ。はみ出し者なりに、その程度の知恵は働いた。


 ただ、幾度も繰り返していれば薄々見当がつく。みすぼらしい小教会を目の敵にしている何者かだ。頻繁に出入りしたり、人前で好意を口にしている馬鹿がいつも獲物に選ばれている。

 今回の獲物は余所者の修道女。それがどうした? 恐れるものかよ。今まで自分達に血まみれにされた玩具が、一度だって神に救われたことがあるか?


 夜も更け、司祭館の灯りがふつ、ふつ、と消えてゆく一方、礼拝堂の窓からは煌々と光が漏れていた。仲間を踏み台にして、高い位置にある窓から中を覗き込めば、修道服を身につけた女が一心に祈りを捧げている。

 ついでに、扉に(かんぬき)はかかっておらず、わずかな隙間も見えた。不用心なことだ。教会を襲う不心得者はいないと信じているのだろうが、依頼人の望み通り、この世の厳しさを教えてやろうではないか。被害をどこにも訴えられない方法で。


「俺も遊びてえよ。このへん夜にうろつく野郎なんざいないだろ、俺らが日頃から〝掃除〟してやってんだから」

「ぶうたれるんじゃねえよ。後で代わってやるからよ」


 一番若い下っ端を見張り役に残し、男達は愉悦で唇を歪めながら、堂々と正面の扉から入った。

 ラッキーだぜ――いい女だ。声なき仲間達の感嘆が聴こえる。

 色気のないクソつまらない修道服が、却って色っぽく見えるぐらいだ。頭巾でよくわからないが、髪色はおそらく銀。白い肌、彫像のように冷ややかな美貌。

 こういう知的ぶってゴロツキを見下す女は、最初はいつもそうなのだ。最初の内だけは。

 これを滅茶苦茶に汚して歪めるのがまた愉しいのである。

 この世は力こそ正義。反吐の出る善意の信仰者に、自分がいかに無力なのかきっちり教え込んでやろうじゃないか――


 そう思っていたのに。


「じょ、冗談じゃねえ、こんな!?」

「ま、まて、待ってくれ!! ――ひっ!?」

「ぐぼっ!!」

「ぎゃああっ!?」


 足が膝から逆方向へ曲がり、ねじれた腕が肩のあたりからゴキリと嫌な音を立てる。

 脇腹から内臓を抉る勢いで突き刺さる拳、首がちぎれ飛びそうな威力で放たれる蹴り――


 女は相変わらず彫像のごとき冷ややかさで、汗のひと粒もなければ顔をしかめもしない。まったく力みなく、感情があるのか疑問が生じるほど淡々と、苛烈な方法で侵入者を潰していった。

 文字通り虫けらを潰すかのごとく。


(やべえ……これは、こいつぁ……身体強化じゃねえか!?)


 その〝力〟の正体に、一人だけ思い当たった男がいた。

 その男は昔、王都騎士団の入団試験を受けたことがあった。同年代の少年より体格に恵まれ、喧嘩もめっぽう強く、おまえなら楽勝だろうと周囲から持て囃され、自分でもすっかりその気になった。

 ところが実際は、乱暴者を恐れた取り巻きがおべっかを口にしていただけであり、彼自身がそういう卑屈な連中だけを選んで、小山のボスを気取っていただけだった。


 裸の王様のプライドは、入団試験で粉々に吹き飛ばされた。

 ほかの参加者をジロジロ値踏みし、自分より小柄な参加者を見つけては嘲笑し――そんな「自分より弱そう」な相手に、彼は無様な敗北を喫した。


 その相手は、魔力を放つのではなく、全身に浸透させて強化する能力の持ち主だった。魔力量や熟練度にもよるが、その少年の場合、腕力や脚力が一時的に倍近くにもなるらしい。

 なんだそれは? 知らない。そんなものがあるなんて聞いたこともない。卑怯じゃないか!?

 自意識過剰な乱暴者の訴えに耳を貸す者はいなかった。それは単に彼が無知だっただけであり、王都騎士団の入団試験には、毎年一人か二人はそういう能力者が応募してくるのだ。国中から腕に覚えのある者が集まれば、見かけによらない猛者が含まれているのは常識であり、そんなことも理解できない彼こそが、実は強者達から憐れまれていた。


 その後はお決まりの流れだ。王都騎士団なんざ楽勝と大口を叩いていたせいで、故郷へは戻れない。

 井の中の蛙だった己に気付きながらそれを認められず、典型的なゴロツキになった。そして似たような連中とつるみ始めた。

 楽しかった。仲間と一緒に痛めつけた相手の命乞いを聞きながら、〝強者の自分〟に陶酔し、自信を取り戻していった。

 相手が多少強くとも、大勢でかかればどうにでもなった。それはつまり、単独では勝てないという意味だったが、それを卑怯とも悪いとも感じなかった。群れで獲物を襲うのは、どんな獣でもよくあることではないか。

 そうして、彼はまた勘違いをした。

 勘違いをして、手を出してはならない相手に手を出してしまった。


 ――こいつはヤバイ。


 これは怪物だ。絶対に勝てない。

 頭上を軽々飛び越え、大の男の骨を砕いたり関節を外しながら投げ飛ばす女に、常人がどうやって勝てるというのだ。


 逃げよう。


 男は踵を返して扉に駆け寄り、閂を持ち上げようとした。


(くそっ!? このっ!? なんで上がんねえんだ!?)


 そういえば。

 自分より後ろにいたのは誰だったか。

 皆が中に入って、扉が閉じ、閂の落とされる音がした。仲間内の誰かがやったとばかり思っていた。

 最後尾は。この扉を閉じたのは、どいつだった?


 す、と背後で、空気が動くのを感じた。足もとから背筋、首の後ろを撫で、頭頂までぞわりと悪寒が駆けのぼる。

 振り返らずともわかった。すぐ背後に立っている。うめき声がすっかりやんでいた。指先がカタカタ震え、歯の根が鳴り始めた。




❖  ❖  ❖




 とある近衛騎士の青年は、聖女ユイカが訪れてからの出来事を思い返し、内心で溜め息をついた。


 地方の小領主の息子である彼は、王都騎士団の入団試験にトップで合格を果たしたあと、上級騎士になり、やがて上の目にとまって近衛騎士になった。

 戦闘に魔法を使える者は少ない。大抵は魔力を何らかの現象に変えて撃ち出すタイプになるが、彼は身体強化系と呼ばれる能力者だった。放出型と呼ばれる魔法騎士ではなく、内に魔力を流す循環型と呼ばれており、一見すれば一芸しかない地味な能力だが、実戦では前者よりも重宝されていた。

 当たらなければ意味がない。当たってもたいしてダメージがなければ意味がない。さらに尋常ではないスピードで敵を翻弄し、あちらが魔力を練る前に倒してしまう。

 近衛騎士団の中でも抜きんでた実力を示し、彼は王太子リオン専属の護衛に任ぜられた。名誉なことだった。

 そのために、彼は〝聖女〟の実態を誰よりも近くで知る当事者の一人となった。


 【渡り人】の訪れる時期はあまねく知られており、神殿による隠蔽は不可能だ。七日前になると【導きの枝】が輝き始め、神官が司教へ、司教が大司教へ報告し、その後ようやく王家に報せがもたらされる。

 当日、大司教と数名の司教、国王と王太子、厳選された者達がその場で朝から待ち続けた。その〝厳選された数名〟の中に彼もいた。

 【導きの枝】の内側からにじみ出る光は時とともに強まり、やがて根もとに流れ落ちて、そこに小さな光の泉ができた。その泉の中から現われたのが、あの小柄で可愛らしい黒髪の少女だった。


 まさに奇跡だった。己がその場に立ち会えた不思議に、高揚感を覚えなかったと言えば嘘になる。


 だが熱は徐々に薄れ、失望に遷移していった。


 可愛らしい少女。あの【渡り人】が出現し、今に至るまで、その印象はまるで変わらない。

 治癒能力が確認され、彼女はロドリゴ大司教により〝聖女〟と認められた。今やほとんど誰もが「ただのあだ名」と冷めた認識を抱いている呼称を。

 彼女は大司教をまるで祖父のように慕っている。

 同時に、整った容姿のリオン王子へ、いかにも年頃の少女に相応しい眼差しを向けていた。


 それだけだ。

 それ以外、彼女は何もしていない。


 王家に尊大な態度を取る大司教の〝好意〟に疑念を抱かず、王太子殿下の婚約者の苛立ちを掻き立て、さまざまな貴族や聖職者の思惑が入り乱れるのを察知できず、洒落にならない対立構造を煽る元凶となりながら、まるでその自覚がない。

 ならば〝聖女〟として何らかの活動をするかといえば、それもない。彼女は治癒院にも孤児院にもさして興味を示さなかった。痛ましそうに怪我人を労り、幼子の頑張る姿を可愛いと微笑み、では何をするかといえば、何もない。

 教師の中にはそれとなく、彼女に何らかの奉仕活動をすすめてみた者もいる。だが彼女は「まだ私はこの世界のことをよく知らないから」と微笑み、「でも、いつか何か素敵なことができるように頑張る」と意思表明をして、それで終わるのだ。


 健気で優しく、争いごとは苦手。本当にそれだけだった。

 戦時下ではなく、彼女の治癒能力が宝の持ち腐れになるのは致し方ない面もある。だがもし戦時下であったとしても、彼女が積極的にこの国の兵士達のためにその能力(ちから)を振るってくれたかは甚だあやしかった。

 先代も先々代の〝聖女〟も、癒やす相手をかなり限定しており、その奇跡にあやかれた者は高位貴族か王族か、ごく少数に過ぎなかった。それを当時の大司教と王族が大袈裟に喧伝し、〝フロレンシアの聖女〟の呼び名は国内外に広く知られるようになった。


 異世界から来て、右も左もわからぬ十五歳の少女に対し、我が国の国益を優先せよと要求するのは筋違いもいいところだろう。

 幸い近衛騎士が忠誠を誓う国王と王太子には、彼女を利用する目論見など毛頭なかった。

 彼らは聖女ユイカに何名もの教師をつけ、まずこの世界の基本的な知識、この国の常識などを重点的に教えさせ、軟禁や情報の遮断などは一切命じなかった。ゆえに彼女はずっと自由であり、知りたいと望めば大抵の知識を得られる環境にあったのだ。

 その上で彼女は言い続ける。「みんなを幸せにしてあげたいな」と。

 彼女は〝幸せ〟を何のことだと捉えているのだろう?


 教師の中には、民の現状を訴える者もいた。――食糧が少なく、飢えている民が多い。あなたはそれについてどうお考えかと。

 傍付きの神官二人が睨むのを意に介さず、的確に切り込む良い教師だった。

 それに彼女はショックを受けた様子だったが、しばらくしてこう答えた。


『今はまだ、何をしてあげられるかはわからないけど。でもきっと、方法はあると思う。こっちの世界のいろんなことを憶えたら、精一杯やりたい』


 ――肩透かしだった。


 そうではない。

 彼はただ、「どう思うか」を尋ねただけだ。それについてどう感じ、どう考えるかを聞きたかっただけで。


(あなたに何かをせよと望んだのではない。つい最近この世界に来たばかりのあなたに、そんなことを求めても無意味なのだから)


 はなから当てにしていない。

 わずか十五歳の少女に、昔の聖女の責任を押し付ける気などない。

 言葉は通じているはずなのに、会話が成立しない違和感。――そもそも本当に言葉が通じているのだろうか?


 彼女は、何故食糧が少ないのか、その原因を訊かなかった。

 神官の目があるために、こちらからその話を持ちかけることはできない。だからこそ、彼女のほうから尋ねてもらう必要があったのに。

 彼女は一生懸命考える素振りを見せながら、その実、それについてそんなに興味がないのだ。

 興味がないというより、現実味がないと言ったほうが正しいだろうか。【渡り人】は育ちの良い者が多く、聖女ユイカも例に漏れなかった。大多数の高位貴族にとってそうであるように、飢えや貧困は彼女にとって実感の湧かない他人事の域を出ないのかもしれない。

 教師の目に落胆がよぎり、彼はその日以降来なくなった。


 こんな無害で小さな少女に、無駄に多くの人間が翻弄されている。

 彼女自身がいくら無害でも、飛びぬけて優れた治癒能力を持つ【渡り人】自体に価値があり、なおかつ大司教が聖女の称号を授けたとして、それなりに強い影響力がある。

 無邪気にリオン王子を慕う聖女ユイカの姿に、近衛騎士が暗澹たる気持ちを募らせていた頃、イメルダ修道院からの客人の護衛を命じられた。


 イメルダ修道院――千年とも噂される歴史を誇り、聖アルシオン教よりもその歴史は長い。

 知る人ぞ知る、一部では有名な存在である。


 そこの修道女達は、〝戦える〟のだ。


 知識や弁舌だけではない。

 男の戦士相手に切り結べる。そういう訓練を日常的に受けている。


 始まりは、この世が戦乱で混沌に包まれていた時代。働き手の男達が時の権力者に徴兵され、大勢の女子供が取り残された。

 敗残兵や人買いなどの犠牲になるまいと、女達が身を守り合うために集まり、打ち捨てられた砦に隠れて、細々と畑を耕しながら心身を鍛えるようになった。

 それがやがてイメルダ修道院となった。実際に盗賊団や貴族の私兵を撃退した逸話も多く残っている。

 世間的にあまり広く知られていないのは、しょせん女だけでは無理がある、どうせ話を盛っているのだろうと本気にする者が少ないからだ。


 その噂の修道院から、見極め人が来るという。


 何をどう見極めるのか、近衛騎士には知らされなかった。

 けれど彼女を――現われた修道女レティシアの姿を目にし、彼は悟った。

 恐ろしく冷ややかで美しい女性。

 王宮に諍いをもたらす火種となった聖女ユイカの、これは最後のチャンスなのだ。

 これで何ひとつ変化がなければ、あの少女はこの先ずっと変わりはしない。王宮のささやかな火種は、この国を呑みつくす勢いで拡がるだろう――何の手も打たない限り。


 そしておそらく、結論は出た。

 近衛騎士はその夜、深夜になっても眠りにはつかなかった。

 騎士領のドアが慌てた様子で叩かれ、彼は嘆息した。

 呼び出したのは王都騎士団だ。かつての古巣、顔見知りの騎士隊長が親しげに、夜中に叩き起こした不作法を詫びてきた。

 これを予期してずっと起きていたとは言えず、逆に申し訳ない。


「構わない。それで?」

「それがだなあ……」


 フロレンシア小教会に、賊が侵入したという。

 たまたま巡回中だった警邏(けいら)隊が目撃し、ざっと十名以上はいると見て、騎士団の詰め所に応援を頼んだ。

 そうして警邏隊と騎士達が小教会を取り囲んだのだが……。



『皆様、ご苦労様です。見張りの方が二名逃亡されたようですので、そちらの警戒もお願いいたします』



 突入した騎士達の前で、美しい修道女が涼やかな声音でそう言った。

 いかにもガラの悪そうな男達が、一人残らず苦悶を浮かべて床に転がされており、彼女はそのうちの一人の頭を無表情で踏みつけていたという。

 あの小教会の司祭は国王の乳兄弟であり、交流の機会が少なくなった今も密かに気にかけている。もし異変があれば、こうして王都騎士から近衛騎士の青年に報せが向かう手筈になっていた。


「…………」

「その微妙な顔、本気にしてないだろ? まあ俺も俄には信じ難かったんだが」

「そうじゃない。あの方にそれが容易いと、微塵も疑っていないだけだ」

「へっ? まさか知り合いか?」

「ああ。初めてお会いした日、すぐに気付いた――この方は、()()()()()()()()()()。ヤバイ相手だ、とな」




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