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第31話 謎の男ヴォルボス

 ゲラシウスに雇われたアサシン、ラジ・ステンマルクは焦り始めていた。

 レイ・パラッシュが、聞いていた話より遥かに手練れなのだ。


 一回戦で奴が猛将ブロックと当たった時は、「ああ、これで報酬は一割だ……」と嘆いていた。

 そう、自分の手で殺さなければ、報酬は一割なのだ。



 だが今は、奴の準決勝の対戦相手である『不死身のパラディン・クレストハルト』を必死に応援している。


「頼む! クレストハルト! 奴を殺してくれ!」


 正直奴に勝てる自信がない。一割でも貰えれば御の字だ。



「――ああ! クソ!」


 ラジは通路の壁を蹴った。



「――あ、ステンマルク選手! ここにいたんですね、探しましたよ! もう出番なので、このまま闘技場に入ってください」


 どうやって奴を殺せばいいのかさっぱり分からないが、とりあえず今は目前の試合に集中しよう。

 ラジはそのまままっすぐ進み闘技場に入った。


 反対方向から、漆黒の全身鎧をまとった騎士がやって来た。

 肩に担いだ赤いハルバートと相まって、その姿は非常に禍々しい。


「うわあ……どう見ても魔王の手先だ……」


 魔王がスカンラーラ王国の戦力を計る為に、部下を送り込んで来たのだ。



『――東方(ひがしかた)、様々な暗器を使いこなし、黒い頭巾をかぶっているので、どう見てもアサシン! ラジ・ステンマルク!』


「おい! アサシンって言うなよ! 色々とマズいだろ!」


 会場が笑いの渦に巻き込まれる。

 ちくしょう! 司会の奴が俺を出汁(だし)に、一つ笑いをとりやがった!



『――西方(にしかた)、武器も防具も暗黒属性っぽいし、しかも呪われてそう! どう見ても魔族! どう見ても魔王の手先! ヴォルボス! 名前も悪者っぽいですねー!』


 会場にさらに大きな笑いが巻き起こる。


「おいおい……笑ってていいのかよ……」



『それでは準決勝二試合……始め!』


 相手が誰であろうと勝つしかない。全力を尽くすだけだ。

 ラジは二つのチャクラムを飛ばした。

 チャクラムはそれぞれ弧を描きながら、左右同時にヴォルボスに襲い掛かる。



――ドオオオオオン!!


 ヴォルボスから衝撃波のようなものが発せられ、チャクラムとラジは吹き飛ばされた。



――なるほど、奴の実力はよく分かった。


 ラジはニヤリと笑う。

 腰に差した二本のショーテルを抜く。




 そして躊躇なく落とした。


「――降参だ」



     *     *     *



『――東方(ひがしかた)、果たして魔王の手先を倒す事ができるのか! 勇者、レイ・パラッシュ!』


 観客達がウエーブをおこなう。アリスやエクレアもしっかりやっていた。



『――西方(にしかた)、魔王の手先ではなく、もしかして魔王本人!? ヴォルボス!」


 それはない。そもそもヴォルボスは魔族ですらない。彼は竜人である。

 先程、アサシンを吹き飛ばしたのは彼の咆哮だ。

 竜語の為、人間の耳には聞こえない。衝撃だけが伝わるのだ。



「――ハルバートを振り回しながら叫ぶ事はできない。肉薄するしかないな」


 見た所、サブウエポンを持っていない。

 ハルバートの間合いの内側に入ってしまえば、優勢に戦える。



『それでは決勝戦……始め!』


 俺は即、左前方にローリングする。右上方を衝撃波が抜けて行ったのを感じた。

 間合いを一気に詰め、足を狙ってきた斬撃をジャンプでかわす。

 だが、俺の動きは読まれているだろう。着地した瞬間を狙われるはずだ。


「――ならば!」


 三位一体の剣をヴォルボスに投げ付ける。

 奴は咄嗟にハルバートで、ガードした。


 その隙に奴の懐に潜り込む。瞬時に腕をつかみ一本背負いを掛けた。

 全身鎧を着ていても、この衝撃には耐えられない。骨が何本か折れるだろう。


――が、奴は空中で身をひるがえし、上手く着地した。


 ハルバートをあっさり捨てて、パンチの連打をお見舞いしてくる。

 見るからに重そうなパンチだが、動きにやや無駄がある。格闘術はそれほど得意ではないようだ。


(鎧を着ている相手に、打撃で応酬するつもりはない)


 ヴォルボスのパンチを横に避け、その腕をつかみ関節技をかける。

 これは相当に痛い。


「こ、降参よ……!」


 俺は彼女の腕を放した。そう、ヴォルボスは女だった。




『第41回ヘレンモレン武術大会優勝者は……レイ・パラッシュ選手です!」


 会場は歓声に包まれ、花吹雪が舞う。


 ノエミ達が大きく手を振っているので、こちらも手を挙げる。

 アリスも人型に戻っており、小さく手をふっている。

 エクレアは泣いていた。もしかして感動してしまったのか?


「これでまた、普通に剣を持てるかもな……」


 悪い思い出を、良い思い出で上書きし、過去を乗り越える事ができた。ボンゴに感謝だ。

 俺はヴォルボスと軽く握手し、闘技場を後にした。



     *     *     *



 インニャ・グライスナーは控室に戻り、漆黒の全身鎧を着たままベンチにもたれかかった。


「――あははー、一人で鎧が外せなくて不貞腐(ふてくさ)れてるんでしょー?」


 マジックアーチャーの女エルフ、フルールが控室にやって来た。インニャを迎えに来たのだ。


「――そ、そうよ……! 早くコレ、外してくださらないかしら……?」


 インニャは立ち上がり、両腕を上げた。


「ラストリーフ、鎧外すの手伝ってー」

「ほい。ラストリーフ、任されました」


 ドワーフのアークメイジ、ラストリーフがブレストプレートを外す。



「――インニャ殿はお優しい。わざと勝ちを譲られるとは」


 ホビット老忍者のコタロウが髭を撫でながら、取り外した鎧を片付けていく。


「え、ええ……。暇つぶしに来ただけなのに、優勝しちゃったら悪いですもの……」

「そうだねー。子供の遊びに大人が本気になるのもカッコ悪いしねー」

「拙者たちには、もう名声は必要ありませんからな。それを欲してる方に譲るのが、当然でありましょうや」



 インニャの全身鎧がようやく全て外れた。


「ふぅ……暑いわ。……じゃあ、お店に返しにいきましょう」

「これ着て戦うだけで50万ラーラって、良いお仕事だったねー」

「準優勝なら宣伝効果もバッチリ。ほい、武器防具屋も納得」


「でもさー、魔法無し、聖剣無し、ドラゴンオーラなし、重い全身鎧付きってハンデだったけど、決勝戦の人、結構いい戦いしたんじゃない?」

「そ、そうね……悪くなかったのではなくて……?」


「しかし、わざととはいえ、インニャ殿が負けたところを見るのは、これが初めてですな」

「……ええ、今日が生まれて初めての敗北ね……」

「あははー、じゃあ今日は敗北を知った日、つまり敗北記念日だー」



 ラストリーフが全身鎧を背負う。


「――ほい、では出発しましょう、“勇者”殿」

「ええ、ちょっと待っていただけるかしら……」



 ハルバートを拾ったインニャの眼は紅く燃え上がっていた。

 それはハルバートの色が映り込んだものなのか、あるいは……。


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