第67話 最弱の剣闘士
「48番、出番だ。出ろ」
「い、いやだああああああ!」
褐色の肌の槍を持った女二人が、ゲラシウスを牢屋から引きずりだす。
「情けない男だ。ここで殺してやってもいいんだぞ?」
「それもいやだあああああ!」
女二人は呆れながら、ズルズルとゲラシウスを奥へと引っ張っていく。
「――よし、武器を選べ」
その部屋には八個の長机が配置されており、その上には、剣、槍、斧、メイス、盾、弓など、ありとあらゆる武器が陳列されている。
「ひぐっ……ひぐっ……」
ゲラシウスは泣きながら、武器を吟味していく。
「兜と鎧はないんですかぁ?」
「ない。武器のみだ。真の強者に防具など必要ない。――見よ、私達を。全員軽装であろう?」
二人の女は軽装どころか、半裸に近い。
普段のゲラシウスであれば下半身が充血してしまうところだが、今はそんな余裕はない。
「どれがおすすめですかぁ?」
「馬鹿者! 戦いはすでに始まっているのだ! 他人に判断をゆだねるとは何事か!」
「ひ、ひいいいいいい!」
女戦士の気迫に軽く失禁しかける。
「ここはオーソドックスに、ロングソードとラウンドシールドにしますぅ」
当然、両方とも使った事など無い。
何となく汎用性がありそうで、初心者向きだと思ったからだ。
「よし、いいだろう。では奥へ進め」
「いやだああああ! 無理ですううううう!」
ジョバババババッ! ゲラシウスは尿を漏らしながら、二人の女に鉄格子の前まで連れて行かれる。
「目の前にある鉄格子が開いたら、試合開始だ。どこにも逃げ場所はない。相手を殺すしか、お前が生き延びる手段はない。いいな?」
「私に戦いなんて無理ですううううう! 勘弁したくださいいいいい!」
――ガラガラガラガラ!
ゲラシウスの嘆願も虚しく、無情にも鉄格子が開く。
「さあ、中に入れ!」
女戦士にケツを蹴られ、ゲラシウスは中に放り込まれる。
「はう……はうう……」
ゲラシウスはガクガクと足が震える。
ここは小さな円形闘技場。アマゾネスにさらわれた男達がここで殺し合う。
勝ち残った者は、アマゾネスたちの種付け男となり、その機能を失うまでは生かしてもらえる。
つまり、自由は二度と得る事ができない。
「はわわ……はわわ……」
相手をよく見ると、骨と皮しかない老いた男だった。
ゲラシウスと同じように、恐怖で失禁している。
「はああ……向こうも同じなのか……」
この老いぼれ相手ならば、勝てるかもしれないという希望が湧いてくる。
『――それでは、試合始め!』
お互いがジリジリと前進していく。
「はわわ……ご勘弁を……」
「はあはあ……ジジイを殺す……ジジイを殺す」
ゲラシウスはそうつぶやく事で、勇気を奮い立たせようとする。
だが、互いの距離が縮まると、どちらも動けなくなってしまった。
二人共戦いの素人なので、ここからどう動いていいのか分からないのだ。
「――はひぃっ!」
意外にも先に仕掛けてきたのは、老人の方だった。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「ひええええ!」
老人ががむしゃらに振り下ろすメイスを、何とか盾で受け止める。
「死んでくだされえ!」
ボコォッ!
「ぐわあっ!」
メイスの振り下ろしから頭を守るため、盾を顔の前で構えていたゲラシウスだったが、見事に横っ腹に入れられてしまった。
かなりの痛みだが、怒りによって多少恐怖が薄まった。
ゲラシウスはロングソードを、老人の頭目掛けて振り下ろす。
ガッ!
「ぎゃあああ! やめてくだされええ!」
剣を扱いなれていないゲラシウスに、まともな斬撃ができるはずがない。
刃の腹で、老人の頭を殴打するのみに終わった。
それでも、出血はしているので、ダメージはきちんと与えたようだ。
「ふんっ! ふんっ!」
「ぎゃわっ! ぎにゃあ!」
タワーシールドを頭上に掲げる事ができない老人は、ゲラシウスに頭を滅多打ちにされる。
「お助け下されええええ!」
老人は盾を捨て、闘技場の端へと逃げ出す。
「はあはあ……待てい……!」
ゲラシウスは剣を振りながら追いかける。
だが、彼は素人。中々剣は当たらない。
「あぐぅ……!」
老人は足がもつれてしまったようで、前に転んだ。
「今だ……! 死ね!」
とどめを刺そうとしたゲラシウスに、何かが飛んで来た。
「ぐわっ! クソ、砂か!」
老人が地面の砂を投げ付けてきたようだ。
ゲラシウスの視界が奪われてしまう。
「お助けを! お助けを!」
そう言いながらも、老人はメイスで殴打してくる。
「うごっ! ぎゃっ!」
ゲラシウスは頭だけは殴られないようにと、盾で守っていたのだが、腕や脇腹を散々に殴られる。
「ひいいいい! 殺されるううう!」
死の恐怖に怯えたゲラシウスは、でたらめに剣を振った。
――ザクッ!
何か固いものを叩き割った感触がある。
ようやく、目に入った砂が涙で流れてきたので、薄く眼を開ける。
「……ひ、ひええええええ!」
ゲラシウスが振ったロングソードは、見事老人の頭に食い込み、彼を絶命させていた。
『勝者48番! 牢屋に戻れ!』
背後の鉄格子が開く。
ゲラシウスは突き刺さった剣を抜く事もできず、泣きながら牢屋へと戻って行った。