第66話 薬草摘みのおじさん
ゲラシウスは藁と新聞紙でできた寝床で目を覚ます。
「……腹が減った。朝食の支度をせねば」
彼はかつてレイ・パラッシュが住んでいた部屋を出て、食べられる野草を摘みに行く。
自分が無知である事を認められないゲラシウスは、本で調べる事をせずに手あたり次第に野草を食べていたので、下痢や嘔吐に何度も襲われた。
最近はようやく、危険な野草がどれか分かって来たので、そのような目に遭う事も減ってきてはいる。
「おのれ……! おのれ……!」
レイへの恨みの言葉を口にしながら、ブチブチと野草を摘みとっていく。
こうなったのは自分のせいなどとは、微塵も思っていない。
「――あ! 包茎おじさんだ!」
「お、本当だ! おーい! 包茎!」
近所の悪ガキどもがゲラシウスを囲む。
「うるさいぞおおおお! このクソガキがああ!」
鬼の形相で石を投げつけるゲラシウスを、子供達はさらに面白がって馬鹿にする。
「おじさーん! チン〇ンの皮の中に、このビー玉入れたらパンやるよ!」
「おのれ、馬鹿にしおってええええ!」
ぶちギレたゲラシウスは、全力で子供達を追い掛ける。
「わー! 包茎おじさんが追い掛けて来たー!」
「あはははは! やーい! やーい!」
しかし、ろくに運動もした事などないゲラシウスは、すぐにへばってしまい、あっさりと逃げられてしまう。
「はあはあ……ぜえぜえ……っう! オエエエエエエエエエ!」
あまりの苦しさにゲロを吐いてしまったゲラシウスを、近くを通る人々が汚物を見るような眼で蔑む。
「……うぐぐ、おのれ……おのれ……! 何故私が、こんな目に遭わねばならんのだ! 偉大なる大魔術師の子孫なのだぞ!」
ゲラシウスは野草を塩で炒めたものを食べ終えると、【高潔なる導き手】の事務所へと向かう。
「おはようございます」
「うむ」
真っ暗なカビ臭い部屋に、ロウソクの灯りに照らされたグスターボの笑顔が浮かび上がる。
「ギルド長、お喜びください。本日依頼が入りました」
「おお! どんな依頼かね? まさか、また『糞投げ猿』退治ではないだろうな?」
あれは悲惨だった。
奴等は縄張りに入った者に対し、自分の糞を投げ付ける習性があるのだが、どういう訳か人里に降りてきて、家や村人に糞をぶつけてきた。
それをいざ退治しに行ったら、こちらが魔法を唱える瞬間を狙って、口目掛けて糞を投げ付けてきやがる。
おかげで口の中が、奴等のウ〇コまみれになった。
「いえ、今回は薬草摘みです。日頃から野草を摘み取っている我等を見て、頼んだそうです」
「ほう、今回はそれほど大変ではなさそうだな。では、さっそく行くとしよう」
「なんと不気味な場所なのだ……!」
「――ひゃっ!」
木の陰から急に飛び立った鳥に、グスターボが驚く。
ここマコン・サーイラの密林は、濃く生い茂った木と、あちこちに点在する沼のせいで、非常に薄暗く気味が悪い。
「しかも、最近頻繁に行方不明者が出ているというじゃないか!」
ここにある沼にはリザードマンが住んでいる。
行方不明になった者達は、奴等に殺されたに違いない。
「も、申し訳ございません! しかし、この報酬額を見て断る事はできません」
規定量の薬草を持って帰れば50万ラーラ。
二桁万の依頼は、事務所が移転してからは初めてだった。
無事完遂できれば、しばらくはまともなものを食べられるだろう。
「うむ……まあ、いいだろう。さっさと終わらせて帰るとしよう」
ゲラシウス達はろくに地図を読めないので、迷う事を恐れ、密林の入口付近で薬草を採取する。
奥の方がよく採れるのだが、安全を最優先にした。
ギルドメンバーに対してはまったく配慮していなかったのに、自分の事となると、ちゃっかり気が行き届くのだ。
「……ふう。こんなものでいいだろう。さあ、グスターボ、帰るぞ」
しかし、グスターボの気持ちいい返事は帰って来ない。
「おい、グスターボ!」
ゲラシウスは大声で叫びながら、周囲を見渡す。
だが、どこにも彼の姿は見当たらなかった。
「……おい、まさか」
リザードマンに襲われたのだろうか? だとしたら今すぐ逃げ出さなくては!
グスターボを助け出そうなどという発想はまったく浮かばずに、一目散に密林の入口を目指す。
「はあはあ! こんなところで死ぬ――っぐわあ!」
ゲラシウスは何かにつまずいて、盛大にすっ転んだ。
「うぐぉ……おのれ……!」
手を突き、何とか立ち上がると、何につまずいたのかを確認する。
「なっ!?」
そこには、ピクピクと痙攣しながら仰向けに倒れているグスターボの姿があった。
「ひいいいいいいいい! ――うっ……」
すぐに逃げ出していれば、運命も少しは変わっていたかもしれない。
ゲラシウスは首に何かが刺さるのを感じると、途端に体が麻痺し、その場に倒れ込んだ。
申し訳ありません、今回から更新頻度を数日に1回に下げさせていただきます。