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御心のままに、慈悲を祈れ  作者: 咲雲
第一章 花の王国の聖女
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どうしようもないので先生をやってみます


 いや、アマリア様、めげない御方ですね!

 今日も令嬢艦隊を率いて嫌味砲弾を浴びせて行かれました。もはや日課、ないと健康を疑われる元気度の指標ですね!

 ちゃんと学習しておられたのか、なるべく人目のないところを選んでおられますが行動自体は変わっておりませんよ。


「わたくし達のことを殿下へご報告? まあ、ほほほ」

「殿下に泣きついて助けていただこうなんて、さもしい御方ですこと」

「聖女様は治癒魔法だけでなく、泥棒猫さんの才能もおありなのかしら?」

「まあ、多才な御方ですこと。殿方をたぶらかす手練手管なんて、どうやって身につけられたのかしら?」


 おっと、「泥棒猫さん」が出ました。お上品です。蔑みの視線とクスクス嗤いはセットですよね!

 エマ様とミレイア様の「殿下のお耳に入ってもよろしいのですか」にさえ、微塵も怯んでおられません。ご本人がこの場にいなければ、そんな脅し文句など怖さ十分の一と言わんばかりです。

 繊細なユイカ様の心を抉るであろう陰険口撃を繰り出された後は、長引かせずにフフフおほほと去ってゆかれました。今度は無用な見物人やリオン殿下を呼び寄せないためにでしょう。


「ユイカ様……」

「大丈夫! このぐらい」


 エマ様とミレイア様がお慰めし、ユイカ様は笑顔を浮かべられるのですが、ちょっと芝居がかっていて無理をされているように見えます。

 あのように他者から悪意をぶつけられるのは得意ではないのでしょう。もちろんそれを好む人間など滅多にいないでしょうが。

 もしわたくしがユイカ様の立場なら平気でしたね。盾が二人いますもの。


 それはそうとして、アマリア様は天晴れな御方でした。

 だってあの方、必ずご自身が最前線にいらっしゃるのですよ。人を使ってこそこそ陰湿ないじめをさせるのではなく、自ら出向かれるのです。

 すれ違いざまヒソヒソくすくすは、お取り巻きの令嬢がたのご挨拶。アマリア様はフンと鼻で嗤う程度です。そのほか、ユイカ様が東屋でおくつろぎ中に後から現われ、今日はわたくしがそこで勉強をする予定だったのだからよそへ行ってくださらない? と退かせたりとか。

 お取り巻きのご令嬢や侍女ももちろん周囲をかためておりますが、まず先にアマリア様が開戦の合図を出し、周囲はそれに続くといった流れです。


 公爵令嬢たるもの、常に先陣を切る。ご立派です!

 修道院のお師姉(ねえ)様方の経験談によれば、真に陰湿で姑息なご令嬢は自ら姿を見せることはなく、下の者に泥を被れと命じるのですよね。

 必要であれば姿を見せたとしても、前に必ず侍女を立たせます。侍女を介して「そこをおどき」とにおわせるのですよ。

 ですがアマリア様は正々堂々、真っ向からいくのです。


 おそらくユイカ様が現われるまで、彼女こそが王宮で最高位の女性であり、最もリオン殿下の傍にいて良いとされる女性だった。その矜持に衝き動かされているのでしょう。

 お言葉遣いや所作などは、なるほどさすが公爵令嬢と溜め息をつきそうなほど洗練されていますが、非常に気が強く直情的で、曲がったことがお苦手、敵は自らの手で葬り去る潔い御方と見受けられます。

 それがアマリア様でした。


 わたくしとしては、洒落にならない犯罪まがいの嫌がらせにはまったく手を染められず、「気に入らない者を気に入らないと言って何が悪いの」と一貫しているアマリア様のお振る舞いが、心から拍手喝采したいぐらいなのですが。

 お師姉(ねえ)様方の秘蔵書の訓戒によれば、大多数の殿方にとっては、こういう女性はあまり好まれないようなのですよね……。

 一般的な殿方のお好みは、小柄で華奢で、控えめで、つらい時でもいつも笑顔を浮かべて、他人を攻撃したり仕返しなんてできない、つい守ってあげたくなる健気な女性。そう、ユイカ様のような少女が好まれるのです。


 それだけではありません。

 いくら人目がないように見える場所でも、殿下がそこにおらずとも、殿下の婚約者たるアマリア様の行動は必ずどなたかの目に入り、報告がなされているはず。

 例えばわたくしと一緒に目撃している近衛騎士様とかですね。


「あるいばアマリア様は、報告が行っても問題がないとお考えなのでしょうか?」

「ご明察です。――ご自身が本当に咎められる心配はないと思っておられるのです。アマリア様は幼い頃から王妃教育を受けられており、知識やマナーは申し分なく優秀と言える方なのです。我が国であの方を押しのけ、殿下のご婚約者におさまることのできる令嬢は、身分的にも能力的にもおりません」


 能力でもちゃんとトップを走るアマリア様、素敵です! 超絶厳しいと噂の王妃教育をクリアするだけでも大変と聞きますのに、なおかつ優秀とは素晴らしいではないですか。

 けれどそんな彼女の立場を揺らがせているのが〝聖女様〟の存在。

 アマリア様には、自分こそが最高位の女性であり、殿下の傍らに相応しい女性だという自負があり、ことあるごとにユイカ様へ知らしめずにいられない。それが殿下や陛下のお耳に入っても構わない――自分を退けることなどできないだろうという確信と同時に、ユイカ様を優遇する彼らへの抗議のつもりでもあるのでしょう。


 常識に照らし合わせても、自分の婚約者が美少女を大切にしていたら腹が立ちますし気になりますよね。

 ただ残念ながら、わたくしの個人的感情はさておき、アマリア様の選択は状況を最悪の方向に進めていると言わざるを得ません。


 公爵令嬢派と、聖女派。そんな派閥ができているのです。


 アマリア様のお取り巻きの令嬢や侍女の方々は、もちろん公爵令嬢派。

 アマリア様の家柄とお美しさと優秀さを称え、殿下の前で頬を染めるユイカ様の様子に眉をひそめ、「聖女とは名ばかりのふしだら女」と囁く方々は少なくないようでした。


 一方で、〝殿下のお気に入りの〟ユイカ様に同情的で、親しげに声をかける貴族もいるのです。


 ユイカ様は相手の言葉の裏を読むということがありません。

 素直に〝親切な方々〟の好意をそのままに受け止められています。

 あからさまに他者を批判したり悪意を覗かせるようなギラついた人物ではなく、一見すれば穏やかで爽やかな気遣いに溢れている、そういう振る舞いのできる方々が抜擢されているようでした。


 わたくしの印象として、ユイカ様は控え目で遠慮がちな上に、幼い。

 悪意を潜めて近付く者達を撃退できないのです。

 あからさまに表に出してくださるアマリア様なんてむしろ親切ですよ。

 最終的には聖女様担当の殿下が庇ってくださいますし。


 けれどそんなアマリア様の親切が、「どちらにつけばより得か」を常に念頭においている方々に、派閥形成のきっかけを与えてしまった。


 ――これはそのまま、王党派と教会派の構図になっています。


 アマリア様にはきっと、そんな意図などなかったでしょう。

 ユイカ様は言わずもがなです。

 けれど結果的にそうなってしまっている。

 ですからリオン殿下も、アマリア様に「やるな」と叱るしかありません。

 けれどアマリア様は気に入らない者は気に入らないと、心のままにやってしまう。何度でも。我慢せず。

 これがおそらく、一番まずいのです。





「ではユイカ様。先日お教えした聖アルシオン教の代表的な位階について、諳んじることはできるようになりましたか?」

「はい。ええと、――助祭様、司祭様、司教様、大司教様。聖法国ではその上に枢機卿猊下、それから法王聖下。神官は、主に神々を祀った神殿でおつとめをする司祭様の俗称、です」

「では次に、聖アルシオン教の成り立ちと【導きの枝】について簡単にまとめたものを暗唱できますか?」

「はい。聖アルシオン教は――」


 一日、ほんの一時間。わたくしがユイカ様の教師として与えられた時間ですが、それだけあれば充分でした。

 曖昧な指示ではなく、この部分を次の日までに憶えておいてくださいと宿題を出しておけば、ユイカ様はきっちりやっておいてくださるのです。

 もちろん、憶えきれない量を出したりはしません。わたくしがお教えしているのは基本中の基本、最低限の量ですから、苦痛を感じるほどではないでしょう。


 それにこれらは、ユイカ様の〝頭の良さ〟を前提に出している課題でもあります。

 元の世界で教育制度が充実していたというお話は伊達ではなく、ユイカ様は「お勉強はちょっと苦手」と謙遜しますが、わたくし達の基準に照らせば知識が豊富で頭の良い方でした。

 読み書きと四則演算は、彼女の生まれ育った国では誰にでもできる基本。これは今までの【渡り人】も全員がそうだったようです。

 殿下がユイカ様につけた教師の皆様による評価は、軒並み「優秀」。積極的に学ぶ姿勢があり、もともとの基礎知識のレベルも高かった。


 あの殿下が気付けなかったのも無理からぬ話でしょう。まず読み書きが難なくできる時点で平民とは違いますし、そこそこ高度な専門用語でもかなり通じるのです。

 ユイカ様は観光立国を目指したいと夢を語っておられましたが、平民であれば「何それ?」と首を傾げる単語ですしね。

 ですからまさか、一番肝心な聖アルシオン教関連だけが完全に手つかずだったとは、誰も知り得なかったのです――エマ様とミレイア様以外には。


 こんな一般常識、才溢れる聖女様にわざわざお教えするまでもないと思っていた。

 それが彼女らの言い訳でした。


 んなわけないでしょうに。異世界の方だっつってんでしょうが。

 ……いけません、つい口調が荒ぶってしまいました。

 わたくし、か弱い非戦闘員への暴力行為はまったく推奨しませんが、このお二人に関しては少々沈めたくなってきました。


 つまり、ユイカ様が聖アルシオン教についてまるで無知だと本気でわからなかったのなら、彼女達はユイカ様に対し、一切そのように振る舞ってはいなかったという結論が出ます。

 すなわち、正しく神官としての振る舞いをしてこなかった。

 彼女達の言動はまさしく、貴族令嬢の侍女でしかなかった。それも真似事の。

 そのためにユイカ様も、二人に「何のこと?」「どういう意味なの?」と尋ね、己がそれに対し無知であると主張する機会がなかった。多分ですが、そういうことだったのでしょうね。


 簡単な基本ばかりとはいえ、ユイカ様はわたくしのお教えした範囲はどんどん吸収してくださいます。

 これまでの遅れを一気に取り戻す勢いで、それは結構なのですが、ほんの時々、不思議そうに首を傾げておられるのにわたくしは気付いていました。

 こういうことは曖昧にせず、はっきり確認しておくに限ります。


「ユイカ様。『どうして自分はこれを学ばなければいけないんだろう』とお思いですか?」

「あ、その……ごめんなさい。少しだけ……。私の世界では、宗教がたくさんあって、信じている人は信じている、くらいの自由な感じだったっていうか……。外国では、そういうのに厳しい国のほうが多かったけど、私の国では緩かったんです。だから、ピンとこなくて……ごめんなさい」

「わたくしに謝らずともよいのです。もといた場所で重視されていなかった事柄を、これからは重視しろと言われても難しいでしょう。ですからわたくしは、あなたに理解を深めることも、敬虔であることも求めはしません。わたくしがお教えするのは必要最低限。あなたがこれからこの国、この世界の人々とともに暮らす上で必要とされる知識のみです。その上で、あなたが故郷にいた頃のように、さして興味を持たぬままでいるか、あるいは興味を深めるか、その時によって考えれば良いでしょう」

「それで、いいんですか?」

「ええ。ですがわたくしが〝必要〟と判断した内容についてだけは、軽んじぬように心がけておいてください。まず第一に、あなたはこの世界の神々の御業の象徴たる【導きの枝】によって、異世界から来られたのです。その時点で、あなたにとって聖アルシオン教は無関係の存在にはなり得ません」

「…………はい」

「第二に、この世界の国々では聖アルシオン教が人々の生活、価値基準、ほぼすべてと言っていいほどに浸透しております。そして爵位などの身分差が重要であるように、聖職者の位階も重要なのです。無知ゆえに奔放に接することを許容してくださる方々ばかりとは限りません」

「……はい」


 わたくしの前ですっかりおとなしくなった神官二人をちらりと見やり、ユイカ様は何ともいえない表情で頷かれました。


「第三に、あなたはここの大司教様と懇意になさっておられるでしょう?」

「はい? そうです、けど。大司教様は優しくて、お爺ちゃんがいたらこんな感じかな、って」

「あなたがご自身の立ち位置をはっきりさせない限り、大司教様があなたの後ろ盾と見做されます。派閥という言葉の意味はわかりますか?」

「え!? 派閥って――派閥ですか? あの、それってまさか――大司教様はあんなに、優しくていい人そうで……そんなことは……」


 ほら、やはりこの言葉もご存知でした。そして察しも悪くありません。

 ところがユイカ様は、エマ様とミレイア様に視線で尋ねてしまいました。


「ユイカ様。大司教様は素晴らしい御方です」

「心からユイカ様を大切にされておいでです。――レティシア司教様、大司教様についてでたらめを口にされるなど、さすがに看過できませんよ」


 いきなりキリッ! となりました。

 わたくしより上位の方が絡んできたので、急に勢いを取り戻しましたね。

 虎の威を借るなんとやら。ユイカ様、理解なさってくれるでしょうか?


 ……うーん。無理みたいですね。そこでホッとしちゃあ駄目なのですよ~?

 不安になったら咄嗟にエマ様とミレイア様を頼る癖がついてしまっていますけど、かなり不安材料ですねえ。

 あれです、「私とポッと出の修道女どちらを信じるの?」という話に持っていかれたら、付き合いの長い彼女達のほうに軍配があがるのです。

 そもそも彼女達の怠慢が原因でわたくしが臨時教師やることになったのですが、そのへんも「ピンとこない」のでしょうねえ。重要度がいまいちわからないせいで、このお二人が本来なら厳罰ものの失敗をやらかしていたと未だに理解が及ばないのでしょうし。


 ……殿下が大司教様に、この二人の〝勤務態度〟について抗議し、未だ回答がないことも。

 

 エマ様とミレイア様、初対面でわたくしに通せんぼかましたぐらいですから、以前から王宮の方々にも随分と尊大だったらしいのですよね。

 で、かなりの苦情があがっていたみたいです……殿下に。


 ところが、そんな王太子殿下の抗議を、大司教様は数日に渡って丸無視。

 有り得ない。

 確かにわたくしどもは王家の臣下ではありません。神々にお仕えする身なのですから。

 でも、ですね。

 王家の〝上〟でもないのです。

 それは絶対に、わたくし達が履き違えてはならないものです。

 

 素直で頑張り屋さんでこの世界については無知だけれど、下手をすればそこらの貴族令嬢より学があり察しも良い、でも平和主義が過ぎていろいろと認識が甘い――ユイカ様は、別の意味で扱いに困る方でした。

 なんというか、とてもアンバランスな方です。

 頭はよろしい方なのは疑いようもありませんが、どうしても幼さをぬぐえません。難しい単語はご存知だけれど、実感がいまいち伴わない知識といいますか……そう、ふんわりと幸せな夢の中の出来事を、そのまま語っているようにしか聞こえないことが多々あるのです。

 加えて、善良で可愛らしい方ですが、そんなところが気に入らないと憎悪を滾らせる方々もいて、その悪意にユイカ様はご自分で対処するすべをお持ちではない。

 あくまでもユイカ様ご自身にはない。


 そんなユイカ様の後ろ盾は大司教様。ユイカ様ご自身にその認識がないとしても。

 花を愛する聖女様は、とんだ火種でした。




リオン王太子殿下、実は苦労性です……。

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