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第19話 そして肉塊へ

「お、終わったのか……?」


 生き延びた。俺はなんて運のいい男だろう。

 世界が俺を中心に回ってるのは、間違いねえようだ。


「ヴァルフレード、無事だったか……」


 俺をボコボコにしやがった男が戻ってきやがった。

 こいつは一体誰なんだ? 伯爵に雇われた別ギルドメンバーか?


「あたりめえだろ! 俺は雷神ヴァルフレード様だぞ! ところで、一体てめえは誰なんだ?」

「まだ分からないのか? レイ・パラッシュだ」


「何だと!? おめえがレイ!? 別人じゃねえか!? ――それよりも、その後ろにいる奴は何なんだ!?」

「アリス。俺の妹って事にしてたんだが、お前……見たよな?」


 見ていた。あの女の正体はスライムだ。

 つまり、俺はスライムを口説こうとし、胸を揉んだ事になる。最悪の気分だ。


 しかし、見たと言って大丈夫なんだろうか。口封じのために、殺そうとしてくるかもしれない。

 今の俺は魔法が使えねえ。誤魔化しといた方がいいだろう。


「いや、見てねえよ?」

「――そうか。仮に見ていたんだとしたら黙っておいてくれ。色々と面倒な事になりそうだからな。――ほれ、カギだ」


 そう言うと、レイの野郎は俺の腕輪を外した。


 これって、すげえチャンスなんじゃねか?

 今回の依頼は完全にレイのゴミカス野郎のもんだ。

 だが、ギルド長がスライムだってバレたら、全部おじゃんだ。


 ゲラシウスにこの事を教えれば、依頼失敗のペナルティは無しかもしれねえ。

 いや、もしかしたら特別ボーナスが貰える可能性がある。こいつはラッキーだぜ。


「サンドロとバルトロメオは俺達が逝かせてやった。――メンバーはこれだけか?」


 どうやらノエミは捕まってねえみたいだ。落とし穴に落ちてたから見つからなかったのか?


 さてどうする?

 正直に言って助け出されると、俺にとってマズい事をベラベラと喋られちまう。

 かと言って嘘を付いても、調べればすぐにバレてしまうし、最悪衛兵に捕まる。


――俺にとって、最もいい展開ってのは何だ?


 今回の手柄を独り占めできて、かつ邪魔者が全員いなくなる事だ。

 つう事は、レイとスライム、ノエミを全員殺してしまえばいい。

 俺はピカンと閃く。さすが俺様だぜ。瞬時に完璧な計画を思いついてしまった。


「いや、実はノエミが落とし穴に落ちたんだ。それでロープを探してたら捕まっちまって、このザマだ」

「何だと!? どこだ!?」


「こっちだ、来てくれ!」


 予想通り釣られやがった。

 後はこいつを落とし穴に落とすだけだ。あの深さだ、絶対に出れっこねえ。

 落としただけじゃ死なねえだろうが、そしたら<雷撃(イドラス)>を連発してやりゃいい。

 自分でも震えちまうほどの完璧さだぜ。


「あの穴だ!」

「分かった」


 奴が落とし穴をのぞいたら、後ろから突き落とす。


「ノエミ! 生きてるか!?」

「……レイ君? 痛いよお……助けて……」


 ゴミカス野郎が、落とし穴の前に屈みこんだ。――今だ!


「オラァッ! ――ぐわあああああああ!」


 俺様の足にダガーが突き刺さっている。


「殺気が見え見えだ。しょせん素人だな……」


 こちらを振り返った奴の眼は、氷のように冷たい。何だこの恐ろしさは……?

 レイの奴は、こんな迫力がある男だったか?

 俺は咄嗟に近くに立っていたスライム女を盾にする。


「いいか、俺に手を出すんじゃねえ! 少しでも動きやがったら、こいつに<雷砲(イドラバリス)>をお見舞いして、蒸発させてやるからな!」

「……やめろヴァルフレード、今ならまだ引き返せる。アリスを放すんだ」


 クソ野郎は、俺様を手で制しやがった。


「動くんじゃねえって言っただろうが! <雷撃(イドラス)>」


 俺はスライム女から手を放し雷撃を浴びせる。こうしないと俺まで感電しちまうからだ。


「わしゃしゃしゃ! スライムのくせに一丁前に苦しんでやがる! 大した女優だぜ!」

「よくもアリスに手を出してくれたなああああ!」


 おお、おお。こいつ本気で怒ってやがる。

 まさか、スライム好きのド変態野郎だったとは。まったく、最高に笑えるぜ。


「レイ! てめえはその落とし穴に飛び込め! そうすりゃ、スライムは解放してやる!」

「……いいだろう。約束は守れよ」


 そう言って、レイの大馬鹿野郎は落とし穴に飛び込んだ。

 俺は落とし穴の淵に立ち、中をのぞく。<照明(ミレッテ)>が消えており、奴がどうなったのか分からない。だが問題はない。


「<雷砲(イドラバリス)>」


 極太の雷が落とし穴に落ちる。これで終了だ。


「わしゃしゃしゃ! お前の愛するスライム女も、すぐに送ってやるからな!」


 俺は後ろを振り返り、スライム女に手を向けた。


「お前はじわじわいたぶってやるぜ! イド――っうお!」


 足首をつかまれ、地面に引きずり倒される。

 穴から這い上がるレイの姿が見えた。その眼は憤怒の炎で燃え盛っている。


「ひ、ひいいいいいいい!」

「そう簡単に死ねると思うなよ! ヴァルフレードオオオオオオ!」


「ぎゃあああああああ!」


 レイの拷問スキルの高さを、嫌と言うほど味わわされたヴァルフレードは、彼を本気で怒らせてしまった事を、死ぬほど後悔したという。



     *     *     *



「うう……レイ君、レイ君……!」

「なんてひどいことを……」


 泣きながら俺に抱き着いているノエミを、優しく抱きしめる。

 彼女が何をされたのかを聞いた俺は、ヴァルフレード達に激しい憎悪を抱いたが、奴等はすでに死んでいる。残念でならない。


 俺はヴァルフレードだった物体を見る。


――先にノエミの話を聞いていたら、あんな“楽”には殺さなかった。



「――ノエミ、俺のギルドに来ないか? 最近やっと上手く回りだしたんだ。今ならお前一人くらいなら養える。ヒーラーも欲しかったところだしな」

「……いいの? 僕、邪魔にならない?」


「どうしてそう思う?」

「だって、ほら……」


 ノエミはアリスを指差した。


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