私の世界~verイリ~
今回シロ君はお休みです。なんだったらこの後の二話もお休みしそうな勢いです。
イリメインのお話。ほんの少しだけスノー達が住んでいた村の話に触れます。
★ ★ ★ ★ ★ ★ イリ視点 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
私の世界は『村』で完結していた。
幼いころから私たちは『村』で過ごしてきた。村は外界と交流などせず、ただそこで完結していた。『村』こそが私の世界のはずだった。
「一緒に遊ぼうよ!!」
その私に声をかける変わり者の女の子が居た。私よりも幾分か年上なようだけど、まだまだ子供と言うべき様相をした子だ。
変わり者と私が断じた理由は簡単だ。遊ぼうとその子が言ったからだ。
時刻は昼過ぎ。その時間であれば村の子は親から受け継ぐ術の訓練をすべき時間だ。いや、たとえ今が何時だろうと関係ない。どの時間でも自分が親から受け継ぐべき技を完璧な物にするために修行するべきで、それがこの『村』の普通だ。
そんな変わり者に私はこう答えた。
「ん」
首を縦に振りながら答える私。私も変わり者だったのだ。
そうして私たちは遊んだ。
変わり者の女の子――スノー姉と、スノー姉が連れてきたミコト姉、そして私の三人で多くの時間を遊びに費やした。
時折『村』から少し離れた森で魔物狩りなんかもした。私たちは幼いころから家の技を習得するために修行してきた身。大抵の魔物ならば簡単に倒せた。
その時間をいつの間にか『楽しい』と感じていると自覚したのはいつの事だったか。そう自覚した瞬間から私の世界は『村』から『スノー姉とミコト姉と私』の三人へと変わった。
だからこそ、スノー姉の「ミコト! イリちゃん! 外の世界に行ってみない?」という提案に乗る事にためらいはなかった。外の世界に興味なんて欠片もなかったけれど、二人が行くのなら私も行く。そこが私の世界だから。至極当然だ。
私の世界は三人で完結していた。
スノー姉の要望で私たちは冒険者になる事になった。しかし、それには一つ問題があった。冒険者になってクエストを受ける為にはパーティーという五人編成のグループを作らなければいけないと伝えられた。私たちは三人。つまり、二人足りなかった。
ギルドの職員さんがほどなくして私たちと同じくメンバーが足りないという二人の男女を紹介してくれた。その二人を加えて私たちはパーティーを組んだ。
でも、私はその二人に興味なんてなかった。仲良くする気もなかった。
聞かれた事には答えた。指示には従った。ただ、その二人が欠けたところで私の世界は変わらない。むしろ、居られると邪魔だとさえ思った。
その二人の行いに驚くことは多々あった。凄い人だなと心の底から思う事もあった。
――だけどそれだけだ。私には何も響かなかった。
そうして初めてのクエストの帰り道。私たちは盗賊らしき人たちに襲われた。
だけど、これは初めてではなかった。スノー姉とミコト姉との旅路で既に私たちは幾度か襲われていた。どうやら小さな女の子が三人集まっているという図はああいうガラの悪い人たちからすれば格好の的に見えるらしい。
だけど、私たちはまだ幼くても修行を受けた身。外の世界の人たちが思っていたより強くなかったというのも幸いして私たちは危機を何度もはねのけた。
シロと名乗っていた少年が銃弾を受けて倒れる。あれだけ出鱈目な程強い少年がだ。そもそも銃口が向けられていたというのになんで避けようとしなかったのか疑問だった。とにかく、シロは死んだ。だけど、スノー姉とミコト姉は生きている。私の世界は依然変わらないままだ
ただ――少し落ち着かなかった。
その胸の内のもやもやを盗賊たちに私はぶつけた。やはり大した強さじゃなかった。里で修行した私たちはこの外の世界で強い部類に入るのかもしれない。
そんな思いを踏みにじるようにしてあいつは現れた。
グリルと名乗る、盗賊たちに雇われていたらしい男が現れたのだ。
その男を見ただけで逃げるべきだと私は判断した。私はスノー姉とミコト姉を連れてさっさとここから逃げたかった。足が震えそうになるのを耐える。恐怖に支配されたら逃げられるわけがないから。幸い、グリルの視線は私たちではなく、盗賊たちに向いている。今の隙に逃げれば逃げ切れるかもしれない。
だけど、それは叶わなかった。
なんと、スノー姉がグリルに向かって走っているのだ。今まさにグリルに狙われている盗賊たちを助けようとしているようにも見えた。いや、実際そうなのだろう。スノー姉の性格を考えれば至極当然だ。だけど、無謀すぎる。現に今、グリルの持つ凶器である糸がスノー姉に迫っているのをスノー姉は気づいていない。
私はスノー姉を押し出してグリルの糸の攻撃から守った。
だけど、グリルの糸は嫌らしくぐねぐね動き、スノー姉を死角から再度襲おうとしていた。本体であるグリルは『正々堂々と勝負』などと言っているのにだ。その言葉に騙されてスノー姉はグリルの死角からの攻撃に気づいてすらいない。
「スノー姉!!!」
意識してそうした訳じゃない。ただ、私はスノー姉を……私の世界を守る為に身を投げ出した。
切り裂かれる私の体。体から流れ出す命の脈動。
(あ、れ? わたし……死ぬのかな?)
立たないといけない。早く立ってこの場を離脱してスノー姉とミコト姉の安全を確保しなくちゃいけない。
そう思ってはいても体はピクリとも動かなかった。やがて、意識も朦朧としてきて私の意識は闇に呑まれた――
「ナギ先生! イリちゃんを……イリちゃんを助けてあげてください! 僕のせいで……僕がもっと早くみんなの為に動いていればこんな事には……だから、僕のせいなんです。だから!!」
――声が聞こえた――
悲痛な声が聞こえた。自分を責め続ける声。
次に温かさを感じた。人のぬくもり。あたたかい。心地いい。素直にそう思った。
そして慣れない感覚が私の体を覆っているのに気づいた。私の体から流れ続けていた命の脈動。それが今は逆に満ち溢れている。
(あれ? 私、生きてる?)
「だから、僕のせいだから……先生! どうかイリちゃんを……治してあげてください!!」
また聞こえた。痛い……この声を聞いていると胸が痛くなる。痛くて……辛くて……泣きそうになってしまう。私の心配をしてくれているというのだけは痛いほど伝わってきた。だから、私が起きればこの人は自分を傷つけないでくれるかなと思った。
「んん……あれ? わたし……」
「「「イリちゃん!?」」」
起きた私を出迎えてくれたのは無事だった私の世界。スノー姉とミコト姉。その他にシロとナギ先生だった。
「待っててねイリちゃん! すぐに……すぐにナギ先生が治してくれるから。大丈夫。ナギ先生に不可能はないんだ!」
「へ? え? え?」
とはいえ、起きたはいいけれど現状が全く把握できていない。そもそも、なんで私は意識を失っていたんだっけ?
「うそ……」
「……治ってる……」
「これは……」
「治ってる……」
みんなが私の背中を見つめる。そして、それでようやく自分の身に何があったのか思い出した。
私、斬られたんだ。バッサリと背中を斬られたんだ。
現状、体に異常は全くない。むしろ、調子がいいくらいだった。
その時、私は見てしまった。
「あ」
泣いていた。シロが――泣いていた。
私の為に――泣いていた。
「痛い」
誰にも聞かれないように小さく呟く。胸に手を当てる。ドクンドクンと今までにないくらい心臓が跳ねている。
「痛い」
シロ横顔を見つめる。そうすると余計に胸が痛くなる。
だけど、私は目を逸らせなかった。胸が痛く、落ち着かないけれどそれ以上に私はシロを見つめていたかった。
その瞬間、私は自分の世界がまた変わったことを自覚した――