最後の公演2
少年は今日も森を抜けた。
木々の間をすり抜け、慎重に歩を進める。村の人々はこの森の外に出ることを禁じていた。理由は言わない。ただ「街には近づくな」と言うだけだった。
だが、少年は知っていた。
森の外に広がる世界を。
崩れた街、錆びついた鉄塔、壊れた機械たち。
彼は、生まれた時からそれらが「当たり前」にあるものとして育った。だが、それがどのように生まれ、なぜ動かなくなったのかは知らない。
村の老人たちは、ただ高度な技術を忌み嫌い、何も語ろうとしなかった。
だから、少年は自分の目で確かめるしかなかった。
森を抜けると、すぐに街の入り口が見えた。
かつて舗装されていたはずの道はひび割れ、雑草に覆われている。建物の壁には穴が空き、窓ガラスは砕けていた。何十年も放置されていたのだろう。
それでも、少年にとってこの街は「未知の世界」だった。
今日こそは、もっと奥まで行ってみよう――そう決意し、彼は歩を進めた。
瓦礫を踏み越えながら歩くうちに、少年は奇妙な音を耳にした。
カチ、カチ、カチ――
一定の間隔で鳴る、規則的な音。
彼は息を潜め、音のする方へと足を向けた。
そこで見たものは――
ひとりのロボットだった。
ロボットは、倒壊した建物の屋上に立っていた。
古びた機械の体。錆びたフレーム。ところどころ剥がれ落ちた外装。
だが、彼は動いていた。
そして――
歌っていた。
いや、それは歌と呼べるものではなかったかもしれない。
歪んだ音声。時折ノイズが混じり、言葉の意味さえ曖昧になっている。だが、確かに、それは旋律を持っていた。
少年は息を呑む。
こんな世界で、ひとり歌い続けるロボット。
何のために? 誰のために?
少年は屋上へ続く階段を駆け上がった。
名前を持たぬ者
「……君は、誰?」
屋上にたどり着いた少年は、目の前のロボットに問いかけた。
ロボットは少年の存在を認識したのか、一瞬だけ歌を止めた。
そして、口を開いた。
「……識別コード……V-07……。」
錆びついた声。それでも、確かに自分を名乗っていた。
少年はその名を反芻する。
「V-07……君は、なぜ歌っているの?」
ロボットは、しばし沈黙した。
まるで「考えている」かのようだった。
そして、ひとつの言葉を発した。
「記憶。」
少年は眉をひそめる。
「記憶……?」
ロボットはかすかに動いた。そして、歌を再び口ずさむ。
その旋律に、少年はなぜか懐かしさを覚えた。
知らないはずなのに。聞いたことがあるはずがないのに。
――それは、滅びる前の世界の歌だった。
少年は、その日を境にV-07の元へ通うようになった。
ロボットは多くを語らなかった。けれど、彼の歌には「何か」が残されている気がした。
やがて少年は気づく。
V-07の歌の中に、「世界が滅びた理由」が隠されているのではないかと。
それを知ることが、森の村に住む自分にとって何を意味するのかは分からない。
だが、知りたい。
少年は、V-07の歌を聞き続けた。
世界に響く最後の歌
ロボットが歌い続ける限り、この世界の記憶は消えない。