最強未亡人と500年引きこもりの魔王ちゃん
第一部中編です。それぞれ色々動き出します。説明文が無くなった分かなり読みやすくなったと思います。相変わらず変なのばかりですがキャラが勝手に動いてくれるので書いてて楽しかったですね。8割くらい女性陣が活躍します。頑張れ男性陣。また、男主人公のほうは今回大きな決断をします。後は相変わらず最強未亡人が走り回ってます。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。ちなみに世界は終焉に向かってますが全然悲壮感有りません。
第一部二節
~プロローグ~本当に大きなプレゼント
ガワダーニ王との死闘の後の晩。
「明日から忙しくなりますねアイラ様」
マーニがアイカに言う。本当は獅童アイカなのだがどこかの女神がお菓子を食べながらふもふも話して神託を与えたため獅子王アイラだと思われたままだ。
「うん」
アイカは気の抜けた返事を返す。
「大丈夫なのら、お姉様が居れば大丈夫なのら~」
ジュリアはすでに酔っている。もはや勝手にお姉様と慕っている
「うん」
やはり気の抜けた返事を返す。
ここは王都でも1、2を争う高級な宿の温泉。城が半壊してしまったのでしばらくフッカーヤ王家の貸し切り宿になった。
アイカ、レイエンダ、ジュリア、マーニの四人が温泉に浸かっていた。ジュリアはお酒を持ち込んでいた。
「結局何なんでしょうこれは」
レイエンダの手には紫のひび割れた宝石が乗っている。
「それは伝導魔法石ですね。おそらく腐魔生物の力が宿っていたのだと思われます」
消炭になったダニ王からこの宝石だけが残った。マーニが言うには誰かがこれをダニ王に埋め込んだようだ。今回はダニ王を魔物に変えただけだが伝導魔法石は仕掛けた相手を操ったりも出来るらしい。高位の術者しか扱えないが。
「何かのきっかけで魔法石が発動するようになっていたようです。おそらくダニ王の場合は王位を失うと言うのがきっかけだったようですね。仕掛けた術者はダニ王をずっと王にしておきたかったのでしょう。何の意味があるのか分かりませんが」
「うん」
アイカは気の抜けた返事を繰り返す。
何故レイエンダはそんな呪われてそうな宝石を持ち歩いているかと言うと
「これでも叔父様の形見ですから」
だそうだ。健気な子である。
「やっぱり~魔族のしわざにちらいないのら~わらしがやっつけるしかないのら~あいた!」
酔っぱらいのジュリアは温泉で転び囲いの岩に頭をぶつけた。
「うん」
酔っぱらいに対しても気の抜けた返事を返すアイカ。
「さあお姉様、姉妹の契りを~」
ジュリアは鼻血を出しながらアイカの体をまさぐり始めた。
ガツン!
マーニが思い切りジュリアの頭を木製の洗面器で叩いた。
「やめなさいまったく。アイラ様に失礼でしょう。それに姫様も見ているんですよ」
レイエンダは苦笑いを浮かべている。ある意味この子が一番大人かも知れない。
急にアイカが立ち上がる。
「先にあがるね、みんなはごゆっくり~」
一足先に温泉を出る。
残された三人はひそひそ話す。
「元気ありませんね」
「ジュリアがバカなことばかりするからですよ」
「私は私なりにお姉様を元気付けようとだな」
レイエンダ、マーニ、ジュリアの順に話す。ジュリアは酔ったふりをしていただけだった。
「やはり獅子皇帝様の事でしょうか」
「本当にお亡くなりになってしまったのですね」
「私は目の前で見ていたからな。亡骸すら残らないとは辛いな」
獅子皇帝、本名チビスケ。黒くて大きくて賢い犬。アイカが昔飼っていた犬で色々あって異世界でひょんな事から再会。行動を共にするもガワダーニ戦にて亡くなった。
アイカはささっと体を拭き着なれた白いTシャツにジーンズと言うラフな服装に着替えた。昼間は色々あってメイド服を着させられていたがガワダーニを倒した後自分の服を回収していた。
宿から外に出て風にあたる。
「さて、どうしよっか」
アイカは城があった方向を見る。月明かりに照らされた城は半分瓦礫の山と化していた。そして自分の手を見る。ガワダーニを滅し城を破壊した謎の光はまた放たれた。相変わらず発動条件は不明のまま。だがもしもっと早く放つ事ができていれば。
「チビスケは死ななくて済んだのに」
たら、れば、が頭の中を支配している。あまり後悔をしない性格のアイカだが愛犬との2度目の別れはかなり堪えた。
(もうこの国は大丈夫よね。私はどうしよう)
悪政を強いていたダニ王ことガワダーニは滅びた。先代で名君だったグランレイ王とエンダ妃の娘、レイエンダが王位を継ぐことになるだろう。歳が若すぎるのが不安だが司祭長マーニと近衛騎士団長ジュリアが上手く盛り立ててくれるだろう。
(元々一人でやろうとしてたんだしもう行こうか)
アイカには世界を救う力があるらしく女神に頼まれたのでこの世界を守らなくてはならない。現状平和そうに見えるがこの世界は危機に瀕しているらしい。さらにこの世界が滅ぶと元の世界も滅ぶと女神に言われた。元の世界では愛する娘が待っている。さっさと片付けて帰りたいところだ。
(紫苑に会いたいな。抱きしめたい。それでこの不思議な世界での事話してあげたいな)
しかしこの世界を危機に晒している元凶が何なのか分からない。
(チビスケが居ればなあ)
あらためて一人になった事を感じる。頼りになる相談相手はもういない。アイカは街の外へ向かった。幸い月明かりでそれなりの視界は確保出来る。
そこでアイカはある物に目が止まる。アイカが呼ぶまでチビスケが身を隠していた大きな岩だ。もしかしたらまた岩影に居るのではないかと覗き込むがもちろん何も居ない。昼間チビスケはここで何をしながら待っていたんだろう。アイカはふと気になった。
(あ!)
何やら岩に爪で削られた跡がある。犬にまたがる女性の絵が可愛らしく描かれていた。犬も女も笑顔だ。
(私とチビスケだ。そっかチビスケが書いたんだ)
絵に手を当てると自然と涙がこぼれた。必死に口を抑えるが嗚咽が漏れてしまう。
岩に背を預け座り込む。
「あああチビスケやっぱ一人は嫌だよう、あああ」
泣き出してしまった。我慢出来なかった。昼間の激闘の疲れも手伝いそのままアイカは泣き疲れて寝てしまった。
翌朝
『お姉ちゃん、起きて』
チビスケの声がする。だがチビスケは死んだ。つまりまだ夢の中だ。チビスケが居るならもう少し夢を見ていたい。
『こら~こんなとこで寝てると危ないぞ~』
アイカは仕方なく目を開ける。やはりチビスケは居ない。
朝陽がまぶしい。変なところで寝てしまったせいか体が痛い。
ふと岩を見上げる。何だか昨夜より大きい気がする。違う、岩の上に巨大な何かがいる。逆光でよく見えないが
「まさか!そんな!チビスケ!」
『おはようお姉ちゃん、そしてただいま』
ストンとチビスケが飛び降りる。すかさずアイカが顔に抱きつく。撫でる、温もりを感じる。
『もう、こんなとこで寝てるから変なのが近寄らないように一晩中見張ってたんだからね』
「そうじゃなくて!何で?あれ?だって」
頭の中が整理出来ない。
『あ~、今度こそ死んだと思ったんだけどね。色々有って戻って来ちゃった』
細かい事はどうでも良い。とにかくチビスケがいる。それが大事だ。また目から涙がこぼれた。
『お姉ちゃん、強いわりにけっこう泣くよね』
アイカは喜怒哀楽が正直に表面に出てしまうタイプだ。そこも魅力的なのだが。
「当たり前だバカ、お前のせいだぞ。私、チビスケが居ないとこの世界じゃ一人ぼっちなんだぞ」
アイカはチビスケよじ登る。そして頭を撫でた。
「まあ何でか全然分かんないけど、おかえり!チビスケ」
こうしてまたアイカは愛犬と再会した。まああれだ。陽はまた登る。明けない夜は無いのだ。
暗い場所を一人漂う。自分は死んだ。でも後悔は無い。願い通り大切な人を守って死んだ。悔いは無いはずだ。
気が付けば毎度おなじみ青い空間、女神アイネス-エメルの部屋
「久しぶりじゃの、一週間ぶりくらいかの?」
輝く銀髪に赤い瞳、そして相変わらず全裸、いや、パンツだけは履くようになったようだ。
「もっと経ってると思うよ。女神様は相変わらずだね」
「長く女神なんぞやっとると時系列が分からなくなって困るな」
エメルは机と椅子をどこかから出すとこいこいしている。
「ねえ、何で僕はまたここに居るの?」
「ん?前の時祝福を与えたじゃろ、あれはお主が死に至るときまたここに来るようにしておいたのじゃ。んでどうじゃった?あっちの世界は?」
机の上に将棋盤が現れた。
「ちと相手しながら話してくれるかの、今度女神将棋協会のタイトル戦があるのじゃ」
「はあ………よく分からないけど良いよ」
こうしてチビスケは将棋の相手をしながら話を始める。大きくなって世界を飛び回った事、色々な出会いがあった事、そしてアイカに会った事。
「まさかね、また会えるとは思わなかった」
「そうじゃの、まさかお主の飼い主があの暴れん坊女だったとはおもわなんだ」
「それでね、悪い王様と戦ったんだけどやられちゃった。でも今度はお姉ちゃんを守ったんだ、悔いは無いよ」
チビスケはエメルの王将の前に金将を置いた。詰みだ。
58局目だった。ちなみにチビスケの58勝。
「本当に悔いは無いのか?ならば次の生に魂を移行するが」
「うん、それで良いよ」
エメルは諦めたのか将棋盤を投げ捨てた。どこかに消えた。
「うーん本当に良いのか?」
「うん、我が人生に一片の悔い無し!だね」
エメルはチビスケの顔にそっと触れる。
「本当の本当に良いんじゃな?」
「だから良いってば。だって他にもうどうしょうも無いんでしょ!前に言ってたでしょ、死の運命は変えられないって」
珍しくチビスケは苛立ったように話す。
「本当はもっとお姉ちゃんと居たかった、もっとお姉ちゃんと遊びたかった、もっとお姉ちゃんを乗せて走りたかった!でも死んじゃったんだもん。もうどうにもならないよ」
チビスケはうつむいてしまった。
「最初からそう言え、何で男子と言うのはみんな意地っ張りなんじゃろなあ」
エメルはよっこらせと青い空間に大きな扉を引き出した。
「先程お主に触れて分かった。ワシの見立て通りじゃ。お主、神域に至る資格があるぞ」
「神域?何それ?」
「上手く説明は出来んが極めて純粋な生を貫いた者が辿り着く領域じゃの、もしくは何か大事を成したか。場合によっては次の生に移行するよりしんどいかも知れんが」
チビスケは大きな扉を見た。何故か悪寒が走る。来るものを拒む圧を感じる。本能が警告する、この先には行ってはいけないと。
「まあ試練を受けてもらうんじゃが多分お主なら大丈夫じゃろ」
「えーと仮に試練を越えられなかった場合は?」
急にエメルが脅すような低い声になる。
「永遠に混沌を彷徨うのじゃ~痛いぞ~怖いぞ~苦しいぞ~。まあ普通に次の生に移行した方が安全じゃな。どうする?」
「どうせ答えは分かってるんでしょ」
エメルは頷いた。大きな扉を開く。
「さて、神域に至ればお主はほぼワシとほぼ同格になって元の場所に戻れる。そこで一つ頼みがあるんじゃが」
「お姉ちゃんを見張れ、とかかな」
エメルは心底驚いた顔をする。
「本当に賢いの、お主。まさか気付いておったか」
「うん、なんとなくなんだけどね」
「あの女は間違いなく世界を救う力がある。その反面危うく脆い部分もある。見張ると言うより導いてやって欲しいのじゃ」
チビスケは頷いた。元よりそのつもりだった。
「あ、これやる。ワシからの推薦状。これがあると何と神域の筆記試験がパス出来るのじゃ」
エメルは推薦状と書かれた封筒をチビスケの頭に張り付けた。
「すごいや!ありがとう女神様。じゃあまた会おうね!」
また会おう、チビスケの神域の試練を越える意思表示だ。
「うむ、必ずまた来るがいい」
こうしてチビスケは神域の試練を越えて戻って来たことをアイカに話した。アイカを見張る、からの下りは伏せて。ちなみにチビスケは空席になっていた神狼フェンリルの座を継いだ。
「はー、本当に狼の神様になっちゃったのかチビスケ。そういえば尻尾おかしくない?」
アイカはチビスケの後ろを見た。尻尾が太くなっている、いや違う。尻尾がたくさん生えている。
「えっとね、それは僕に流れてる犬種の血の分生えてるんだってさ、確か全部で11本」
九尾の狐もびっくりの本数だ。
しかも一本一本がピョコピョコ動いている。
「何これ可愛い!もふもふがいっぱいだ!一本ちょうだい」
「ちょっとそれは無理、引っ張っちゃダメ!千切れるからやめて………待って、誰か来る」
チビスケはアイカを背に乗せると岩の上に飛び乗る。
街の方からジュリアがてってけ走って来る。
「お姉様~、探しましたよ。もう勝手に迷子にならないで………ってあれ?獅子皇帝様?ご無事だったんですか?」
「あはは、何かね、戻れたんだってさ。神様からのプレゼントみたいなものかな」
ジュリアはチビスケを見ると不思議な顔をした。
「はあ、不思議な事があるものですね。あら?なにやら尻尾増えましたね、一本下さい」
チビスケは内心苦笑した。
「とにかく良かったですねお姉様。さあ、街でレイエンダ様とマーニが待ってます。戻りましょう」
『やっぱりお姉ちゃんは一人ぼっちなんかじゃなかったね。待ってる人がちゃんと居るもん』
「そうだね、ありがたい事にね」
ジュリアを先頭にアイカとチビスケも街に戻る。
『あれ?お城崩れてない?』
日が当たるとよくわかる。城は7割くらい瓦礫の山になっている
「チビスケがやられちゃった後にまた手からビーム出たの。今回は出せるって自信あったんだけどちょっと威力が強すぎたかも」
(そっか、やっぱり出しちゃったんだ。多分女神様の言う危うい面ってこういうところなんだろうな)
「幸い城はクーデター計画のお陰でほとんど無人だったから良かったんだけどね、ちょっとやり過ぎた感はある」
(ちょっとどころじゃ無い気がする。もしうっかり街ごと吹き飛ばしてたら笑えない)
『お姉ちゃん、次出そうな時は必ず言って。何とか上手く制御出来るように協力するから』
アイカは頷いた。
「チビスケ、さっそくなんだけどおしっこ出そう」
『………………それは言わなくてよろしい』
そんなこんなでアイカ達はフッカーヤ王国に戻るのであった。
~第一章~洞穴より愛を込めて~
月明かりに照らされた宵闇に人影が3つ。
どうしてこうなった。時雨の前には激昂した戦女神が一人。後ろにも静かに冷たい微笑を浮かべる戦女神が一人。死んでも生き返る時雨だが相手は魂を扱うプロ。どうなるか分からない。前門の虎、後門も虎。まったく勝てる気がしない。今朝まではそれなりに平和だったのに………
とある日の午前。
今日も外は良い天気だが特に関係なく無造作に伸びたボサボサ頭の青年、ジーグこと時雨ともじゃもじゃ頭に髭の中年、グレッグの二人は洞穴内の畑を耕していた。鍬一つで耕すのは中々の重労働だ。時雨はかなり体力と筋力がついてきたのを感じた。汗臭く泥臭く精神だ。
ブリュンヨルデが顔を出す。透き通るような銀髪に青い瞳のこんな洞穴には似つかわしくない美人だ。手には水の入ったコップを二つ持っていた。
「二人とも、昼御飯出来たぞ」
結局ブリュンヨルデは洞穴に住みついた。グレッグは朝から晩まで洞穴の開拓と農業に精を出し時雨は午前はグレッグを手伝い午後はブリュンヨルデと剣の稽古をしていた。ちなみに時雨はブリュンヨルデに聞いてみたが魔術適正皆無だそうだ。潜在能力まったく無し。だから己を鍛えるしかない。
そんな日々が半年経とうとしていた。
時雨はこの世界に来て一年たつ。多少焦りはあるが今は来るべき時に向けて修行の毎日だ。
「ふう、疲れた。今日は昼飯何?」
「街で肉を買ってきたぞ。野菜はグレッグ殿が作ったのがあるからな。肉野菜炒めだ」
ブリュンヨルデは買い出しに調理、洗濯に掃除などを担当している。意外だがただ戦う戦女神ではなく家事全般そつなくこなす。
ちなみにブリュンヨルデは神界で色々あって上司の大事な槍を二本盗んできたので神界に帰れない。
「なあジーグ、私は役に立てているか?必要か?」
ブリュンヨルデも時雨の事はジーグと呼ぶようになった。
時雨は元の世界に戻るまで本名は封印した。英雄になるまではジーグ-リトルストーンリバーとして生きる。一つのけじめだ。
「もちろんだ。飯は旨いし稽古にも付き合ってもらってるしありがたいよ」
「そうか、なら良かった」
ブリュンヨルデは心がポカポカするのを感じた。それがなんなのかはよく分からなかったが今まで戦女神として生きてきたので人の心というものに疎く戦闘狂だの死神だの呼ばれ人間に感謝される事などなかった。
ただ時雨の側にいるとなんとなく人の気持ちを学べる気がした。
「なあ、私の事はヨルデと読んでくれないか?」
時雨はブリュンヨルデから水を受け取り飲み干す。
「ふー、生き返る。ありがとう、ヨルデ」
あっさり呼ばれた。
胸が高鳴る。ブリュンヨルデはそれが何なのかまったく分からない。まだまだ心の勉強中だ。
グレッグが後ろから声をかける。
「しっかしジーグもこんなべっぴんさんを連れ込むとはな」
正確には勝手にやって来て勝手に住みついただけなのだが。
「そろそろ結婚とかしたらどうだ?」
グレッグのセリフにブリュンヨルデは思わず過剰に反応した。
「な、な、な、何を言うグレッグ殿。私たちはそういうんじゃないのだ。勘違いされても困る」
あわてて否定しながら思わず時雨を突き飛ばしてしまった。
ゴメス!
やはり助っ人外国人選手みたいな音を立てて洞穴の壁にめり込んだ。そのままピクリともしない。時雨は死んだ。
そして加害者のブリュンヨルデは何故あわててしまったのか自分でも分からず考え込んでいた。
数時間後
「おい、頼むからそんなにうっかり殺さないでくれ」
生き返った時雨は洞穴に戻ってきた。手には何かが入ったズタ袋を持っていた。
「途中で魔物に会ったから刈ってきた、大したもんは持ってなかったけど売れば多少の金にはなると思う」
時雨は剣を置く。それはブリュンヨルデからもらった剣だ。黒い柄に金色の装飾が施された鞘。ただ何故か緊急時以外は鞘から抜いてはいけないと言われた。きっと神界の物だから何か曰く付きなのだろうと納得した。大剣とまではいかないが普通の剣よりは長く太い。そして何より鞘のままでも斬る事が出来た。
時雨はそれを自由に振り回せる程度にはなっていた。そして弱い魔物くらいなら倒せるようになった。修行の賜物だ。だがいまだに手加減してくれているブリュンヨルデに一撃も入れたことはない。とりあえず目標はブリュンヨルデから一本取ること。それが出来たら王都に向かおうと決めていた。
「すまぬ、思わず殺ってしまった。悪気は無いんだ。ご飯食べるか?冷めてしまったが」
時雨は頷いた。
肉野菜炒めは冷めていても旨かった。
食べ終わる頃にグレッグも居間にやって来た。
ブリュンヨルデが思い出したように一枚の紙を取り出した。
「そう言えば街に行ったときにこんなのもらった」
時雨はこっちの世界の文字が分からないので読めない。
代わりにグレッグが読み上げる。
新生フッカーヤ王国聖誕祭
新王城お披露目式
新国王 レイエンダ挨拶
宰相 獅子王アイラ挨拶
神官長 及び 騎士団長紹介
明日正午より開催
参加された方にはもれなく粗品プレゼント
そう書かれていた。
「メルローズの酒場っていうところに情報収集がてら寄った時にもらったんだ。何かチンパンジーみたいなのも働いていたが料理は抜群に旨かったぞ。今度はみんなで行こう。そう言えば凄く強そうな女にも会ったな、是非神界に連れていきたいところだ」
「ふーん、ヨルデが強そうって言うんだから相当だな」
時雨は頭の中に強そうな女性を思い浮かべた。胸まで筋肉になってしまったムキムキの斧を担いだ女性が浮かんだ辺りでやめた。
戦女神であるブリュンヨルデの本業は神界に兵の候補を連れていく事だ。何度死んでも生き返る時雨も最初は連れていこうとしていた。最近は諦めたようだが。
「またヨルデちゃんの神界の話か、まったく飽きないねえ」
グレッグはブリュンヨルデが女神だと信じていなかった。どこか田舎にシンカイ村でもあるんだろ程度に思っている。グレッグにとって女神とは信仰しているエメルだけだ。時雨は前に神界について聞いてみた。ブリュンヨルデ曰くエメルは神界のさらに上にある神域に居るらしい。時雨にとってはパンツ一丁のヘボ神にしか見えなかったから驚きだった。ブリュンヨルデのほうがよっぽど神々しいが比べられるのも畏れ多いらしい。
「グレッグ殿も連れていきたいぞ。向こうに帰っても手作り野菜食べたい。本当に美味しいからな。まあ連れていくには一度死んでもらわないといけないのだが」
「おいおい、そんな物騒な事言うなよ。こっちはただでさえ命からがら生き抜いてきたんだ。あ、そうそう、新国王だかなんだか知らねえが王都には行かねえよオラは」
グレッグが元々住んでいた村は王国軍に焼き討ちされた。さらにその後出会ったグレッグの仲間も王国軍に殺された。
なのでグレッグはあまり気が進まないようだ。
時雨もブリュンヨルデから一本取るまでは王都には行かないと決めている。何しろ半年前ブリュンヨルデに会うまでは無鉄砲に王都に向かおうとしてはやたら死にまくり無駄な時間を過ごしたからだ。
「なんだ二人とも行かないのか。残念だ、私は一人で行ってくるぞ。新しい王とやらも気になるし人がたくさん集まるなら勉強にもなる」
人の気持ちを理解しようとブリュンヨルデは必死だ。
「ん~それより午後の稽古出来なかったからこのあと頼める?」
「ああ、構わないぞ。洗い物が済んだら向かおう」
肉野菜炒めの皿を回収するとブリュンヨルデは洞穴の中にある小川に向かう。これもグレッグが見つけたものだ。そこに時雨とグレッグはそこら辺から廃材を拾ってきて簡単な調理場を作った。水浴び場もトイレも作った。すでに洞穴と言うより家だ。父親と息子、そしてその嫁と言っても信じてもらえるだろう。
そして一際広い空洞で時雨は待つ。
ブリュンヨルデがやって来た。手には長い棒を持っている。稽古用の槍の代わりだ。時雨はもらった剣をそのまま使う。二人の実力差は明確なのでそれで良いとブリュンヨルデに言われた。
「ふう、じゃ、頼むわ」
「全力で来い」
時雨は剣を振りかぶり思いきり振り下ろす。空気を裂く音だけした。ブリュンヨルデは半歩下がると棒を突き出す。時雨は体をひねる。脇腹すれすれを棒が通る。今度は時雨が剣を下段から振り上げる。
「農耕流、土竜の地走り!」
農作業中に閃いた技なので農耕流と名付けた。
土が舞う。視界を奪う!
「む、妙な技を」
「からの鍬降ろし!」
振り上げた土にそのまま突っ込み今度は振り下ろす連撃。
「なんと!」
思わずブリュンヨルデは左手でバリアを作り剣を弾く。
「ちょっと、魔術は禁止って決まりじゃん」
時雨がまったくさっぱり魔術の才能が無いので立ち合いは魔術禁止だった。
「それに何か今日は動き鈍くない?いつもならささっと避ける気がするんだけど調子悪い?」
ブリュンヨルデは正直言ってめちゃくちゃ強い。戦女神を名乗るだけあって槍も剣も弓もすべてが達人クラス。さらにそれを扱う身のこなしも思わず見惚れる程流麗だ。
「いや、今のは見事だった。思わず神気を発してしまった。なんとなく技の名前が微妙な気はするが」
神気、それは術式を編み自然の力を借りる魔術とは違い無から有を生み出す神のみが使える奇跡を起こす力。ただどっちも縁がない時雨には似たようなものだ。
「だが調子が悪いのも事実かもしれない。最近少し目まいと吐き気を感じる時がある。私自身初めての事で戸惑っている」
ブリュンヨルデは座り込んだ。
「大丈夫か?ちょっと待ってろ、水持ってくる」
「すまない、出来れば何か酸っぱい物も食べたい。何だか体が酸味を求めている気がする」
(ヨルデが頼み事するなんて珍しいな、相当調子悪いんだろうな。まあいつも頼りっきりだし仕方ないか)
街への買い物や情報収集から洞穴生活の家事全般まで任せっきりだ。きっと疲れたのだろうと時雨は思った。洞穴内を移動する。小川が流れる部屋に出た。調理場の横の木箱を開ける。ここはひんやりしているので食材の保管にも適している。
(何で酸っぱい物なんか欲しがるんだろう、疲労回復?えーとレモンとかでいいかな)
時雨は酸っぱい物が苦手だった。
(目まいと吐き気か、どうしたんだろ?この世界には病院とかあるんだろか、でも女神は人間の医者じゃ看れないか)
小川からコップに水をすくう。この世界には水道はないがほとんどの川の水がそのまま飲める。
時雨が戻るとブリュンヨルデは壁に寄りかかって座っていた。
「持ってきた、本当に大丈夫か?やっぱり一度神界に帰ったほうが良いんじゃないか?」
しかしブリュンヨルデは首をふる。
「駄目だ。私は神界では盗っ人だ」
「正直に謝って槍を返せば許してくれるんじゃないかな」
「神界はそんなに甘くは無い、今帰ったら死罪だ。それも未来永劫二度と転生することの無い魂の牢獄送りの」
(神界、かなりヤバそうなところだな。絶対行かない)
時雨はそう思った。
ブリュンヨルデは綺麗にナイフでレモンの皮を剥くと口に含んだ。相当苦酸っぱかったのか眉間にシワが寄る。
水を飲み干すと一息ついた。
「では稽古を再開しようか」
「そう言うと思った」
ブリュンヨルデは良い意味でも悪い意味でも真面目すぎる。少し危なっかしい程。
「病人に勝っても嬉しくない。今日は終わり。大人しく寝てなさい」
時雨はブリュンヨルデを抱き上げた。抵抗するかと思ったがそんなこと無かった。
「たくましくなったな、本当に」
ブリュンヨルデが呟く。
「ヨルデのお陰だよ。いつも稽古に付き合ってくれてるしご飯も作ってくれてるし自分でも筋肉ついたなって思う」
「そうか、役に立てて良かった。最初会ったときは燃え尽きたマッチ棒みたいだったからな」
「ひでえ言われよう」
時雨とブリュンヨルデは笑い合う。
「ん?ちょっと待て、三つ気配がする。グレッグ殿と…誰だ?」
「了解、まあ一緒にいるなら敵じゃないと思うけど警戒はしておこう」
茶の間の方から声がする。
グレッグと女の人の声だ。
「あ、戻ってきたな。ヨルデちゃんにお客さんだ」
危険は無さそうだ。時雨はブリュンヨルデを抱えたまま中に入る。
「あ、姉さん達!」
そう言えばブリュンヨルデは姉が二人居ると言っていた。確かブリュンアサデとブリュンヒルデ。三人揃って朝昼夜。誰が名付けたのか知らないが何とも言えない。
ブリュンヨルデと同じ色の銀髪を束ねた赤い服を来たつり目のややきつい印象を受ける美人とやはり同じ色の銀髪でセミロングの
緑色の服を来たちょっとタレ目の優しげな印象を受ける美人がグレッグと一緒に居た。
「ヨルデ!まったく心配したわ」
「ヨルデちゃん久しぶり~」
「姉さん達、何でここに居るんだ?よく分かったな」
ブリュンヨルデは驚いた。
「何でも何も無いわよ」
「これこれ~」
ヒルデが封筒をヒラヒラさせる。
「グレッグ、何て書いてあるの?」
こっちの世界の字が読めない時雨はグレッグに聞いた。ヒルデから封筒を受け取ると読み上げた。
「あーんと何だコレ。第18号神界七丁目六の二番、ブリュン家ご一行様へ。差出人ブリュンヨルデ、フッカーヤ王国、王都近くの洞穴より」
ブリュンヨルデが呟く。
「あ、昨日王都の郵便局で出した手紙だ」
「思いきり自分で書いてんじゃん!て言うかブリュンが名字だったのかよ!つうか郵便局神界まで配達してるのかよ!」
突っ込み所しかなかった。(ここからはブリュンヨルデのブリュンが名字だったことが判明したのでヨルデ表記にします)
「何かね~最近出来た特別便で神狼様が届けてくれるの~」
ヒルデが答える。
「ええ!黒くて大きくてもふもふしてて可愛かったわね。さすが神域に至った方ね。ウチのクソ上司とは大違いだわ」
今度はアサデが話す。
(ヨルデがこっちに来る原因になった上司と同じだろうか)
時雨は思った。確か喧嘩して槍を盗んで来たという話だ。
「あのセクハラオヤジ、ヨルデに手を出そうとしたんだってね。二度とそんな気が起きないように私達がボコボコにしといたから帰ってきて平気よ」
アサデは言い切った。
「あ、でもね~槍は返さないといけないみたい~。あの二本は強力過ぎるから~うっかり人間の手に渡ると困るって~」
のんびり口調のヒルデの言葉にヨルデは反応した。
「すまない姉さん。実はすでに槍は一本失われた。でも責任持って処分したから知らない人の手には渡っていない。だがやはり私は帰る訳には行かない」
「あらあら~どうしましょう~」
「失われた物は仕方ないんじゃないかしら?元々あのエロオヤジが悪いんだし良いんじゃない?」
それで良いのか神界。
「それよりあなたがジーグ君?ウチの不肖の妹がお世話になっております」
アサデに問われたので時雨は答えた。
「いえ、妹さんにはいつも助けてもらってます。本当にお世話になっているのはこっちです」
お世話になっているのは本当なので本心だ。
「ちょっと頼りなさそうだけど~なかなか良い子みたいね~ヨルデちゃんいい人見付けたのね~」
(ん?何の話だ?)
時雨にはまだ分からない。
「そうね、あの戦ってばかりの超堅物だったヨルデが恋人を作るなんて!姉さん安心したわ」
アサデは遠い目をして涙ぐんでいる。
「ちょっと待ってくれ姉さん達、何を勘違いしている。ジーグはその、こ、こ、恋人とかそう言うのじゃ無くて」
ヨルデは慌てて否定するが
「何言ってるの~この手紙読めば誰だって分かるわよ~」
「八割くらいジーグ君の事しか書いてないわ。ジーグはすぐ死ぬくせに諦めないとか、ジーグは物凄く弱いのに努力だけは超一人前とか、ジーグは頭はそれなりに良いけど魔術がさっぱりでいくら仕組みだけ理解しても素質が無いからまったく使えないとか」
それは誉めているのか?めちゃくちゃバカにされてないか?それのどこに好意があるのか時雨には分からなかった。
「それに~今だってずっと抱っこされたままじゃない~、もうラブラブ過ぎてお姉ちゃん見てられないわ~」
そう言えば時雨は体調不良のヨルデを抱き上げて運んできてそのままだった。
「あ、あ、違うんだこれは。ちょっと体調不良で」
アサデとヒルデは顔を見合わさせた。
「ヨルデ、私達は人と違う。体調不良になんかならないことは知ってるわよね?」
「そうよ~私達が調子崩すなんて毒とか呪いとかくらいね~」
時雨は不安になった。まさか気付かないうちにヨルデが毒に侵されていたり呪われていた可能性があるなんて。
「ヨルデ、お姉さん達に身体、診てもらったほうが良いんじゃないか?同じ女神なら何か分かるかも」
時雨はヨルデを降ろした。
「うん、ちょっと診てもらってくる。寝室を使わせてもらうぞ」
ヨルデは少しふらついていたが姉二人を連れて奥に消えていった。一気に茶の間に静けさが訪れる。
「まったく何を勘違いしてんだろあの姉妹は」
時雨は呟く。
「はあ、気付かぬは本人達ばかりってのはこのことだべ」
グレッグがため息混じりに答える。
「何だよグレッグまで」
時雨はグレッグとちゃぶ台を挟んで座る。ちゃぶ台にはヨルデが神界に出した手紙が置きっぱなしだ。
「良いか、手紙の他の部分読むぞ」
「どうせろくなこと書いてないって」
以下ヨルデの書いた手紙
前略
お姉様達はお元気ですか?急に神界から居なくなったので心配しておられると思いますが私は元気です。訳あってまだ神界には帰れません。
~中略~
今は色々あって人間二人と暮らしています。グレッグ殿は畑作りがとてもお上手でいつも美味しい野菜を食べさせてくれます。
もう一人のジーグという青年は初めて会ったときとても傷付けてしまいました。私はまだまだ人の心が分からない未熟者だと痛感しました。あと、何故か死んでも死なないので神界に連れていこうかと思いましたがお断りされました。とても残念です
~中略~
ジーグにありがとうと言われました。何だか胸が暖かくなります。何故でしょうか。ジーグに笑いかけられると胸が高鳴ります。何故なのか分かりません。ジーグが隣で寝ていると頭が熱くなって中々寝付けません。何故なのか分かりません。私は病気なのでしょうか?それともいつか理解出来るのでしょうか。何だか胸がむずむずします。
~中略~
とにかくそんな感じで充実した毎日ですのでご心配なさらぬよう
ヨルデ
他の部分もジーグが、ジーグと、ジーグに、ジーグを、ジーグはで始まりジーグが何回出てきたか分からない。
「な、ヨルデちゃんはどう見てもお前さんが好きみたいだな、オラの事なんか野菜のおじさんとしか書かれてねえっぺ。それにしてもシンカイ村だかシンカイ国だか知らんがどこから来たんだろうなあヨルデちゃん、海の向こうか?」
グレッグはまだ神界を信じていない。
それより時雨は戸惑った。ヨルデはそんな素振り見せた事無いからだ。いや、よくよく思い出すとたまにやけに慌てたり真っ赤になったりそわそわしていたりしたことも有ったような。
「いや、いきなり言われても………ほら、俺にはさ」
「アイカさんだっけ?お前さんがこの世界に来るきっかけになったって言う」
グレッグはエメル関連は信じるので時雨が異世界から来たことは信じていた。
「そう、アイカ姉のためにこの世界に来たからなあ。ヨルデの気持ちは嬉しいけど………」
「そう決めつけるなジーグ。この半年お前さんを誰よりも良く見てたのは誰だ?」
言われるまでもない、ヨルデだ。特に辛いときはいつも傍に居てくれた。逆にアイカの事はあまり考えなかった。たまに淫夢は見ちゃうけど。
「まあオラはどっちでも良いがな。よく考えてみろ」
時雨はうんうん唸り出した。ヨルデは確かに美人だし気立ても良い。しかしアイカはアイカでずっと想って来た人だ。今はどこに居るのかも分からないが。
唸っていると三姉妹が戻ってきた。
アサデとヒルデは何やらご機嫌だ。どうやら毒やら呪いでは無かったらしい。しかし反対にヨルデはうつむいていて表情は分からない。
「はーまさかヨルデに先を越されるとは思わなかったわ」
「私は~ヨルデちゃんはとても良い子だから~いつかこうなる気はしてたわ~」
何の話か分からない。
「あの、ヨルデの事、何か分かったんですか?」
時雨はアサデに聞いてみた。
「何をとぼけているんだジーグ君!まったくやることやってるんじゃないの。いやもう義弟と呼んだ方が良いわね!」
(何の事だ?)
時雨が不思議そうな顔をしているとヒルデが答えた。
「おめでたでした~。私達は~まだ経験してないけど~今のヨルデちゃんに起きているのは~いわゆるつわりね~」
ヨルデは沈黙したままだ。
時雨は耳を疑った。
「………………はへ?」
変な声しか出なかった。
確かにヨルデは美人だ。街に行けば男に声を掛けられても不思議はない。しかしヨルデは歩く真面目さんだしホイホイついていくとは思えない。いや、何も知らないのを良いことに騙された可能性はある。そっち方面はちょっと危うい子だし。
「おい、ジーグ?どういうことだ」
「いや、俺に言われても………」
ヨルデは相変わらず黙ったままだ。
「さてさて式はいつが良いかしら、安定期に入ったらか産後のほうが良いわよね」
時雨はアサデに一応聞いてみた。
「誰の何の式?」
「そりゃヨルデとジーグ君の結婚式よ。いやぁまさかヨルデが一番なんてね。まあでもめでたいめでたい」
しかし時雨は心当たりがない。
ヨルデが誰かと結ばれるのならもちろん祝福するが自分にはまったく心当たりがない。どういうことだ。
「あの………ヨルデは本当に妊娠してて本当に俺の子なんでしょうか?」
「何言ってるの~ちゃんとお腹の中からジーグ君と同じ波長を感じたわよ~」
ヒルデが答える。
魂を扱う女神が言うのだから間違いはないのだろう。
ただやっぱり心当たりがない。
「あの、恥ずかしながら自分、女性経験はまだなくて何かの間違いだと思うんですが。それにその、自分には心に決めた人が居まして。ヨルデさんも大変魅力的な女性だとは思いますがやはり自分との子ではないと思うのですが」
なんとなく時雨は敬語でしどろもどろに話す。
アサデとヒルデの空気が一変した。
「ほう、面白いことを言うな婿殿。まさか知らん顔で済ますおつもりか?ヨルデとは遊びだったと言うことか」
あ、お婿さんなんだ。
「ジーグ君~無責任なのね~ちょっとそれ笑えないかも~」
乾ききった笑顔でヒルデが言う。
「ちょっとヨルデ、ヨルデさん。何とか言って」
時雨は助けを求めるがヨルデは相変わらず何も言わない。
「ジーグ君、ちょっと表に出ましょうか」
「ええ~姉さんそれが良いわね~ここで殺ったらグレッグさんに迷惑掛けちゃうし~」
何だか物騒な事言われてる気がした時雨はそろりそろりと茶の間から去ろうとしていたがあっさり姉妹に捕まる。
「どこへ行くのかな?」
「あっちでお話しましょうね~」
ずるずる出入り口の方へ引き摺られてく。
「ちょっと待ってくれ!本当に何も知らないってば!ちょっ、助けて~グレッグ~ヨルデ~」
「フッ、美人に殺られるのもある意味男のロマンだべ」
グレッグは時雨に向かって親指を立てた。
「あっ、姉さん達ちょっと」
やっとヨルデも追いかけ出した。
どうしてこうなった。目の前には激昂した戦女神アサデ。後ろには冷たい笑顔を浮かべた戦女神ヒルデ。
「さて、君は死んでも生き返るらしいな。安心しろ!そうならんよう魂まで滅してやるから」
「ダメよ~姉さん。それなら~生かさず殺さず永遠に神界湾に沈しましょうよ~」
まずい、確実に殺られる。
時雨は一応剣を構えるがまったく勝てる気がしない。でもここで死ぬわけにもいかない。
「妹を傷物にされた姉の怒りを受けるがいい」
アサデの槍が輝き出した。おそらく神気を纏った一撃だ。
そしてヒルデは斧を持っている。神気は出ていないが破壊力は高そうだ。
「大人しく滅されろ!」
アサデが跳躍して突っ込んでくる。
「農耕流、田植えの足さばき!」
時雨は謎の歩法で高速で後ずさる。そしてすぐさま転がる。時雨がいた場所の地面が爆砕した。ヒルデの無言の斧の一撃だ。
(やっべえ、俺の土竜の地走りの比じゃねえ!)
どうにか避けはしたが風圧と衝撃波だけで時雨の肌が裂け血が流れる。
「避けたか、まあ本来はこれにヨルデの剣が加わるのだがな」
時雨の稽古相手の時は槍に見立てた棒を使っていたが
(そうか、ヨルデの奴、本来は剣なのか、本当に加減してくれてたんだな)
本当に真面目で健気な奴だと時雨は思った。
なのにいつも真っ直ぐで不器用で、そこらの調子だけ合わせて笑ってる人間なんかよりよっぽど人間らしくて
「本当に眩しいな」
思わず本音が出た。
「姉さん達!誤解なんだ!やめてくれ」
ヨルデが出てきて叫ぶ。だが
「ヨルデ、お前は黙っていろ」
「ヨルデちゃん、危ないから下がっててね~」
アサデとヒルデはまったく止まる気配がない。互いの得物を容赦なく時雨に向ける。時雨はどうにかかわして受け流すが傷は増える一方だ。殺されるのは時間の問題だ。
時雨はヨルデを見る。もしここで自分が死んだらどんな顔をするのだろう?あの綺麗な顔で泣いてくれるのかな、でも何故だろう?そんなの見たくない。絶対見たくない。泣き顔なんて見たくない。あの綺麗な顔と心が悲しみに歪むなんて嫌だ。こんなところで死ぬ訳にはいかない。
「おおおおお!農耕流、一円雑草刈り!」
時雨はしゃがみ下段で一閃する。アサデとヒルデは一歩後ろに下がりそれをかわす。僅かな隙が生れた。
「ジーグ!剣を抜け!抜刀しろ」
ヨルデが叫ぶ。確か鞘から抜くなと言われていたが許可が出た。
もらってから初めて剣を抜いた。その刀身は黒く鈍く輝き禍々しい。
「なっ!」
「あっ!」
アサデとヒルデがへなへなと膝をつく。
「あれ?何で?」
時雨は剣を抜いただけだ。
「まさかそれはグングニルなの?剣に加工したのか………」
グングニル、それは主神オーディンが持つ槍。よくゲームなどに出てくるから時雨にも分かる。
(まさか上司ってオーディン?この二人は主神をボコボコにしてきたのか?)
「力が~抜けます~」
ヒルデの目が回る。
ヨルデが少し離れたところから叫ぶ。
「グングニルは神の力を吸うんだ!」
アサデがそれに答える。
「そうよ、それを持っていたから今まではあのセクハラエロオヤジに手が出せなかった、ヨルデが盗んでくれたからボコボコに出来たの。あんな奴グングニルさえなければただのじいさんね」
主神、ひどい言われよう。
さらにヨルデはもう一本槍を出した。
「これ以上ジーグに手を出すならたとえ姉さん達でも許さない!」
「あれは~裏切りの槍ロンギヌス~あの子本気ね~」
ヒルデはアサデを見た。アサデはため息をつく。
「はあ、私達の妹はとんでもないものを盗んで行ったのね。どっちも神の天敵じゃない、敵わないわ」
アサデとヒルデは武装を解いた。
「姉さん達落ち着いて聞いてくれ、それとジーグも。多分怒られそうで言えなかったんだが」
時雨は剣を鞘にしまい座り込んだ。疲れはてた。
「あの、私が悪いんだ」
ヨルデはうつむきながら話し始めた。
時雨が寝ている時に`自分の身体´を使って時たま淫夢を見せていたことを。簡単に言えば寝ている時雨と交わった事を。
「あーたまにやけに生々しい夢見てたわー、あれの事か~」
確かに時雨はやけに艶かしい夢を何度も見ていた。そして次の日の朝は大概やけにすっきりしている。
「あちゃー、淫魔じゃあるまいし何してんのかしらこの子は………妹がここまで馬鹿だったとは………」
「ジーグ君~ごめんなさい~あなたは悪くないわ~」
まさか知らんうちに初めてを奪われていたとは。
「よくない事だとは分かっていたんだ。でもジーグはたまに見ていられないほどうなされるんだ。すごく苦しそうになるんだ。それを見ると何故か私も苦しくなるんだ。だから私に何か出来ないかと思ってついやってしまった。本当はしてはいけない事だと分かっているんだ。だがジーグは毎日頑張っているんだ!カスん子程弱かったのに最近は週に2回くらいしか死ななくなったし。でもいつもどこか辛そうで。私に出来る事なら何でもしてやりたいと思ってやってしまった。だがこんなことになるとは………やっぱり私には人の心は理解出来ないんだ。私は壊れた欠陥品なんだ」
ヨルデの瞳から涙がが溢れた。
「ジーグの側に居れば何か分かると思ったんだ。何故かいつも胸が疼くんだ。でもそれが何なのかずっと分からないんだ」
アサデはヨルデを抱きしめた。
「馬鹿ねこの子は、あのね、人だって自分の心を全部理解出来ないの。だからみんな悩むの。ヨルデは壊れてなんかないわ」
「そうなのか?姉さん達もなのか?」
「そうよ~私なんて~この間~私の事を~好きだと思っていた~男が~他の子と結婚したから~末代まで呪ったわ~」
(姉のほうがヤバくないか?)
時雨はそう思ったが恐いので黙っておいた。
「ただ、ヨルデ。ヒルデは阿呆だからほっとくとしてお前は方法を間違えたな」
「………どうやらそのようだ。私は間違えた。もう合わせる顔もない。もうここには居られない。大人しく神界に帰る」
ヨルデは背を向け飛び去ろうとする。その背中はとても小さく見えた。涙声で言葉を絞り出す。
「ジーグ、その剣はお詫びに預けておく。お前にしか使えないように作った。大切に使ってくれ、では迷惑をかけたな」
そんなヨルデの腕を時雨は後ろから掴んだ。
「?」
ヨルデが不思議そうな顔をする。
「バカ野郎!」
時雨はヨルデの頬を叩いた。ヨルデは大粒の涙を流している。
「やっぱり怒って居るのか、そうだよな。お前には大切な人が居るのに望まぬまぐわいをしてしまった」
時雨はヨルデの両肩を掴む。
「そうじゃねえ!勝手な事だけ言って消えようとするな!お前は自分を安く見すぎだ!人の心が分からない?欠陥品?ふざけんな!じゃあ何で泣いてんだよ!何で悲しんでんだよ!心があるからだろ!充分人間臭いじゃねえか」
時雨はヨルデを強く抱きしめた。
「それと自分の身体を傷付けるような真似はするな、大切にしろ。じゃないと困る。さっきお前を見たとき、お前には悲しい顔をさせたくない、泣いてほしくないと思った!」
時雨はヨルデの顔を正面から見据える。
「ヨルデ、俺はどうやらお前が好きみたいだ!俺だって自分の心がよく分からねえ。でもお前が居なくなるのは嫌だ。だから行くな。俺のそばにいろ」
ヨルデは目を見開いた。驚きが顔に出た。
「え、だって。良いのか私で?」
時雨は答えの代わりに思い切り口づけをした。
「おおう」
「あらあら~」
それを見ていたアサデとヒルデは驚嘆の声をあげる。
「と言うわけで妹さんは貰います。神界には帰しません、殺されても帰しません」
時雨はアサデを真っ直ぐ見据え宣言する。
アサデが答える。
「分かったわ。ふつつかな妹ですがよろしくお願いいたします」
「ヨルデちゃん良かったわね~」
ヨルデの瞳からはまた涙が出た。
「うん、良かった!何でだろう?嬉しいのに涙が出る。やっぱり心はまだまだ難しいな、よく分からない、よく分からないけど」
でも、確かな事もある。涙は出ているけど時雨を真っ直ぐ見つめ満面の笑みで言った。これだけは確信がある。
「ありがとう、愛している」
さらに時間はたち深夜。時雨は眠れずにいた。隣にはスヤスヤと寝息をたてるヨルデが居る。とても安心しきった寝顔だ。
(本当にこれで良かったのかな)
時雨はアイカの事を考える。やっぱりアイカの事は好きだし漠然と一緒になりたいとは思っていた。だが何故かヨルデに抱く感情とは違う。現実味がない。
(やっぱりアイカ姉に対する気持ちは憧憬だったのかな。好きとはまた別なんだな、まあ俺も良く分からないけど)
しかしまさか自分が異世界で女神を嫁にもらう事になろうとは。しかも子供まで出来ている。ただ死にまくってた半年前からは想像もつかない。
(何がどうなるか分からないもんだな)
時雨はいずれ元の世界に帰る予定だ。その時ヨルデをどうするのか。連れて行っても大丈夫なのだろうか。アイカをいまだに見付けてもいないししばらく先だとは思うが。
(駄目だ、考えてもまったく分からねえ、神様に聞いてみるか)
そっと布団を出て茶の間に向かおうとする。
隣の布団から声がした。
「………ううん………駄目だ………ジーグは私のだ………」
ヨルデは夢の中で何かと戦って居るようだ。
(大丈夫だよ、俺なんか奪いに来る人なんて居ないから)
人に想われる幸せを感じながら茶の間に向かった。
笑い声が聞こえる。アサデとヒルデが大きな肉を焼いて食べていた。酒瓶が大量に転がっている。グレッグはすでに酔い潰れて床に転がっていた。
おめでた祝いと称してアサデが大量に酒を買ってきた。しかし妊娠中のヨルデは呑まないし時雨はヨルデと一緒に居たかったので結局外野が騒いでるだけだ。
「ん、義弟君、やっぱり呑みに来たのかな?」
「お肉も~たくさんあるよ~何がフレイムドラゴンよ~自分が焼かれてるなんて笑えないわ~」
肉はヒルデが刈ってきた。元フレイムドラゴン、今はただの肉。魔物の中でも上位の竜種だが相手が悪かった。
「ちょっと~おつまみ持ってきます~」
と言い数分後、解体した肉を担いで戻ってきた。
時雨はフレイムドラゴンに瞬殺された経験があるので本当に笑えなかった。
ちなみに女神にアルコールはあまり効かないらしい。
「まああれよね、いきなり親になるって言われても不安よね、分かるわ~。私子供どころか彼氏も居ないから全然さっぱり分かんないけど」
アサデは一人で笑いだした。本当にアルコール効いていないのだろうか。
「私達~完全に~行き遅れね~笑えないわ~一番下の子が結婚したのに~上の二人は~全然ダメね~って親戚中に笑われるんだわ~本当に笑えないわ~」
と言いながらヒルデも笑い出す。
駄目だ。ただの酔っぱらいだ。時雨は女神について聞きたい事があったがまともな答えは帰ってこないと思われるので引き返そうとしたがアサデに捕まった。
「義弟君、良いのがあるの、これ滅多に手に入らない奴なの!冥界にクソ上司連れてって置いてきたらお土産にって冥府の女王様がくれたの」
冥界直送 神殺し と書かれたラベルの瓶を開け無理やり飲ませる。
(あれ?美味しい。普通のジュースみたいだ)
冥界とかまた物騒な言葉が聞こえた気がするが忘れる事にした。
「私達も飲みましょう」
二人は一気に飲み干した。豪快だ。
「しっかし義弟君の技の名前はだっさいわね~、ノーコン流だっけ?」
「確かにね~ウチの妹の~旦那になるんだから~もうちょっと~カッコいい~名前が良いわね~」
時雨自身、ちょっとカッコ悪い気もしていたがグレッグと二人で一生懸命考え出した名前なのでちょっと悲しくなった。
「まあいいや。私の旦那じゃないし」
「でも~姉さんはいつ結婚するの~もうアラフォーでしょ~恥ずかしくないの~?いまだに彼氏ゼロとか~」
ピシッ。
空気が凍る音がした。
「アンタだって大して変わらないでしょ!だいたいいつもとっかえひっかえしたあげく全部にフラれてるし毎回全員呪って終わりじゃない、彼氏が居れば良いってもんじゃないの!」
ギャーギャー罵り合いを始めた。
「私は~まだアラスーだから間に合います~。あ~400才の処女なんて~重すぎて誰も持てないわ~」
「338才のクソビッチよりマシよ。それにまだ382才です~!あ~あ~200才にも満たないで結婚出来るヨルデが羨ましいわ」
フォーハンドレット→アラフォー
スリーハンドレット→アラスー
(二人とも黙ってればモテそうなのに………)
そう思ったが時雨はあえて何も言わなかった。
「そうだ!みんな仲良く義弟君にもらってもらおうじゃない!家族の物はみんなの物だわ!」
「姉さん名案~三姉妹丼とか~燃えちゃう~」
(だいぶおかしな事を言い出したぞ。はよ逃げなきゃ)
アサデが時雨を押さえつける。ヒルデがズボンに手をかけた。
「な、あんたら急に酔いすぎだろ」
時雨は精一杯抵抗するが歯が立たない。
「実は気にはなっていたの。ヨルデの手紙に書かれてたわ。ジーグの夜の槍は物凄く太く長く頑丈で果てても果ててもすぐ復活する、私が滅されてしまいそうだって」
「あらあら~じゃあ私達二人くらいなら余裕かしら~」
(ヨルデ!何書いてんだよ)
とにかくヤバい。この二人はただでさえ説得出来ないのに酔っている。
二人は服を脱ぎ始める。
(良い体してるな………じゃなかった。なんでこの世界の女神はすぐ脱ごうとするんだ)
時雨は必死に男の悲しい性に逆らおうとする。
そこへ一本の黒い槍が飛んできた。アサデとヒルデの間を通り抜け壁に刺さる。さっき見たロンギヌスだ。
「………何を騒いでいるかと思えば」
冷たい目をしたヨルデが立っている。
「ヨルデ!誤解だ!俺は何もしてない」
ヨルデは時雨に微笑んだ。
「分かっている。ジーグは私の旦那様だ。不義理はしないと信じている。これだな?冥酒神殺し。これは人間には害は無いが神にはよく効く。性格が真面目な程堕落させるんだ。まあ元々堕落してる場合はさらに堕落するが、それに根っこの部分の欲望まで晒す事になる。まったくろくなものじゃない」
瓶を投げ捨て槍を引き抜き姉二人に向ける。
「次は外さない。例え姉であろうがジーグに手を出したら滅す」
妹が出す凄まじい殺気に酔いが覚めたのかアサデとヒルデはささっと部屋の隅へ退く。
「さあ、行こうか。そうだ、今度この二人に絡まれたら迷わずグングニルを抜いて良い。躊躇なく殺ってしまって構わない。ジーグのほうが大事だ。ダメダメな姉達は放っておこう」
ヨルデは時雨の腕をギュッと握りしめ歩き出す。
「はあ、助かったよ」
時雨はため息をつく。あの二人を反面教師にしてヨルデは育ったのだろうか。
「何言っているんだ。大事な夫を守るのは妻としての責務だ。助けて当然だろう」
フンス、とヨルデは胸を張る。
(ウチの嫁、カッコいいな。イケメンならぬイケ女だな)
「でももし私より魅力的な女性が居たら仕方ないとも思っている、その時はきちんと身を引くから安心しろ」
時雨はヨルデの頭を撫でながら引き寄せた。
「バーカ、そんな奴いねえよ。多分」
ヨルデも時雨にくっつく。
「あと、その、あれだ。したくなったらいつでも言え。私がしっかり相手をするぞ。ジーグのは凄いからちょっと大変だが」
「………それなんだけどお前、何でも正直に手紙に書くな」
「分かった、二人だけの秘密と言う奴だな」
(ちょっと違うんだけどまあいいか)
この不器用さが何故かいとおしいので時雨は何も言わなかった。
そんなやり取りをしていると後ろから駄目な姉二人の涙声がハモって聞こえた。
「羨まじい~私達もげっごんじだい~」
~第二章~色々ありましたね~
「ぼへ~」
メルローズの酒場のカウンター席で何故か半分魂が出てるアイカがいた。相変わらずTシャツにジーンズ。心無しか頭の球根みたいなアホ毛がへにょへにょになっている気がする。
「こら、アイラちゃん、みっともない顔しないの!せっかくの美人さんが台無しだよ!」
酒場の主人、メルローズが言う。何故アイカではなくアイラなのはこの国の教会の司祭に女神が神託を与えた際、お菓子を頬張りながら話したため「獅童アイカ」が「ひひおうらいら」になりそれを司祭が「獅子王アイラ」と聞き間違えたからだ。もう訂正するのもめんどくさいからそのままにしていた。
「だいたいこんな昼間からお酒飲んでて良いのかい?」
「メルさん、今日が最後なんだよ、ただでさえ忙しいのに明日から宰相だよ?レイエンダちゃんがまだちっちゃいから実質国王だよ私が。そんなんで良いのかね?」
メルローズは笑顔で答える。
「まさか一年前無銭飲食してった娘が実はエメル様の御使いで獅子王で神狼様の主だった上に宰相になるなんてね。こっちがびっくりだよ」
一回り上のメルローズからすればまだまだアイカは娘っ子だ。
「そんな大した者じゃないってば。それにもう娘って歳じゃないよう、もう25だよ?むしろ普通に娘が居るんだってば!ここで王様やってる場合じゃないの!」
そう、ガワダーニを倒した後復活したチビスケと合流してさっさと世界を乱してる原因を突き止めるために適当なところで旅立とうとしていたアイカだったがなんだかんだ引き留められて一年経った上に何故か宰相、実質国王の座に就くことになっていた。
「まあ残してきた子供は心配よね。やっぱり成長してくの見られないのは辛いし」
メルローズには色々お世話になっている(主に王国関連の仕事に飽きちゃった時の避難所として)アイカは自分の事情をほとんど話していた。別に隠すものでもないし、信じてくる人のほうが少ないし。メルローズは数少ない理解者の一人だ。
「あ、それは平気。元の世界に帰るときは元いた場所、元いた時間にしてねって全裸ちゃんに頼んであるから」
全裸ちゃんとはこの世界で信仰されている女神、アイネス-エメルの事だ。アイカが会ったとき全裸だったのでそのまま全裸ちゃんと呼んでいる。痴女神とも呼ぶときもあるが。
「なら良いじゃない。もっとここにいたって」
しかしアイカは首をふる。
「メルさん、仮に私があと25年この世界で過ごすとするじゃない?それで元の世界に帰ったとして娘から見たら24才だったはずの美人な母親がいきなり50才のおばちゃんになっちゃうわけよ。誰このおばちゃん?ってなるじゃない?そうならないためにもなるべく早く帰りたいわけ」
「あ~確かにそれは困るわね。でもアイラちゃんなら何か大丈夫そう、って言うか一年前より若返ってない?」
アイカは照れてれした。
「うん、それよく言われる。何でかな?こっちの世界の食べ物とかが美容に良いのかな?」
実際アイカはこの世界では二十歳前後に見られることが多かった。某女騎士Jさん曰く「お姉様のお肌はいつもすべすべもちもち滑らかペロペロ」だそうだ。最後のペロペロはいらないが。
「ただいま~、おっ、また来てたのか獅子王」
入ってきたのは茶色の短髪にもみ上げと髭が繋がった大男。
「おいっすチンパンジー太郎」
「俺の名前はそんなんじゃねえよ!ゲロスだっつの」
「ははは、ウチの旦那を勝手にチンパンジーにしないでおくれよ」
元王国軍騎士団長ゲロス-フッカーヤ。先代のダニ王ことガワダーニの甥っ子である。一年前は色々あってアイカと一戦交えたりした。一応末席ながら王位継承権もある。
「はあ、色々あったって言ったらメルさんとそこのオラウータンが一番不思議よ」
メルローズとゲロスは結婚した。元々貴族だったゲロスはあっさりその地位を捨て今はメルローズの性を名乗っている。
「がはははは、まあ俺もよく分からん。よく分からんが惚れちまったもんは仕方ねえ」
一年前、メルローズは未亡人だった。一人息子がいたがガワダーニ政権による徴兵で無理やり軍に入れられ魔物との戦いで命を落とした。その時騎士団長だったゲロスは目の前の部下を救えなかった事を後悔、自分は団長の器ではないとして軍を去った。
その後どこに行ったかと思えばメルローズの所に毎日息子を救えなかった事を謝りに来ていた。最初は相手をしなかったメルローズだが大きな体を小さく丸めて謝り続けるゲロスがだんだん可愛く見えてきたらしい。半年たったあたりからゲロスは店を手伝うようになり先日とうとう結婚してしまった。
「絶対浮気しそう、このマウンテンゴリラ」
「そしたらこうさね」
メルローズはウィンナーをストンと切り落とした。
「しねえよ!獅子王、余計なこと言うなよ」
アイカは股を押さえて青ざめるゲロスを見て笑った。
「あはは、アンタが悪い奴じゃ無いってのは知ってるから安心して、メルローズさん泣かしたらすり潰すけど」
しばらくして昼時の少し前。
一人の女性が入ってきた。透き通るような銀髪に青い目。淡い青いシャツに白のスカート。とにかく美人である。胸はアイカよりは無いが均整の取れた体に所作も美しい。
「いらっしゃい、好きなところにすわっとくれ」
「わかった」
謎の美人さんはアイカの隣を一つ開けて座った。
メニュー表を指差し五品くらい頼んだ。
「なあ、お前さんと言いあの娘と言いこの店は隠れた美人の集合場所か何かなのか?」
ゲロスがこそこそアイカに話しかける。
「分かんないけど初めて見る子ね」
何だか不思議な雰囲気を纏った女性である。
アイカと謎の美人さんは目が合った。
(はー、こりゃまた美人さんだ。私の負けかな?神秘的ね)
(綺麗な人だな、うん凄く綺麗な人。活力が溢れている)
そして
(隙がない、強いわねこの娘)
(強い力を感じる。ただ者ではないな)
お互い通じ合ってしまった。
しばらく見詰め合う二人。
「おいおい、おっぱじめるなら外に出てからにしてくれよ?」
不穏な空気を感じ取ったゲロスがアイカに忠告する。
「人を辻斬りの喧嘩屋みたいに言わないでよ。用もないのに喧嘩しないってば」
しかしアイカはちょっとうずうずしてしまう。最近体を動かしてないし一つ手合わせ願いたいと思ってしまう。
「コラ、ゲロス!何遊んでるんだい、厨房手伝いな!」
「あ、あいよ~」
ゲロスは焦って厨房に入っていった。早くも尻に敷かれているようだ。
「ほう、この店はチンパンジーが料理をするのか、珍しいな」
「ブフォッ!ゲホッゲホ………」
謎の美人さんの一言にアイカは思わず吹いてしまった!
「ひい、ゲホッ、無理!何この子、いきなりおもしろすぎ」
謎の美人さんはアイカを見て不思議そうな顔をしている。
「思ったことを言っただけなのだが、そうか。私はおもしろいか。真面目だとはよく言われるがおもしろいとはあまり言われた事がない」
アイカは席を一つ詰めて謎の美人さんの隣に座った。
「ねえねえ、アンタどこから来たの?初めてだよねこの店」
「ああ、私はしん………じゃなかった。シンカーイ村から来たんだ。ただのおのぼりさんだ」
(危ない危ない、なるべく神だと言うのは隠すように言われてたんだった)
謎の美人さんは安堵した。
「自分でおのぼりさん言う子も珍しいわね。実際シンカーイ村なんて聞いたこと無いけど」
そもそもアイカもこの世界に来てまだ一年。なんとなくこの近辺の地理が分かる程度だ。
「貴女は常連さんなのか?オススメが有ったら教えて欲しい」
(この子さっきけっこう頼んでなかったっけ?まだ食べる気なのかな。若さか?これが若さと言う奴か?)
「大丈夫、この店は何でも美味しいから何でもオススメ。お酒も良いの揃ってるし」
「お酒はいらない。お酒のせいでいつも失敗している姉が二人居るんだ。だから私は飲まない」
不思議な話し方をするし若そうな割にはずいぶん落ち着いてるけど悪い子じゃなさそう、アイカはそう思った。
そこへ金髪の女騎士が現れた。
「居た~!やっぱりここに居ましたか。また知らない女の子に手を出して!お姉様には私が居るでしょう」
「げっ、見つかった。て言うかジュリアちゃん別に私の何でもないでしょうが」
とにかくアイカを慕う女騎士ジュリアだった。一年前よりさらに色々こじらせている。
「とにかく明日の準備が有るんですから戻ってきてください」
「はあ、仕方ないか」
アイカは席を立つとメルローズに戻ることを伝える。
「あ、そうだ。明日ね、ちょっとしたお祭りあるんだ。良かったら見に来て」
アイカは謎の美人さんに一枚の紙を渡し去っていった。
「楽しそうな人だったな。私も見習いたいものだ。しかしお祭りか。帰ったらあの二人も誘ってみよう」
謎の美人さんはそう呟きながらもらった紙を読み始めた。
「ねえ、これ本当に必要ある?」
アイカは明日お披露目になる城の前に立つ石像を見る。
大きな岩の上に犬に跨がった女性の像が立っていた。
「何を言いますか。これはですね、一年前ゴミクズ王の悪政により荒みきったこの国を救った救世主様の像なんですよ。悪政を敷くと罰が下ると言う教訓を込めて永遠に語られなければなりません。そのシンボルなのですから必要です」
ジュリアは真面目な顔をしてしらっとしている。凛凛しい犬の像は良いとして
「何でかな?この像の人、裸な気がする」
一応大事なところは隠れていたがどう見ても裸だ。
「私が発注しました。救世主様は全裸で現れたのです。なので当然像も裸です」
ジュリアはさらにしらっと答えたが冷や汗が出ている。
「バカ!歴史を捏造させるな。ちゃんと服着てたでしょうが、メイド服みたいなやつ!」
まあ当然アイカの像な訳だがジュリアがいらん事した結果裸の像が出来上がった。
「まったく全裸ちゃんじゃあるまいし、これじゃ痴女じゃない」
しかし出来上がってしまった物は仕方ないので諦めた。ちなみに土台の岩は一年前のあの日、チビスケが居た岩だ。爪で彫られたアイカとチビスケの絵も残っている。これも神狼様が書いた遺産として残されるらしい。書いた本人生きてるけど。
この岩はチビスケが街の外から一生懸命運んで来た。大きな犬が必死になって岩を転がす姿は「神狼様、岩と戯れる」と評判になり最初は恐れられていたチビスケも今では人気者である。特に子供には大人気で今日もガワダーニ政権時代に魔物との戦いで親を亡くした子供達が集まる孤児院へ慰問に行っている。
城(仮)の方から誰かが歩いてくる。ちなみに再建されるまで木造平屋建築のプレハブみたいなのを城(仮)としていた。
「アイラ殿、向こうでマーニが呼んでおったぞ。式典で着る服の事で話があるそうだ。サイズ合わせするから一度着替えて欲しいそうだ。おかげでワシは追い出されてしもうた。まったく老人をもっと労って欲しいもんじゃ」
白い髪をを後ろで束ね整えられた髭を生やした老人と呼ぶにはまだ早い壮年の男が話しかけてきた。
ローレン公。グランレイ王時代の騎士団長で識者。ガワダーニには邪魔がられて地方に追放されていたが王国再建のために必要な人材として王都に再び呼ばれた。
ちなみにジュリアの祖父でもあり今でも剣の腕は達人クラスだ。年老いて尚、屈強にして頑健。
「あ、おじーちゃん先生。おたくのお孫さん頭が若干おかしいんです。どうにかしてください」
アイカは沢山の事をローレンから学んだ。こちらの世界の字の読み方から風習、歴史、剣術に魔術まで。なので敬意を込めておじーちゃん先生と呼ぶ。座学の際は時々逃げ出したアイカだったが剣術においてはあっさりローレンを越えるどころか振った剣から真空波を出してしまうので危ないから禁止。魔術に関しても一番簡単な術式のもので平原を焼け野原にしてしまったので制御出来るようになるま使用禁止にされた。
「うーむ剣術一筋で育てたのが悪かったのかの、正直ワシにも何でああなったのか分からん。出来ることならレイエンダ姫やアイラ殿と交換して欲しいと思う、あんな孫いらん」
当のジュリアは完成した像を見て鼻血を出しながらだらしない笑みを浮かべていた。
「交換と言えばおじーちゃん先生が宰相やってよ。私がおじーちゃん先生の代わりに隠居するから」
ローレンは笑いながら首を振った。
「何度も言っておるがこれからは若い者の時代じゃ。今さらワシの出番は無いよ。グランレイは良い王であったがレイエンダにはレイエンダの国造りをして欲しいんじゃ」
当初はローレンを宰相にしてはどうかと言う案があった。賢王として国民に愛されたグランレイを支えた一番の臣下。他にも頼れる臣下はいたがすでに亡くなっていたり連絡が取れなかったりで集める事ができなった。そしてローレンも手伝いはしてくれるものの今さら表舞台に立つ気はないと断られた。
「だからって一年前現れたポッと出の私がやるのも変な気がするんだけど。私なんかポッと出のポッと野郎よ?」
正直めんどくさい、やりたくないアイカは色々理由をつけてはどうにかお断りする方向に持っていきたい。この際逃げ出しても良いのだがかなり深くまで関わってしまったので今さら見て見ぬふりも出来ない。
「だがたった一年で国民一人一人の心に触れもはや知らぬ者はおらぬ。中々出来ることではないぞ」
「大したことしてないんだけどな~。あ~あ、仕方ないか、でもレイエンダちゃんが一人前になったらさっさと居なくなるからね。私にもやることあるから」
アイカはいずれ元の世界に戻る。いつまでもこの国にいる約束は出来ない。
「駄目です。お姉様は私とずっと一緒です」
ジュリアが口を挟む。
「駄目じゃ、お前はまだまだ色々学ばねばならん。ちょっと鍛え直してやるからついてこい」
なんだかんだ孫が心配なおじーちゃん先生。
「やだ、じいちゃん厳しいんだもん。離せ~お姉様の着替え覗くんだ~離せ~~。あ、お小遣いちょーだい」
ローレンはじたばたするジュリアの襟首を強引に掴むと引き摺って行った。
(それにしてもあの子、剣以外は日に日に駄目になってる気がする。最初に会った時が一番まともだったような)
アイカは残念な子ジュリアを見送ると城(仮)に向かった。
その夜
城(仮)のアイカの寝室。
タンクトップにパンツ一枚のアイカはちょっとヨダレを垂らしながら寝ていた。ちょっとだけ残念美人感が漂っている。
部屋の扉が開き小さな影がアイカの布団にもそもそと潜る。
「んあ………およ?」
「アイラ様、起こしてしまってすいません」
月夜に輝く金髪に澄んだ碧眼の少女、レイエンダだ。
「どした?」
「えっとその、少し寝付けなくて」
レイエンダはまだ12才。日本なら小学六年生か中学一年生だ。明日、王になると言っても正式なものではない。それでも重責はある。その小さな体には重くのしかかる。
「不安になっちゃった?」
「はい、………恥ずかしながら少し」
アイカは起きてベッドに座る。隣にレイエンダを座らせた。
「恥ずかしがる事無いよ、レイエンダちゃんは頑張ってる、きっと数年後には立派な王様になれるよ」
この一年、ガワダーニのせいで荒れ果てた国をどうにかしようと小さいながらも大人に混じり必死にやってきた。魔族とは相変わらず小競合いが続いているし魔物も時々襲ってくる。大なり小なり犠牲は出てしまう。それでもレイエンダは弱音を吐かなかった。常に国を良くしようと努力してきた。
「いえ、私には王の資質があるとは思えないのです。執務はアイラ様を始めローレン様やマーニさんに頼りきりだし街の警備や魔物討伐はジュリアさんの騎士団やアイラ様に任せきり。あ、アイラ様には両方やっていただいてますね。やはり私は役に立っているとは思えないのです」
アイカはレイエンダを抱き寄せた。頭を撫でる。
「あのねえ、みんな誰のためにやってると思う?レイエンダちゃんのためにやってるの。みんなレイエンダちゃんが好きだから頑張ってるの。居るだけで充分。それだけでみんな元気になるんだから、それも王の資質よ?」
「本当にそうでしょうか」
レイエンダは曇りない瞳でアイカを見つめる。
(やっば良いわこの子、尊すぎて目眩がしてきた。マジ天使!うちの娘もこうなると良いなあ)
「私がレイエンダちゃんくらいの頃なんてその辺駆け回って遊び回ってたのよ?レイエンダちゃんは考えすぎ、背負いすぎ、もっと大人に甘えなさい」
アイカはレイエンダを抱きしめた。
「あ、お母様とは同じ匂いがします」
レイエンダのを母。グランレイ王の妻、エンダ妃はレイエンダが幼い頃に病で亡くなっている。
「とても、とても落ち着く匂いです」
「まあ、私も一応お母さんだからね~、似たような匂い出てるかもね。分かんないけど」
レイエンダはギュッとアイカには抱きついた。
「今日は一緒に寝ても良いですか?」
「レイエンダちゃんならいつでもウェルカム!もっとじゃんじゃん頼りなさい!」
アイカは横になる。レイエンダはそれに寄り添う。
布団を被せるとレイエンダはすぐに寝息を立てた。
アイカはレイエンダを撫でる。
(こんな小さな子が頑張ってるんだもんね。私もしっかりしないとね)
アイカも再び眠りにつこうとする。
再び誰かが部屋に入ってきた。やはり布団に潜り込んでくる。
「お姉様~不安で眠れません!式典前に姉妹の契りを結びましょう!さあ早く!今こそ!」
ジュリアはアイカの下着を剥ごうとする。
「だからその姉妹の契りってなんじゃい!お前は大人しく寝ろ」
ゴメスッ
アイカの拳がジュリアの顔面にめり込んだ。そのままベッドから落ちて気絶する。レイエンダは気付かす寝ている。
「もうこのままでいいや」
隣に天使、床に変態。アイカはそのまま眠りについた。
翌日正午。
ついにこの時が来た。
新生フッカーヤ王国聖誕祭。
新しい城は二階建てだった。広さはそれなりだが正直小さい。前の城と比べると十分の一にも満たない。長方形を二段重ねただけの虚飾も何もないフォルム。
これはガワダーニが散財して国費が切迫していたのもあるが
「別に無駄に大きくしなくてもいんじゃない?別に大勢住むわけじゃないしちっちゃいほうが守りやすいし。あと掃除とか楽だし子供が迷子にならないし」
と言うアイカの一言で建築方針が固まった。
資材は崩れた城を再利用したので特に困らなかった。
むしろ余った石材やら木材はガワダーニが放ったらかしにしていた街の魔物に襲われた跡や壊れた橋などの修繕に使われた。
二階バルコニーにアイカ、レイエンダ、ジュリア、マーニが並ぶ。屋上にはチビスケが陣取る。
城前広場は人で埋め尽くされていた。
頭にティアラを着けた純白のドレス姿のレイエンダが演説を始める。ちなみにアイカは濃い青のタイトなロングのドレス。腰には深紅の二段ベルトが巻かれていてさらに青い薔薇の飾りが付いていた。ジュリアは式典用の白に金の紋章が入った甲冑、マーニもやはり式典用の黒ベースに白と青の刺繍が入った神官服。アイカとジュリアは帯刀しているが式典用の斬れない刃がついたものだ。
「みなさん、この度新たに国王となりましたレイエンダ-フッカーヤと申します」
歓声が上がる。元々人気のあったグランレイ王とエンダ妃の娘な上に前国王ガワダーニがゴミクズ過ぎたせいかレイエンダはあっさりと国民に受け入れられた。
「可愛いぞ~」「ちっちゃい王様頑張れー」
「レイエンダ王に栄光あれ~」
だの声援が止まらない。
その後の王位継承の儀式も台本通りに進む。
「最後に、私はまだ正式に王位を継ぐ年齢を満たしておりません。そこで私が正式に王となるまで」
(あれ?こんなの台本にあったっけ?)
一応台本に目を通していたアイカは何となく違和感を感じた。
レイエンダはてってこアイカに近付くとなんとか背伸びして自分の頭のティアラをアイカの頭に移した。
「みなさんすでにご存知かと思いますがこちらの獅子王アイラ様に全権を委ねようと思います」
またひときわ大きな歓声が上がった。
レイエンダは笑顔でアイカを見つめる。
「昨夜、もっと頼れって言いましたよね」
こそっと耳打ちする。
(そう来たか。レイエンダちゃん………私を放す気ないわね。抜け目ないなあ、嵌められた)
アイカはこの一年、外から来る魔物を撃退したり街の修繕を手伝ったり揉め事が起きれば制裁、もとい仲裁したりと大活躍だった。国民もアイカの事は認めている。突如現れた救世主としてではなく同じ人間として。そもそも神狼を連れて歩く時点で目立ってはいたが。
「獅子王ばんざーい」
「アイラ様カッコいい~」「頼んだぞマジカル狼ライダー」
「何でも暴力は駄目だぞ~」「パンツくれ~」
何か変なのも混じっていたが大方賛成のようだ。
(今さら退けないか~)
アイカは諦めた。そして前に出る。
「はい、えーと皆さんあらためまして獅子王アイラです」
(さて、困ったぞ。私の挨拶はレイエンダちゃん応援用しか考えてないぞ。何話そうか)
アイカはいまいち何を話せば良いか分からなくなった。
(お前ら黙ってついてこい!とかじゃダメだよね)
どうにか言葉を捻り出す。
「えーと、この一年、色々ありましたね」
集まった国民がアイカに注目する。
アイカ達も国民も確かに色々あった。ガワダーニ政権時代の腐敗堕落した国政を正常に戻すのも荒みきってしまった人々の心を癒すのもまだまだ道半ばだ。魔族やら魔物との戦いも終わっていない。ただ、今日はこの国が新たな一歩を踏み出す区切りの日だ。なので何か言いたいが上手く言葉に出来ない。
「…………………………………終わり!」
国民が全員コケた。チビスケは屋上から落ちた。
『お姉ちゃん………』
「アイラ様………」
「お姉様………」
「獅子王様、いくらなんでも短すぎます」
マーニに指摘される。
「獅子王しっかりしろ!」
「アイラちゃん、頑張って!」
後ろのほうに居たゲロスとメルローズが声援を送る。その隣には昨日会った謎の美人さんも居た。手を振っている。
(そうか、難しく考えすぎた。ありがとうメルさん、チンパンジー太郎)
「今、みなさんの隣には大切な人、友人、知人、知らない人、色んな人が居ると思います。みなさん一人一人がその隣の人を大事にしてください。その隣の人はそのまた隣の人を大事にしてください。そしてそれが一周した時がこの国の本当の意味での新生であり聖誕だと思います。誰かを想うと言うことは誰かに想われると言うことです。この国はまだまだこれからです。だから命を大切にしてください。どんなに国が発展しようがみなさんが死んでしまったら意味がありません。いつかこの国が本当に平和になったとき、また再びこの場所で生きて喜びを分かち合いましょう」
アイカは礼をすると下がった。拍手が起きる。とりあえずは上手く行ったようだ。
続けて近衛騎士団と王国騎士団が合併された事とジュリアが騎士団長に任命されたこと、エメル教国立教会神官長にマーニが就いた事が発表された。後は王国の未来をみんなで祈るだけ。
その時だった。
集まった民衆の一角から悲鳴が上がる。どやどやと武装した集団が乗り込んでくる。数十人はいる。
「みなさん下がって、誘導に従って下さい」
一応念のために民衆に紛れ込ませておいた兵士達が誘導、避難させる。しかし混乱は収まらず広がる。
「何が新生だ!認めんぞ、ガワダーニ王を殺した逆賊共め」
一人の神官服を着たおっさんが喚き立てる。
マーニが反応する。
「ビロミー神官長………」
ビロミー。ガワダーニ政権の元で国立教会の神官長を務めガワダーニに賄賂を渡す代わりにエメルの名を借りて色々と荒稼ぎをしていたおっさんだった。ガワダーニ亡き後は汚職を理由に降格。何もない田舎の村の一神父から出直しとして左遷された。
「はあ、レイエンダ様の意向で投獄されないように温情をかけたのに恩を仇で返すとは。やはり切り刻んですり潰して魚のエサにでもしておくべきでしたか」
冷たい笑顔を浮かべたままで恐ろしい事を言うマーニ。アイカはこの子がちょっと苦手だった。
「他のも見た顔だな。ガワダーニ直属の好き勝手やってた騎士の面汚し共だ」
ジュリアが言う。ガワダーニの元で横暴な略奪や虐殺を行っていた騎士や兵士が居たがガワダーニ消滅と共にいつの間にやらどこかに居なくなったと聞いていた。
ビロミーがさらに声を上げる。
「こちらには正統な王位継承権を持つゲロス-フッカーヤ様もいるのだ!さっさと国を明け渡さんか!」
檻に入れられた大きな猿を突き付けた。
「ブハッ!確かにそれゲロスだわ!無理、無理、お腹よじれる!痛い!死ぬ!ヒー、フー、出産より苦しい」
アイカは笑いすぎて呼吸困難に陥った。ジュリアもマーニも口を抑えてプルプルしている。
「ふざけんなバカ!俺は猿じゃねえ」
ゲロス(本物)が抗議する。
ビロミーは笑われて頭に来たのか逃げ遅れた子供を捕まえナイフを首もとに当てた。
「おっと、そいつは洒落にならないね」
アイカは真顔に戻るとドレスの裾をあっさり破り捨てた。綺麗な足が露になる。
「よし、動きやすくなった。ジュリアちゃんとマーニちゃんはレイエンダちゃんに付いててあげて。チビスケ!よろしく」
(あの初動の早さと判断力、敵いませんね)
マーニは心底思った。本来この場では頭脳担当の自分が指揮を取らないといけないのにアイカは常に先を行く。
アイカはチビスケに跨がる。ひとっ飛びでビロミーの前に辿り着く。そこにはビロミー達を囲む兵とローレン、それに何故か昨日会った謎の美人さんも居た。
「一応警告しとくね、バカな真似はよしなさい」
しかしビロミーはまったく話を聞かない。
「貴様さえ現れなければ今もアホなダニ王の元でやりたい放題だったんだ。俺も、こいつらも。貴様のせいですべてを失った!」
逆恨みだがビロミーの眼は正気を失っている。王位を得られないのは分かっている。ただ今の状況に納得出来ず自棄になって暴走してしまった。そんなところだろう。
アイカはチビスケから降りるとビロミーと対峙した。子供を人質に取られているので下手に動けない。
「おじーちゃん先生、あいつの後ろの荒くれ共、どうにか出来る?」
「まああの数ならどうにかなるじゃろ」
(さすがね、あの数相手に余裕そう)
悠然と構えるローレンは頼りになりそうだ。
もう一人、謎の美人さんに声をかける。
「アンタ何で避難しなかったの?」
「別に逃げるまでもないと思っただけだ、こいつらは私の旦那様よりはるかに弱い。どいてやる義理もない。そう言えば演説、良かったぞ。なんとなく心に響いた」
なんだか不思議でよく分からない娘だけど頼りになりそう、とアイカは直感で納得した。
「ありがとう、いや~あーゆーの慣れてないから駄目ね。こっちのほうが私向けだわやっぱり。それでお願いなんだけど私が動いたら人質の子の保護頼める?」
「それだけで良いのか?」
こちらはこちらで余裕そうだ。
「何ぐだぐだしてやがる!さっさと武器を捨てろ。俺が王になってやる!そうだ。最初からそうすりゃ良いんだ」
ビロミーが怒鳴る。もはや怒りで言葉遣いさえ荒くなっている。
いつ子供に危害を加えるか分からない
(あまり時間はかけられないわね)
アイカはビロミーと距離を保ったまま式典用の剣に手をかける。
数秒の間の後「チンッ」と納刀する音だけ響いた。
「は?」
荒くれ者共は目を疑う。気付いたらビロミーは顔面から血を流しながら地に伏せ意識を失い人質の子供はいつの間にか謎の美人さんが保護していた。
一般人には何が起きたのか分からない。視えていたのはチビスケとローレンとジュリア、それに一緒に動いた謎の美人さんだけだった。
(お姉ちゃん、速すぎ。謎の光出なかったから良いけど)
(お姉様、やはり一度本気で打ち合ってみたいな)
(アイラ殿、筋が良いとはおもっとったがたった一年でこの域まで達したか)
(凄く強そうだとは思っていたが本当に凄く強かった。私は勝てるだろうか?いつか神界にスカウトしたいな)
それぞれが感想を頭に浮かべる。
踏み込み、抜剣、閃擊、納刀までを超高速かつほぼ無音でやり遂げた。
「おじーちゃん先生、残りやりますか、なるべく殺しは無しね」
「うむ、どっちが沢山捕まえるか競争じゃな」
他の兵も加わり荒くれ者共はあっさり壊滅するのであった。
「色々ありましたね、終わり!」
「色々ありましたね、終わり!」
「色々ありましたね、終わり!」
「おじーちゃん先生~、みんながいじめる~」
式典が終わり城内の会議室で机を囲み談笑しているアイカとレイエンダとジュリアとマーニ。それにローレンがいた。祭りは続くがアイカ達の出番は終わった。
ビロミー元神官長の一件は国を守るデモンストレーションと言うことにして事を納めた。今は全員牢屋の中だが。
そしてみんながアイカの名?演説を真似し始めた。
「こんないじめる人達もう知りませんのだ!私はさっさとチビスケと旅に出てしまうのだ!」
アイカはむくれている。
(凛々しさの中に可愛さ、実力もある。皆が惚れ込む訳じゃな)
ローレンはアイカを見て思う。
「だいたいレイエンダちゃん、台本と違ったじゃない。焦るから、普通焦るから」
「ごめんなさいアイラ様。前もって知らせておくと逃げられちゃうかも知れないからってマーニさんと話し合ったの」
マーニは相変わらず笑みを浮かべている。今は冷たい笑顔ではなく本当に楽しそうだが。
「やっぱりアンタの入れ知恵か。頭がちょっとあれな子のジュリアちゃんじゃ無いだろうとは思ってたけど」
「あれな子?なんの事だ?」
気付かないのは本人のみ。残念な子、ジュリア。
「ジュリア、お前しばらく剣は休みじゃ、代わりに街の子供たちと一緒に教会学校で一般教育初等部からやり直しじゃ」
ローレンが告げる。初等部は幼稚園児レベルだ。
「え?じいちゃんまで何で?待って、ちょっと何言ってるか分からないです、本当に」
「城内ではローレン公と呼ぶように言ったじゃろ。まったくお前だけは一年前からまったく成長しとらんな」
アイカが纏めに入る。
「まあまあ、まずは式典もアクシデントを対処しつつ無事終わったし!良い最終回だったね」
「最終回って何ですか。これからが大事なんですよ」
マーニが突っ込みを入れる。
アイカは基礎知識から剣に魔術にすべてを学んでいる。さらに街の復興から治安維持まで行う。たまに逃げ出すが仕方ないだろう。息抜きも大事だ。元々の資質をさらに磨いている。成長◯
レイエンダは王になるために日々国家運営の勉強をしながら護身術や魔術も習っている。最年少ながら大人に負けず一番頑張っているかも知れない。成長◎
マーニも神官長として教会を纏め人々を導きながら個人的に神聖魔術の訓練、特に対腐敗生物用の物を極めようとしていた。神聖魔術は自然ではなく神々の力を借りて行使するため格段に難しい。一年前の対ガワダーニ戦でまったく役に立てなかったのが相当悔しかったそうだ。成長◯
そしてジュリア、魔物討伐などは経験を積ませるために若い兵中心で出陣させていたため剣だけは一流のジュリア出番無し、レイエンダの護衛もローレンが居るのでほぼ無い。毎日アイカにくっついて隙あらば姉妹の契りを迫り後は適当に剣を振り回したりチビスケと遊んでたり昼寝したり本能の赴くままに毎日エンジョイライフしていた。お金が無くなればおじーちゃんにお小遣いをたかりすぐ使いきる。食う寝る遊ぶの毎日。成長×退行◎………
「ジュリアだけは色々ありませんでしたね、終わり」
マーニがそう締めくくった。
「さて、アイラ殿。とりあえず城も出来たし国政も国力も立ち直りつつある。これからどうするおつもりか?」
ローレンがおじーちゃんモードからローレン公モードに入る。全員が姿勢をただす。
「やっぱり魔物と魔族かなと思う。これが一番大きくて重要かなと。いくら国を立て直しても壊されちゃったら意味無いし。特に無尽蔵に沸いてくる魔物なんかはこっちがどんなに頑張ってもいつか守りきれなくなる。今だって犠牲者は出てるし」
アイカの言葉に名誉挽回とばかりにジュリアが手を上げた。
「つまり魔族と全面戦争ですね!よーしやるぞ~斬って斬って斬りまくるぞ~」
意気込むジュリアに全員がため息をつく。
「あの、ジュリアさん、現状魔物からみんなを守るだけで手一杯なのに魔族と戦争なんか始めたら色々無理が生じると思うの」
レイエンダが冷静に言う。
「その通りじゃ、レイエンダ様は賢いのう。こっちが孫じゃったら苦労せんのに」
レイエンダとローレンの言葉にジュリアはへにょへにょと座り机に突っ伏した。
「いいもん、ジュリアどうせいらない子だもん、おじーちゃんなんか嫌いだもん………おじーちゃんおこづかいちょうだい………」
ぶつぶつ言いながら拗ねてしまった。
多分今夜は慰めてくれと寝室に潜り込んで来るだろう。
「ぶっちゃけチビスケ情報だと魔族と魔物は関係ないらしいよ?向こうは向こうで魔物に困ってるんだってさ」
「神狼様が言うのでしたら間違いないのでしょうが国民は魔族の仕業だと信じきっています。すでに多数の犠牲も出てしまった今は説得は難しいでしょう」
マーニの言葉にアイカも頷く。
「そこなんだよね~、お互い誤解が解ければ魔物だけに集中出来るんだけど」
そこへレイエンダが紫に輝く割れた石を持ってきた。
「やはりこれを叔父様に埋め込んだ人が裏にいるのでしょうか」
ガワダーニに埋め込まれていた伝導魔宝石。時に埋め込んだ相手を操り時に化け物に変える。色々な用途に使えるが扱えるのは高位の限られた魔術師のみ。現状フッカーヤ王国でこれを扱えるのは居ない。
「ほぼ間違いないと思う。ただ、分からないのは目的なんだよね。正直荒れきった国なんていらないだろうし魔物だらけの世界なんてもっといらないし何がしたいのか分からないんだよね~」
アイカは紫の石の欠片を転がしながら考えるがまったく答えが出てこない。
「人間と魔族をぶつけ戦争させて疲弊したところに直接手を下せばある意味簡単に今の世界の滅亡は出来ますよね」
マーニが呟く。
「おお、さすがねマーニちゃん。考えがドS、世界の滅亡ときたか。で、滅亡させてどうするの?」
「そうですね、私なら私に都合のいい世界に作り変えますね。まずはいい男は全員私の物です。私よりいい女は全員奴隷にします、アイラ様は別枠ですが。そしてそして………これ以上はレイエンダ様の前では言えませんね」
(マーニちゃん、実はむっつり危険人物なんじゃ)
やはりこの子もどこか危なっかしいなと思うアイカ。
「でもそうか~。自分の思い通りの世界に作り替えか~。それもあり得るな。ただそれをやるには本人も相当実力ないと無理よね。それこそある意味神様みたいになるわけだし」
神様、全裸ちゃんが頭に浮かぶ。だがもし神様関係で何かあればチビスケを通してアイカに伝えてくるはず。
「神狼様くらいのレベルなら可能ですね。身体能力は人間の比じゃありませんし魔術も使えますし」
アイカは世界征服したチビスケを想像した。
みんながチビスケに骨のおもちゃを買ってくる、おいしいカリカリごはんを食べてみんなと昼寝する、みんなでもふもふする。みんな癒されてみんな仲良し。
「駄目だ、めちゃくちゃ平和になった」
「ですね~なんだかほんわかしますね~神狼様尊い」
マーニも似たような想像をしたようだ。
「でもさ~それなら魔物はいらなくない?まあ人間と魔族を争わせるきっかけにはなったけど大量発生させる意味が分からないんだよね~。それも世界が壊れるくらい自然法則めちゃくちゃにして発生させてるんだよ?」
「そうなんですよね~。世界を滅亡させるにしろ作り替えるにしろそのベースが壊れてたら意味ないのですよね」
アイカとマーニはあーでもないこーでもないと語り合う。
途中から拗ねて寝ていた残念女騎士の鼻ちょうちんが割れた。
「私ならお姉様のためだけに世界だって斬り捨ててみせますですよ!世界が壊れる?そんなん知りませんのだ!」
一言だけ告げるとまた机に突っ伏し寝息を立てる。
だがアイカ、マーニは絶句した。アイカ一人のために世界を壊す。多分このアホな騎士ならやってのけそうな気がした。
「ジュリアちゃんお手柄?」
「可能性はあるかと。世界が目的ではなく世界を壊すことがただの手段でそれが自分のためでもなく誰かのためなら………」
誰かたった一人のために世界を壊す。馬鹿げているがその誰かか凄く大切な人だったら。アイカは頭の中で愛娘の紫苑と世界を天秤に乗せてみる。倫理的には世界だが感情では紫苑を取る。
「まだ可能性の一つですが世界が壊れる事で救われる存在があるとしたらそこから紐解ける事もあるかと」
「まあ分からないのは誰が救われるんだろう?ってとこね」
ずっと黙っていたローレンが口を開く。
「まさかそこの阿呆な孫が核心を突くとは、わからんもんじゃのう。その考え方、現状一番だと思うぞ?力ある者なら人間や魔族が憎いなら直接手を下せば良いし世界が欲しいなら魔物なんぞ使う必要はないしの。あらゆる物を滅しても世界は残る。世界の滅亡と世界の破壊は別じゃな。あくまで人間と魔族を争わせるのも魔物を使うのも世界の完全破壊のための手段だとすれば色々見方が変わるな。まあ常人には理解できんが」
ローレンは基本的に会議には口出ししない。なるべく若い者に任せようと言う考えだ。ここぞと言うときだけ口を挟みアドバイスを入れる。
「おじーちゃん先生のお墨付きも出た!明日からはその可能性も頭に入れて調べてみよう」
「獅子王様、国の再建も忘れずに。実質この国の王なんですからね。軽はずみな行動は控えてくださいね」
マーニに釘を刺される。
(あとはもう一人の先生の意見も聞きたいわね)
アイカは頭に黒いもふもふを思い浮かべた。
気が付けば話が難しくなって飽きてしまったのかレイエンダも寝てしまっている。
透き通るような金色の髪にそっと触れる。
「まだ12才だもんね、疲れるよね」
その横でヨダレを足らしながら寝ているジュリアを見る。
やはり透き通るような金髪が流れている。多少自分の口の中ではむはむしちゃってるけど。レイエンダは碧眼、ジュリアは赤眼。違いはあれど何となく雰囲気が似ている。
「何かさ、レイエンダちゃんとジュリアちゃんて見た目だけなら似てる気がするんだけど」
「はい、私も時々思います。どことなく姉妹のようだなと。もちろんレイエンダ様が姉ですが」
マーニも賛同する。
「だって従姉妹じゃもん、似たところもあって当然じゃろ」
ローレンが何を今さらと言う口調で事実を告げる。
「ワシの息子の嫁がエンダ妃の姉、ただ嫁に来てもらったから姓は違うがの。そんでガワダーニがエンダ妃の弟、さらにその弟がゲロスの親父さんじゃな」
「え?何でマーニちゃん知らなかったの?」
「いえ、気付いたら一緒に遊んでいた仲なのであまり気にしませんでした、私が孤児だったからあまり親の話はしないようにしていてくれたのかも知れません」
マーニもびっくりだった。
「じゃあこのヨダレ垂らしてるパッパラパーにも王位継承権は有るってこと?」
「末席じゃがあるのう一応」
アイカは頭のティアラを外すとジュリアに被せようとする。
「コイツ王にしよう、そんで私は自由!」
マーニが止める。
「ダメです、脳筋国家か幼稚園になっちゃいます」
ローレンも止める。
「コイツを王にしたらいい意味でも悪い意味でも国が滅ぶ!」
ジュリアは鼻ちょうちんを膨らましながら
「えへへーお姉様~ついに私達結ばれましたね~でヘヘヘヘ…」
一人幸せな夢を見ていた。
気が付けば日は暮れすっかり夜になっていた。
城の隣の木造だが大きな建物。何故大きいかと言えばチビスケの寝床があるからだ。他には馬が何頭か繋がれている。さらに牛とヤギもいた。勝手に住み着いた猫の家族もいる。
牛とヤギは
「健全な精神は健全な肉体に宿ります!牛乳です!絞りたてが飲みたいです!」
と言ってジュリアが勝手に飼い始めた。ジュリア自身が健全な精神じゃないから説得力がないが。多分自分が飲みたかっただけだろう。一応きちんと世話はしているようだ。
アイカはチビスケを訪ねた。猫の家族が暖をとるためチビスケの回りにたくさん群がっている。
「チビスケさんや」
『色々ありましたね………終わり!』
「あーんもうチビスケまでバカにする~」
チビスケはアイカの頭を肉球でポフポフする。
『冗談だよ冗談。お姉ちゃん頑張った。良くできました。はなまるあげちゃう』
アイカは横になっているチビスケの体の前足の近くに背を預け寄りかかって座る。ほぼ定位置になりつつある。
「えへへーもっと誉めて誉めて」
やたらチビスケに甘える。結局の所この世界ではアイカにとってすべて預けられる存在はチビスケしかいない。マーニやジュリア、ローレンも頼りになるけどそれとはまた別。もはやチビスケ依存症。どのへんが獅子王なのか分からない体たらく。
『ドレス汚れちゃうよ』
「いいよ、どうせ破いちゃったし」
『は~こんな甘えん坊お母さん見たら娘さんはどう思うかな~』
「多分ウチのお母さん可愛いって思ってくれる」
何を言ってもダメそうなので話を進める。
『それで、これからどうするの?まさか本当にずっとこの国の王様やるわけじゃないんでしょ?』
「もちろん、まだ全裸ちゃんからの頼まれ事済んでないしいずれは娘の所に戻らないとだし。それでさっきね、話し合ったんだけど」
アイカは先程の会議室でのやりとりをチビスケに伝えた。
「それでチビスケさ~、一人でも色々出来て世界壊したがってそうな人知らない?」
そんな都合良くピンポイントな人間はいない。
チビスケは考える。まずは世界の破壊を出来そうな存在を考える。ただの人間には無理、魔族にだってそこまで出来る存在はいない。ただ出来そうな者なら二人だけ心当たりがある。一人目はアイネス-エメル。神域の神であり世界をいじくり回すくらい簡単にこなすだろう。ただエメルにはそんな願望はない。逆にどうにかこの世界を安定させようとしている。
そしてもう一人は目の前にいる。獅童アイカ本人だ。本人は気付いていないが彼女はおそらく世界をどうこうするくらいの力を持っている。魔術ではない謎の光を出せる彼女はある意味、奇跡や魔法の類いを使うことが出来る。人間でありながら。
(多分お姉ちゃんは人でありながら神域に至ろうとしてる。でなければ魔術以外で手から光線を出すなんて真似は出来ない)
ずっとチビスケが懸念していた事だった。前に一度だけアイカに謎の光を見せてもらった。なかなか出なかったが捻り出したらピンポン玉みたいなのがひょろっと出た。そのひょろっとしたのさえ着弾したら10メートル四方爆散させた。
(一度目は死を覚悟した時、砦を半壊。二度目は強者と相対したとき、城壁に穴を空ける程度で収まってる。三度目は僕が目の前で死んだとき、大きな城をほぼ破壊………多分お姉ちゃんの精神状態がそのまま影響してる)
もし暴走状態で放ったらどうなるか分からない。なのできちんと制御出来るようになるまで使用禁止になった。
「ん~?どうしたの難しい顔して」
『何でもない。壊したがってる人は分かんないや。そう言えば今日どこかから知らない神様の気配を感じた。誰だかは知らないけどお祭り見に来たのかな?あと、やっぱり時雨くんの匂いもしたんだよね』
アイカは不思議そうな顔をした後何かを閃いた顔になった。
「あ~時雨君ね、懐かしい。もう一年か~元気かな~」
ぼんやりと頼りなさ気な青年を思い出す。
アイカは時雨の事を一年でほぼ完璧に忘れていた。
「また勘違いだよ。こっちの世界には来てない筈だもん。多分今頃楽しい大学生活送ってるよ」
時雨、ヨルデを選んで正解。
「さて、明日からまた忙しくなるし寝ますかね」
『あれ?部屋に戻らないの?』
「うん、今日は凄く嫌な予感がするんだ」
チビスケには良く分からなかったがアイカと一緒に寝るのは久しぶりなので嬉しかった。11本の尻尾が振れている。
その頃新築した城のアイカの部屋の前。すでに下着姿のジュリアが荒縄を持って息を荒くしていた。
「まずこれで縛って………動けなくしてそのまま姉妹の契りを……」
鼻血が出ていた。完全にアウトな変態だ。
(こっそりこっそり…………)
「あれ?いない?」
ベッドには布団しかない。
「なんだよ~お姉様居ないのかよ~も~」
部屋からいい匂いがする。まだ新築だから匂いは薄いがアイカの匂いだ。ジュリアはベッドに寝転んだ。
「いい匂いだ~……………スピー」
寝た。アホの子は寝た。翌日部屋に戻ったアイカが布団に残された大量の血痕(鼻血)と荒縄を発見して一騒動起きるのだがそれはまた別のお話。
謎の美人さんは銀髪を揺らし街の外に向かって歩いていた。手にはお土産袋。
スッと人影が現れる。
「ジーグ、待たせてしまったか?」
「そうでもないよ、どうだった聖誕祭?」
謎の美人さん事ヨルデは昨日はつわりが酷かったが今日は落ち着いていたので結局聖誕祭に来ていた。ただし心配だったので時雨の送迎付きで。時雨は別に興味無かったのと人混みが苦手なので王都の外れで適当に時間を潰していた。今まであんなに王都にたどり着くのに死にまくって苦労したのにヨルデと一緒に来たらあっさり来れてしまった。
「凄く楽しかったぞ、最初な、ちっちゃな可愛い王様が居たんだけどな、やっぱり大きい綺麗な王様になった。大きい王様は昨日会った強そうな女の人だった。びっくりだ!何か一生懸命話してた。そしたら悪いやつが出てきた。それも王様がやっつけた!かっこよかった、私はちょっとだけ手伝っただけだが後で王様がお土産くれた!」
興奮しているのかイマイチ要領を得ない話だったがそれだけ楽しかったのだろう。手に乗っていたのは青い薔薇を型どった装飾品と黒い何かのぬいぐるみストラップだった。
「これは王様のドレスの飾りだな、綺麗だって褒めたらくれた。こっちは神狼ちゃんストラップ?って言ってた。本当は一人一個なんだが頑張ったからって5個くれた!手作りの品なんだそうだ。本物の神狼ちゃんは大きくて可愛いけどこっちはちっちゃくて可愛いな!あとは聖誕祭饅頭ももらった。みんなで分けよう」
「ん、良かったな。楽しい聖誕祭で」
ヨルデは本当に珍しく興奮気味だ。
「みんな笑顔だった。きっと良い国になる。今度は一緒に行こうな!そうだ、ジーグ。横に立て」
「別にいいけど」
二人並び立つ。
「王様がな、隣に居る人を大切にしましょうって言ってた。そしたらみんな幸せになるって。さすが王様だ、良いこと言うな」
ヨルデはそっと時雨と腕を組む。少し寄り添う。時雨はヨルデを抱き寄せた。
「じゃあ俺も横に居るヨルデとお腹の子を大切にしなきゃな」
「うん、頼むぞ!あとグレッグ殿も大切にしないとな!美味しい野菜のおじさんだからな!」
「そうだな。あ、ヨルデの姉さん達まだ居るんだけど」
「あいつらはいらない。おみやげもやらない。早く追い出そう」
ヨルデは昨日時雨を襲おうとした姉二人をまだ許していなかった。こうして二人は洞穴に帰るのであった。
~幕間~神域を越えた真域の二人~
毎度変わらず青い空間。相変わらずパンツ一丁の女神、アイネス‐エメルはソファーに寝っ転がりながら何やら謎のゲーム機をカチャカチャやっている。
「むう~なかなか出ないの~、もう一回課金しようか迷いどころじゃ、次、来そうな気はするんじゃがな」
テーブルからお菓子をって食べる。
「何が出ないんだ?便秘か?」
背の高い女性が歩いてきて反対側のソファーに座る黒のビスチェにスリットの入った赤いロングのタイトスカート。チラリと見えるガーターベルト、ヒールの高い靴。長い黒髪を無造作に一本絞りにしている。エロスと壊さが混じっている。
「便秘じゃないわい。変これ知っとるか?今度のイベ特効のSSSRタイツ女子の蒸れた足の裏の匂いフェチのおっちゃんが出ないんじゃ。100連回しても出ない」
「ああ、変これのガチャか。お前もやってたのか変これ」
変これ。全宇宙全次元全時間の女神達の間で流行りのソーシャルゲーム「変態これくしょん」の事だ。古今東西の変態を集め戦闘を繰り返し領地を広げながら国作りを行う戦略性とアクション性が高いバランスで融合され国作りのセンスも問われる神作品と名高いアプリだ。どう見てもろくでもないゲームにしか見えないのだが人気なものは人気なのだから仕方がない。
「妾は2つ持ってるぞ。年下男子のうなじを流れる汗に興奮するお姉さんとなら交換してやってもよい」
「ホントか?ワシおっさんオンリーデッキじゃからお姉さん系いらないのじゃ」
エメルは嬉しそうだ。
「今日はゲーム用の端末持って来なかったから後で送っておいてやろう」
「おお、助かるぞスカサハ」
スカサハ、冥界の女王にして神域に至りしもの。なのだが
「それは妾の母の名だ。妾はスカーシャだ」
「はて?いつの間に代替わりしたんじゃっけ?」
スカーシャ持っていた赤黒い槍ではエメルの頭をコンコン叩いた。いばらが巻き付いた禍禍しい槍だ。
「頭の中身がお留守なのか?お前が神域に至った時からすでに妾だったろうが、神域の先輩だぞ」
「そんな気もしてきた。お主の母上には修行時代お世話になったんじゃった。まだ息災か?」
スカーシャはつまらなそうに笑う。
「息災なんてもんじゃないな。隠居すると言って妾にすべて放り投げた挙げ句最近再婚して妊娠したそうだ。まったくいい歳して何してるんだか。この歳になって姉になるとはおもわなんだ」
エメルはゲーム端末をどこかへ消した。むくっと起き上がりスカーシャの前にきちんと座る。
「パンツだけは履くようになったのか。そう言えば変これの新キャラにパンツ一丁の痴女女神ってのが出たがもしや」
「いやいやワシは変態では無いから関係ないじゃろ。むしろお主のほうがSM女王として敵にいそうじゃ。相変わらず槍より鞭のほうが似合いそうな格好しよって」
一瞬睨み合う二人。ぶつかる殺意。緊張感が漂う。
「ふっ」
お互い笑い合うように力を抜いた。
「やめておこう。最後に殺り合ったのいつじゃっけ」
「もう百年くらい前じゃなかったか?何年か不眠不休で殺り合って結局決着つかず。その間全部放ったらかしてたら知らんうちに冥界に人が溢れてて参った」
スカーシャは遠い目をした。
「そうじゃった。人間がでかい戦争をしてしもうたのじゃったな。ワシも世界のバランスを取るのが大変じゃった。そして」
エメルも遠い目をした。
「記憶に残らないくらいお主の母上に怒られた。思いだそうとすると頭が割れそうになる。何か熱かった気が………」
「妾もだ。何故か震えが止まらなくなる。何か冷たかった気もするが………多分思い出しちゃいけない」
エメルは自分とスカーシャのコップに酒をついだ。
「まあなんだかんだ長い付き合いになったの」
「そうだな、中々真域まで来る奴は居ないからな。神域までなら何人かいるんだがな」
神域にはスカーシャが先に至ったが真域にはエメルが先に至った。そんなに変わらないが競い合った仲だ。
エメルはコップからチビチビ酒を啜る。スカーシャは一気に口に流し込む。
「で、今日は何しに来たんじゃ?まさか昔話しにきたわけじゃあるまいて」
スカーシャはエメルの目を見つめる。エメルは思わず逸らしそうになったが堪えた。色々見透かされそうな気がする。
「お前、無理してないか?」
「何の事かわからんのう」
エメルはそっぽ向いて口笛を吹こうとした。出来ないのでヒューヒュー呼吸してるだけに見える。
「本来真域は三本柱だ。次元、空間、時間。妾は空間を担っているがお前は次元、時間を両方担っている。真域に至った者が現在二人しか居ないから仕方ないとは言えそろそろしんどくなったのではないかと聞いている」
エメルは酒を煽った。
「何を言うかと思えば。笑わせてくれる。ワシはとにかく色々器がでかい女神ランキング歴代一位の殿堂入りじゃ。二柱背負うくらい余裕」
スカーシャが口を挟む。
「ならば何故世界は終焉に向かっている?」
「ぬぐぅ………」
エメルは何も言い返せない。実際そうなっているのだから無理もない。ウソも通用しないだろう。
「気付かぬとでも思ったか?馬鹿にするな。お前は衰えた。本来一つ背負うのもつらいはずの物を二つ背負っている。当たり前の話だ」
スカーシャはエメルに畳み掛ける。
「何故何も言わない!妾達は同じ真域のたった二人きりの仲間だろう。たまには頼れ。じゃないと寂しいだろう………」
スカーシャは黙りこんでしまった。
「すまん、ワシが悪かった。そうじゃな、永い時を過ごすうちに孤独に慣れてしもうた。本当にすまん」
エメルはため息をついた。
「人には純粋であれと言いながらワシ自身がひねくれておったとは、うっかりじゃ。洒落にならん」
スカーシャは謎の端末を取り出し検索してみる。
「お前はうっかりさん女神ランキングでも万年一位だからな」
「え………知らないんじゃけど」
「お前は良いランキングしか見てないから気付かないんだ。不器用さん女神ランキングでも一位だぞ。あれ?同率首位にブリュンヨルデって子がいるな。誰だろ?調べてみるか」
「あ~ブリュンさん家の1番下の子じゃったかな?戦女神じゃ」
「たったの182才でランキング一位だと!ある意味期待の新人だな。いらないランキングだが。あれ?よく見たらうっかりさん女神ランキングでも八位に入ってる、うっかり妊娠でもしない限りこんな急にランクインせんぞ。驚異の新人さんじゃないか」
女神界は変なランキングで溢れていた。ちなみにスカーシャも女王であり女神でもあるので色っぽい女神ランキング、足が綺麗ランキングなどで一位を取っている。怖そう、殺されそう、友達いなそうランキングにも入ってるが。エメルは胸が残念賞ランキングもぶっちぎりの独走で一位。二人仲良く残念美人女神ランキングでも上位で競っている。
「そうだ、ブリュンさん家と言えばこの前長女と次女が主神を半殺しにして冥界に連れてきたぞ。何でも妹に手を出そうとしていたらしい。つまりこのブリュンヨルデって子が手篭めにされそうになったって事か」
スカーシャはやれやれと言った顔だ。エメルも激しく同意する。
「あの万年発情ジジイは仕方ないの、ちょっと前はツルペタ最高とか言ってワシにちょっかいかけてきおったわ。もちろん論外だしワシはツルペタないから無視したが」
「今は冥界で亡者の整理係やらせてる。今度は妾に色目を使いだしたが神域にすら至ってない時点で話にならん」
主神、相変わらずひどい言われよう。
そこでエメルは一つ思い出した。
「そうじゃ!数百年ぶりに神域に至った者が現れたんじゃった!しかもまだ10才ちょっと」
スカーシャは今日一番の驚きを見せた。
「何だそれ!天才ではないか!何百年たっても至れず役目を終えるのが普通なのに。どんな子だ?」
「黒くて大きくてもふもふの可愛い犬、とても良い子」
沈黙が流れた。
「はあ?犬?」
スカーシャはまたもや驚きを隠せない。
「いやな?初めて会った時からもしやとは思うとったんじゃがあっさり神域の試練越えおった。今は神狼フェンリルの座に就いておる。おそらく真域に至る日もそう遠くはない」
「は~、凄いのがいるんだな。ウチの門番のバカ犬なんか今行方不明だぞ」
「………もしやケルベロスか?」
エメルの額に汗が流れた。三つ首の冥界の門番、獰猛にして狂暴。人間も魔族も魔物も見境無く食いちぎる。
「妾の所の犬と言ったらそれしかいないだろ」
「………それ、だいぶダメダメな気がするんじゃが」
今度はスカーシャが冷や汗を流す。
「やっぱりまずいよな………来年はうっかりさん女神ランキング一位、妾かもしれん」
「うっかりさんで済めば御の字じゃな…スカサハが知ったら………まずい気が………」
スカーシャがビクッとして震えだした。
その他にも色々話しながら時間が流れる。まあ彼女達にとっては時間の概念など有るようで無いような物だ。だが永いときを共に過ごした者は少ない。なんだかんだでエメルとスカーシャは仲が良いのだ。
「さて、では早速頼るとするかの」
「ああ、構わん」
二人で話し合った結果三本の柱を一本半ずつ背負う事にした。
エメルは立つとスカーシャの両手を握った。
「無理なら無理と言え、死なれたら困る」
「馬鹿にするなと言っている。お前が背負って来たものの半分くらい妾とて余裕だ」
「うむ、心強い。では時間を半分任せる。流すぞ」
エメルからスカーシャに何かが流れ込む。
(!何だこれは)
身体中の穴と言う穴から何かが入り込み犯していく。体内で内臓を破壊するかのように暴れまわる。血が逆流する。
(痛い、とか、気持ち、悪い、とかそんな、んじゃ、ない)
あまりにも例えようのないおぞましい感触にスカーシャは発狂しそうになる。視界すら失う。五感すべてが過敏になりつつ奪われていく。本能が警告を鳴らす。
(ダメ、セイシンガ、モタナイ、ワタシハ、モット、ツヨイ、ハズ、ツヨイ、ハズナノニ)
「力を抜くんじゃ。受け入れろ」
エメルの声が反響する。
(ナニヲ、ウケイレレバ、イイノ?チカラヲ、ヌイタラ、クダケテシマウ、ナニモカモ、ワカラナイ、ワカルノハ、ワラワガ、ヨワイト、イウコトダケ、ソウダ、ワラワハヨワイ)
自分は真域に至った強き者、そのプライドが粉々に砕ける。
そこで視界が開けた。
目の前には全裸のエメル、気が付けば自分も全裸だ。
「はあ、はあ、はあ、よくこんなの、耐えてきたな」
スカーシャは呼吸を整える。全身から汗が吹き出る。
「たった半分増えるだけでここまで重いとは」
「良く持ちこたえた。よくぞ弱さを受け入れた」
エメルが笑う。どうやらうまく行ったらしい。
「弱さか………って知ってたんなら最初に教えろ!」
「いやいや、自分で気付くのも大切じゃし」
スカーシャは身体から違和感が消えたのを感じた。
「一度受け入れてしまえば大したことないんじゃよ。なんなら全部渡そうか?」
エメルはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
スカーシャは首を振る。
「勘弁してくれ、だがこれで本当に対等になったな」
エメルはスカーシャを抱き締めた。
「ありがとな、我が友よ。軽くなった、これで少しは世界の寿命が伸びるじゃろう」
(あとはあやつらに任せるのみじゃな)
エメルは獅童アイカを思い浮かべる。人間のまま神域に至りつつある奇跡。おそらく自分達を軽く超えて行く者。危うい面はあるが黒き神狼が上手く導いてくれるはずだ。
(あれ?あやつらって思ったが)
何かもう一人居たような………そんな気がしたが思い出せない。
(ま、いいか!どうせ大したことないじゃろ)
あらゆる方面から忘れられて行く時雨。まあ頑張れ。
~第三章~魔王ちゃん~
ぬ~~~ん
そんな擬音が似合いそうな高さ3メートルくらいの黒く禍禍しい鎧兜の甲冑を纏う何者かがアイカとチビスケの目の前にいる。
「あの~突然すいません、フッカーヤ王国から来ました、国王代理の獅子王アイラです」
鎧兜の巨人は反応しない。
「ねえ、チビスケ前に魔王って可愛いって言ってたよね。あれのどの辺に可愛さがあるの?」
チビスケに耳打ちする。
『あれ?前に会った時と違うな、魔王様成長した?』
ぬ~~~ん
相変わらず無言である。
「あの~思うところ有りまして話し合いに来たんですけど」
再度アイカは話しかける。
『魔王様~僕の事忘れた?チビスケだよ~』
ぬ~~~ん
まったく反応が無い。
「中身空っぽなのかな」
『気配はするんだけど』
ここは魔王の城の謁見の間。
チビスケはともかくアイカが居ると魔族を刺激してしまうのでチビスケが木箱を背負いアイカはその中に入ってここまで来た。途中何度も色んな魔族に声を掛けられたが
『魔王様にお土産持ってきたんだ~』
とチビスケが言うとみんな信じた。さすがチビスケ、魔族にすら一目置かれる男。
尚、フッカーヤ王国を出る際
「ちょっとお散歩してきます、そのうち帰るので心配しないでね」とかかれた手紙を置いてきた。軽はずみな行動は控えるように言われたがどうしても魔族側の情勢を自分の目で見ておきたかった。
「とりあえず殴るか」
『お姉ちゃん………何でも殴れば良いと思ってるでしょ。あのね、殴ったら下手すると魔族と全面戦争になるからね』
危なっかしい国王代理だった。
「でもさ~あれ実は寝てるのかも知れないしちょっとくらいひっぱたいて刺激与えれば起きるかもよ?」
ビクッ
鎧兜の巨人が反応した。何故か腰が引けている気がするが。
「ほら!向こうもやる気みたい。ここは一発喧嘩して仲良くなるパターンと見た。夕陽の河川敷で」
『どこに河川敷あるの。絶対違うよ』
ぬ~~~ん
再び鎧兜の巨人は直立不動になった。
「あれ?違ったか~。でもここまで来て何も無しで帰るのもな~。せっかく来たのにな~」
アイカは鎧兜に近付いてみる。
「て言うか顔くらい見せなさい!失礼でしょ」
思い切り跳躍すると兜を剥ぎ取った!
「え?」
鎧兜の巨人は兜が無くなっても直立不動だ。しかも首から上が何もない。首無し騎士が出来上がった。
「ぎゃーーーーーーー」
アイカは壮絶な悲鳴を上げてチビスケの影に隠れた。
『どうしたの?』
アイカは真っ青な顔をしてチビスケにしがみつきながら震えている。滅多に無いことだ。
「魔王、オバケだった!オバケ無理、ホントに無理。呪われる、もう呪われたかな。ごめんなさいごめんなさい許して下さい」
こんなへっぴり腰のアイカはそうそう見れない。いつも威風堂々としてるからギャップが激しい。
『お姉ちゃんオバケダメなんだっけ』
「だって殴れないじゃんオバケ!どうしよう、とりあえず兜返しますハイ」
兜を思い切り放り投げた。鎧に激突する。鎧がよろめきガシャガシャと音を立て崩れてしまった。
「あああああ、余計酷い事に。すいませんすいませんチビスケがやれって言ったんです」
『勝手に人のせいにしないでください』
崩れてしまった鎧の胴体部分がカタカタ動いている。
「あばばばば、やっぱりオバケだ、もう駄目だ。呪われ死ぬ、来る~きっと来る~多分来る~」
アイカは昔見たホラー映画を思い出したけど
やがて中から濃い紫色のドレスを着た本当に薄い紫色の髪をポニーテールにした小さな女の子が出てきた。金色の瞳が印象的だ。小さいと言ってもレイエンダよりは一回り大きい。中学生くらいかな?とアイカは思った。胸も成長途中と言ったサイズ。
「イタタタタ。何するのだ」
『あ、良かった!僕の知ってる魔王様だ』
「おお神狼ちゃん。久しぶりなのだ。何年ぶりだろ?」
さっきまでのぬ~~~ん感はまったく無く可愛らしい声だ。
「中から美少女出てきた!チビスケさん紹介してよ」
チビスケの背に隠れていたアイが顔を出すと魔王は逃げるように駆け出し柱の影に隠れた。
「人間は怖いのだ、我、殺られちゃうのだ」
ビクビクしながらこっちを伺っている。
「何あのおもしろ可愛い生き物」
『魔王様。ね?本当に可愛いでしょ』
「うん、想像以上。良かった、オバケじゃなかった」
アイカは落ち着きを取り戻し魔王に近付いてみる。しかしさらに奥の柱の影に逃げられてしまった。
「来るな~!我は何も持ってないし倒しても何にもならないのだ。回れ右して帰ってくださいがオススメなのだ」
めちゃくちゃ慌ててる。
「まだ何もしてないのに逃げられた。ちょっとお姉さんショックだな~悲しいな~」
アイカはショボンとした顔をする。
「別にお前が悪いわけじゃないのだ。我が人間嫌いなだけなのだ。傷付けたのなら謝るのだ」
魔王はゆっくり出てきた。
アイカは手をワキワキしながら言う。
「本当に?じゃあちょっとお姉さんとお話しよ~。こっちにおいで~何もしないから」
出てきた魔王は再び柱の影に隠れた。
「やっぱり怪しいのだ!きっと我を拉致して奴隷市場で売る気に違いないのだ!我可愛いから高値で売られて汚い男共にいいように使われてなぶられて最終的にボロ雑巾のようにされてポイされるのだ。ポイされた挙げ句今度はオークやらゴブリンやらに捕まってまた酷い目に合うのだ!もう我おしまいなのだ」
魔王は涙目で震えている。
(可愛いけど妄想が激しい子ね。面白いけど)
「しかし話し合いに来たのにこのままじゃラチがあかん。チビスケさんちょっと来て、間に入って」
『はーい』
アイカと魔王の間にチビスケが入る。
「魔王ちゃん、私は獅子王アイラ。フッカーヤ王国の国王代理でチビスケの飼い主。別に誘拐しに来たとかじゃないよ」
なだめるようにアイカが話す。
「神狼ちゃん、ホント?」
『ホントホント、お姉ちゃんは僕の飼い主で大切な人なんだ!だから魔王様にも仲良くしてもらえると嬉しいな』
チビスケが説得する。
「………分かったのだ。人間はすぐ嘘つくけど神狼ちゃんは信用出来るのだ。仲良くするのだ」
魔王は柱の影から出てきた。
すかさずアイカが飛びかかる。そして魔王を脇に抱えた。
「ぎゃー!やっぱり罠だったのだ!」
「ヘッヘッへ食べちゃうぞ~。レイエンダちゃんとこの子は可愛いから元の世界に連れて帰ろう。いや~いきなり娘が三人になってしまった!どう育てようか。うへうへ、たまらんな」
ベシッ
チビスケに頭をはたかれた。
『お姉ちゃん……本当に誘拐してどうする、正気に戻りなさい』
「はっ!私は何を!もしや娘に会えてない反動が?」
アイカは我に返った。
『お姉ちゃん、自称妹の女騎士Jさんみたいになってたよ』
(え?あの変態の残念な子と同列?それはやだ)
アイカは何とか踏みとどまった。
「魔王ちゃん、チビスケの上に乗ってて。そこ一番安全だから。うっかり拐わないようにしないと」
アイカは魔王を抱き上げるとチビスケの上に乗せた。
「あまり人に聞かせたくない話するからさ、どこか良い部屋あるかな」
「ならば玉座の左にちょうど良い部屋あるから行くのだ。昔は魔王軍幹部と会議してた部屋なのだ。もう、みんな居ないけど」
魔王は少し寂しそうに話す。
「もう居ない?どっか行っちゃったの?」
魔王は首をふる。
「みんな殺されたのだ。もう何百年も前に人間に」
(ありゃりゃ、聞かない方が良かったかな)
アイカは反応に困った。
「………アイラが気にする事無いのだ。昔の事なのだ」
魔王は念力で鎧兜を元に戻すと玉座に座らせておいた。中身は入っていないがまるで本当に魔王が椅子に座っているような風格がある。
(凄いな、あれも魔術でやったのか。凄い精密ね。ウチにはああいうタイプは居ないわね。出来れば欲しい戦力ね)
フッカーヤ王国には戦闘向けの魔術師不足だ。魔術自体はあるが生活基準レベル、火を起こしたりちょっとした怪我を治したり程度は普及しているが。
アイカは現状火力制御不能だしジュリアは魔術は中級までで本職は剣だしマーニは神聖魔術のみ最高位まで修めたが他はイマイチだしレイエンダは修行中。父親のグランレイはかなり高位の魔術も使えたらしいので成長次第だ。
(現状最高の魔術師がチビスケなんだよな~、神狼になってからは前より使える魔術増えたらしいし。かといって一人に頼りきりなのはやっぱりきついよな~。魔王ちゃん力貸してくれないかな~無理かな~)
色々考えているうちに会議室に着いた。大きな円卓を囲むように椅子が並んでいる。昔はここに大勢の魔族が並んでいたのだろうか?
魔王はチビスケから下りて椅子に座る。
「さて、話とはなんだろか?」
早速本題に入ろうとする魔王。
だがアイカは座らない。
「ね?ここに来る途中に台所っぽいの有ったけど使っていい?お腹空いちゃった」
魔王は頷いた。
「では我は神狼ちゃんと遊んでるからゆっくりしてきていいぞ。なんなら今から帰ってもいいのだ」
「そんな寂しい事言う子は無理やり連れて帰っちゃうぞ」
ささっと魔王はチビスケの影に隠れた。
「神狼ちゃんのご主人、怖いのだ。神狼ちゃん実はいじめられてない?無理やり脅されて働かせられてない?心配なのだ」
『お姉ちゃんは僕の命の恩人で優しいんだよ。たまにおかしくなるだけだから安心して』
それは安心して良いのだろうか?と魔王は思ったがとりあえず黙っておいた。
アイカが台所に行っている間にチビスケは魔王と遊びながら話すことにした。魔王がボールを投げてくるからチビスケはキャッチした。転がして返す。
「相変わらず神狼ちゃんは運動得意だなあ。むしろ前より速くなった?我は苦手だから羨ましいのだ」
『まあ一応犬だからね、これくらいは出来ないと。魔王様は最近何かあった?』
魔王は考え込む。
『何でもいいよ。楽しかった事とか嬉しかった事とか』
「それなら今日が楽しいのだ。いつも誰も来ないから………」
魔王は凄く寂しそうな顔をした。
『あれ?この前居た魔神さんは?』
チビスケが前に来たときは魔神と名乗る女性が居た。確かに強い力と神性を感じたし400年くらい生きてるって言っていた。
「魔神さんは戦うの大好きっ子だからその辺で魔物でも狩ってると思う。ここ最近は見てないのだ」
『そっか~、それは寂しいよね』
ちなみに魔神とチビスケとその他少数の者以外は本当の魔王を知らない。
いつもあの禍禍しい鎧兜の巨人スタイルでいたらあれが魔族の間で浸透してしまった。今さら中身が小さい女の子なんて言えないし信じてもらえそうに無い。
「他の部族はみな勝手にやってるし我は所詮お飾りなのだ」
そこにアイカが戻って来た。
「ちっこいのに寂しい事言ってるなあ。でも一人で頑張ってるんだね。聞きにくいけどお父さんお母さんはどうしたの?」
アイカは円卓に自分のと魔王の分の食事を並べた。目玉焼きとハンバーグとパンとスープ、それとサラダ。チビスケには玉ねぎ抜きのやたらでかいハンバーグだけ置いた。
「?」
「あ~一人分も二人分も大して変わらないから作っちゃった。食材借りたし良かったら食べて。別に変なもん混ぜてないから安心して。味は合うかわかんないけど」
アイカはもしゃもしゃ食べ始める。
チビスケはハンバーグを爪で器用に切り分けて食べる。
『お姉ちゃんのハンバーグはやっぱり美味しいね。昔玉ねぎ入り出された時は死にかけたけど』
まだ子犬だったころの話だ。アイカが血相変えて動物病院に連れていって事なきを得たが。
「あ~無知って怖いよね。犬が玉ねぎダメなんて知らなかったからついあげちゃっんだよなあ。失敗失敗」
魔王はハンバーグを小さく切ると恐る恐る口に運ぶ。
「むう」
魔王の瞳から涙がこぼれた。
「え?泣くほど不味かった?」
魔王は手で顔をグシグシぬぐう。
「違うのだ………美味しいのだ。ただ誰かの手作りのご飯も、誰かと食事するのも久しぶりだからちょっと嬉しくて、おかしいな。もう慣れたはずなのに、涙が止まらないのだ。母上を思い出す」
アイカはハンカチを取り出しそっと魔王の前に置いた。今は子も産んだしだいぶしっかりしているが幼少期、当時共働きだった父母が家に居ないだけでだいぶ寂しい思いをした。一人は不安だった。多分この子はずっとそれを抱えて生きてきたんじゃないかと思った。
「父上も母上も人間の勇者と名乗る者に殺された。何もしてないのに!魔王だからってだけで殺された!我には意味が分からない。下らない武勲や名声のためだけに殺されたのだ!我は人間が憎いし怖い。でも父上は最期に言った。憎しみに囚われてはいけない。お前らしく生きろと」
魔王はハンカチを握り締める。悔しさで震えている。
(そっか、それで人間に対する恐怖だけ残っちゃったのか)
アイカは何となく納得した。
「それから我はあの鎧兜を纏う事にした。あの姿なら大抵の人間は逃げ出すし魔王の威厳も示せる。魔神ちゃんや神狼ちゃんは別格だからこの姿でも慕ってくれるけど」
(あ~この子なりに色々考えてあの禍禍しい鎧兜にこもっちゃったのね。でもそれで本当に良いのかな)
アイカはおせっかいと分かりつつ魔王をどうにかしてあげたいと思った。
「なあアイラ、教えてくれ。我らは魔族と言うだけで殺されなければならないのか?我らはただ日々を一生懸命生きてるだけなのだ。どうすれば良い?」
「う~ん、魔王だからって肩ひじ張りすぎなんじゃない?それじゃ疲れちゃうよ」
魔王はハンカチで涙をぬぐうとついでに鼻もかんだ。
「人間に何が分かるのだ。我は父が亡くなってから500年以上独りで生きてきたのだ、今さらこの程度何ともないのだ」
アイカはため息をついた。
「何ともないね~。じゃあ何で涙が出たんだろうね。500年の間に色々こじらせちゃったんじゃない?」
魔王が500才を越えているのにも驚きだがそれ以上にその間孤独だった事が心配になった。
(私だったら耐えられない。この子見た目よりずっと強い)
アイカは感心すると共により心配になった。
「それにどうすれば良いって聞いたよね。本当にこのままで良いの?死ぬまで独りで過ごすの?本当はこのままじゃいけないって分かってるんじゃない?」
魔王はまた泣きそうな顔をしたが堪える。
「良いのだ。だってみんな先に死んじゃう、だったら最初から関わらぬほうが辛くないのだ」
(この子はどれだけの死を看取って来たのだろう。不老にはちょっと憧れるけど………そっか、いい事ばかりじゃないのね)
「確かにアイラの言う通りこのままじゃ駄目なのは分かってるのだ。でも我には他に良い方法が見付からないのだ」
魔王は黙りこんでしまった。凄く悩んでる顔をしている。
「ねえ、魔王ちゃんは難しく考えすぎじゃない?もっとシンプルに考えてみない?私なんか一年前にこの世界に来て何も考えてない内に何だか良く分からないうちに国王代理になっちゃったよ?変な力は有るけど制御不能で使用禁止だしまったくワケわからん状態だよ」
『お姉ちゃんはもう少し考えて動いてください』
「はい、すいません」
魔王がやっとクスリと笑う。
「どっちが主か分からんのだ」
「チビスケは愛犬でこの世界の先輩で………まあ頼りになる相棒みたいな感じかな、主従関係なんてあって無いようなものね」
「そうか、羨ましいな。我にもそんな存在が居ればな………」
(う~んすでに500年生きてる魔王ちゃんにぴったりの存在か)
アイカは頭を捻る。全裸ちゃんは痴女だからアウトだし他に殺しても死なないようなのが居ないか考える。
「あ、すぐ隣にいたわ」
『あ、そうか、魔王様、僕なら死なないよ?お友達になろうよ』
アイカは気付いた。チビスケも神狼になったんだから不老だ。自分が年老いて死んだらチビスケはどうなるんだろう。そもそも元の世界に連れていけないだろうし。
「お姉さんからもお願いしたいなあ。私は人間だからいずれ死んじゃう。その時チビスケのそばにいてあげて欲しいな。チビスケ私が居なくなったら多分泣いちゃうから」
魔王の顔がパッと明るくなった。
「良いのか?神狼ちゃんもらって良いのか?やったのだ!」
「いや、まだあげないけど」
魔王は一気に沈んだ。
「アイラは意地悪なのだ、やっぱり人間は信用出来ないのだ」
「いやいや、私あと200年は生きる予定だから。今は1割くらい貸してあげる」
『僕の1割って何さ、だいたい200年って………』
チビスケはため息をつく。人間では200年生きたら化け物だがアイカならやってのけそうな気がした。
「あとは魔神ちゃんね。まったくこんな可愛い子ほっといて何やってんだか。どんな奴か知らんけど」
チビスケが突っ込む。
『王国にもすぐどっか行っちゃう国王代理が居るよね』
アイカはあえて無視した。
「魔神ちゃんってどんな子か教えてくれる?うっかり遭遇したら多分なんとなくで戦いそうな気がする」
魔王は呆れ気味だ。
「アイラも戦闘狂なのか?」
「違う違う。ただ強そうなの見ると戦いたくなるだけ」
それを戦闘狂と言うのでは?と魔王は思ったが黙っておいた。
「魔神ちゃんは冥界から神域に至った珍しい人間なのだ。そういえばアイラとなんとなく雰囲気が似てる気がするのだ。背はアイラと同じくらいで胸はアイラより小さいのだ。長いサラサラの黒髪でスラッとしててカッコいい………この世界に来る前はセンゴクダイミョーとか言う仕事してたって言ってたのだ。よく分からんけど。ニホントーとか言う片刃の剣持ってるから分かりやすいと思う」
あまり歴史に詳しくないアイカでも分かる。
(昔の日本人だ、全裸ちゃんが連れてきたのね。しかも戦国時代にバリバリ殺し合いしてた人か、誰だろ?そもそも女の武将なんか居たっけ?まあ相手にとって不足なしね)
とりあえず有名どころを頭に浮かべるがみんなおじさんのイメージだ。そして何故か戦う気満々。
「魔神ちゃんもアイラも我と同じ女のクセに大きくてカッコ良くてずるいのだ」
「あ~まあでも魔王ちゃんはこれからじゃん?成長すればどうなるか分からないよ?確かに今は何かへちょんとしたちんちくりんにしか見えないけど」
アイカの言葉に魔王は膨れっ面になる。
「別に今はちんちくりんでも良いのだ。アイラがシワシワのばあちゃんになった頃我はダイナマイツバデーになって見せつけに行くから覚悟しておくのだ」
「ぷくく、ダイナマイツバデー!まあ期待して待ってるわ、とりあえずご飯食べちゃお。大きくなるにはきちんと食べないとね」
(レイエンダちゃんは現実を見るタイプだけど魔王ちゃんは夢見るタイプみたいね、やっぱり二人とも連れて帰っちゃ駄目かな。紫苑の良いお姉さんになりそうだけど、魔王ちゃんがちょっと世間知らずな長女でレイエンダちゃんがしっかり者の次女、紫苑はどっちに似るかな?うへ、何だか楽しくなってきた)
そんな事考えていたらヨダレが出ていた。
「神狼ちゃん、ご飯は美味しいけどアイラ変な顔になってるのだ。何だか邪なオーラを感じるんだが」
『たまにこうなるけど気にしないで良いよ』
「そうだよ~、決して誘拐とかしないから安心して良いよ!きっとおそらく多分大丈夫!」
魔王は思わず後ずさる。本能で危険を感じた。
「えっと、我の事は置いといて今度はそっちの話聞きたいのだ」
何だか危ない雰囲気になって来たので話を変えた。
「何でアイラは神狼ちゃんをチビスケって呼ぶのだ?どっちかって言うとデカスケだと思うのだ」
「あ~それね、元々チビスケと私は同じ世界に居たの。その頃はちっちゃかったの。子犬の頃なんて本当に豆粒みたいだったんだから!マメスケね」
アイカは指でサイズを表す。
『いやいや、そこまで小さくは無かったけど。でもお姉ちゃんの片手に乗った記憶はあるかも………』
「ほえ~今の大きさからは想像できないのだ。それでチビスケだったのか。納得したのだ」
「それがね~色々あって再会したら今の大きさだった訳よ。びっくりびっくり。しかも何かやたら賢いし強いしさらに神域とか言うのに行って本当に神様になったしどこまで成長するんだか」
魔王はまたもや驚いた。
「前会った時より力が上がってるとは感じてはいたが神域に至ったのか!もうその上は真域しかないのだ。凄いのだ神狼ちゃん」
魔王はチビスケの体をペタペタ触る。相変わらずもふもふだがより艶やかになっている気がした。
『そんなに大した事無いってば。僕は僕。チビスケです』
チビスケは謙遜しているが神域に至った者は数える程度だ。
「とまあ大きくなったけど可愛い訳よ。さて、チビスケ自慢も終わったしそろそろ帰るか」
アイカはちゃちゃっと食器を片付け帰ろうとする。
『お姉ちゃん!本題忘れてる』
「あ、そうだった」
アイカは王城で話し合った内容をざっくり説明した。
魔王は首を捻る。
「魔族なら魔神ちゃんが世界を壊すくらいは出来るかもだ。だがメリットは何もないな。今も魔物狩ってるだけだし」
「あ~駄目か~。まあそんな気はしてたの。一応確認しただけ」
まあ結局アイカが何をしに来たかと言えば魔族側に怪しい人物が居ないか確認したかっただけだ。
「人間側にも魔族側にも心当たり無しか~。いや~参ったねこりゃ」
「我らは人間の仕業かと思ってたからな、こっちはこっちで困ったのだ。今さら勘違いで戦ってましたとは言えないし」
人間と魔族、互いの誤解で戦っていた訳だが犠牲者が出てる以上今さら誤解でしたでは済まない。せめて真相を見付けねば。
「一応こっちは専守防衛に努めるように通達は出してるわ。人間が無駄に攻める事はないと思う」
そもそもフッカーヤ王国は前国王、ガワダーニのアホのせいでズタボロ状態からの再建中だ。余計な力はない。
「こっちはこっちで魔物対策で手いっぱいだから助かるのだ。いっそのこと和平でも結ぶか?」
アイカもそれは考えていた。だが
「それは駄目。相手は世界を壊そうとしてるど阿呆。もし今戦いを止めたら次は何してくるか分からない。少なくとも今は戦って居るように見せないと現状悪化する可能性もあるから」
魔王は関心した。
「正直アイラがそこまで考えていたとは………」
『お姉ちゃんはほぼ本能で動くしだいたい殴れば良いと思ってるけどたまにごく稀に鋭いよ』
「はっはっは。チビスケさん、後で城の裏に来てくれない?やっぱりどっちが上かはっきりさせましょうか」
アイカは怒りの笑顔で拳をポキポキならしている。
「えっと、我の城が壊れないくらいにしといて欲しいのだ」
『魔王様止めてよ!』
アイカはチビスケの頭をポンポンした。
「いや、冗談だから。チビスケは私に手を出さないの知ってるし。さて一通り話たし話も聞けたしお暇しますか」
『そうだね、あまり遅くなるとみんな心配しちゃうし』
まさかお散歩感覚で魔王に会いに来たとは誰も思っているまい。
『あれ?誰か来るよ?』
「魔神ちゃんが帰ってきたのかな?」
謁見の間に誰か走り込んできた。
「魔王様!魔王様!大変です。ちょっと聞いてますか魔王様!」
何やら騒がしい。こっそり覗くと誰かが玉座に座っている鎧兜に必死に話し掛けている。
『魔王様どうするの?あれ空っぽだよね』
「だが今さら我が出ていったところで我が魔王だなんて誰も信じないのだ」
入ってきた誰かは必死過ぎて鎧兜の肩を揺さぶる。ガラガラと鎧兜は崩れた。
「ぎゃーっ、魔王様を殺してしまった!すいませんすいませんつい殺ってしまったんです」
何が何やらよほど慌てているのか凄く混乱している。
「誰だろ?魔王ちゃん、出るしか無くない?」
「うーん良いけど信じてもらえるか分からないのだ」
『僕も一緒に行くよ。ほら、僕一時期魔族領に住んでたから知ってる人かも知れないし』
てこてこチビスケが歩いて出ていく。
『あ、ベルフさんだ!久しぶり』
「おお、犬帝様!何故ここに?あ、魔王様殺してしまったんだがどうしよう」
ベルフ、一年前までチビスケが共に暮らしていた狼の顔を持ち人のような体躯を持つワーウルフのリーダーだ。一年前、アイカと一戦交えた仲でもある。
「魔王ちゃん死んでないから、それハリボテ。この子が魔王」
アイカが魔王を連れて出てくる。
「おお、アイカ殿!久しぶりじゃないか!」
「あ、今は獅子王アイラで通ってるからそっちで呼んで」
ベルフは驚いた。
「昨日王国聖誕祭で国王代理が獅子王アイラになったと聞いたがもしや………」
「お、情報早いじゃない、それ私。それで何が大変なの?」
「人間が橋を越えて攻めてきた」
アイカはすっとんきょうな反応を見せる。
「はあ?んなわけ無いじゃん!知らんよそんなの。大体ウチの国、超貧乏で守るのすら精一杯だから!」
『だよねえ、そんな余裕無いよね』
チビスケも賛同する。
「アイカ殿も犬帝様も信に足る。しかし攻めてきたのだ。数百人程度規模だ。今はウチの若いのと魔神殿が防衛してるがどうなるか。他の種族も魔物の対応で出払っている、そこで魔王様に対応の相談に来たのだが………」
ベルフは魔王を見る。ちんちくりん、頼りにならなそう。そんな印象しかない。アイカのほうが魔王っぽい、そう思った。
「どっかの馬鹿が暴走したかな。魔王ちゃんどうする?」
魔王は動揺を隠せない。
「人間怖い。きっと殺される。我可愛いから捕まってオモチャにされて最期はポイされちゃうのだ。ああ、そんな大きいの無理なのだ、入らないのだ。我壊れちゃう」
トラウマ妄想モードにトリップしていた。それを見たアイカは魔王の頬を叩いた。
「逃げるな!しっかりして。頼りはアンタしかいないの!戦うか逃げるか、それくらい決めなさい!下手したら全面戦争よ。大勢の命がアンタにかかってる。私は人間だけどアンタが何しようが協力する。もちろんチビスケも!アンタが立ち上がるチャンスだと思いなさい。500年の殻を破るのは今よきっと」
魔王はハッとする。多分目からウロコが1億枚と五百枚くらいポロポロ出た。
「………アイラ、ありがとう。お前の言う通りだ。我は魔族最後の砦。無論戦う。我が守る!ベルフとやら、案内せい。魔王デュート-エンドリヒ、出陣するのだ!」
「あ、そんな名前だったんだ。カッコいいじゃん」
ベルフは納得した。エンドリヒと言えば代々魔王の名だ。勝手に魔王を名乗れば冥界送りになると伝わっている。だからおいそれと名乗る馬鹿は居ない。
『ベルフさんは先行ってて、僕が臭い辿るから』
「承知した。エンドリヒ様、お待ちしております」
ベルフは一礼すると走り去った。
アイカは魔王の頭を撫でた。魔王はまだ震えている。
「よく言った。カッコ良かったぞ魔王ちゃん」
「あはは、勢いで言ってしまったのだ、どうしよう」
魔王は困った笑顔を向ける。
『はい、もう行くしか無いよ。早く乗って』
チビスケが伏せる。
「待った、魔王ちゃん。何か武器貸して。馬鹿どもぶっ叩くのに使うから」
「我、戦わなかったから武器持ってないのだ。あ、魔神ちゃんコレクション借りよう。ちょっと取ってくる」
魔王は走り出そうとしてコケた。運動神経はイマイチくさい。その際チビスケの尻尾の一本を握っていた。
スポン
抜けた。尻尾抜けた。
『あ、あれ?取れちゃった』
抜かれた本人も知らなかった謎の機能。別に痛くない。
「神狼ちゃんすまんのだ!今くっつけるから、あれ?何か変形した………おお!」
抜けた尻尾は手乗りサイズのちっこいチビスケの形になった。
「何だこれ!可愛い!ミニマムスケだ。良いなあ良いなあ」
アイカが触ろうとするとミニマムスケは火を吹いた。
『オイラは魔王様のだ!気安く触るな!』
めちゃくちゃ可愛い声でしゃべった!
『あの、君は何なの?』
チビスケにすらよく分からない生命体が産まれた。
『オイラは親分の中に流れる血の一角、超小型犬チビスケだ。以後よろしくな!』
「おい、アホ犬。なんで火を吹いた。私はチビスケの飼い主だ。言わば大親分だ」
アイカがミニマムスケに迫る。
『知るか!オイラを引っこ抜いた魔王様が主だぜ』
そういうシステムらしい。
「なんだよ~可愛くないな。もう良いよ、そう言うなら魔王ちゃんきちんと守れよな」
『………僕の尻尾。何なんだろ?』
チビスケにも分からなかった。しかしミニマムスケは産まれてしまった。産まれてしまった物は仕方ない。
『あ、でっかいオイラ親分。気を付けろ。元の一本以外わりと簡単にもげるから!もげるとどっか勝手に行っちゃう奴とか産まれたりするからやべえ』
『元に戻れないの?』
『食うかケツの穴に突っ込めば戻れるぞ!まあオイラはどっちも嫌だから戻らねえけどな』
(どっか行っちゃう奴ってコイツなんじゃ)
アイカは思ったが今は急ぎなので黙っておいた。
『おいババア、武器だったな。オイラ鼻が利くから良いの見つけてやる、魔王様、魔神ちゃんの部屋に案内してくれ』
魔王とミニマムスケは城の奥に走っていく。
「………誰がババアだ!まだ25だ!可愛いのは声だけか、まったくチビスケから産まれたとはいえすり潰すかアイツ」
『多分僕には小さいけど暴れん坊な血も混じってたんだね……』
とりあえず大きい暴れん坊が産まれなかったのは幸いだ。
1分もたたずにミニマムスケは刀一本を咥えて戻ってきた。
後ろからぜえぜえ息を切らしながら魔王が走って来る。さすが500年運動不足。
ミニマムスケは刀をアイカに渡した。
『一番斬れそうで扱いやすそうなの選んだぞババア。ありがたく思えよ』
「ありがとう、じゃあアンタで試し斬りするわ」
アイカから怒気と殺意があふれでた。
『ババア、じゃなくて姐さん。動物虐待ダメ絶対』
いきなりミニマムスケは大人しくなった。魔王の服の胸の部分に入り込み頭を出す。
「あひゃあ、くすぐったいのだ」
『なかなか将来有望そうだぜ、気に入った。オイラはしばらくここに住むぜ』
ろくなもんじゃないなミニマムスケ。
『よし!全員でかいオイラに乗り込め~悪党退治だ!』
何故かミニマムスケが仕切り出す。まあ特に異論はないのでチビスケの背に乗る。アイカは魔王が落ちないように後ろから挟むように座る。
「よし、チビスケ。落ちない程度になるべく速く」
ミニマムスケが口を挟む。
『全速力だ、こっちは任せな』
チビスケは戸惑う。チビスケは全速力だと音速を越える。
『え~、本当にダイジョーブなの』
『オイラだってお前の一部だ!自分を信じろ』
アイカは魔王をぎゅっと抱きしめた。落ちないように。
「めっちゃ不安しかない」
『おいおい姐さん、オイラをなめてもらっちゃ困るぜ』
「だってさ、チビスケ。全速力!」
チビスケは地を蹴った。速い、高い。ミニマムスケが圧を避けるバリアみたいなのを張っているのかちょっと風を感じるくらいで落ちる気配はない。ちょっと有能ミニマムスケ。
「可愛いマジカル未亡人~狼に乗って飛んでくる~ララララブラブ皆殺し~!放っちゃうぜナゾナゾビーム!可愛いさ半分美しさ半分~強さも足したら200%~みんな大好きリリカルマジカル未亡人~悪いやつらは蹴り飛ばす~グチャッバキッへちゃあ~魔法少女も逃げ出すぜ~でもほんとは早くおうちに帰りたい~」
アイカはまた変な歌を歌い出した。音痴だった。
「その変なの何の歌なのだ?」
「真マジカル未亡人の歌。つまり私の歌。カッコいいでしょ」
ミニマムスケが呟く。
『その精神攻撃やめて、オイラ力抜ける』
そんなこんなで人間と魔族の境界線、トーネ川のほとりについた。チビスケは臭いを辿る。
『橋の方かな……んー何か水が臭い気がするような…??』
チビスケは川の水から何か感じたらしいがアイカ達には分からなかった。
「誰か上流でうんこでもしてんじゃない?それより早くベルフに追い付こう」
普通にうんこ言う女、アイカは歩き出す。散々娘の便を処理してきたのだ。そこらの小娘とは女の格が違う。だがアイカは上流に向かってずんずん歩く。魔王が呼び止めた。
「なあ、下流に橋見えてるのに何でそっち行くのだ?」
アイカはUターンしてきた。
「ちょっと敵が居ないか一応確かめてきただけ!」
照れ臭そうに答える。
『姐さん方向音痴だもんな。歌も音痴だけど』
殺されたくないので姐さん呼びになった。
「ミニマムスケちゃん、そう言うのはオブラートに包まないとダメなのだ。本人が傷つくのだ」
「………」
アイカはむくれてだんまりになってしまった。
とりあえず鼻の利くチビスケを先頭に歩く。橋が近付くにつれて喧騒が聞こえてくる。
全員草の茂みに伏せた。チビスケだけは伏せても丸見えだが。
「ワーウルフ達が戦ってるみたいだ、魔神ちゃんもいるのだ」
「あのまったくこの世界に馴染んでない鎧着てるのが魔神ちゃんね。確かに戦国武将って感じね」
長い黒髪に武者鎧、手には刀。如何にも日本人っぽい。妙な化け物と対峙している。
「何か三つ首の変なのも居ない?犬だか狼だか分からないけど」
「あれは冥界の門番ケルベロスなのだ。何でこんなところにいるのだ?」
さらにその向こうには石と木を積み重ねた変な建物も見えた。何だか突貫工事で立てたプレハブみたいな。
「今日からここはビロミ~王国だ!この城が見えんのか~。魔族はうせろ~」
顔面包帯ぐるぐる巻きのおっさんが喋る。昨日の王国聖誕祭で暴れたビロミー元神官長だ。騒動の後牢屋に入れといた。あの瓦礫の塊は城のつもりらしい。そう言えば橋の砦(一年前アイカが半分破壊済み)がなくなっている。資材として使われたのか。
「だったら向こう側に作れ。何でわざわざ魔族領に作るんだ!何だか知らないが帰れ、あまり人を斬ると戦争になるから困るんだ!本当はさくっと斬りたいのに」
魔神ちゃんが叫ぶ。中性的なハスキーな声がカッコいい。
(まあ昨日やらかしたばかりだから人間側には居られないよね。あれ?アイツどうやって牢屋から出たんだ?)
しかも部下らしきならず者達が数百人居る。昨日より多い。おそらくガワダーニ政権時代の騎士崩れと国の変化についてこれなかったならず者だろう。腐った政権下では見逃されていた闇商人や暗殺組織、マフィアに怪しい教団など。対してワーウルフは数十人。身体能力で勝っていても数で押され気味だ。両軍すでに何人か倒れている。だが全面衝突はまだしていないようだ。
「アイツら王国とは関係ないわ。ただのゴミクズ」
アイカが魔王に告げる。
「そうなのか。で、どうするのだ?」
ケルベロスは別として後は数が多いだけ。
(うーん正直あれくらい余裕でしょ)
アイカはチビスケに何か囁く。
『何それ?本当にやるの?』
「ちょうど良い機会かなって。でも魔神ちゃんに私とチビスケがいたらすぐ終わっちゃうじゃん?」
『まあそうだけどうまくいくかな、心配だなあ』
「アイラ何こそこそしてるのだ?作戦会議か?あんなにたくさんの人間初めて見るのだ。我、すでにポンポン痛い」
「そう緊張しなさんな。まあ会議って程の物じゃないけど誰が何するか確認だけはね。そうだ、魔王ちゃん。何が起きても私を信じなさい。それだけ約束して」
「何だか分からないけど分かったのだ」
『僕はケルベロス担当するね、後は任せる』
『オイラは?オイラは何すれば良い?特攻隊長?』
「いや、アンタどう見てもすぐやられそうだし大人しく魔王ちゃん守ってなさい。言い換えれば王の騎士よ?」
ミニマムスケは頷いた。
『王の騎士か!姐さん見る目あるぜ。任せろ』
ミニマムスケはフンスと息をあらげる。まあ魔王の胸元に収まっている姿はどっちかと言えば守られてる側に見えるが。
「さて、それじゃあ行きますか。作戦は………正面から叩く!」
全然作戦じゃなかった!
チビスケがケルベロスの前に立つ。
「おお、神狼殿、久しぶりじゃないか」
『もう魔神さん久しぶりじゃないよ。魔王様が寂しがってたからね、あんまりフラフラしてちゃダメだよ』
「ああ、そう言えば最近帰ってなかったかも。すまんすまん、そんでその三つ首の化け犬、首落としてもすぐ生えるし難儀してたの。助太刀助かる」
『分かった、やれるだけやってみる』
チビスケから覇気が増した。神狼の放つオーラは場を飲み込む。
「うん、心地よい。さすが私と同じく神域に到りし神狼殿」
『あ、分かる?色々あって神域に至ったんだ。魔神さんもさすがだね、心地良いで済んじゃうんだから』
次に魔王がベルフ達ワーウルフに加わる。
「何だこのちびっこ?」「迷子かな?」
ワーウルフ達がざわつく。
ベルフが言い放つ。
「我らが主、デュート-エンドリヒ様だ」
「そそそ、そうなんだ。我、魔王!我が来たからには多分安心なのだ!人間なんて怖くない、怖くない。怖くないぞ~」
最終的に自分に言い聞かせるようになっていた。
「可愛い魔王様だっぺ」「守っちゃらんといかんね」
ワーウルフ達の士気が上がった。
後はアイカと魔神が加われば制圧はあっさり終わるだろう。
だがアイカは魔神の前に立つ。
「さて、私は一応人間だから人間側につくわ、相手よろしく」
「えええええアイラいきなり裏切ったのだ!」
「姐さん見損なったぜ」
「へ~そうですか~。わ~びっくりお姉ちゃん最低~」
魔王とミニマムスケは心底驚いた。チビスケはセリフが棒読み。
「さて、魔神ちゃん。どこの田舎武将か知らないけどすぐ死なないでね。長く楽しみたいから」
魔神は髪の毛を掻き上げる。白い肌が綺麗だが髪の毛はボサボサに伸びているし所々跳ねている。確かにアイカに似た雰囲気だ。
「拙者は毘沙門天の加護を受けし魔神。貴様こそすぐ死ぬなよ」
毘沙門天と言えば戦国最強として名高い武将、上杉謙信。諸説あるが異世界で魔神になっているとは。
「名前だけなら知ってるわ、最初から本気で行くよ」
アイカはほぼ見えない速度で斬りかかる。刀と刀がぶつかり火花が散る。が、魔神は軽く受け流す。
「良い太刀筋だ、だが我には届かない」
今度は魔神が斬りかかる。縦切りをアイカが避けると見ると途中で横凪ぎに軌道が変わる
(うわ、この速さで角度変えるとか!)
アイカは刀でギリギリ受けた。そのまま自分も横凪ぎを放つ。あっさり再び刀で受け流そうとした魔神。しかし刀ごと持ち上げられ吹き飛ぶ。そのまま地面に着地した。アイカも刀が当たる直前に力の流れる向きを変えた。
「な、初見で見切り更に繰り出すとか!それも恐ろしく力強い。本当に人間かお前?何者だ」
「人間だよ?無理矢理曲げたから肘痛くなった。まあちょっとやんちゃな可愛い美人な未亡人とだけ名乗っておこう」
何だか刹那の瞬間で恐ろしく高度な剣のやりとりをしていた。
互いに距離を取る。戦いは始まったばかりだ。
チビスケはケルベロスと相対する。黒い巨大な犬と三つ首の魔犬。怪獣大決戦みたいな雰囲気が出ている。犬の頂上戦争。
『人間に尻尾を振る犬風情が。我に挑むか。向こうのうまそうな女共を喰らいたい、今なら見逃してやるぞ』
ケルベロスが唸る。殺気が溢れる。
『そっか~お姉ちゃん達食べたいか~。それは認められないかなあ、て言うか』
チビスケから殺気と神気が膨れ上がれ破裂した。
『万が一お姉ちゃんに手を出してみろクソ犬、挽肉にしてこねくりまわして燃やしてハンバーグにしてやる。もっともお前のような化け物風情の腐れ肉など不味くて喰えたもんじゃないがな』
チビスケらしくない荒々しさ。ケルベロスは逆鱗に触れてしまった。チビスケにとってはアイカに害なすものすべてが敵なのだ。
『舐めるな黒犬、引きちぎってやる!』
ケルベロスの三つ首はビスケの首に食らいつく。血が舞う。だが
『所詮こんなものか。たかが知れる』
チビスケの余裕の声が響く。チビスケの前足がケルベロスの首二つを引き剥がし地面に叩きつけすり潰す。盛大に血が飛び散る。そして残った最後の首を引き離しを逆に噛みつき引き千切った。断末魔の悲鳴すら上げる間もなくケルベロスは死んだ。ケルベロスは三つ首を同時に潰すと再生出来ない。
『相手の力量も測れぬ阿呆が』
一番厄介そうなのが一番早く片付いた。本気チビスケ、圧倒的勝利であった。他の戦局を見渡す。その姿はいつもアイカに振り回されている時とは違う。雄々しく凛凛しい神狼その物だった。
魔王&ワーウルフチームは数百人の騎士崩れに囲まれていた。
「どどどどうするのだ、人間集まっちゃったのだ」
魔王はとりあえず一番強そうなベルフにくっついていた。
「はあ、エンドリヒ様なら余裕でしょう」
ベルフは不思議そうな顔をする。
「え、何で?我よわよわのポンコツさんなのだ。ワーウルフさん達に頑張って欲しいのだ」
ベルフから見たら魔王からは有り余る程の魔力を感じる。だが本人はまったく分かっていない。
身体能力で勝るワーウルフは一人で騎士崩れを二、三人相手にしている。しかしそれでも数の暴力に押され始める。
「せめて大将だけでも潰せれば」
ベルフはビロミーを睨む。ビロミーは瓦礫城の上からこちらを見下していた。
「所詮獣よな。これだけの人数に本気で勝てると思っているのか。プフフ、笑わせてくれる」
他の戦局を見渡す。ケルベロスはまず負けないだろうし何故か寝返った獅子王が厄介な魔神を抑えている。天は我に味方している。ビロミーはそう思うと笑いが止まらない。
「アイツ怖いのだ!悪そうなヤツなのだ。こーなったのも全部アイラのせいなのだ、やっぱり人間信じちゃダメなのだ」
魔王の呟きにベルフは違和感を覚えた。そう言えば何故急に裏切ったのだろう。チビスケは変わらずにこちら側。おかしい、何かがおかしい。チビスケは何が有ってもアイカに付くはずだ。仮にアイカが裏切らなかったらアイカと魔神で騎士崩れ達はあっという間に制圧出来ただろう。
(獅子王殿は何か考えがあるのか。目的が分からないが)
考えても分からない。今は大量に攻めてくる騎士崩れをどうにかしなくては。だが考え込んでいる隙にビロミーが魔術を放つ。
「ベルフ!アイツ何かする気なのだ」
「しまった!ここは戦場であった」
魔王、もといこの小さい娘だけは守らなくては。戦場で考え事にふけるなどワーウルフとして恥ずべき行為だった。
ビロミーが放った三枚の光の白刃は魔王を庇うベルフを切り裂いた。血が飛び散る。飛び散った血は魔王を赤く染める。
「団長!」
ワーウルフ達は慌ててベルフに近寄る。
「ベルフ!しっかりするのだ!まただ、また我のせいで血が流れた。我は魔王なんかじゃない。ただの疫病神………」
魔王は倒れこんだベルフを抱えて座り込む。真っ赤な流血が魔王の服を染め上げる。ベルフはかろうじて呼吸をしているが明らかに致命傷だ。放っておけばすぐにでも死ぬだろう。
「所詮獣の集団!俺に歯向かおうなど土台無理な話しだ」
ビロミーの高笑いが響く。が、それすら掻き消す神狼の嘶きが戦場に響く。神狼が哭いている。ケルベロスは首をもがれ地に伏せている。黒い影が騎士崩れの集団を撥ね飛ばす。ベルフまでの道が出来た。
『でかいオイラ親分!ベルフを助けて』
『分かってる!僕はベルフさんを助ける。魔王様、僕はベルフさんの治療に専念するから戦って』
「ムムムリムリムリムリ!リムリム?」
魔王は震えながら神狼の足にしがみつく。そんな魔王を神狼が見下ろす。神狼は真面目な目で魔王を見つめる。目が訴えている気がした。お前なら出来る、お前しかいないと。だから頼むと。
このままなら消耗戦。多少抵抗したところで数で劣るワーウルフは全滅する。チビスケもベルフを治癒しながら皆を守る事は出来ない。
(神狼ちゃん…………)
魔王は涙目をぬぐう。ベルフの血が滴った。この赤はもう見たくない。金色の瞳が輝く。立ちあがり叫ぶ。
「もう、我のために誰かの血が流れるのは嫌だ!まっぴらごめんのごめんの助なのだ!」
(分かったのだ神狼ちゃん。我、やってみるよ。それにアイラ、何があっても私を信じろか。まったく世話焼きだな。だが感謝する)
アイカと魔神のほうをチラッと見た。二人とも戦いをやめこっちを見ていた。
(これが我の答えだアイラ)
魔王は手を掲げる。
「我が臣下を傷付けた罪、償ってもらうぞ下郎!」
膨大な魔力が渦巻き出した。
何合打ち合った時か、神狼の慟哭が響いた。アイカと魔神は神狼を見た。ケルベロスは三つ首を潰され倒れている。そして血まみれのベルフと魔王が目に入る。
魔神はとっさに魔王の元へ向かおうとするが腹部に衝撃が入る。隙が出来た。アイカに蹴り上げられていた。そのままトーネ川に落ちる。何を思ったのかアイカも川に飛び込む。
「まあまあ、多分大丈夫だから頭冷やして見てようよ」
魔神はアイカが何を言っているのか分からない。
「邪魔をするな!拙者が助けに行かなければ」
「私もダメそうだったらそうするつもりだったけど必要無いみたい。多分邪魔になるのは私達。感じない?膨大な力を」
魔神は魔王を見る。可視出来るくらい綺麗な金色の奔流が見える。まるで魔王の瞳のように澄んだ金色。
「美しい……」
思わず呟いて見惚れてしまう。
そんな魔神をアイカは抱きしめ伏せた。肩まで川に浸かる。
「危ないから伏せといて」
直後、光の奔流は辺りを凪ぎ払った!
騎士崩れもビロミーも瓦礫城もすべて呑み込み吹き飛ばす。キレイに元の草原だけ残った。力の奔流が収まり風が頬を撫でる。
(すっご、アレで力の制御はしっかりしたんだ。私も見習わねば。まったくもうお姉さん立場がないなあ)
現状謎の破壊光線と暴走魔術しか使えないなアイカは魔王の放つ美しいオーラに魅入っていた。
「あはは、想像以上だけど500年分の鬱憤はそれなりに晴れたんじゃない?」
アイカは魔神に手を貸す。
「最初からこれが目的か。まったく本当に何者だ。拙者達は命がけで戦ってたんだぞ」
魔神はアイカの手を握り立ち上がる。
「だってさ、あんな可愛い子が城にずっとこもりっぱなしなんて放っておけないじゃん?大人が少しは導いてあげないと、最後までは知らないけどさ。何かきっかけくらいはね」
「お前、何か母上みたいな事言うな」
「あー、私、娘居るから」
魔神はため息をついた。
「母は強しと言うがお前、強すぎだろ」
アイカは首をふる。
「私なんかまだまだ、三流の母親ね。あ、強い弱いだけで良いなら剣だけなら私より数段上なのが居るけど紹介しようか?」
どこかの城で女騎士Jさんがくしゃみをした。
「へぶしっ!はっ、もしやお姉様が私の事好き好きって噂を?もー直接言えば良いのに~照れ屋さんなんだから~」
女騎士Jさんはやはり頭が色々ダメだった。
チビスケとミニマムスケは見ていた。魔術ではない。解放された魔力の圧だけで吹き飛ばされていく。金色の奔流はすべてを呑み込むかと思われたが自分達やワーウルフ達には何も起きなかったどころかベルフの治癒すら早めた。
『……………さすがオイラのご主人。凄すぎてチビるかと思った』
ミニマムスケが放心状態だ。目を丸くしている。
(魔王様、初めて見るよ。破壊も再生も同時に出来る力なんて)
チビスケは確信した。いずれこの小さな魔王は神域に至る。それすらぬるい。真域に至るだろう。だが今はもっと自由に生きて欲しい。そう思う。
「はあ、はあ、はあ、久しぶり過ぎてちょっとキツいのだ」
ふらつく魔王をチビスケが支える。浴びたはずのベルフの血すらキレイさっぱり消えていた。薄紫の髪が風になびく。
ベルフは出血も止まり呼吸も穏やかになった。いずれ目を覚ますだろう。
魔神とアイカも寄ってきた。二人ともびしょびしょに濡れている。
「魔王殿、見事であった。さすがは拙者の主君」
「やっぱりやれば出来るじゃない魔王ちゃん。良くできました」
魔王は腰に手を当てふふんと息巻きふんぞり返る。
「ま、ま、まあ余裕なのだ。そう、我は魔神ちゃんの主君。これからは勝手にどっか行かないできちんと我のそばに居るように」
そしてアイカを見る。
「誰だっけ?お前。我は裏切り者は知らんのだ」
『そうだぞ~、お前のせいで死ぬかと思ったぜ』
ミニマムスケもプンスコしながら賛同する。
『まさかお姉ちゃんが僕を裏切るなんて。僕悲しいよ』
チビスケまでションボリする。
「ちょい待て、チビスケは知ってたでしょうが」
全員がチビスケを見た。
「神狼ちゃん、どういう事なのだ?」
『お姉ちゃん、話して良い?』
アイカは頷いた。
「うん、話さないと私裏切り者のままだから」
チビスケが咳払いをする。
『戦闘に参加する直前、お姉ちゃんは言いました。私は魔神ちゃんと戦いたいから他のよろしく、負けそうになったら?そんなのしらない。弱い奴なんか足手まといだから知らんって』
魔王、魔神、ミニマムスケはアイカを睨む。
「最低なのだ」
「最低だな」
「最低だぜ」
冷たい視線がアイカに突き刺さる。
「チビスケさんや、嘘は良くない。シャレになってない」
『はい、ちゃんと話します。お姉ちゃんは言いました。戦列にお姉ちゃんと僕が加わったらすぐに片付くでしょうって』
魔王は不思議そうな顔をして尋ねる。
「ちゃちゃっと勝てるならそれで良いのだ」
確かにその通りなのだがアイカは首をふる。
「それだと魔王ちゃんがせっかく出てきた意味がないのよ。私の娘になるんだからもう一皮剥けてもらわないと」
「いや、お前の娘になる気は無いのだ」
魔王の言葉にアイカはショックを受けた。
「そんな………私の娘成分欠乏症が悪化した………もう帰る。おうち帰りたい………紫苑、今帰るよ~…」
一年間愛娘に会えてない反動が出た。何やらぶつぶつ言いながら地面にのの字を書き始めた。
代わりにチビスケが再び話す。
『それなら自分が魔神さんを足止めして僕がケルベロス、後を魔王様チームに回せば魔王様が自分の力で戦うでしょうって』
「つまり我のためだった訳か。いや、しかし我の力が目覚めなかったらうわっぷ」
突然アイカが魔王に抱きついた。魔王の匂いを吸う。
「あー、落ち着く~。魔王ちゃんの魔力はすでに暴発寸前なのは最初から感じてたから。そこはあまり心配してなかった。むしろ私が魔神ちゃんに殺されないかのほうが心配だった。この子強いわ、一撃一撃が必殺なんだもん。体痛い」
魔神はため息をついて呆れた顔をする。
「その必殺をすべて受け流しておいて何を言う。しかもそちらからは殺気を感じなかったから逆にやりづらかっかった」
アイカは最初から魔神を殺す気は無かった。かと言って手加減出来る相手でもない。難しい戦いだった。
「おかげで私の刀、刃がボロボロ。使いやすかったのになあ」
鞘は途中でなくしたし剥き身の刀身は刃こぼれだらけ。
「あれ?そなたの刀どこかで………あああああ!」
アイカは思い出した。これ自分のじゃない。ミニマムスケが魔王城で見付けた魔神ちゃんコレクションの刀だ。
「ごめん、直して返すから」
よほど大切な刀だったらしい。魔神は立ったまま口を開け白目で気絶していた。美人が台無し。
アイカは焦って話を戻す。
「ダメだったら私と魔神ちゃんが戦い止めて合流すれば良いだけだしね。何か有ったらチビスケに合図出すように頼んでおいたから。ただ誤算はあったわね。名前忘れたけどあの神官崩れが想像以上の魔術の使い手だった事でベルフが死にかけた。幸いチビスケがさっさと向こうの化け犬倒したから良かったけど」
魔王が呟く。
「本当にギリギリのむちゃくちゃな計画だったんだの。ところでいつまで抱きついてるのだ?」
アイカはにんまり笑った。
「それはもちろん、おうちに帰るまで!」
外はすっかり暗くなった。フッカーヤ王国王都の城。
「ただいま~」
アイカが声を掛けるとマーニが出てきた。
相変わらず微笑を浮かべている。
「どこ行ってたんですか?あら?そちらの方々は?」
「魔王ちゃんと魔神ちゃん」
「どどどうも、我はデュート-エンドリヒ。魔王やってます」
魔王はアイカの後ろに隠れながら挨拶する。なかなか人見知りは治らなそうだ。
「拙者は魔神と呼ばれる者だ。魔神さんとでも呼んでくれ」
結局アイカは魔王も魔神も両方連れてきた。いっそのこともうみんなで直接話したほうが早いだろうと言うことで。
「はあ、よくぞいらっしゃいました魔王さんに魔神………さん?」
マーニはそう言うと微笑を浮かべたまま気絶して倒れた。
敵方のトップ二人がいきなり現れたらこうなるだろう。
次にジュリアが出てきた。
「お姉様おかえり~。あー!また知らない女が増えてる!お姉様の天然女たらし~」
ジュリアは魔神にいきなり宣戦布告した。
「お前、特に怪しい!お姉様は私のだからな~」
魔神には何の事か分からなかったがすぐに見抜いた。この娘は強い。おそらくアイカより剣の腕が立つと言うのはこの娘だと。
「勝負ならば受けて立つが」
「はいはいやっても良いけど後でね。今日は疲れた、ご飯食べたら風呂入って寝る。話は明日でいいか」
ジュリアが手を上げた。
「はい!お姉様と一緒に寝る~」
「いらない」
即答されてジュリアはいじけた。
「いいもん、ジュリアどうせいらない子だもん」
最近口癖になりつつある。
「はいはい、お風呂一緒に入ったげるからいじけない」
ジュリアは復活した。
「やったーついに姉妹の契りだ!ほら、マーニ起きろ!さっさとご飯作るぞ」
ジュリアはマーニを引き摺って厨房へ消えた。
(まあ二人新顔がいるしみんなで入りましょうって事なんだけど、ウソではないしまあいいか)
「何だか賑やかで楽しい城なのだ」
魔王は気に入ったようだ。
とりあえず新顔二人を国賓室に案内した。
「はい、この部屋好きに使って良いから」
ベッド二つに机と椅子。小さな棚。質素な部屋だ。
「狭いとこ、落ち着くのだ。我の好みなのだ」
「まるで新築のようにキレイだ、手入れが素晴らしいな」
(お金が無くてちっこくなっただけだし実際新築なんだけど、黙っとこ)
「ではしばらく世話になるぞ獅子王」
「よろしくなのだアイラ」
アイカは頷いた。
「とりあえず分からない事有ったら呼んで、あとうっかり街吹き飛ばしたとかやめてね。二人とも強いんだから」
そう伝え一旦別れた。
後はレイエンダとローレンにだけは話しておかなくては。
二人は会議室に居た。ローレンが経済について教えているようだ。レイエンダは今日も1日勉強していたのか疲れ気味だ。
「よ、お二人さん、そろそろご飯だし終わりにしない?」
アイカが声を掛けるとレイエンダは走り寄る。
「お帰りなさい、アイラ様。どこへ行ってらしたんですか?」
「ちょっとした散歩。おじーちゃん先生。ちょっと話あるんだけど良いかな」
アイカはローレンに魔王と魔神の事、そしてアイカなりに考え抜いた案を伝える。
「うむ、難しいが出来ぬ事はない。我らの立ち回り次第じゃな」
「今度こそ当たりを引ければ良いんだけど」
レイエンダの頭を撫でる。
「遅くてもレイエンダちゃんが正式に王様になるまでには決着つけないとね」
不思議な顔をして首をかしげるレイエンダにアイカは安心するように微笑みを返した。
その夜、チビスケの寝床。
ミニマムスケとチビスケが会話していた。
『消えてたな、変な臭い』
『多分あれがケルベロスを操ってたんじゃないかな。でなければあの狂暴なのが人の言うこと聞くわけない』
昼間トーネ川から感じた嫌な臭い。おそらく術者がケルベロスを操るために水脈を通じて魔力を流していたのだろう。確かめるためにチビスケとミニマムスケはもう一度昼間の戦場を見てきた。
『まったく趣味わりいな~、人が苦しむの遠くから見てるなんてよ⁉️腐ってやがる』
そこへマーニがやって来た。マーニ一人で来るのは珍しい。
「まったくもうあの方は!、軽率な行動は控えるように言ったばかりなのに魔王とか魔神とか、神狼様も止めてください」
「クゥン」とチビスケは鳴く。普通の人間にはチビスケの声は届かない。なので犬の鳴き声にしか聞こえない。
ミニマムスケはマーニの服に潜り込むと胸元から顔を出す。
「くすぐったい、そう言えばあなたは誰かしら?神狼様のお友達?可愛らしい子ね。私はマーニ、よろしくね」
ミニマムスケはマーニの鼻を舐めた。親愛の印だ。
『へへへ、この姉さんもなかなかの物持ってるぜ。魔王様の成長途中のも捨てがたいけどな、へへ』
チビスケはコイツが自分の一部分なのがちょっと嫌になった。
「あ、こらダメよ。服のなか入っちゃ!くすぐった、あはは」
いつもの気を引き締めた雰囲気は消え普通の少女らしさが出ている。この人も色々大変だなと思う。派手さはないしあまり目立たないがこの国の縁の下の力持ちだ。
マーニがチビスケに寄りかかる。その上にミニマムスケが寄り添う。いつもアイカが寝る場所だ。ジュリアはたまに昼寝しに来るがマーニは初めてではなかろうか。
「確かに何だか落ち着きますね。眠くなってきたような………」
そのまま寝た。余程疲れていたのか熟睡し始めた。
『この人の負担が減るように頑張ろう』
チビスケも気を新たにするのであった。
~エピローグ~
壊れぬ物など無い。運命の天秤も同じだ。歯車にヒビが入った。このまま回り続けるか、壊れるか。
それは彼ら、彼女らのこれから次第だ。
続く
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