禍津解錠 1
暗雲に覆われた赤黒い空。
結界のようなもので区切られたこの街はまるでここが本当にこの世ならざる場所でであるかのような空気を醸し出していた。
そして、人々が避難して住人が誰も居なくなり閑散としてしまった街は圧倒的非日常感に包まれ、そこに居る事を許された戦士に強い威圧感と漠然とした恐怖の様な感情を与えていた。
「これが禍津解錠···」
そんな光景を前に息を飲みながら俺は辺りを見渡す。
次々に出現し始める多種多様、大小綯い交ぜのマガツモノ共。
そのマガツモノの数から推測して、今まで体験したことのない乱戦になるだろうことは想像に難くなかった。
「はあ···ふう···」
そして、俺は最後に深呼吸すると静かに理事長先生から出る開戦の合図を待った。
その前日の夕方。アキリアとの入れ替わり事件から一週間ほど後のこと。
九條学園のある街の周辺地域では混乱の嵐が巻き起こっていた。
兼ねてより近日中に発生すると予測されていた"禍津解錠"がすぐにでもこの街の近辺にて発生する恐れがあるとの情報が発表されたのだ。
それにともない街全体に避難命令が発令され、車で避難しようとしている人達が大渋滞を起こし、同時に電車等の公共交通機関も大混雑してしまっていた。
そしてそんな中で俺達は近隣の住民の避難などを手助けするべく、警察などと協力して避難誘導を行っていた。
「禍津解錠か、テレビで見るだけの物だと思ってたな」
人々が貴重品や着替えなどをバッグに詰めて集団で隣町に歩いて避難している姿を見て、俺は隣に居る遼に話しかける。
「ああ確かにな。でもマガツモノがいっぱい出るなんて狩りたい放題だろ?お前金の亡者なんだから最高だろ?」
「まあそうだがな。こんなに困っている人が沢山いるんだから手放しでは喜べねぇよ」
「···」
「なんだよ?」
「いや、まさかお前にそんな普通の感覚があったなんて···と思ってな」
マジで驚いた様子で俺の方を見上げる遼。
それに対して俺は少し反論をしようと思って、口を開こうとする。
がしかし反論を考えていると、この会話はかなり不毛な結論に至る事に気がつく。
「あー、この会話もういいや。結局、"九條学園に女装して入学した奴がよく言うよ"的な感じで帰結する気がする」
「確かに」
と俺と遼がそんな話をしていた時。
「あ、ねーちゃんだ」
と人混みの中からその様な言葉が聞こえて来て、声のした方を見るとそこには小学校高学年位の2人の男子が俺達の方へ歩み寄って来ているのが確認できた。
「おお、高橋に宮下じゃねーか」
その2人は以前俺が返納日だと嘘を言ったせいで、強制参加させられた遠足の付き添いにて出会ったガキ共であった。
「お前ら仲良くやってるみてーだな」
「や、やめろよ」
「···」
2人の頭をやや強めに撫でる俺、そして恥ずかしがる高橋に、少し顔を赤らめ黙る宮下。
あの遠足の時まで宮下はクラスで孤立している様子だったので、遠足が終わった後、元に戻らないか少し心配していたが、この2人の様子を見るとその心配は杞憂だった様で安心した。
そして、それから少しだけゲームの話などをした所で、俺は人混みの中で待っている2人の両親と思わしき人の姿を確認する。
「ほら、話ならまたしてやるから、さっさと親の元へ戻れ、今すぐにでも禍津解錠が起こっても不思議じゃねーんだからな」
「え?ねーちゃんはどうすんだ?」
「いや俺は優秀な御子だからな。残って戦う事になってるんだよ」
「いやでも、危ないんじゃ···」
「まあこれが御子の仕事だからな」
俺の事を心配してくれているのか、食い下がってくる高橋に対して俺は笑いかけ頭を数回軽く叩いた。
すると。
「痛っ···」
と人混みの中から微かにそんな言葉が聞こえて来た気がして、俺達は1度会話を止めてそちらへと向かう。
するとそこでは老夫婦が重たそうな荷物を持って膝を着いていてしまっていた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ」
駆け寄った俺は状況を確認するため老夫婦に話しかける。
2人の受け答えと顔色等を確認するに、怪我や病気により、動けなくなってしまった感じでは無いようであったが、2人が持っている荷物は明らかに老夫婦には不釣り合いな大きさであるように思えた。
···まあ、仕方ないか。
俺は心の中でそう呟き、斬像を召喚して2人の荷物を持たせようとする。
がしかし。
「俺達が持つよ」
「うん」
と、そこに声を上げたのは高橋と宮下であった。
「おい、いいのか?重いぞ」
「別に平気だし、それよりねーちゃんは戦いに備えないと行けないんだろ。こんな所で力使ったらダメだろ」
「···ふふ、じゃあ頼んだ」
「おう」
「分かりました」
俺は高橋達のその行動を尊重して笑いかけると、後の事を彼らに任せ、両親にも1度会釈してから彼らを見送った。
そして、俺達は再び所定の位置に付く。
「···ショタコン」
「おい馬鹿やめろ、違ぇって」
「···」
嫌味を言ってくる遼に対してそれを否定する俺。
しかしその不名誉な疑惑は晴れぬまま、俺はこれから住民が避難するのを見守る間中、永遠と遼に煽られ続けたのだった。




