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色々ありましたね④黒き魔神の迷走

影の薄い子、とうとうグレる!

~プロローグ~


もにゅもにゅ

王都の外に沸いた温泉の入浴施設が完成した。誰かさんが地面吹き飛ばして空けた大穴から沸いたお湯はなかなかの物だった。疲労が溶けて溶けすぎてスライムになりそうなくらい。

「で、君らは何をしてるのかな」

「お母様を思い出します」

「母上の感触、懐かしいのだ。お乳出る?」

「さすがにもう出ません」

アイカの胸をレイエンダと魔王ちゃんことデュートが左右から揉んでいた。ちょっと吸い付きたそう。

「早く大きくなりたいです」

「妾も」

「揉んでもご利益無いからね」

正面からザバッとお湯がはね上がり金髪のアホの子騎士が浮上してきた。

「お姉様~私も大きくなりたいです!」

「お前はもう大きいだろが!」

ゴメス!

正面から顔面を殴られジュリアは撃沈した。

「あれ?マーニちゃんは?」

撃沈したジュリアが再浮上して答える。鼻血が出ている。わりと本気で殴ったのに頑丈なアホの子だ。

「隣の家族風呂に行った、おじーちゃんとおばーちゃんが居るほうに」

「………マジか」


家族風呂にて。

「はーいい湯だね。クザーツの湯にも引けを取らないよ」

「そうじゃのう」

さわさわ

ローレンの背中をさわる者が居る。

「で、ローレン様はいつ離婚するんですか?」

マーニはいまだにローレンへの恋慕を捨てていなかった。隙あらば狙っている。

「しません、ワシはマロワ一筋なんじゃよって前も言うたろうに」

「やはりマロワ様を亡き者にするしか………」

物騒な事を言い出す。

「マーニちゃんじゃまだまだ私にゃ勝てないよ」

「あら、とっくに全盛期を過ぎたマロワ様になら簡単には負けませんよ?」

「ふん、黒爪の真似事しか出来ない小娘が言うようになったねえ」

火花が飛び始めた。

「いえいえ、黒爪は黒爪。私は私です。私は新たな生命が紡ぎ出す喜びも知りました。もう迷いもありません。そうですね、私は迷いなくローレン様の子を産みたいです」

「ほう、正妻の前でおもしろい事を言うねえ」

いらない導火線に火がついた。

二人して湯から上がり更衣室に向かう。

「ちょっとどんなものか試してみようか」

「試すなんてそんなぬるい事言ってたらうっかり殺してしまうかも知れません。お母様とは引き分けでしたよね。代わりに娘の私が引導を渡してあげます」

一戦交える気満々だ。

本来止めるべき立場のローレンはつぶやいた。

「触らぬ神に祟りなし………」

巻き添えを喰らって死にたくないので二人が落ち着いたくらいになだめに行けばいいやくらいの気持ちだ。

ローレンの見立てでは二人は五分五分だ。偽黒爪騒動以降はマーニの近接戦闘の訓練相手もこなしている。妻であるマロワの技量は当然知っている。適度にやり合えばお互い引くだろう。

(母親が母親とは言えまさかマーニちゃんまで切った張ったするようになるとはのう。二人ともワシより強いんじゃよなあ、はぁ)

内心ため息をついた。


「そういえば魔神ちゃんは?」

「何かな~、最近悩んでるっぽいのだ。神狼ちゃんの所に行ってくるって言ってた」

「あいつ影薄いし何考えてるかわからないからな~。居ないの気付かなかった」

ジュリア、辛辣。

もはや城一番の癒し系になった神狼、チビスケ。

施設の外にある動物用入浴場に居る。別に一緒に入っても良いのだがサイズ的に無理だ。ミニマムスケはエロいので女性風呂に入りたがったがアイカにつまみ出された。

「ふんふん、何悩んでるんだろ?」

アイカは不思議そうな顔をする。

魔神ちゃん。冥界から神域に昇り詰めた才女。いつも武者鎧に袴を履き日本刀を主に扱う。神狼のチビスケや神竜のグレンデルと同じ領域に居る存在だ。神域に至るにはただ強いだけでは辿り着かない。人格も問われる。基本的には真域の女神(今はエメルとスカーシャ)に認められなければならないしさらに試験もある。

「便秘かな」

ジュリアが適当に答える。

「可能性は否定できないわね」

アイカも適当に相槌をうつ。

「………この二人自覚が無いのだ」

「あはは………まあ仕方ないのかも」

年少組は心当たりがあるようだった。


~第一章~自信がないなった


屋外大型露天風呂(動物入浴可)。

チビスケが湯浴みをしていた。体は半分以下しか浸からないけど温泉水が高いところから落ちて来るので体に当てていた。本当は元の世界に居た頃のようにアイカと入りたいのだが出来れば2人きりが良いのでまたの機会だ。

ミニマムスケは適当にプカプカ泳いでいる。

グレンデルは湯に浸かる習性が無いので居ない。たまにマロワやジュリアに鱗を磨いてもらって居るときは気持ち良さそうにしているが基本的にはブロンデル一族以外とは馴れ合わない。

そしてチビスケにもたれかかるように魔神ちゃんが居た。ため息を付きつつ何やら考え事をしている。見るからにどんよりもやもや。

『へい、魔神の姉ちゃん!ちょっと控えめだけどなかなかええ体しとるやん』

ミニマムスケはおっさん臭い事を言い出した。

「ああ、所詮拙者は体も他より劣る」

うつむきながら湯に映る自分の顔を見る。

肩まで伸ばした黒い髪に淡く輝く黒い瞳。整った顔立ちは他に負けていないが体格はアイカ達より細身で鎧を脱げば華奢である。

『元気ねーなー。悩みならオイラが聞くぜい?』

魔神ちゃんはミニマムスケを抱き寄せた。

「そうだな、少し愚痴っぽくなるが構わないか?」

『おいおい水くせーなー、同じ黒毛同士じゃねーか。何でも話してみ話してみ?』

チビスケは黙ったまま聞くことにした。

アイカは魔神ちゃんが何者なのか見当が付いているが裏付けは取れていない。だがことあるごとに毘沙門天を引き合いに出すのでほぼ戦国時代の武将、越後の軍神、上杉謙信で間違いないだろうと。チビスケは日本の歴史はよく知らない訳で誰だか知らないのだが。

アイカに何故直接聞かないのか聞いたら

「うーん、自分から名乗らないのはあんまり話したくない過去があるからかも知れないしやめとくわ」

だそうだ。

「どこから話そうか………」

魔神ちゃんは物語を語るように話し出した。


昔々島国でそこらじゅうが戦ばかりしてる時代。

とある武家に双子が産まれました。

男の子と女の子。よく似た双子でした。

男の子は生まれつき体が弱く女の子はとても元気でした。それでも2人はとても仲良しでした。

本来なら家を背負うはずだった男の子の代わりに女の子が表舞台に立つこともありました。

領地を守るために女の子は将としてたくさんの戦場に立ちたくさんの人を殺しました。

ある日、男の子が元気になったので女の子は自由になりました。しかし女の子は自由になってもたくさんの人を殺しました。時に自ら敵国に攻め込む程に。

女の子は頭がおかしいと思われ心配になった親の命令でお寺に送られました。

しばらくして男の子は初陣であっさりと亡くなりました。皮肉にも過去に女の子が攻め込んだ国からの報復戦でした。

男の子の死を聞いた女の子はとてもとても悲しくなりました。何よりも大切な双子だったからです。

そして女の子は後悔しました。

「これまで拙者はどれだけ誰かの大切な人を殺してきたのだろう」

お寺で悟りを得て表舞台ヘ戻った女の子は厳しくも人を慈しむ人間として、そしてその時代の最強とまで謳われるとても名高い武将になりました。


「と言う感じで生きていたのだが」

『ほうほう、最強か~。すげーなー』

「いや、体さえ丈夫なら兄上のほうが上であったろうな。兄上は間違いなく天武の才もあったし常に国の事を第一に考えていた。知も武も遠く及ばぬ、私はただ兄上より頑健に生まれ暴れていただけだ。その報いで兄上を失った。恥しかない」

『それが何で魔神になったん?』

「厠でなかなか便がでなくて悩んでいたら赤い空間に居たんだ。そこには毘沙門天様が居た。寺で降りてきた姿とは違って綺麗な女性であったが武の化身のような姿は毘沙門天様に違いないと思った」

『赤い空間って事はスカーシャの姐さんの事か~。うんこ中に来るとかデリカシーねえんな~』

「ふふっ。確かにな、今思えば何とも言えぬ。もう四百年くらい前の話だし今さらだがな」

思い出すように微笑む。

「ああ、そう言えば拙者は獅子王やチビスケ殿と同じ島国の出身だ。時代はだいぶ違うが」

やはり元は日本出身。

「向こうでは長尾影竜と名乗って居た。兄上が影虎だ。兄上が亡くなったあとはまた違う名を名乗って居たがこれが一番好きなんだ。お竜さんとでも呼んでくれると嬉しい」

『女の子に竜とか名付けるあたりなかなかファンキーな父ちゃんなんな~』

ミニマムスケは知らないが生まれつきの名前ではないし後には上杉謙信と名乗る。名が変わる事は不思議ではない、そう言う時代だった。

そして世間は知らないが本当は影虎の双子であり病弱な兄の代わりに表に立つも一度は影に消え再び表に出たと言うことだ。歴史上に影竜など存在しない。

「で、魔神に至る経緯なのだが」


「な!どこだここは?」

気付けば赤い空間に飲み込まれていた当時の魔神になる前の魔神ちゃんことお竜さん。便がでなくて困っていたら余計に困ってしまった。

「我はスカーシャ、冥界を統べる女王にして世界を見守る真域の神なり」

スリットの入った真っ赤なタイトシルエットのドレスに網タイツ、ヒールの高い皮のブーツを履いた身長も胸もでかい長い黒髪の女性が立っていた。

だが、そんな文明に達していない当時の日本出身の魔神ちゃんには珍妙な格好にしか見えなかった。

「………すまない、トイレの最中だったか」

「毘沙門天様!」

「は?いや、人違い………」

「まさか毘沙門天様に会える日が来ようとは拙者、感動のあまり上手く言葉が出ない………」

何故か下半身丸出しのまま感動している女武者を見てスカーシャは人選ミスかと思った。しかも何やら知らない神様と勘違いされている。

「拙者に御用がある様子。何でもおっしゃって下さい。さあ、さあ、さあ!」

さらに何故か興奮し始めた。スカーシャに迫る。

「えーとまあいい、貴女人間にしてはなかなか強い………神性に魔術の才能もまだまだある………少し頼みがあるのだが神様になってみないか?」

やや引き気味に答えるスカーシャ。

「強い………そんなことはない、拙者はただの人斬り。神様などおこがましい。毘沙門天様、申し訳ないがこの穢れた身では神様になる事は出来ない」

「そう言うな。この時代では仕方ない事」

遮るようにお竜さんは言葉を発した。

「いや!拙者は無用に斬りすぎた。冥府魔道に落ちて当然の身。命あるうちに少しでもこの混沌の時代から民を守り安寧をもたらしこの身に浴びた血をそそがねば死んでも死にきれない」

下半身丸出しのままだが強く発した言葉。

スカーシャはお竜さんの信念を見た。言葉だけではこの娘を説得することは不可能。

「だが民を守るにはお前はさらに人を斬らなければならないぞ。敵を殺さず民を守るなど出来はしない。思い上がるな小娘、人ひとりに何が出来る」

卑怯かと思ったが痛いところを突く。

「う………」

黙るお竜さんにスカーシャは話し続ける。

「その思い上がり、へし折ってやろう」

スカーシャはどこからか現れた赤黒い槍を構える。反射的にお竜さんも刀を抜いた。

だが秒で決着はついた。

地べたに這いつくばるお竜さん。

「人の身ではそんなものだろう。だが我と立ち会い生きているだけでも大したものだ」

スカーシャはお竜さんの顔を覗き込む。

「やはりこのまま朽ち果てるにはもったいない。お前のその生き方、変えてみないか?行く末を見守り時に導くのも強き者の勤めの一つ」

お竜さんは刀を握り締めた。

自ら切り開いて、いや、斬り開いて来たこれまでの歩み、引き返すわけにはいかずいまだに終着点は見えない。行く末を見守るなど考えたこともなかった。

剣に命をとして自ら安寧の世をもたらす事しか考えていなかった。

(ああ、拙者は目の前しか見えていなかったのか………)

「我と共に来ないか?」

差し伸べられた手。その手はやはり血の匂いがしたがそれだけではなく暖かみもある。自分の先をゆくものの手だ。その手を掴む。

「………分かった。この身、毘沙門天様に捧げよう。だがすぐに神になるのは違う。拙者自身が己を認められるまで待ってくれないか?」

「構わない。貴女が納得の行くまで我のそばで心身共に鍛練を積むといい。あと我、毘沙門天さんは知らないんだけど」


「そして拙者は冥界で鍛練を積み神域へと至った」

『ほへー、スカーシャの姐さんもむちゃくちゃだな』

「無論その後拙者の居なくなった国がどうなったのかもスカーシャ様を通じて見届けた。世界を知ったとき自分の生まれた国があんなに小さな島国だったのは驚いたが今は平和なようだな。人の面を被った魑魅魍魎が跋扈しているのは変わらぬようだが」

島国、要するに日本だ。

『僕は魔神さんよりずっと後の日本から来たんだね』

「ああ、そうだな。獅子王もそうなる」

獅子王と呟いた瞬間お竜さんはさらにうつむいてしまった。

『んんー?お竜さんあの乳と尻と暴力だけが取り柄のババアに何か思うところでもあるん?』

『こらこら』

チビスケはアイカが好きだがミニマムスケは魔王ちゃんを主としているのでアイカに対して敬意はない。好みも魔王ちゃんくらいがストライクなので何度かうっかりババアと呼んでミンチにされかけた。

53歳で本当に孫の居るおばあちゃんであるマロワはいつもご飯をくれるので決してババアとは呼ばない。

「関係があるようなないような。やはり拙者の問題だと思うのだが」

お竜さんは少し考えてから続けた。

「獅子王に会ってからのこの3ヶ月でまったくさっぱり自信が無くなった」

どう言うことだろうとチビスケとミニマムスケは目を合わせて首を傾げた。


第二章~心も折れました~


初めて人に負けた。一対一の殺し合いで。

目の前には赤みがかった長い髪の女。手には何故か自分の持つ刀の姉妹刀。父親から授かり死んだ兄の物も引き継ぎ冥界にてスカーシャと共に鍛え直した神の神気に耐えうる刀。

自らに刀で真っ向勝負を挑むなど愚かなと思っていたが結果は


「気が付けば蹴り飛ばされ川に落ちていた。剣を習って一年の人間に負けるなど………」

三ヶ月前のドぐされビロミー元神官長事件の時のお竜さんとアイカの結び合いの件だ。急遽ビロミー側についた振りをしたアイカと対峙した。

「しかも殺気を感じなかった。こちらは殺す気でいたのに。魔王様を成長させるための演技だった。すべてにおいて向こうがうわてだった」

『たまにはそういう時もあるよ、長く生きてれば』

チビスケがフォローしたがお竜さんは首を振った。

「それだけじゃない。獅子王から聞いた獅子王より剣の腕だけは立つと言う娘を紹介された。いつも獅子王を追いかけ回している頭がお花畑の騎士だ」


騎士団の訓練所にて

「私暇じゃ無いんだけど。騎士団の訓練もあるしブロンデル商会の仕事もあるしお姉様が待ってる気もするし」

「お姉様?獅子王のことか。獅子王からお前の事を聞いた。手合わせ願いたい。出来れば本気で」

お竜さんは純粋に剣の腕を試したかった。

「お姉様の指名じゃ仕方ないな~。一度だけだぞ~」

ジュリアの了承を得るとお竜さんは稽古用の武器を用意した。

「は?舐めるなよ魔神」

ジュリアからまったく隠す気のない怒気を感じた。

魔神になってからここまであからさまに感情をぶつけられたのは数える程しかない。

「あくまで模擬戦と言う形にするが本気でやるのだろう?真剣でやらなくてどうする?」

いつものぽやぽや変態百合娘からは想像もつかない鋭い眼光をぶつけてくる。霊剣ブロンデルをさっと抜き構える。まったく隙がない。

神相手でもまったく恐れもない。心地の良い剣気。

忘れられがちだがこれこそが王国最強の騎士、ジュリア・ブロンデルの真の姿だ。

私闘や決闘は禁止されているから模擬戦と言い張るが実質命のやり取りだ。

「ふふ、おもしろい。死んでも知らぬぞ。死んでから文句言うなよ」

魔族達はみな魔王様付きのお竜さんに命を掛けた勝負勝負など挑まなかったし稽古をつけこそすれまったく相手にならなかった。魔族領に沸く魔物もまれに出る竜種すら一刀の元に切り捨てた。

それがどうだ。獅子王と言いジュリアと言い真っ向から自分に向かって来る。

思わず笑みがこぼれる。

「いざ」

愛刀に手をかける。

どちらが先に動くか。互いの間合いで計り合う。

数秒か数刻か。時が流れた。

スッとジュリアの足が動き出す気配がした。

「今!」

お竜さんは思い切り抜刀し斬りかかる。

が、盛大に空振りした。ジュリアは動いていない。

(読み違えた?)

だが踏み込んでしまったのでそのまま斬りかかるが。

「でりゃ」

ジュリアはいつの間にか鞘におさめた剣でお竜さんの頭を正面から思い切りはたいた。

「ぷぎゅ」

変な呻き声と共に顔面から地面にめり込む。

「もうなんだよ~。よわよわじゃんかよ~」

いつも通りの気の抜けた声でぼやく。

「お姉様のほうがよっぽど手強いや。神様って言っても別に強い訳じゃないのか~」

そう言いながらジュリアは立ち去ろうとする。

「待て、何かの間違えだ。もう一度」

頭にできたタンコブをさすりながらお竜さんは立ち上がる。

「やっべ。お姉様どこ行ったんだろ」

すでにお竜さんに興味を失ったジュリアは鼻をくんくんさせた。

「城のほうから匂いがする!」

騎士団の訓練も商会の仕事も忘れ城に向かって走り出した。変態の成せる業だ。

「………水にまみれ土にまみれ、人間相手に何をやっているんだ私は」

地に寝転がり呟くお竜さんだけが残された。


「気にすんなって!オイラだって神狼の一部なのに全然あいつらに勝てる気がしねえしな~」

ミニマムスケがフォローするがお竜さんはまた首を降った。そもそもミニマムスケに慰められる時点でいろいろ切ない。

「極めつけは………」


ある日の事

「魔王様どちらへ?」

「レイちゃんと町へ出掛けてくるのだ」

「ならば護衛を」

そもそもお竜さんはスカーシャに頼まれて魔王を見守るために魔族領に留まって居た。魔族領の魔物狩りも魔王に害が及ばないようにするため行っていたのだ。

「もし魔王だと正体が知れ渡れば一大事です。それにレイエンダ様も王族。悪漢に襲われては困ります。私がお供しましょう」

フッカーヤ王国と魔族領はアイラと魔王ちゃんの命によりさりげなく停戦した。それまでは何度か衝突が起き互いに死者も出ている。

暗躍して魔族と人間を戦争状態にした黒幕に気付かれないために表向きには戦線を維持している。黒幕の目的が分からないからだ。アイカはこの黒幕こそが世界を滅亡に導く者だと睨んでいる。いざ全面戦争になれば大量の魔力が消費されこの世界は枯渇するだろう。

これはごく一部しか知らない事実だし過去の遺恨から魔族を憎んでいる人間も少なからずいる。

なので護衛を申し出たのだが

「いらない。アイラも一緒だから大丈夫。何か有ってもどうにかなるのだ。魔神ちゃんも遊んでて良いよ」

グサッ

何気ない一言がお竜さんの心を抉る。

(いらないって………)

お竜さんは深く傷付いた。


「確かに獅子王が居れば王国内で襲ってくるのはよほどの阿呆くらいのものでしょう」

もはや国中に獅子王最強説が流れている。

蹴るだけで国が消し飛ぶとか剣を振れば大陸が真っ二つとか一歩歩けば地割れが起きるとか魔法を放てば大地が消滅するとか。

刺されても死なないとか爆破しても死なないとか致死毒ですら死なないとか埋められても死なないとか水没しても死なないとか色々。

最近までは王国歴代最強の王はグランレイと言われていたがもはやそれを超えたと言われている。

突然国を救い導きに現れた究極の生命体、それが獅子王アイラだと民衆は騒いでいる。

「しかし拙者とてスカーシャ様より魔王様を託された身、何より神域の神!いらないってそんな………」

どうやら負けたのもショックだが魔王ちゃんにぞんざいに扱われたほうがショックだったようだ。

「もう拙者の役目は終わったのかな………」

消え入るような声で呟いた。

『噂をすればあいつら来たぜ?魔王様もいるぞ』

何やら慌てた様子でアイラ達がやってくる。すでに風呂からあがり着替えている。

「ねえねえ、マーニちゃんとおばーちゃん先生見なかった?」

『見てないけどどうしたの?』

「おじーちゃん先生が言うには2人でちょっと殺り合いに行っちゃったんだって」

ちょっとで殺り合うな。誰もがそう思った。

『お姉ちゃんちょっと待ってね………ここから南に20キロくらいのところで神気のぶつかり合いを感じる』

チビスケは地脈を通じて2人の気配を感じとった。

「神気!?ガチの殺り合いじゃない!止めなきゃ」

どうやらヒートアップし過ぎたらしい。戦いながら移動しすぎだし本人達は気付いていないのだろう。

それを聞いたお竜さんは風呂から急に立ち上がり宣言した。

「よし!拙者に任せると良い。まったく人間は仕方ないな。2人を止めてこよう」

どうやら魔王ちゃんに人間より役に立つところを見せたいようだ。だが

「え?今の魔神ちゃんじゃやられちゃうかも知れないからやめといたほうが良いのだ。アイラあたりに任せとけば良いのだ」

最近悩んでいるお竜さんを気遣っての魔王ちゃんの一言だった。

だがタイミングが悪かった。何かが折れて砕ける音がした。お竜さんは固まったままただただポロポロ涙をこぼし始めた。そして

「やっぱりあたしもういらない子なんだ、魔王様のバカーーー!獅子王のうんこたれ~!!もういいもん、知らないもん、もうおうち帰るもん!うわーーーん」

そう叫ぶと全裸のまますごい勢いで空に飛び立ちどこかへ行ってしまった。回りにいた全員が飛び散る温泉の湯でびしょ濡れになった。

「魔神ちゃん何でーー?妾何かしたーー?」

「誰がうんこたれじゃい!」

魔王ちゃんとアイカは空に向かって叫んだが時すでに遅し。すでにお竜さんは夜の空に消えていた。

「空飛べるって良いなあ。じゃなくてジュリアちゃん。マーニちゃん達のほうよろしく。神竜さん呼べばひとっ飛びでしょ。レイちゃん連れて2人を止めてきて。あんたが言ってダメでもレイちゃんの言うことなら聞くだろうしいざって時は軽くぶっ叩いていいし」

ジュリアは頷いた。

ジュリアはマロワの孫だしマーニの親友である。レイエンダは本来ならこの国の王、2人が仕えるべき人物である。すぐに連れ戻して来るだろう。

ジュリアはグレンデルを呼ぶとレイエンダを抱えて飛び乗る。グレンデルは基本的に人間とは関わらないがブロンデル一族の言うことなら聞く。特に元々はマロワを主人としていたので放っておけない。

グレンデルが飛び去るのを見てアイカは呟いた。

「で、どしたのあの子?」

チビスケはお竜さんの話を簡潔にアイカと魔王ちゃんに話した。

「魔神ちゃん、景虎の双子の影武者だったなんてね。歴史の教科書ひっくり返るわ。それにしても何でうちの子達はみんな過去が重いのかしら」

アイカにとってはすでにお竜さんも身内だ。

『お姉ちゃん』

チビスケはスッと身をかがめる。アイカが乗れるように。すでに分かっているのだ。お竜さんを追うと言い出すことを。

「ん、デューちゃんも一緒に行こうか。魔神ちゃんの事大事なんでしょ?」

「もちろんなのだ!400年の友なのだ」

アイカが魔王ちゃんを引っ張りあげる。ミニマムスケは魔王ちゃんの服に潜り込むと胸元から頭を出しだ。

「あの子の言うおうちってどこか分かる?実家ならとっくの昔になくなったし」

「たぶん冥界なのだ。魔神ちゃんは冥界から来たし女王とか言う奴尊敬してるっぽい。でも何故か妾は連れていってくれないのだ。魔神ちゃん優しいから頼めば何でも答えてくれるのにそれだけはダメって」

『あ』

チビスケが思わず反応してしまった。

「どうかした?」

冥界には女王のスカーシャが居る。スカーシャは魔王ちゃんの実の母だ。魔王ちゃんは幼い頃両親を人間に殺されたと思っている。色々と訳あってスカーシャは死んだふりをしたのだ。会わせるのはまずい。ような気がしたがなんとも説明しにくいので考えるのをやめた。いまさら魔王ちゃんのみ連れて行かないなんて言い出せない。

(なるようになるよね。お姉ちゃんも一緒だし)

『何でもない、しっかりつかまっててね』

そう答えるとチビスケは走り出した。


第三章~はるばる冥界へようこそ~


数秒か数日か、不思議な時間と空間の流れの中を走り抜けると宙に浮く不思議な岩の平地の上に着地した。

岩には大きな穴が空いており階段になっている。

『着いたよ。この先が冥界。いくつか入り口はあるんだけど今夜はここが一番近かったみたい』

チビスケは神域に至ってから何度か来ている。

冥界の入り口は常に移動している。許された者しか自由に行き来できない。

アイカと魔王ちゃんは岩の平地の隅からから下を覗いてみる。月明かりに照らされて大地が見える。

「あばばばば高い高い高い」

魔王ちゃんは震え出す。はるか下の大地に落ちたらと想像してしまいさっさとチビスケの元に戻りしがみつく。打って代わってアイカはじっと見ている。

「何か光った。多分神竜さんかな?向かってる方向は………あの灯りは首都ね。ジュリアちゃんとレイちゃんはうまくやったみたい」

銀色の米粒がほんのり光る豆粒に近付いているだけだがアイカには何なのか分かるらしい。

視力すら人間離れしている。

『オイラ達も早く行こうぜ。穴の先から魔神の姉ちゃんの匂いがするん。間違いなくいるん』

ミニマムスケがアイカを呼ぶ。

「はいはい、今行きますよ」

アイカ達は穴の中へ歩を進めた。


『いつ来ても不思議なんな~』

「そうなんな~」

ミニマムスケのたまに出る変な訛りを真似して魔王ちゃんが答える。

「まあ妾は初めてなんだけどな~」

ミニマムスケのテキトーな軽口すら真似ている。

宙に浮く不思議な岩の平地の厚みからは想像もつかないほど穴からの階段は地下へ長く伸びている。

『どの入り口から入ってもこの階段に繋がるんだよ。凄いよね』

チビスケは神狼になってから何度か冥界を訪れた事がある。チビスケがバイトでやっている郵便配達の仕事で。冥界に郵便なんてめったに無いけど。

やがて広間に出たが何もない。

(………やっぱり居ない。ここにあの犬が居たはず)

あの犬とはチビスケが3ヶ月前戦った首が三つある犬、ケルベロスの事だ。

(あいつは本来ここに門番として居るはずだ。女王様以外の、ましてや人に従うような奴じゃない。僕とも何度か会っているのにまるで知らないようだった)

だがトーネ川の戦いではビロミー元神官長のに仕えているように見えた。

「チビスケ、どうかした?」

アイカがチビスケを見上げる。

「何かあったら何でも言うんだからね」

神狼となったチビスケに出来ない事はそんなにないがついついアイカには甘えたくなる。だがケルベロスの事はアイカには分からないだろう。

『ちょっと女王様に聞きたいことがあるだけだから大丈夫だよ。それよりこの先は長いし別れ道あるし罠もたくさんあるから危ないんだ』

チビスケは広間に転がる岩を1つどけた。

『また穴だ。でも階段ねーぞ』

岩の下には大人が余裕で入れる幅の穴が開いていた。

『それは冥界高速スライダー』

「なんだそれ?よく曲がる魔球か何か?」

『違う違う。関係者専用の女王様の家直通の滑り台。凄く長いけど普通に行くより早いし安全みたい。僕は体が入らないから通れないけど』

「だっさい名前なのだ。マジカル未亡人狼ライダーくらいネーミングセンス無いのだ」

マジカル未亡人狼ライダーとはアイカが国内で起きる小さな揉め事や困り事を解決する際に王だとばれないために名乗る名前だ。ぶっちゃけ全国民に正体はばれているし物理で解決するのでマジカルでもない。

「………だっさい?」

「すっごくだっさいのだ」

「カルチャーショック!」

アイカが無駄にダメージを受けた。

『2人はそこを通ると良いよ。僕は大きすぎて入れないからこのまま進むけど本気で走ればひとっ飛びだからすぐ合流出来ると思う。』

チビスケは通常の通路でも問題ない。むしろ1人で走った方が早い。

『オイラは魔王様と一緒に行くぜ』

ミニマムスケは魔王ちゃんにしがみついた。そんなミニマムスケを魔王ちゃんが抱き上げ抱える。それをさらにアイカが抱き上げる。

「ん、こっちは大丈夫。しばしお別れね」

『うん、何もないと思うけど一応気を付けて』

アイカ達は冥界高速スライダーに飛び込んだ。

それを見守ってからチビスケは全力で駆け出した。冥界への通路を最短で走り抜ける。

ゴメス!

突如助っ人外国人みたいな音がした。

チビスケが何かにぶつかって止まる。

「あーーー」

見れば黒い影が悲鳴を上げながら宙を舞い飛んでいく。通路の所々にぶつかりながら。

『何か跳ねちゃった?』

チビスケは黒い影を追い越し落下地点に先回りして背中でやんわりキャッチした。背中から人影が転げ落ちてきた。

「いたたたた、兄上の所に行くかと思った」

チビスケに跳ねられて痛い程度で済む者は限られる。

「神狼殿!」

衝撃で破損した武者鎧が痛々しいが

『お竜さん?』

間違いなく魔神ことお竜さんだ。

「何故ここに?1人なのか?」

チビスケはお竜さんを追ってきた経緯を話した。

お竜さんはお竜さんで勢いで飛び出して来たもののスカーシャに何て説明したものか悩んでふらふらと飛んでいたらしい。

「そうか。魔王様も一緒か」

どこか嬉しそうだ。

「だが仮にも主にバカと言ってしまった。今さらどんな顔をして会えば良いのか」

お竜さんは困った顔でため息を吐く。

「スカーシャ様にも怒られそうだ」

「誰が怒るんだ?」

凛とした声が響きわたる。

長い黒髪に赤いタイトなドレスと皮のブーツ。どことなく冷たく高圧的なオーラを纏う美人、スカーシャが立っていた。

「何やら騒がしいから来てみればなかなか珍しい組み合わせではないか」


その頃の高速スライダー組。

「あははははなんだこれなんだこれ」

「目が回るのだ」

『これ作った奴何考えてんだ?』

暗闇の中を疾走する滑り台は左右上下に曲がりくねりどこをどう通っているのかまったく分からない。

アイカだけはやたら楽しそうだが魔王ちゃんは酔って吐きそうだしミニマムスケはあきれていた。

『何か書いてある』

猛スピードなのにミニマムスケは何か書かれた看板を見付けたようだ。

『この先老朽化につき底面の摩擦増加、速度落とせ。だってさ』

「いまさらどうやって速度下げるのよ?」

とりあえず魔王ちゃんを落とさないようにしっかり抱き締める。

ザリザリザリ。

ヤスリで削るような音がした。

「あちっ」

「アイラどうかしたのか?」

「熱い!尻が焼ける!」

『とんだポンコツ滑り台じゃね~か』

「アイラもう少しの我慢なのだ。灯りが見える」

暗闇から出口らしき円状の灯りが近付く。

穴を抜ける。ポイっと空中に放り出された。

「わあああぶぶぶ」

「ひゃん!」

『おー?』

バッシャーン。と言う音を立てて水中に落ちた。

「ぷはー、出口も雑!もう少しちゃんと作れ」

アイカは尻をさすりながら叫んだ。

『ぜんぜん安全じゃねーぞ』

ミニマムスケはチビスケに文句を言う。

最後に立ち上がってきた魔王ちゃんはむせている。

「大丈夫?」

「げふっ………大丈夫なのだ。アイラの尻より大丈夫なのだ」

アイカのジーンズは摩擦で尻部分が破れパンツもほつれていた。

「おおう、また破れてしまった………お城に戻らないと替えが無いわね」

「そうでなくともびちょびちょなのだ。でもこの水あったかくて気持ち良いのだ」

『ここどこなんだ?でっかいオイラは女王様の家直通って言ってたけど』

周りを見渡す。

白い石造りの壁に囲まれた広い部屋に鏡と洗面台が設置されている。

「ここもしかしてお風呂?」

アイカ達は浴槽に落ちてきた訳だ。かなり大きめの浴槽だ。高速スライダーは女王の家直通と言うより女王の家の浴槽直通であった。

「入浴中に誰か落ちてきたら裸見られちゃうのだ。冥界の女王もアイカみたいに見られても平気な変態さんなんかな?」

「………デューちゃんの中の私って変態さんなの?これでも花も恥じらう乙女のつもりなんだけど」

「多分レイちゃんみたいなのを乙女って言うのだ。あと神官のお姉さん」

確かに王族のレイエンダや神官のマーニは基本の所作からして慎ましやかながら花のある乙女と言って良いだろう。それに対してローレンを除けば女所帯とは言え風呂上がりにパンツ一枚でうろつくアイカやそれを見て興奮しているジュリアなどは純真無垢な魔王ちゃんから見れば乙女には見えないだろう。

「アイカが美人なのにモテないのは色々おっぴろげ過ぎるからだと妾は思うのだ。あと暴れすぎ」

グサグサグサ。

思い当たる節が多すぎるアイカのメンタルはオーバーキルされてしまった。

「………純粋ゆえに辛辣………」

浴槽にぶくぶく沈んでいくアイカ。

『普段の行いのせいなんな~。それよりさっきから何か臭うな』

ミニマムスケは浴槽から出て出口らしきほうへ歩き出す。途中で足を止める。

『何か居るぞ?』

ミニマムスケは何も見えない空間をちょんちょんつついてみた。

「お久しぶりです」

丸坊主頭の少年が姿を現す。白いシャツに白いズボンでこれと言った特徴がない。

アイカと魔王ちゃんは顔を見合わせた。

「知り合い?」

「全然知らないのだ」

二人して頭を悩ませるが記憶にない。

「前にお城にお邪魔したのですが」

二人はさらに記憶を掘り起こすがやはり知らない。

「ゴンザレス三十郎だっけ?」

「………ユーキと申します」

名前を聞いてもピンと来ない。

「………そういえば前に城に侵入してきた透明になれる変態がいたような」

魔王ちゃんが唯一の心当たりを呟いた。

「あーあのきったねえ奴」

「アイカがぼこぼこにして魔神ちゃんが冥界に連れて行ったような」

二人して少年を見る。

「こんなこざっぱりしてたかしら」

ボサボサ頭に薄汚れた服しか印象になく同一人物に見えない。

「あの時は本当にご迷惑をおかけしました」

丸坊主は頭を深々と下げた。

ユーキ・ターベイ。

アイネス・エメルより透明になれる能力を授かり異世界に来た少年。以前透明になり城に侵入するもアイカに見つかりタコ殴りにされ魔神ちゃんにボロ雑巾のように引きずられ冥界に連行された。

「ずいぶんこざっぱりしたわね」

「色々ありましたので。今は女王様の元で心身共に鍛え直しております」

彼は元々日本人では無かった。

日系人の血筋を持ち海外で暮らしていたが親の仕事の都合で日本に来た。

ほぼ日本人の容姿ながらまったく日本語が話せずそれでも母国のノリで陽気に馴染もうとしたが

「何言ってるかわからないウザいやつ」

扱いされ学校に馴染めず不登校、部屋に籠りがちで忙しい両親にすら相手にされず

「故郷に帰りたい。それが無理ならいっそ消えてしまいたい」

と考えていたらエメルに見出だされ

「その存在感の無さ!ちょうどいい、お主に似合いの能力を授けよう」

と何気に酷いことを言われ透明になれる能力を授けられ異世界に送り出された。本来はその存在感の無さと能力で世界の様子や異変をさりげなく探りエメルに伝える役目を与えられた。ちょっと悪用したらアイカにあっさり見破られ今に至る。

「生きたままここに来られるとはやはり特別な方。王様ともなると普通とは違うのですね」

『まあな、オイラは神みたいなもんだしはこっちは魔王様だし。このバ、じゃない。この色々でかい姐さんはよくわからんけどな~』

「魔神ちゃんが言ってたのだ、魂ある者はみな冥界を通り次なる生まで心身を磨くと」

アイカは震えながら聞いてみた。顔色が悪い。

「魂、つまりここに居るのはみんなお亡くなりになった人達?」

「はい、僕のような例を除けばみなさんほとんど死者の方です。何しろ冥界は別名死者の国ですから」

それを聞いた瞬間アイカは顔が真っ青になった。

「よし帰ろう」

「え?何で?」

『まだ来たばかりじゃん』

アイカの反応に2人が反対する。

「急用を思い出した、もしくは持病が発症したのよ」

何を言ってるかわからない。

(死者の国って何よ!チビスケちゃんと言ってよ、知ってたら来なかったわよ!)

アイカは幽霊が苦手だ。残念過ぎる程に。

とっとと浴槽からあがり出口に向かう。

「待つのだ、神狼ちゃんとも合流してないし魔神ちゃんとも会えてないのだ」

目的は魔神ちゃんの説得と回収だ。

「知らない。お腹空いたら帰ってくるんじゃない?」

「アイカ待つのだ。妾は魔神ちゃんが大好きなのだ、居ないと嫌なのだ。一緒に戻るように説得して欲しいのだ」

魔王ちゃんはアイカにしがみつくと見上げた。

とても純粋な瞳で見つめる。

「う」

とてもじゃないが断れない。

「うう~わかったわよ。さっさと見付けて帰ろう」

アイカは風呂場から出る。

そこは普通の洗面所兼脱衣場だった。

(浴槽と違ってわりと庶民的じゃない)

「皆様ずぶ濡れですね」

「冥界高速スライダーのせいよ」

不機嫌そうに答える。

「老朽化のため改修工事中なのですいません。次はもっと快適に、もっと遊び心が滑り出すアクロバティックなアクティビティにすると女王様はおっしゃられてました」

「………普通ので良いよ。それより何か着替えない?」

みんなずぶ濡れだしアイカにいたっては尻が丸出しである。ただでさえ湯上がりに出掛けた後さらに湯に落とされたのだ。風邪をひきかねない。

「こちらに服もございます、客人に貸す程度なら女王様も気にしないでしょう」

洗面所すみの扉を開けるとウォークインクローゼットになっていた。

「わりと普通の家なのだ。ちょっと大きめだけど妾の城のほうが不気味だし無駄に広いし」

「そうね、魔王ちゃんの城古いし暗いわよね。冥界の女王の住み処って聞くと真っ暗で不穏な古びた罠だらけの城に骨とか転がってて血塗れなイメージだったんだけど」

服を選びながら雑談する2人。

ミニマムスケとユーキは扉の外で待機だ。

「私のためにあるかのようにサイズがピッタリ。女王もけっこう大きめの人なのかしら」

アイカの身長は176である。最近計ったら学生時代より3センチ伸びていた。胸もあるしなかなか合う服はないのはいつもの事だ。だがここにある服は問題無く着れる。

「ただデザインがな~」

白から黒まで各色揃ったワンピース物が多い。しかもレースのフリフリが付いたものが多い。アイカの趣味ではない。

「アイラ、こっちは?」

魔神ちゃんが深紅のタイトな皮素材のドレスを指差した。肩だしで胸元も開いたデザイン。スリットが入っており網タイツがセットになって掛けられている。

「なんかこう、ムチとか似合いそう。冥界の女王って言うより変なお店の女王みたい」

「?」

魔王ちゃんが不思議な顔をする。

こっちの世界にも似た店はあるが魔王ちゃんには無縁だと思いアイカは黙る。

(もうちょい普通の………)

濃紺のシンプルなワンピースを手に取る。生地は上質でウエストを絞る事が出来る。赤い薔薇の刺繍がさりげなく入っており地味でもない。

そして

ビリビリと音をたてスカートを裂き袖も破り捨てた。

「ん、動きやすくなった」

「アイラ、人の服破ったらいけないのだ」

魔王ちゃんはすでに着替えていた。やはりいつもとあまり変わらない紫主調のワンピース。

「もともとここの女王のせいで濡れたんだから気にしない気にしない。デューちゃんはよくサイズ合うの見付けたわね」

「なんかな、もっと小さいのもあった。女王様の小さい頃のかな」

「まあ着れるのあって良かったじゃない」

2人してクローゼットから出る?

ミニマムスケは2人に近寄ると温風を吐いた。

髪が乾く。便利なドライヤーである。

洗面台にあった櫛で髪を整えアイカはポニーテールに縛った。あえて横の髪は垂らしている。

「いいんな~それ」

「お揃いにする?」

頷く魔王ちゃん。

アイカは魔王ちゃんのふわふわ髪を櫛でとかすと自分の髪形と同じようにした。

「もし母上が今も生きていたらアイラみたいな感じだったのかな」

2人で鏡の前に並ぶ。

「デューちゃん、お母さんの事少しは覚えてるの?」

「強くて優しくて美人だった気がする。父上と一緒に殺されちゃったけど」

アイカは思う。

(デューちゃんの魔力が親譲りだとしたらそんな簡単に殺されるかな)

魔王ちゃんは体はまだ小さいが人が遠く及ばない魔力を秘めている。

「客間にご案内しますよ」

ユーキの声で考えるのをやめた。

客間にはソファーと机、茶棚などやはり普通の家っぽさが漂っていた。ちょっとお高めの調度品もあるが。

「お?かわいいなこれ」

ぷにっとした薄紫髪に紫基調の服の少女のぬいぐるみを見つけ手に取る。

「んー?んんー?」

「どうしたのだ?うんこでもしたくなったのか?」

「違うわよ。うんことか言わないのまったく。ミニマムの影響ね。でね、このぬいぐるみ誰かに似てるような気がしてね」

アイカと魔王ちゃんはぬいぐるみを見つめる。

「んー?んんー?知らないのだ」

「そうよね~」

一人ずっと黙っていたミニマムスケは思った。

(駄目だこの組み合わせ。ボケしか居ない。スカーシャの姉さんは娘に未練たらたら丸出しだし)

チビスケの到着を待つばかりだった。


数刻後

「はあ、少し説教臭くなってしまったか」

ため息をつきながら帰ってきた家主のスカーシャが目にしたのは山賊やら何やらに襲撃されたかのように破壊された内装に壊れた家具やら調度品。散乱する飲み物の瓶に食べ散らかした跡。

走り回る赤毛の女と薄紫髪の少女。

「来るならとっとと来やがれ~」

「来やがれ~」

「とっとと帰らせろ~」

「帰らせろ~」

「あははははははは」

何が楽しいのか笑いながらはしゃぐ2人。

隅からボサボサの毛玉、ミニマムスケがよろよろと歩いてきた。

『すまねえスカーシャの姉さん、オイラじゃ止められなかった』

そう告げると倒れた。

スカーシャがあわてて抱えあげる。

「………。誰だ貴様ら!!このスカーシャの家と知っての狼藉か!!」

怒声を上げると赤毛の女が答えた。

「お前こそ誰だ、スカーシャなんぞ知らねえわ

。やんのかこら。あははははははは」

明らかに酔っている。

ガシャン。

飛んできた坂瓶がスカーシャの頭に直撃した。

「赤枝の槍よ!」

思わず秘蔵の槍を赤毛の女目掛け投げる。

だが赤毛の女は飛んできた槍を掴むと投げ返してきた。

「あっぶないなあ。デューちゃんに当たったらどーするんよ」

赤毛の女の後ろから薄紫の髪の少女が顔を出す。

何やら言いたそうにしている。

だが上手く言葉にならない様子だ。

やがて一言呟いた。

「……………母上?」

場が凍りつく。

スカーシャは憤怒にかられて少女をよく見ていなかった事を後悔した。


続く







難産でした。

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