或る芸術家の苦悩
〈一〉
Zは芸術家としての人生を享受していた。扱っているのは陶芸なのだが、近ごろは売れ行きが芳しくないので農業にも手を出している。女房のおかげでなんとか切り盛りしている状態だ。裕福とは程遠いものの好きなことに没頭できる今の生活を楽しんでいた。
陶芸の道を志したのはずいぶん前だ。就職したのはいいけれど、人間関係が面倒になってきたので会社を辞めた。そのあと一人の陶芸家を訪ねて弟子入りし、あれよあれよという間に伝統工芸を継承していた。
師から技術を継いだのはともかく、Zとてもう若くはない。今度は自分が後継者を育てなければと思えども、変な輩が押し寄せてくるのも不安である。そこでZは陶芸家の職業体験を開き、インターネットで募集をかけた。
〈二〉
募集は月に一人いるかどうかだったが、来る人は皆、真面目だった。陶芸家の日常がどういうものか知ろうとする気迫がある。Zはやって来る人たちの姿勢に感心しながら自分の仕事振りを見せた。
また、来訪者にはそれぞれ深い事情があることをZは知った。仕事ばかりの日々に嫌気が差した、自分の人生に意味を見出せず疑問を抱いたという人が多い。思い詰めた表情で死を仄めかす人もいた。彼らの身の上話を聞いていくうちに、Zは誰かの役に立てぬものかと考えるようになる。
〈三〉
一人の女性が訪ねて来る。ジーパンにTシャツというラフな格好で、動く分には問題なさそうだったが表情は沈みきっていた。
これはまずいな、と思ったZは陶芸の仕事はほどほどにして、彼女への気遣いを優先した。自家製の野菜で昼食をご馳走すると、女性は泣き出してしまう。状況を察したZは何も尋ねようとはしなかった。
〈四〉
別の日に来たのは若い男だった。下はジャージで、上はTシャツ。顔は今にも死にそうなほど暗い。
Zは彼から一通りの生い立ちを聞くと、とにかく体を動かそう、と薪割りや電動ろくろを使って色々体験させた。青年は至極真面目に作業に勤しんだ。帰り際には頭を下げて礼を述べる。
これなら大丈夫だろう、とZは思う。
幾日かして、青年が自殺したことをニュースで知る。
〈五〉
衝撃的なこともあったが、Zの元へやって来る人は後を絶たない。話を聞いて、農業をして、陶芸をする。相変わらず余裕はない。それでも楽しく過ごせている。ただ一つ、自分の跡継ぎをどうしようかと考えた。
「まあ、なんとかなるさ」
ラジオをつけて寂しさを紛らわせつつ、土を練り始めた。