仲良し義母娘です
プロローグ以降は基本的に一人称で進みます。
一章ごとに完結し、途中から読んでもだいたいわかる構成にする予定です。
彼女は氷のごとき冷徹なまなざしと、世の女性の大半がうらやむであろう美貌を持っていた。
名はレティシア。腰近くまで艶やかに流れる銀の髪、アイスブルーの瞳、白磁のごとき肌、豊かな胸にきゅっと締まったウエスト、そしてすらりと手足が長い。
今年で二十三歳とのことだが、彼女ならば適齢期でなくとも、数多の男がその足もとに平伏すに違いなかった。簡素な修道女の服でさえ、彼女のためだけに誂えた特別な衣装のようだ。
俗世から離れて間もない少女は、清らかさと妖艶さを兼ね備えたこの師姉に嫉妬を覚えずにいられなかった。
「レティシア様、院長がお呼びです。お急ぎください」
「マヌエラ様が?」
「はい」
――ああ、声も美しいなんて。
これほど何もかも恵まれた女性であれば、自分はこんな修道院になど入らずに済んだろうか。
どうして、同じ女なのにこれほどの差があるのだろう。
同時に、これほどの美貌の持ち主が、こんなところに居る皮肉を想像する。
捨てられたか、逃げ込んだか、追放されたか、いずれにせよ訳ありなのは確実だ。
「少々お待ちください。これを先に済ませますので」
「済ませる、とは?」
「すぐに終わります」
レティシアは大岩の前に立っていた。
やや腰を落として構え、
「ハッ!!」
どごっ!!
突き出した拳が、大岩に刺さっていた。
そこから放射状に亀裂が入り、立派な大岩はガラガラガラ……と無惨にも砕け落ちた。
……。
「…………」
「ふむ、こんなものでしょうか」
「……あ、あの?」
「ああ、放っておいてよろしいですよ。これは彫刻用でして、あとで係の者が回収して皆様にお配りし、神像を彫っていただくのです。あなたもご覧になったことがあるでしょう?」
あります。もっと小さな欠片でしたが。
なぜ私がこんなことをと、心の中で悔し涙を流しながら、慣れない彫刻刀を使って今も懸命に彫っていますが。
「なんで岩が爆散するの……?」
「おや、その表現は少々大袈裟ですよ。本物の爆散は、もっとこう激しくあちらの壁まで弾け散ります。やってみましょうか?」
「いいいいえいえいえ結構ですっ!!」
「そうですか? 先ほどの質問ですけれど、練りに練った祈りを込めて拳を放つのです。今のところ当修道院で成功しているのはわたくしだけですが、あなたも修練を積めばできるようになるかもしれません。よろしければお教えしましょうか?」
少女は全力で首を横に振り、レティシアは「残念です」と呟いた。
目が本気だった――。
「では参りましょうか」
「は、い……」
これ、ここの日常なのですか?
あまりにも平然としたレティシアの様子に、少女は尋ねるタイミングを失った。
❖ ❖ ❖
「マヌエラ様。お呼びとあり参じました」
「お入りなさい」
「失礼いたします」
執務室の中には、マヌエラ院長以外に誰の姿もなかった。
「ニナ。わたくしはこれから、レティシアに大切な話があります。あなたは下がりなさい」
「は、はいっ」
少女が慌てて扉を閉めると同時に、マヌエラ院長が振り返った。灰色の髪に、レティシアより少しだけ濃い青の瞳が、どこか似通った酷薄な雰囲気を醸し出している。
額や目もとには年齢に相応しい皺が刻まれ、ほっそりと痩せているが、全身から言いようのない厳しさと覇気を発している女性だった。
「今代の【渡り人】が訪れたのはご存知でしょう」
「存じ上げております。何ヶ月前であったかは失念いたしましたが」
「国によって発表の時期は異なりますが、だいたい一ヶ月ほど前です。そして今朝がた、法王聖下より早馬がありました。レティシア、あなたはこれから【導きの枝】のある国々へ赴き、すべての【渡り人】を見極めなさい。見極めたのち、どうするかはあなた次第です。これは神託による神々からのご命令です」
「拝命いたしました。ただちに準備にとりかかります」
レティシアは一秒も躊躇わず首肯した。
彼女にとって神々は絶対であり、拒否する選択など有り得ないのだ。
「――マヌエラ様? 何故わたくしに最敬礼を?」
「今この瞬間から、あなたは法王聖下直属の司教となりました。わたくしとは同格、いえ、それ以上です」
「マヌエラ様。あなたはわたくしにとって母も同じ。どなたが私の上位であろうと、ここが我が家です。どうか最敬礼はおやめください」
「そうですか」
二人の会話は淡々と進む。どちらの声もまったく感情がこもっていない、ように聞こえる。
もし先ほどの少女がこの場にいれば、「え、これ本気? 社交辞令?」と混乱したことだろう。
二人をよく知る者であれば、慣れ切った冷え感である。嘘のようだが、どちらも嘘偽りはない。
「仔細はこれに書いてあります。目を通したら暖炉にくべ、必要なものは何でも持っていきなさい。今夜はあなたのためのささやかな晩餐がありますから、出立は早くとも明日以降がいいでしょう。以上です」
「お心遣い、痛み入ります」
淡々と頭を下げ、レティシアは執務室をあとにした。
ほんの二、三分程度で出てきた彼女に、ニナは目を白黒させるのだった。




