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第41話 リトルエクレア

 俺とセシリア王女は馬車に乗って、高級な店が立ち並ぶ通りへと向かっていた。


「――パラッシュ、あの女達はどこに行ったの?」

「彼女達は周囲の警戒に当たらせました。全員で固まっても意味がありませんので」


 本当の理由は、これ以上一緒にさせておくと王女殺害事件に発展しかねないからだ。


「あなたは本当に何も考えてないのね。今アナタは一国の王女と二人きりになっているのよ? それがどういう事か分かっているのかしら?」

「ご希望であれば、ノエミを呼びますが?」


 三人の中で一番安全なのはノエミだろう。怒りはするが、手は出さない。……はず。


「……まあ、いいわ。どう見てもアナタにそんな度胸なさそうだもの。人を殴る事すらできないんじゃない?」

「ふふっ、かもしれませんね。――殿下は若い男と二人きりになるのは初めてですか?」


 ぽんぽんと調子よく言葉を捲し立てていた王女が口ごもる。


「……そ、そうよ! 王族だし、まだ9才なんだから当然でしょ!」


 予想通りだ。こいつはエクレアと同じで、痛いところを突かれると声を荒げるタイプ。つまりリトルエクレアだ。まあ、凶悪さはこちらの方が断然ビッグだが。


「おやおや? 私は殿下を大人の女性として見ていたのですが、9歳児として扱ってよろしいんですね?」


 俺は意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「その間抜け面をやめなさい! ――でも、私を大人の女として見ていたのは、中々見どころがあるわ。私の成熟した知性と精神に気付いたのね?」

「――それもありますが、一番は色香ですね」


 この王女をちょっとからかってみようと、俺は思ってもない事を口走る。


「ふん、そんな見え透いたお世辞に引っ掛かる訳ないでしょう。でも実際、私に惑わされてしまう男は非常に多いの。きっとアナタもそうなってしまうのでしょうね。――だから先に謝っておくわ。悪いけど、アナタを男として意識する事はできない。他の女を探しなさいな」


 告白もしていないのにフラれた。これは面白い。


「殿下のご命令と言えど、それは聞けませんね」

「はあ……また哀れな男を一人生み出してしまったのね。自分の色気が恐ろしくなるわ……さあ、着いたわよ。ついて来なさい」


 待ち構えていた従業員に連れられ、セシリア王女が店の中へと入って行く。今の所、周囲に不審な点はない。


 王女は目に付いた服を次々と購入していく。


 もしかしたら「ねえパラッシュ、どちらがいいかしら?」なんて聞かれるかと思っていたが、迷ったら両方買える財力の持ち主なのだ。そんな事がある訳なかった。


「――パラッシュ、アナタの服ってとってもみすぼらしいわね。――いいわ、私が選んであげる。そんな恰好で隣にいられると恥ずかしいんですもの」

「それはそれは。感謝します殿下。――私も殿下のお召し物を選びたいのですが?」


「駄目よ。アナタが選んだ服なんて着たくないわ。――さあ、これに着替えなさい」


 予想通りあっさり断られた。なので、俺は王女の着せ替え人形に徹する

 今はそれでいい。まずは少しでも、気に入ってもらわなくてはいけないのだ。


 俺は王女の選んだ服に着替え、彼女の後に続いて店を出た。

 もっと派手派手な衣装を着せられるかと思ったが、落ち着いたデザインで正直悪くない。


「殿下、とても素晴らしいセンスです。自分でもよく似合っているのが分かります」

「ふーん、アナタに理解できるとは思ってなかっ――もう! 靴が脱げてしまったわ! パラッシュ!」


 さすがリトル、いやビッグエクレア。自分で靴すら履こうとせず、俺にやらせようとは……。

 俺は黙って靴を拾う。


「――殿下、ヒールが折れています。それで脱げてしまったのでしょう」

「じゃあ、靴屋に行くための靴を買ってきなさい」


 靴屋に行くための靴……。さすが王族は言う事が違う。


「申し訳ありませんが、私は店の場所も、殿下の足のサイズも分かりません。おんぶかお姫様抱っこをお選びください」

「本当に使えないわねアナタ……はあ、仕方ないわね。じゃあ、おんぶしなさい」


 もっと嫌がるかと思ったが、意外に素直だった。普段からポメラ・ホワイトにこういう事をさせているのかもしれない。

 俺はセシリア王女をおんぶし、<魔力の盾(イレイン)>を発動する。

 王宮の外に出る時は常にこうしていたいところだ。早々に手をつながせてもらえる関係を構築せねば。


 王女は靴を五足購入し、その内一足をその場で履き替え馬車に戻った。馬車は荷物でいっぱいだ。


「買い物はこれでお済みですか? であれば、すぐに王宮へ戻りましょう」


 街中での護衛は神経が磨り減る。早く安全な場所に戻りたい。


「何を言っているのパラッシュ。これからが本番でしょ?」

「――まだ他に行かれるところがあるのですか?」


「それを決めるのがアナタの仕事でしょ。男なんだから、きちんとエスコートなさい」


 何だと? 俺に遊びのプランまで作れと言うのか。これはいよいよもって、しんどくなってきた。


「……では、演劇を観に行くのはいかがでしょう?」


 馬車から劇場の看板が見えていたので、舞台がある事は知っている。


「ありきたりね。興味無いわ」

「勇者がドラゴンから街を守るお話です。とても面白そうでしたよ。ぜひとも見たいのですが?」


 俺は演劇にまったく興味がない。この嘘は布石だ。


「はあ……完全にお子様向けの内容じゃない。――まあいいわ。仕方ない、付き合ってあげる。感謝しなさい」

「お心遣いに感謝します」


 王女はたいそうご機嫌である。

 俺のワガママに付き合う事で、自分の方が大人であると実感できたからだ。

 彼女のツボはすでに完全に把握できている。何せ以前のエクレアとまったく同じなのだ。これから、もっと気持ちよくさせてやろう。



 劇場に到着すると、幸運な事にちょうど開演時間だった。

 俺は劇を見るふりをしながら、周辺の警戒をおこなう。

 ここは二階の特別席だし、それほど客が入っていないので、不審者はすぐに見つけられるだろう。


 しかし、物語が佳境に入りだしたころ、急に客が混み始めた。


(つまらなそうだから大丈夫だろうと思っていたが、意外に人気があるんだな……仕方ない、やるか……)


 俺はセシリア王女の手を握り、<魔力の盾(イレイン)>を使う。

 客に紛れたアサシンから、毒の吹き矢やナイフを放たれる恐れがあるのだ。


 ビンタされるかと思いきや、意外にも握り返してきた。

 彼女の様子を横目で見ると、涙目を浮かべている。どうやら舞台に感動してしまったようだ。


(ふふっ、こいつ案外可愛いぞ)



 舞台が終わり、俺達は再び馬車に戻る。


「パラッシュ、お腹が空いたわ」


 食事をさせろという事か。

 もはや、「王宮で食べないのですか?」などとは聞かない。「アナタ何も分かってないのね」と罵られるのが目に見えている。

 とは言っても、俺が知っている店は一軒しかない。エクレアの両親に連れて行かれた高級料理店だ。


「かしこまりました。では御者さん、この通りをまっすぐ行って右へ――」


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