半獣
少女は顔をぐしゃぐしゃに歪めながら
とめどなく流れる涙を拭いながら
幼き子は母を呼びかける
「おかぁさん!起きてよ!」
あぁ、分かっている
もう目を覚ますことなどないと、分かっているのだ
「おてつだいやる!きらいなのもたべるからぁ!!」
それでも信じられないと
信じたくないと声を張り上る
小さな手で、その大きな体を懸命に揺らす
生物としての本能か、保護してくれる者への打算か
幼き少女は自身の感情を、自身で把握出来ずに叫んだ
4日後
近所...と言っても10分ほど走ったところに住んでいる老人が異臭を感じ、扉をノックする
しかし返事は無い
老人はゴクリと生唾を飲みながら扉に手をかける
この先にあるものは分かっている
腐り始めた肉と無惨に撒き散らされた糞尿が待ち受けているのだと
そう覚悟していたが現実とは予想外のことが常に起こるもので、一番最初に目に飛び込んできたのは少女の手を合わせる姿だった
「これは...なんてことだ...」
ゆっくりと近づき、少女の隣に腰を落ち着ける
「私...あー、手を合わせてもいいかい?」
泣き腫らしたのだろう瞼、痩せこけてはいるが目の奥は死んではいない
「...うん」
彼女に許されるならば、この少女を私が代わりに育てよう
世間に嫌われた子を
運から見放された少女を
世界から祝福されし半獣を
3年後
「おじーちゃーん!!できたぁ!!」
「おお、どれどれ...ほぉー。これは綺麗な草冠だ、上手にできたねぇ」
「えへへー、はい!あげる!」
にぱっと笑う少女は尻尾をブンブンと振りながら老人の頭に草冠をのせた
「ありがとう、大事にするよ。あぁそうだ、そろそろご飯の時間だよ 手を洗っておいで」
「はぁい!」
彼女の母が亡くなったのは幸いにも物心着く前だったのか、それとも忘れられたのか、元気いっぱいに走っている
少女は幸せそうに笑い、私は幸せを分けてもらっている
しかしこれは長くは続かないと私自身がよく分かっている
心臓は不意に痛み、関節の節々は悲鳴をあげているのだ
「私はまた出かけてきますから、家の中で大人しくしててくださいね」
「えー!もっと外で遊びたかったのに...」
ぶーたれる少女を尻目に老人は街へと出かけた
少女には悪いが時間が無いのだ
早く、半獣が身を寄り添って暮らしているという村を探し当てねばならない
だが、高い金を払う必要のある図書館はほぼ利用できず、この辺の情報屋は複数人利用しても眉唾ものが多いと聞く
「はやく、はやく見つけなければ...うっ」
「だ、大丈夫ですか?!」
「──はぁ、はぁ...えぇ、ちょっとした持病です。ありがとう」
駆け寄ってくれた男性の手を借りて立ち上がり気がついた
天を突くような立派な大きな耳とフサフサに生えた尻尾を
一瞬、少女の面影を幻視するほど似通った彼を
つい、言ってしまう
「すみませんが、今お時間ありますか?」
「え、今ですか...えぇ、今日は特に用事は無いので」
少々身構えた姿勢だった
さすがに先走りだったろうか
だが、私にはもうなりふりかまっていられないのだ