修行の成果です!!
「おい……おいおいおいおいおいおいおいおい待ちたまえよぉぉぉぉぉぉ! この私を雇ったのだろう? 雇い主ならば雇い主らしくどーんと構えているべきではないかねぇぇ? そもそも未だ私は前金しか貰っていないのだぞぉぉぉぉぉ?」
「これ以上の……血は流させない!!」
逃げる賊達を追おうとするグリル。それを止めようとするスノーちゃん。
「スノー姉!! 危ない!!」
グリルへ向かって走り出していたスノーちゃんを横からイリちゃんが突き飛ばす。その時、イリちゃんが持っていた銃が彼女の手を離れた。
「くっ、銃が……」
「イリちゃん!? 一体何が!?」
「ふーーーむ、惜しい。もう少しでスッパリいったというのに……しかしそこの小娘Aよ。良く気づいたな。貴様が助けなければ今頃そこの小娘Bは死んでいただろうよ。なるほどなるほど。ただの小娘だと侮ってはいけないという訳だな。正々堂々、真正面から相手させてもらおうではないか」
「望むところだよ!!」
そう言ってスノーちゃんは真正面からグリルを睨む。
「スノー姉!!! あぐぅっ!?」
「イリちゃん!?」
――瞬間、血しぶきが舞う。
イリちゃんが倒れる。その背中に大きな切り傷を刻まれ、大量の血が出る。
「イリ……ちゃん?」
スノーちゃんは後ろを振り返る。そこには倒れ伏すイリちゃんの姿があった。
「ふ、ふふ、ふふふ」
そんな中、笑っている男が居た。
それは誰か? 当然グリルである。グリルは狂ったように笑う。嗤う。
「アーハッハッハッハッハッハッハ! 甘い! 甘ったるすぎて舌がどうにかなってしまいそうなほど甘甘ですねええええええええ!? 正々堂々真正面から? バーーーッカですかねええええ? いつでもどこでも気を張っていないとダメじゃないですかあああああああ!? 仲間を守るために自分の防御を疎かにするぅぅぅぅぅぅぅ!? バーーーッカですかねえええ!? 己の命以上に大切なものなどこの世にはないというのにぃぃぃぃぃぃ。バカ! 貴様ら全員馬鹿であるなぁぁぁぁ! 正真正銘ただの小娘ではないかぁぁぁ。きひゃひゃひゃひゃひゃ」
スノーちゃんが倒れたイリちゃんに駆け寄る。そうしている間にもグリルはスノーちゃんに向かって攻撃を仕掛けようとしていた。
『シロ君が動きたいと思った時に動けばいい。私が指示したら、とかじゃなくて自分の意思でね~』
先生はそう言っていた。僕はどうしたい? 何をしたい?
魔法を学びたい一心でナギ先生に弟子入りした。
人間に害を為す魔物を倒したい。習った魔法で出来る限り多くの魔物を倒したいと思った。昔の僕が見たヒーローのように。力のない人間を――そうだ。僕は人間を守りたかったっ!!
心は――――――決まった
「――やめろよ」
「んな!?」
僕はグリルという男……いや、クズの攻撃の手を止める。ただ走ってグリルの後ろに回り込んでその右手を抑えた。ただそれだけの事だ。
「き、貴様は誰だ!? いつの間に私の背後をとった!?」
「シロ――生きてたの?」
「……今の……なに? ……早すぎて……見えなかった」
どうやら誰も僕の動きが見えなかったようだ。……どうやら少し認識を改めるしかないようだ。
僕はほかのみんなが手を抜いて戦っているのだと思っていた。だけどそれは違う。みんなはきっと本気で戦っていたんだ。だけど、僕にはそう見えなかった。それは何故か?
答えは単純だ。
「僕の名前はシロ――最強の魔導士ナギ先生の一番弟子だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そう――それは僕がナギ先生との修行で中級冒険者くらいの強さを得ていたからなのだ!!! スノーちゃん達はまだ新米冒険者なんだしまだまだ戦いなれていないんだろう。敵もまだまだ荒事を覚えたばかりのなんちゃって盗賊だったんだろう。
僕はそんなみんなよりも劣るただの村人Aだった……だけどナギ先生との修行で僕は成長した! スノーちゃん達が本気で戦っている姿を見て茶番だと思えてしまう程度には成長していたのだ!! ナギ先生はほんとうに凄いや!!
★ ★ ★ ★ ★ ★ ナギ視点 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
シロ君の宣言を聞いて、私はどうしてこうなった!? と頭を抱えていました。なんで私が最強の魔導士!? そんな肩書き持った覚えはないよ!? 私より凄い魔導士なんてゴロゴロ居ると思うよ!?
って今はそんな事をしている場合じゃなかったっ!
「イリちゃん! しっかりして! イリちゃん!」
倒れたイリさんの名をスノーさんが呼ぶ。しかし、返事はない。やっぱりかなり危険な状態みたいね。罪悪感もある事だし早く助けないと。
私は倒れたイリさんの元へと歩く。
近くで見るイリさんの表情は苦しそうだ。息を荒くしてとても辛そう。でも、生きている。生きているのなら――死なせない!
「ナギ先生……」
スノーさんが私を見上げる。ああ、そんなに泣いちゃって……可愛いお顔が台無しだよ?
だからこそ私はスノーさんに向けて笑顔を向ける。
「大丈夫。先生に任せなさい」
このナギ。伊達に数十年も魔法の研究はしていない。特に治癒魔法に関しては自分が大怪我を負った場合の事も考えて研究し尽くしている。もっとも、あくまで治癒であって蘇生なんて領域には届いていないけれど。
「いくよ~。私オリジナルの魔法――アンチガーズ!」
名前の命名は私。意味は――傷の否定!!
「記憶から想起せよ――巡る、廻る、回る。あなたはめぐる――そうして原点へ回帰せよ――アンチガーズ!!」
私は治癒魔法であるアンチガーズをイリさんに向けて放つ。
アンチガーズは対象の肉体を過去の自分の万全の状態へと回帰させる魔法。まだ効率化なんてしていないから傷をつけてから五分以内でないと意味はないけれど――イリさんが傷ついたのはついさっき。ならば十分間に合う!!
ちなみに死んでいる肉体からは記憶は引き出せない。これは魔物に試して実証済みだ。死んだら記憶そのものが消えてしまうのか――色々と考えられるがこの魔法で死者を生きている状態に戻すのは不可能。しかし、生きているのならば救うことができる!!
そうしてアンチガーズの効果は――
「イリちゃん! 返事をして! イリちゃん!」
「…………」
――なにも変化は起きなかった。
「え?」
何も起きない? そんな馬鹿な……検証は十分で……治らないはずがなくて……。
「……イリちゃんには……他人の魔法……効かない……攻撃魔法も……回復魔法も……」
混乱する私にミコトさんの言葉が刺さる。魔法が……効かない? そんな子居るわけが……。
「……そういう……体質……本人が使えば問題ないけど……この状態じゃ……もう……」
「私は諦めないよ!! 止血してお医者様の所にまで行けばきっと……きっと……」
スノーさんがイリさんの背中の傷の止血を行っている。ひどく原始的な方法だ。イリさんのシャツを脱がせて破り、その布で止血を行っている。こんなの魔法でどうにでもなるはずなのに……それができないなんて……。
「私の……せい?」
私が手助けしていればこうはならなかった?
彼女たちを救おうと思えばいつでも救えた。敵のレベルもそこまで高くない。だからこそいつでも救えると思っていた。致命傷さえ負わなければ私の手で救える。そう思っていた。
銃という未知の武器。彼女たちが使う未知の魔法。それを見ていたいというのもあって手を出すのを後回しにしていた。何よりシロ君に学んで欲しいことがあって目の前の争いを放置した。
シロ君に自分の異常な強さを知って欲しかった。そして人間だからって無条件に信じるのは危険だって教えたかった。
どういう育ち方をしてきたのか。シロ君は相手が人間だっていうだけで油断しきっていた。きっとシロ君が生きてきた中で悪い人間なんて居なかったんだろう。人間=良い人っていう公式が成り立っているように見えた。閉鎖された村の中でならともかく、旅の中でそういう認識で居るととても危険だ。世の中には賊なんていくらでも居るし、表に出さないだけで裏で汚い事に手を染めている人がいくらでもいる。だから考え方を改めて欲しかった。
その試みは成功したと言えるだろう。シロ君は自分の意思でグリルと名乗る男――人を殺すことをなんとも思っていない男に敵意を向けている。
でも――その代償として――今一人の罪のない女の子の命が消えようとしている。
「私が――もっと早く動いていればっ!!」
いつでも助けることができたのに助けなかった。その罪の意識が私に圧しかかる。
私は――無力だ――