人身御供とテロリスト 1
「ふー」
優雅な朝だ。
あの宴から2日後の日曜日、俺は学生寮の食堂で新聞を読みながらコーヒーを1口飲んだ。
朝ごはんのピークの時間を少し過ぎているため、食堂には人が疎らでとても落ち着いた雰囲気であった。
「なるほどメリヴァ王国の王女が来日したんですわね。理由は···御子関連の視察ですか」
まあ日本などの先進国では御子の地位が確立され、寧ろ一般人よりも優遇されているが、アジアの小国らしいこの国まだそういう訳にはいかないのだろうな。
例えば法整備や教育とか。
日本も御子が誕生した約5世紀前より以前は完全に男尊女卑な世の中だったと聞く。
それが今ではやや女性の立場の方が強くなっている印象ではあるものの、返納機というものも存在するし、なにより神具を使えるのは女性の中でも限られた人だけなので、中々に絶妙なバランスが保たれている気がしている。
なので今回の視察はそういった物の成功例として日本を参考にするのが目的なのだろう。
「あら暁良あんたまだ食べてるの?」
「ああリリネさん。おはようございます。ええ今日は訓練がお休みなのでのんびりとさせて貰ってますわ」
「ふーん、ああその記事、昨日テレビでもやってたわね」
リリネはそう言うと俺の体に触れるか触れないかくらいまで近づき、新聞を覗き込んでくる。
あ、いい匂い······いや、そうじゃない。
「へ、へー、テレビはあまり見ないので知りませんでしたわ」
「そうなの?じゃあこの王女様の顔見てないのね。ちょっと驚くわよ?待ってなさい···」
するとリリネは携帯を取り出してなにやら調べ始める。
「ほら、これよ」
そう言って出された携帯には伝統がありそうなアジアンテイストの衣装に身を包み、褐色掛かった肌の俺に非常によく似た女性の姿があった。
「この人がその記事になってるメリヴァ王国の王女よ。ね?すごいでしょ?」
「な、なるほど、確かにとても美人な方ですわね」
「え?それ自画自賛的な感じ?」
「いやいや冗談ですわよ。···って、いやでも冗談って言ってしまうと王女様に失礼に当たるかもしれませんから返答に困りますわね」
「まあ、確かにね」
そんな感じで談笑しつつ、俺は再びその王女様の姿を見る。
いやそれにしても似ている。この世にはそっくりな人が4人いると言うがこれが正しくそうなのだろう。
そういう人に会ってしまうのは良くないと昔から言うからな、気をつけなければ。
まあそんなに心配せずとも幸い向こうは王女様だ、同じ日本にいるからとは言え、こちらから進んで会いにでも行かなければ巡り会うこともないだろう。
「···ああ、こっちの事件も大変よね。たしか数日前の事件だったかしら?」
続けてリリネが指さした先には、王女の来日に大きく範囲を取られ小さくまとめられていた記事であった。
「過激派として知られるテロリスト南雲大星他数名が、仲間の手引きにより脱獄、以前行方掴めず、ですか」
「そうね、このタイミングで怖いわよね。王女様に何かなければいいけどね···」
「そんな風に勝手に変なフラグ立てるのは止めてあげてください」
「え?いやそういうつもりじゃないんだけど」
リリネはそう言いつつ俺の隣の席に座り、一瞬間が空いた後に置いてある俺のコーヒーを1口飲んで、いたずらっ子のように笑う。
「えへへ、取りに行くの面倒だから飲んじゃった」
「!?···こ、ここ、こら、横着はよくありませんわよ」
リリネの一連の動作に少しドキッとしたものの、俺は非常に冷静沈着に、尚且つリリネを傷付けないように柔らかく注意をする。
「···そ!そうよね!私も新しく取ってこようかしら」
「で、ですわね。それがいいかもしれません」
「···」
「···」
「やっぱいいわ、やめとく」
「そ、そうですか···」
そしてお互いに少し気まずくなって数秒間沈黙する。
俺は俺でリリネの行動にドキドキしてしまい、リリネの方は恐らく柄にもない事をしてしまったと、恥ずかしがっているのだろう。
このままではいけないと、俺はその前に何を話していたかを思い出す。
「そう王女様!」
「?」
「王女様の件、何も無いと良いですわね」
「そ、そうねきっと大丈夫よね」
「「は、ははは」」
そうして俺とリリネは気まずさを吹き飛ばす為にぎこち無く笑いあった。




