メイド部隊、今日も一日頑張ります!
機械の軽やかな駆動音と、ブーツの硬質な足音が廊下に響いた。
ここは〈第七後方支援区画〉、通称“メイド中隊本部”。 戦闘メイド部隊の拠点であり、前線から引き上げた機材や補給物資、さらには謎の魔導生物までが持ち込まれる、カオスな空間である。
その廊下を進んでいたのは、銀髪をポニーテールに結んだ少女――「イオ」。 メイド服のスカートからちらりと覗く右足は、精緻な魔機構義足。歩くたびに音が鳴るのは、見栄えよりも効率と強度を優先したカスタムの証である。
「さて……今日も一日、平穏でありますように……」
そう言いながら扉を開けた先。 すでに平穏とは程遠い光景が広がっていた。
「ぎゃあああああああああああっ!落ちるうううううっ!!」
天井から逆さ吊りになっている少女がいた。 名をエウリ。
見た目は白く清楚なメイド風。だが彼女の特技は足技全般。
「何してるのエウリちゃん……」
「ちがっ、これ罠っ!廊下の角に罠仕掛けた奴誰!?あたしじゃないからね!」
ふらふらと揺れるエウリのスカートを支えつつ、イオは無言で天井の罠を見上げる。
――魔導式ねずみ捕り型重力罠。設置者:未登録。
「誰だこれ……また調整班のいたずら?」
「たすけてええええええっ……」
仕方なく、イオは護身用に持ち歩いているナイフを一閃。 罠を斬り落とした。
……が。
「ぎゃっ……!」 ずるっ。
見事に滑って、二人で床に倒れ込んだ。
しばらくの沈黙の後。
「いったぁ……」
「ブーツのヒールが腰に……腰に......!!」
朝から始まる、メイド部隊の日常。 今日も一日、平和で―― ……あるかどうかは、運次第である。
* * *
「おはようございます、イオさん。エウリさん……あら、床でなにを?」
涼やかな声とともに現れた長い黒髪と深緑のメイド服が印象的な、理知的な眼鏡少女「クロエ」だ。
「また朝から騒がしくして……食堂に紅茶を用意しておりますよ」
「たすかったあぁ……甘いものあるかな……!」
エウリが床から起き上がり、イオもゆっくりと立ち上がる。 ふたりの姿を一瞥したクロエが、静かにメモを取り出して言った。
「ちなみに、その罠……昨晩の警備用に整備班が設置したものを、誰かが回収し忘れたようです」
「やっぱり調整班か……いや、絶対わざとだなあれ」
「正式に報告を上げておきますね。ついでに、本日の予定表もどうぞ」
クロエが差し出した紙には、今日のスケジュールがびっしりと書かれていた。
・8:00 朝礼および任務分担会議
・9:00 魔導兵器庫整理(班別)
・11:00 実践訓練区域にて戦闘テスト
・12:00 昼食/自由行動(休憩室開放)
・13:00 特別任務対応(未定)
・15:00 書類整理/補給記録整備
・17:00 日報提出
「地味にハードだなこれ……」
「えっ、魔導兵器庫ってあの、ホコリまみれの地獄空間?またあそこ!?」
「ふたりとも、支給された作業用ゴーグルを忘れずに。……では、会議室でお待ちしております」
クロエは一礼し、静かに去っていった。
「うーわ……しかたない、がんばるかぁ」
「誰か変わってくれないかなぁ...」
ふたりは顔を見合わせて、苦笑しながら歩き出した。
こうして、メイド部隊の平凡(?)な一日が、始まるのであった。
「今日もメイド部隊、元気です!」 そんな掛け声と共に、中央塔地下の魔道兵器庫の扉が重々しく開いた。
「……ほら、やっぱり油だらけ」 呆れ顔のエウリが、ブーツのつま先で床を蹴ると黒い油がぬるりと滑る
「誰も使ってないものを管理し続ける義務。合理的ではないね」
イオが淡々と掃き掃除を始める。片足は機械仕掛け。その義足が床に触れるたび、微かな機械音が響く。
「ねぇ、この火縄銃、壊れてない? あとこの魔導虫の空き殻、何に使うの?」
「知らない。投げたら爆発するかも」
「えーそんなわけないじゃん!」
うんざりするような空気の中で、二人は雑談を交えながら作業を続ける。
「研究部しか使ってないんだから押しつけたいって思うの」
「また言ってる」
「あれ、そだっけ?」
---
午後、訓練場。
魔導ギアを装着した訓練兵たちが並ぶ中、イオとエウリも列に立っていた。
「今日も基礎訓練かぁ……」
「文句言っても変わらないわ。始まるわよ」
講師の号令と共に、一斉に踏み込み、回避、姿勢制御といった基礎動作が繰り返される。イオの動きは正確無比。エウリの踏み込みも軽やかで、足首のギアが空気を切る音が鳴る。
それでも――
「おっ、今日もメイド部隊の訓練か」
「いやー、綺麗所多くて目の保養って感じだよな」
つい先程訓練の終わった一般兵たちが 後ろから野次を飛ばすが、彼女たちは愛想笑いを返すとすぐに訓練に意識を向けた
「相変わらず華麗だよなぁ、あの足技」
「でもギア任せだろ? 実際の戦闘じゃ使えねぇって」 「まぁな……でも、一回でいいからやられてみてぇわ」
---
昼休み。 塔の裏のベンチ、陽射しが心地よく風が吹き抜ける場所。
「今日の特別任務、簡単な奴で済めばいいけどなー」 エウリがおにぎりの包みを開けながら呟いた。
「物資補給の遠征があるかもって話。明日ね」
イオはコンパクトなランチボックスを開き、淡々とした声で返す。
「……なぁ、今度さ、外出許可取れたら寄り道しない?」
「市場じゃなくて?」
「違う違う、そういうのじゃなくて。ほら、あの……甘いもの食べるとこ。カフェ?」
イオは一瞬黙った後、口元を緩めた。
「いいわよ。でも、エウリの分は自分で払って」
「誰が払ってって言ったよ~!」
言いながらも、エウリは笑っていた。
風が吹き、イオの髪のリボンがふわりと揺れる。
「……動かないで」
エウリが立ち上がり、リボンを結び直した。
「ありがとう」 「うん」
ほんの短いやりとり。でもその間だけ、時間がふわっと柔らかくなった気がした。