茶番ですか?
スノーちゃん、ミコト、イリちゃんに対するは十五人の武器を構えた男たち。ナギ先生は興味深そうにスノーちゃんたちの戦いを見ている。
「ぐあっつ……ってぇ、この野郎!!」
「なんだこの女たち!? 子供なのにやたら強くねぇか!?」
「――なん――なん――だよぉっ!」
男たちの攻撃は全く当たっていなかった。銃というものはまっすぐにしか飛ばないようで、それを知っているっぽいスノーちゃん達は銃の射線上を避けながら戦っている。そんな戦い方をしているから刀で鍔迫り合いになり、押し切れそうになっても一旦退いてしまうという事もあり、攻めきれてはいないけれど終始押している。男たちは致命傷こそ避けているものの時間の経過とともに傷を負っていく。男たち数人が倒れた瞬間、一気に形勢はスノーちゃん達に傾くだろう。
「深淵より来たりし灯火よ。我が眼前の敵を焼き払え――フレイムショット――」
杖を持った男から魔法が放たれる。それは炎。炎は一直線にミコトへと向かう。
しかし、ミコトは慌てることなく襲い来る炎に対し、刀を構える。
「……静寂の象徴来たれ……水付与術」
ミコトが短く詠唱を唱える。特に目立った変化はないが、ミコトの持つ刀が淡い水色の光を纏うのが見えた。
ミコトは無言で火炎に向かって刀を振るう。
結果――炎は消える。
「ちぃっ、こいつら戦いなれてやがる」
男の言うとおりだった。ミコトだけじゃない。スノーちゃんやイリちゃんも所々で詠唱して男たちの攻撃を躱すか無効化している。
「子供だからって舐めないでよね!! 雪華は積もる――さんさんと――積もり積もってそれは不動――雪華金剛!」
「スノー姉とミコト姉は私が守る!! 去らば牢獄――今一度私はあなたから解き放たれる――重無疾走」
スノーちゃんはまともに銃やら魔法の一撃を受けているが、何らかの手段で無効化しているのか、体に当たっているのに片っ端から弾は弾かれ、血の一滴も流さないでいる。
イリちゃんは先ほどまでみんなと同じくノロノロと動くだけだったのが、今では銃から発射される弾と同程度のスピードで男たちを圧倒している。
さて……
「これは一体何なんだろう?」
そんな中、僕は困惑していた。
倒れている僕を見てスノーちゃんや男たちは僕を死んだと思っているようだがそんなことはない。銃と呼ばれる武器の一撃を受けたが、少し痛かったかも? 程度だ。その性質はスノーちゃん達の戦いを見て把握できた。どんな原理かは知らないけれど、小さな弾を勢いよく飛ばす武器みたいだ。イリちゃんが使ってるのも同じものだ。
僕は目の前の茶番を見つめながら考える。どちらもノロノロと動き、どう見ても本気で戦っているようには見えない。銃というものには驚いたけど、それだけだ。後は僕が先生に教えてもらったことがない魔法がいくつも目の前で放たれているが、全部大したことがないように見える。
両者ともに本気でないとすればこの茶番に何の意味があるんだろう?
「シロ君は助けてあげないのかな?」
いつの間にか倒れている僕の隣に腰を下ろし、スノーちゃん達の戦闘を見守るナギ先生。目の前の不可解な戦いに夢中で近づかれたことに気が付かなかったよ。
「助けてあげるって……どっちをですか?」
形勢不利なのは男たちの方だから男たちの方を助けてあげるべきなのだろうか? だけど、どっちも本気でやっていないんだし危ない事にはならないだろう。別に助けるも何もないんじゃないかな?
「どっちって……私が思っていたよりも重症だねー。シロ君は目の前の戦いを見てどう思う?」
「えっと……茶番……ですかね? だってどっちもノロノロ動いててやる気ないじゃありませんか」
思っていたことをそのまま言う。それを聞いてナギ先生は目を丸くする。そして次に――笑う。
「く――ふふ、ふふふふふ――そうだったね~、シロ君から見ればそりゃ『茶番』にしか見えないよねー。なるほどなるほど。それは全然考えてなかった。さっすがシロ君だね~」
なんでナギ先生が笑っているのか。僕には全然分からない。ナギ先生が言っていることも理解できなかった。
「まぁそれなら黙って目の前の戦いを見ていればいいよ~。シロ君が動きたいと思った時に動けばいい。私が指示したら、とかじゃなくて自分の意思でね~」
「? 分かりました」
ナギ先生の言うとおりにする。僕はただただ黙って目の前の戦いを注視する。僕が動きたいと思った時に動けばいいって先生は言ってたけど……こんな人間同士の戦い(茶番)の中、僕は動きたいだなんて思えるんだろうか?
「ちぃっ、仕方ねえ。まさかこんな女子供に押されるとは思わなかったが――」
そう言って襲ってきた男たちの一人が後ろへと下がる。そして――
『――ピィィィィィィィィィィィィ――』
男が口笛を鳴らす。
その瞬間――まだ視認できていなかった一人の人間がこちらに向かって移動するのを僕は感じ取った。一人だけ離れた位置で立ち止まっていた人間だ。
「!? 何か……来る!」
イリちゃんも感じ取ったようだ。
そして――その人物は現れた。
「ンーーーーーーーーーーーー?? どうしたのだ賊たちよぅぅ? 私の手は借りずとも良いのではなかったのかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?」
その男は最初に現れた男たちよりも下卑た目を向け、男たち、それとスノーちゃん達を見回した。
あまり強そうな印象は抱けない男だった。背もあまり高くなく、ガタイも普通。いや、むしろ弱弱しくすら見える。
だけどその男を見て僕は不安感に襲われた。
ナギ先生に師事した僕があんな男に負ける訳がない。強がりじゃない。本心からそう思っている。しかし、それとは別にあの男を見て僕は怖いと感じた。
「グリルの兄貴ぃぃぃぃぃ! す、すいやせん。こいつら思ってたより手ごわくて……」
どうやら男はグリルと言うらしい。スノーちゃん達と戦っていた男たちは全員戦闘行動を止め、グリルの足元に跪いている。
「ほーーーーう。ほうほうほうほうほうほうほうほうほうほーーーーーーう。つまりはなんだね? 手下Aよ。貴様たちはあの可憐な少女達に敗北したというのだな? つまりは負けちゃったという訳だ?」
「そ、それは向こうが思ってたより――」
瞬間、助けを求めていた男の首が飛ぶ。
文字通りの意味で――鮮血が宙を舞い、首が地面へと落とされる。
「へ?」
首を落とされた男が間抜けな声を上げる。そして、それが彼の口から出た最後の言葉だった。
「不愉快だぞぅぅぅ! そんな雑魚の賊にこの私――グリル・ローターは雇われていたという訳だぁぁぁぁぁぁ! 不愉快、不満であるなぁぁぁぁぁ」
「「「う……わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」
賊と呼ばれる男たちはその光景を見て、一目散に逃げていった。首を落とされた仲間の事を気遣うものなんて居ない。十四人の男たちは街の方へと逃げていった。