第13話 貴公子の屈辱
氷の貴公子ディリオンは、焔の魔女エクレアと雷神ヴァルフレードを伴って、バー【アンスクレ】に来ていた。
この店を選んだ理由は二つある。
一つは店のレベルが高いので、薄汚くやかましい労働者がいない事。
もう一つは女性客が多い事だ。
目論見どおり、彼が入店してからしばらくすると、周囲の女達が自分の噂をしているのが耳に入って来た。ディリオンは、それがたまらなく快感なのだ。
(ヴァルフレードの馬鹿を連れてきて正解だったな。より、僕の輝かしさが際立っている)
女達から「あの方素敵……! 隣の男はダサいけど……」とか「まるで月とスッポンね」といった声が聞こえてくる。最高の気分だ。
「チッ……! 気に食わねえ女どもだ! ディリオン、店変えようぜ!」
「まあまあ、いちいち気にしなくていいじゃあないか。それに、ここよりいい酒を出す店はないよ?」
ヴァルフレードは不満気にエールのお代わりを頼んだ。
飲みまくって、気を紛らわすつもりなのだろう。
ディリオンは自分に左隣に座る女を見る。
この馬鹿女がやらかしたせいで、ギルドの評判はダダ下がりだ。
それは、そこに所属する自分の格も下がるという事である。
「――エクレア、みんな君の事を待っているんだ。早く戻ってきたまえよ?」
火炎魔術師が三人死に、こいつも精神を病んで復帰できない。
今【高潔なる導き手】は、深刻な火炎魔術師不足に陥っており、依頼成功率はさらに低下している。
おかげで、ゲラシウスの八つ当たりは日に日にエスカレートし、グスターボの生え際はさらに後退している。
「ごめんなさいディリオン様。アタシ、戦うのが怖くなっちゃって……」
「大丈夫、僕が付いてるよ」
ディリオンはエクレアの手に自分の手を重ねた。
面倒くさい女だ。ヘマするたびに、一々こうやって慰めなければいけない。
グスターボからの命令なので一応時間を割いてるが、こういう病んでる女とは、絡みたくないというのが本音だ。
「でも……」
「最近マイコニド退治の依頼が多いんだ。明日も行く。エクレア、君の力を僕に貸して欲しい」
マイコニドはキノコのような寄生型モンスターだ。
宿主の思考を操り、他の生物を襲わせ、菌を植え付けて繁殖する。
ほとんど小型の動物にしか寄生しないので大して強くない。しかし、放っておくと次々と数を増やすので非常にやっかいな奴だ。
こいつは炎に弱いのだが、火炎魔術師の不足している【高潔なる導き手】は、上手く依頼をこなせずにいた。
ディリオンはエクレアの手を握った。
――が、するりと抜けられる。
(何のつもりだ、このクソアマ!)
「本当にごめんなさい、ディリオン様。もう少しだけお休みさせてください……」
「分かったエクレア。この後、僕の部屋に来るといい」
とことん抱けば気も変わるだろう。
説得にも依頼にも失敗すると、さすがに自分の立場も危うい。
それを避けられるのなら、二発でも三発でもやってやる。
あいにくこの女は、見てくれだけはいい。そんなに難しい事ではない。
「そ、そういう事じゃありません! アタシ、もう無理なんです……」
「おいおい、エクレアー……」
ポロポロと泣き出してしまった。
これは本当にもう駄目かもしれない。新しい火炎魔術師を募集した方が早そうだ。
バーのドアが開き、二人の男女がカウンターに座った。
男は一番安いエールを注文し、マスターと話している。
どうやら、魔術師ギルドのメンバーのようで、仕事を紹介してくれた事に礼を言っているようだ。
周囲の女達が男を一斉に見る。
「ねえねえ、あの人、超カッコよくない?」
「うんうん、ちょっと悲し気な雰囲気が出てるのが素敵……」
「でも彼女連れかー。凄い可愛いし、私じゃ勝ち目ないわー」
「さっきのあの金髪の人とどっちが好み? 私は今来た黒髪の人!」
「私もー! あの人の方が断然イケてるし!」
ガンッ!
ディリオンはカウンターを拳で叩いた。エクレアがビクッとする。
この怒りはこいつにぶつけるしかない! この女のせいで、こんなクソ店に来たのだから当然だ!
「エクレア! ちょっと来い!」
「ディリオン様!?」
ディリオンはエクレアを引っ張り、トイレに連れて行く。
さすがに他の客の前で怒鳴るわけにはいかない。
トイレの鍵を閉め、入って来られないようにする。
「明日絶対に来い! 来なきゃ、ギルド長にクビにするように言ってやる!」
「そんな、無理です。お願いします、許してください……」
「分かった分かった。ハメて欲しいって事だな! そんなに言うならぶちこんでやる!」
「いや! アタシ、したくない!」
ディリオンは強引にエクレアの手を洗面台につかせた。
「ほら、ケツを突き出せ!」
「やだ! やめてください!」
――ガチャリ。鍵が開いた。
「――ん?」
勢いよく開けられたドアが、ディリオンの側頭部に打ち付けられる。
彼は下半身丸出しのまま、気絶した。
* * *
「どういう事だね、ディリオン君! バーで酔っ払って、下半身丸出しで寝ていたそうじゃないか!」
「申し訳ありません、ギルド長……」
本当の事を言えないディリオンは、ただ謝るしかない。
「次は君だ、ヴァルフレード君! 客とトラブルになったって!?」
「はい、すんません……」
ディリオンは隣に立っているヴァルフレードを見る。
この馬鹿は黒髪の男がトイレに踏み込んでいる時に、一人になった水色の髪の女にちょっかいを出したらしい。
まったく相手にされない事にイラついたこいつは、女を小突き、胸をむりやり揉んだと聞いている。
それを丁度戻って来た男に見られ、それはもうボッコボコにされたそうだ。
「マスターやその場にいた客達から、苦情が殺到しているのだよ! 私の顔に泥を塗る気かね!」
ディリオンとヴァルフレードはひたすら謝る。
「最新号の四季報を見たかね! 銀級17位だ! デポルカの街では3位になる! 君達のせいで、さらにランクダウンするぞ!」
「そんな事はさせません! 必ず1位を取り戻して見せます!」
「おうよ、任せてください!」
「よし、ではランクダウンしたら、君たちは報酬5割カットだ」
「ぐ……分かりました……」
「何とかしてみせますよ……」
「いいだろう。では退室しろ。――エクレアを呼んできたまえ」
二人は苦悶の表情で部屋を出ると、外で待っていたエクレアに声を掛けた。
* * *
「エクレア君、休暇の延長は却下となった。火炎魔術師が足りんのだ。早速働いてもらうよ」
「そんな! アタシ、まだ無理です!」
「今の君でも、マイコニドの相手くらいならできるだろう? 早目にリハビリした方がいいのだ。――そうそう、君はエース降格だ。これからは一般メンバーとして扱うからそのつもりでいるように」
「そ、それだけは! エースじゃないと、赤ちゃんが産めなくなっちゃうんです!」
その事はゲラシウスもよく知っている。
シュトルーデル家は、代々優れた魔術師を生み出している超名門魔術師一族だ。
彼女の両親はもちろん、兄と姉も宮廷魔術師である。
落ちこぼれの彼女はその試験に落ち、両親の期待を裏切ってしまう。
「無能の遺伝子は残さない」と、生殖機能を失う薬を飲まされそうになるが、この誉れ高い【高潔なる導き手】のエースに就く事を条件に、何とか許してもらったのだ。
「うむ、知っているとも。――私も鬼じゃない。君が誠意を見せてくれれば、考え直してもいいんだよ? ……意味は分かるね?」
ゲラシウスはベルトを外し、チャックを下ろした。
「やだ! アタシ、そういう事したくない! どうして男の人ってみんなそうなの!?」
「わっはっは! 嫌がれ嫌がれ! その方が私は楽しめるんだ!」
力でむりやりねじ伏せる方が燃える。受付のメルルのように、従順なのは面白くない。
「本当に好きな人ができたんです! 他の事は何でもするから許してください!」
「おお! 彼氏ができたのかね! それはいい、寝取るのは三度の飯より好きなんだ!」
興奮が高まり、ゲラシウスは股間を隆起させる。
そして下劣な笑みを浮かべながら、ゆっくりとエクレアに近付いていく。
「やだ……助けて……」
――ドカンッ!
ドアが叩きつけられるように開けられた。
「――入りますよ」
ゲラシウスは慌てて後ろを向き、チャックを上げベルトを締めた。
「な、何だね!? ノックくらいしたまえ!」
部屋に入って来た人物を見る。
忌々しい、あのクソ野郎だ……!
「レイ!! 何しに来た!!」
「何しにって、共同依頼の話しかないでしょう。今日来ると言っておいたはずですが?」
「むう、そうだったな……エクレア君、席を外しなさい……」
「はい……失礼します……」
そそくさと部屋を出ていくエクレアの姿を、レイが目で追う。
その隣には、机の上にあるクッキーをじっと眺めている女が立っている。かなりいい女だ。こいつがレイの妹だろう。
(奴の目の前で妹を辱めてやったら、さぞかし愉快だろうな!)
「では話を始めましょうか。――ところで、よだれが垂れてますよ」
ゲラシウスは慌ててハンカチで、口をぬぐった。
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